「あーっ! 北川さん発見です!!」

 

カノン学園、第二指導室前廊下。

元気な声が木霊する。

少女は呼ばれて立ち止まった少年の元へと笑顔で走ってきた。

その少女を見て、少年は少々意外そうに走ってきている少女を見つめていた。

 

「へ……? あ、栞ちゃん?」

 

美坂栞、カノン学園一年。

美坂香里の妹であり、有名な美坂家の次女。

姉とは対照的にまだ子供っぽさが残る少女である。

栞は肩にかけてあるストールを片腕で押さえながらようやく北川の元へと辿り着いた。

 

「はぁ……、はぁ……、到着です」

「し、栞ちゃん大丈夫?」

 

北川は苦笑しながら栞を気遣った。

確か病気が完全には治っていないと聞くが……こんな運動して体の方に負荷はかからないのだろうか?

 

「大丈夫です……、ちょっと…運動不足で……」

 

栞は途絶え途絶えそう言いながら肩で息をする。

―――それにしても美坂栞が何の用だろうか?

北川は思考を繰り返す、しかし答えは出ない。

自分に話しかけてくる相手の利益がわからない。

姉の同級生だから、彼女よりも魔法技術において優れているから、交渉でもするつもりなのか。

……どれもないな、北川は軽く考えたいくつもの思考を破棄した。

一番近いのは姉の、美坂香里の同級生だからだという事だろうがどうやらそれだけではないらしい。

ここまで体力がない彼女が走ってでも俺を引き留めた理由……それがあるはずだ。

 

「それで? 栞ちゃん、どうかしたの?」

「祐一さんを見ませんでしたか!?」

「ゆういち……? あぁ、もしかして相沢の事か?」

 

相沢祐一、カノン学園"在籍"の二年生。

ここ数ヶ月で流石に慣れたが最初の頃は違和感が残っていた。

誰がどう上手くやったのかは知らないが、"あの"傍観者が今ここにいる。

カノンという国に在住しているという意味を……北川は正しく理解していた。

何が起きているのか、何がこれから起きるのか。

わからない事は……一種の恐怖でもあり、不安でもある。

 

「それで、相沢祐一がどうかした?」

「えぅ、それが探してるんですけど全然会えなくて……最後に見たのは戦争前なんですよ」

「あぁ……、あいつあんまり学校こないからなぁ」

「えぇ! そうなんですか?」

 

そう、在籍はしているが……相沢祐一はまだ数えるぐらいしか学園に来ていない。

戦争の一件でただでさえ目立つ肩書きを持つ相沢の知名度は今では殆どの学生が知るところとなっている。

数ヶ月経ってまだ姿を殆ど見せないのはそれが理由なのかもしれない。

……まあ単に面倒くさがり屋なだけかもしれないが。

 

「えぅ、ちょっとショックです……」

「そんなに会いたいならあいつの住まいを訪ねてみたら?」

「祐一さんの家ですか?」

 

学園の外にはいくつかの寮が存在する。

大抵の生徒はその寮に住み、僅かな時間さえも勉強に充てて過ごしている。

これは魔法を効率的に覚える為の学園側の措置で、カノンの学生達はここで多くの魔法を学ぶのだ。

北川も同じ学生寮で暮らしている為に相沢祐一の住まいは分かっていた。

 

「あぁ、確かあいつの部屋は第三男子学生寮の204室だった筈だけど」

「ありがとうございます、行ってきます!」

「へ……? い、今から?」

「―――はい、善は急げですっ!」

「あ、ちょっと待って……」

 

北川は静止の声をかけるが、栞はそのまま走り去ってしまった。

……なんだ、意外に体力あるじゃないか。

そんなことをフッと考えながら、静止を呼びかけた理由を思い出し苦笑する。

 

「まったく、姉妹揃って同じような事考えてるのか」

 

 

 

 

ロードナイツ

 

第二話

「日常はほのぼのと?」

 

 

 

 

「―――あれ? お姉ちゃん?」

「……え? し、栞?」

 

