私には生の感覚が良くわかります

私には死の狂楽が良くわかります

 

悟っているわけでもなく、達観しているわけでもなく

ただ知っている

 

人を好きになりたいと思いました

人を愛したいと思いました

人間らしい事をしてみたいと思いました

 

望むものは平和、与えるものは閉輪

 

人間としての何かが、多分私は若干多いです

人間としての何かが、多分私には若干少ないです

 

私は望みます

私を望めます

 

私は諦めません

私を諦められません

 

私には認められません

私を認めることが出来ません

 

生は停止、死は停滞

死は静止、生は制止

 

死に対して鈍感でありたいと思う

生に対して愚鈍でありたいとは思わない

 

 

だから私は人間を辞めません

だから私を人間は止めません

 

 

 

 

だから私が、人間を病めません

 

 

 

 

ロードナイツ

 

第三話−T

「刹那、拙な」

 

 

 

 

「まあ立ち話もなんだし、取りあえず中にどうぞ」

 

カノン学園第三男子学生寮、204室。

使用者登録はカノン学園二年相沢祐一。

つまりこの一室は祐一の仮住まいであり、魔法使いでいう私設研究所のようなものだ。

様々な魔法使いは自室を改造し、自分が魔法修練などに集中しやすいようにしている。

だが祐一の部屋は必要最低限の物しか置いてなかった。

まるで執着の無い、ただベットと小さい備え付けのタンス、それに日の光を取り入れる為のカーテンすら無い窓。

 

「これが祐一さんの部屋……」

 

先に入った美坂栞は何処か感心したようなため息をついた。

想像よりは、いや……想像以上に異常な部屋だと思った。

物に執着していないし、まるで自室でありながら他室のような扱い。

それでいて何故か違和感なく部屋に融け込んでいる相沢祐一の姿。

まるで居る事が当たり前のように、存在する事に矛盾が存在しないみたいに。

 

「……お邪魔します、っていきなりで悪いけど……何も無いわね」

 

栞の後に続いて香里も同じように部屋を軽く見渡した後呆れたように軽く苦笑した。

まるで予想通りで、そして予想通りな事が予想外だった。

自室を見るとその主の内面が分かる、それにしてもこれほどのモノだとは……。

空虚であり虚無、空洞で在り虚構で有る。

物が無い事に不思議は無い、簡素な自室に問題は無い。

だが、それに不思議がらない雰囲気が一番の謎であり問題だ。

まるでこの部屋は、これが通常の状態であるように思ってしまう。

この部屋には主人が存在していないようで、しかし存在を肯定している。

良く分からないが、そういう印象を受けた。

 

「ゆっくり寛いでくれ……って言っても何もないな」

 

せめて椅子ぐらいは用意しておくんだった……っと祐一は頭を掻く。

だがそんな事を気にしないばかりか気づいていない美坂姉妹は頻りに部屋を見渡す。

……そんなに面白いか?

祐一は軽く苦笑いしながら取りあえず栞に向かって話しかける事にした。

 

「そういえば栞はここに何しに来たんだ?」

「え……私ですか?」

「あぁ、わざわざ何で寮にまで会いに来たんだ?」

 

それが祐一には不思議でならなかった。

確かに目の前の少女、美坂栞と自分は知り合いだ。

お互いの名前は認識しているし、それなりの縁もある。

だが、自分にわざわざ会いに来る理由が良く分からない。

初対面である姉の方がまだここに来る理由が思い当たる。

知り合いだからこそ、祐一は疑問だった。

 

「えっと……実は祐一さんに会いたくて」

「いや、まあそれはそうなんだろうけどな」

「えぅ、理由ですか」

「あぁ、理由です」

 

栞は一度考えるように眼を瞑り、すぐに思い立ったように眼を開けた。

真っ直ぐな瞳が祐一を見る、そして勢いよく一気に言い切った。

 

「ゆ、祐一さんとの勝負がまだ終わってないからですっ」

「………………へ?」

 

まるで予想外の答えが返って来た。

勝負が終わってない、勝負なんてしただろうか?

唯一交えたというならば……確か初日の昼にやった魔法戦ぐらいだろうか。

だけどあれはもう終わった筈、勝負が終わってないという事は他に何かあっただろうか?