お姉ちゃんが立っていた。

ちょっとびっくりした顔で、何故か慌てたように。

…………ある部屋の前で、ノックしようとしたのか右手が不自然に上がっている。

それはいい、お姉ちゃんだって人間だ。

交友関係は自由だし、ここが男性寮だと言うことも考慮しても何ら不思議はない。

女性の立ち入りを禁止しているわけでもないし、実際寮の中を歩いてて他の女生徒とすれ違ったりもした。

だから何の不自然さもない、何の違和感もない。

ただ自分の姉が誰かを訪ねようとしていただけだ。

だから、私は"目を細めながら"お姉ちゃんへと近づいていった。

 

「お姉ちゃん、こんな所で奇遇だね」

「……えぇ、奇遇ね」

 

何故か目を反らすお姉ちゃんに私は笑顔を向けながら問いかける。

 

「ところで……お姉ちゃん"も"その部屋に何か用?」

「別に大した用事があるわけでもないんだけどね、ただちょっと……えっと…」

「ただ? ちょっと?」

「み、美坂家代表として色々とね」

 

お姉ちゃんはあくまでも目を反らしながら答える。

成る程、美坂家代表として、何かを伝えに来たらしい。

それならば不自然ではない。

美坂家は有名な貴族だし、こういう機会も多々あることだろう。

だからこそ、私こと美坂栞は笑顔を続けながら優しく問いかける。

 

「でもさ、それってお姉ちゃんの仕事じゃないよね?」

 

美坂家の権利委譲はまだ行われていない。

だからこそ、美坂香里はまだカノン学園生徒としてしか権限を持っておらず、一家の代表としては力不足だ。

第一代表としてお姉ちゃんが動くことは可笑しい。

その役目は本来自らが行う行為ではないからだ。

貴族が自分から動くときは必ずまずは使者を送る。

それが常識であり、美坂家としては掟でもある。

 

「それでお姉ちゃん、本当は祐一さんに何の用だったの?」

「…………う〜、もうわかったわよ、降参」

 

お姉ちゃんはそういうと深くため息をついた。

そして、お姉ちゃんは小さく私にだけ聞こえるように話し始めた。

 

「……ちょっと彼に頼みがあってね」

「頼み? 何の頼み?」

 

私がそう聞くとお姉ちゃんは一瞬迷ったような顔をしたが、その後私の顔を一度見て諦めたように苦笑した。

 

「模擬戦をして欲しいのよ、今度の序列試験の前に」

「それって序列試験の前に敵情視察って事?」

「似たようなものよ、彼の力には興味があるし、彼の生き様には関心があるの」

「…………う〜ん、分かった」

 

確かにその行動は魔法使いとして正しい。

未知の敵より知ってる強敵といった所だろう。

魔法使いは兎に角情報戦だ、自分の情報を漏らせば負けるし相手の情報を得れば勝てる。

絶対とは言い難いが、確率は増加するだろう。

だからこそ、魔法使いは知る行為を大事にする。

勝負は戦う前から始まっている、そして終わっている。

それこそが魔法使いの戦い、知識を蓄え知性を発揮し知恵を絞る。

 

「納得した? それじゃあ次は私の番」

「え……? お姉ちゃんの番?」

「そっ、魔法使いはギブ&テイク……栞は何しに来たの?」

 

お姉ちゃんは真面目そうな顔をしてこちらを見つめた。

何しに来た……と言われれば一つしかない。

だから私は迷わず口にした。

 

「祐一さんに会いに来ました」

「へぇ、あなた相沢祐一とそこまで親しかったんだ」

「え、う〜ん……っと」

「あら、違うの?」

 

戦争時一回会っただけだなぁ、そういえば。

親しいと言われるとどうなんだろうか、それほど親しくなれているとは思えない。

何せあんな別れ方をしたのだし、親しくなる暇も無かったといえばなかった。

……っというか、彼は私の事を覚えているだろうか。

確かに一時的にとはいえ一緒にいたが、その後覚えていてもらえているかわからない。

今までは盲目的にただ会いたかったが、実際に聞かれて即答出来るほどの自信はなかった。

果たして、相沢祐一は自分の事を覚えているのだろうか?