 

「勝負……ねぇ」

 

そう呟いたのは栞の隣で聞いていた香里だった。

何処か面白そうに、必死そうな栞の顔を見て軽く笑っていた。

まるで何かを見透かしているような、見守るような。

祐一は不思議そうな顔をして香里を見るが笑っている意味がよくわからなかった。

まあそれはいい、しかし……どうするか。

真面目に考えて栞と戦う理由が特に思い当たらない。

魔法合戦とやらをもう一度やったとしても、こんなに短時間で戦力差が埋まるとは思えない。

いや、確かにあの魔力量で物量作戦に出られたら対処が難しいだろうがそれも対策はある。

次戦ったとしても負ける事は無いだろう、それほどにまだ栞は実戦慣れしていない。

……まあ実戦訓練がしたいというなら別に拒否するつもりはないが。

 

「えっと、それで……栞のお姉さんである君は?」

「初めましてになるわね、美坂香里よ」

 

そう言って、香里は礼儀正しく頭を下げた。

何処か気品漂う綺麗な姿勢に、栞とは違い貴族らしさが現れている。

どうやら美坂家が大した貴族である事は間違いないらしい。

……どうも栞を見ている限りではやはり貴族と言うより元気な村娘と言った方がしっくりくる。

だが姉の方は他の国で見てきたような高位の貴族のような雰囲気が漂っている。

 

「そうか、よろしく美坂さん」

「同じ学園の魔法使い同士でしょ、香里でいいわよ」

「んじゃ、俺も祐一でいいぞ」

「……ふ〜ん、成る程」

 

祐一の言葉に香里は何故か苦笑する。

その目線は何故か祐一ではなく、無口で祐一を見つめている栞に向けられていた。

 

「…………鈍感」

「へ? 何か言ったか?」

「何でもないわ、私は相沢君と呼ばせて貰うわね」

「え、あ…あぁ、別にいいけど」

 

何処か調子が狂ったように祐一はそう答えた。

その様子を見て、面白くなさそうに栞は頬を膨らませる。

しかしそれには気づかず祐一は香里に問いかける。

 

「それで、香里は俺に何の用なんだ?」

「私も栞と同じ、軽くお手合わせして欲しいの」

「………お前もかよ」

 

祐一はそう呟きながら気が抜けたようにため息を一つついた。

 

 

 

 

「あれ……祐一?」

 

カノン学園廊下で祐一達は両手一杯に魔道書を抱えた名雪と鉢合わせになった。

隣には同じように魔道書を抱えた見たこと無い少女もいる。

……何故かこちらを睨んでいる気がするが、敵意はあまりないようなので祐一は気づかない振りをした。

 

「名雪か、どうしたんだ?」

「それは寧ろ祐一に言いたいよ、入学したのに全然学園に顔出さないんだから」

「まあ色々事情があってな、人知れず頑張ってたんだよ」

 

祐一はそう言いながら目を反らした。

確かに学園にこれなかった理由は様々あるが……一番大きい理由はめんどくさいからだった。

第一祐一自身が魔法自体にそれほど愛着を持っておらず、向上心がない。

ただ……便利な道具程度にしか見てないために新しい魔法を覚える気も無いし、必要も無かった。

当初学園に入る気さえ無かったが、入学してしまったものは仕方ない。

……中退でもしようものなら怖い罰が待っているからなぁっと祐一は心の中でため息をつく。

 

「後ろにいるのは香里に……栞ちゃん? 祐一と一緒なんだ」

「まあね、軽く模擬戦をして貰うことになってるの」

「あ、そっか……もうすぐ序列試験だしね」

「そう言うこと、優先事項は早い内に片づけておく」

 

香里は自信満々にそう言った。

名雪は苦笑して、祐一に無言で目配せをする。

 

『大変そうだね』

『厄介事には慣れてる』

『頑張ってね』

『あぁ』

 

祐一と名雪は目線だけでそう会話し、互いに苦笑しあう。

―――っと、祐一は無意識に軽く右腕を名雪の隣へと突き出した。

そこにいた少女は目を丸くして驚きながら祐一を見ている。

一瞬の視線の交差が、嫌に長く感じた。

祐一の腕はまだ少女に向けられていて、少女は魔道書を手に持ったまま固まっている。

魔力が、否応なく高まっていく。

残るは―――纏めた魔力を発現するだけ―――ッ!!

 

「あー、落としちゃったよ」

 

っと、二人の緊迫した空気を間の抜けた声がブチ壊した。

祐一と少女は視線を声の主へと向ける、だが意識だけは両者とも対峙した相手に向かっていた。

視線の先には、名雪が大量に持っていた魔道書が床に散乱していて泣きそうになっている所だった。

……一気に頭が冷めていった、祐一はゆっくりと腕を少女から外す。

少女も睨んでいた眼を少しだけ緩め名雪を心配そうに見る。

 

「ちょっと名雪、何してるのよ」

「わ……大丈夫ですか、名雪さん」

 

香里と栞はそう言いながら床に散乱した魔道書を拾っていく。

名雪はそんな二人に感謝の言葉を述べながら一緒にしゃがんで拾い始める。

……残る動かない、否、動けない二人はその場に立ちつくしているだけだった。

祐一は同じように動けない少女に向かい他の人間には聞こえないように呟く。

 

「……ちょいとそこの少女よ」

「…………何か御用でしょうか?」

「―――何で俺に殺気を当てた?」

 

祐一が反応した理由、それが殺気だった。

敵意ではない、殺意でもない、殺す寸前に放つ殺気だ。

つまりあの瞬間、祐一は無意識ながら殺気に反応し先に仕掛けようとしたのだ。

……名雪の魔道書が落下したことで一触即発の自体は回避したが。

 

「危うく殺す所だったぞ、まったく」

「…………る筈が無いでしょう」

「ん? 何か言ったか?」

「別に何も、殺気の件は失礼しました」

 

少女はそう無表情に呟く。

祐一は軽くため息をついた、殺気を当てられて理由が分からないのはいつもの事だ。

自分が起源者になった時からこんな事はしょっちゅうだが、久しく感じていなかった強襲だった。

だからこそ、無意識に祐一は相手を殺し返そうとしたのだ。

だが流石に学園の生徒に殺されそうになるとは思わなかった。

 

「一応聞いておきたいんだが、殺気少女……名前は?」

「…………上杉……謙信」

「―――上杉だと?」

 

祐一は本気で驚いたように眼を見開いた。

少女は自分の肩ぐらいしかない小柄、戦っても負ける気がしないほどの儚さも感じられる。

だが、それでも……その場から祐一は一歩退いた。

上杉―――それ自体はありふれたものだ。

知名度は恐らく最悪、一般人と変わらない程度の苗字。

しかし―――上杉謙信となると話は別だ。

その苗字と名は一緒にしてはいけない、それは……駄目だ。

 

「学園での名は上杉彩夏、元々の名を使っています」

「……襲名って訳か、上杉謙信は」

「あなた様へは何とお呼びすればよろしいですか、相沢祐一? 傍観者? それとも……否定者様とでも?」

 

侮蔑したような声で謙信はそう呟いた。

祐一は、露骨に顔を歪めて舌打ちする。

ここまで人間を嫌がる自分を感じるのは久しかった。

その事に対しても祐一は苛ついたようで面白くなさそうに頭を掻く。

 

「祐一でいい、俺は彩夏と呼べばいいのか?」

「お願い致します、間違えて"謙信"とでも呼ばれました日には命の保証は出来かねますのでご了承を」

「了承出来るか、そんな事」

 

祐一は本当に嫌気がさしたように少女に背を向けた。

そして……最後に睨むように少女に向かい呟いた。

 

「………………さっき殺しておけばよかったよ」

「それはこちらもです、祐一様」

 

 

 

 

「んー、何故か祐一さん機嫌悪そうです」

「そう? 私には良く分からないけど?」

 

そういいながら香里は前を歩く祐一を栞と一緒に眺める。

恍けているが香里にも分かっていた、そして栞は気づいていないだろうがさっきの出来事は香里も気づいていた。

流石に祐一に向けられた殺気のようなものには殆ど気づけなかったが、その後の祐一の行動には気づいた。

そしてその後、多分何回かあの少女と話した後、機嫌が悪くなったことは事実だ。

どうやら初対面みたいだったが……彼があそこまで露骨に他人を嫌うとは思ってなかった。

余程ウマが合わなかったのだろうか?

 

「それにしてもお姉ちゃん、どっちが先に戦うの?」

「え……? あぁ、模擬戦の事? 別に私はどっちでもいいわよ」

「そうなの? 私もどっちでもいいかなって思ってた」

 

そう言って栞は前を歩く祐一に近づく為に少し早足で駆けていった。

……どちらにしろ戦うことに変わりない、だから香里は本当にどちらでもよかった。

知りたいのは相沢祐一という人物の習性、特徴、特技、性格。

彼という存在の意味を知りたかっただけだ。

この戦いの後、次に戦うのは序列試験。

つまり本番はこの次となる、ここで負けようと勝とうと相手の手の内さえ見れればそれでいい。

問題は、美坂香里の分析力で相沢祐一という個体を分析しきれるかどうかにかかっている。

彼といくら戦おうが分析力がなければ何の意味もない。

だからこそ……今回の戦闘は大事であるが故に、順番などどうでもいい。

ただ戦いたい、相沢祐一と、それだけが望みだ。

 

 

「……精々粘らせてもらうわよ、相沢君」

 

 

to be continue……

 

 

 

 

 

 

あとがき

お待たせしました、ロード三話目更新です。

今回からリンクしたお話しが始まります。

『T』は美坂姉妹&相沢祐一中心のお話しになってます。

しかし学園ファンタジーは意外にネタ詰めが難しいですねw

時間が空いたのでこれからはいつもより早めに更新続けられると思います。

 

 

 

 

―――第二部・第三話−T★キャラクター辞典―――

 

【No.1】―相沢祐一(18歳)―

職業:ハンター&カノン学園二年生

得意属性:風

標準武装:詳細不明

魔法経験:2A

魔力測定:不明