 

「…………えぅ」

「まあいいけど、栞も彼に会ってくんでしょ? じゃあ一緒に訪ねる?」

「う……、またにしようかなぁ」

 

自信が無くなった私は肩を落としながらそう呟いた。

仕方ない、一度出直して心の整理がついてからまた来よう。

……次に決心できる時は何時になるのか、わからないけど。

だから、私はお姉ちゃんと彼の部屋から背を向ける。

まだチャンスはいくらでもある、だから次頑張ろう。

栞はそう決意して、顔を上げる。

 

 

そして………………見た。

 

 

目の前に立っていた一人の少年の姿に、気づいた。

まるで偶然、だけど必然。

部屋があるのだから可能性はあった、だけど突然だった。

その少年は、顔を上げた少女に気づき笑いかけた。

その顔は、何処か親しみに満ちていて、何処か優しげに。

 

「祐一……さん?」

「よっ、久しぶりだな……栞」

 

 

 

 

同時刻昼下がり、素っ頓狂な声が室内に響いた。

 

「はい? 幻想神種を倒せるような剣が欲しい?」

 

秋桜麻衣子は目を丸くしながらそう問い返した。

幻想種を打倒する剣でさえ、世界に数本あるかないかというぐらいのもの。

それを幻想神種を倒せる剣が欲しいときた……麻衣子は内心で軽く苦笑する。

確かに世界には幻想神種に対抗出来るような剣は存在しないでもない。

でもそんなお伽話のような剣をそう簡単に入手出来たら苦労はしない。

それこそ、麻衣子が今開いているような魔術書を一日で1000冊は読んでその日の内に完璧に使用出来るぐらいの根気と根性が必要である。

そんな事、普通の人間に出来る事ではないし、その上……もし手に入れたとしてもその後が大変だ。

強い力は強い因縁を生む、強力な渦は無意識のうちに周囲を巻き込んでしまう。

ある意味、起源者より狙われやすい対象であり、起源者より厄介な単独兵器でもある。

何故なら、その剣が幻想神種を殺せるようなものだとしたら、起源を超えた力を持つということだからだ。

神剣、魔剣、聖剣、邪剣などには必ずと言っていいほどに……手にした人間を最終的に不幸にしてしまう事実がある。

だからこそ、その昔数多くいた特殊な剣の製作者は恐れを抱いた"人間達"に虐殺された。

今残っているような製作者達には以前のような力は無く、また有ったとしても作ろうとはしないだろう。

それほどまでに特別な力を持つ武器などは嫌われており、それに何より……一番敵に回してはいけない者達をも敵に回してしまう。

…………それは、単体でありながら人間兵器とまで言われる彼ら、起源者達である。

彼らの仲間意識は薄いが、自分達の地位を脅かす事や世界に何か起きた時のみは集結し、可能であれば力を合わせる。

つまりは人類の最高地点にいるであろうバケモノ達を一気に敵に回してしまう可能性もあると言うことだ。

 

「つまりは"剣"を持つということは"敵"を作ると同義なわけ、今は新しく創ってくれる製作者もいないだろうしね」

 

そう言って麻衣子は開きっぱなしだった魔術書を閉じた。

そしてまるでこれ以上話をする事は無いと言わんばかりに席を立ち、話しかけてきた人物の横を通って部屋から出て行った。

……話しかけた人物はただ無言で彼女を視線でのみ追いかけて見送る。

元よりそれほどまで期待はしていなかった、だが……話を聞いてみたかったのは事実だ。

だからこそ、麻衣子に話しかけた人物―――川澄舞は出て行った麻衣子の背中に向けて一言呟いた。

 

「…………草薙は?」

 

―――麻衣子の足が止まる。

まるで……何かに気づいたように、麻衣子はその場に立ちつくした。

舞はそれを見て言葉を続ける。

 

「……あの剣では、幻想神種には勝てない?」

「成る程、そう来るわけね?」

 

草薙の剣、現在の所有者である秋桜麻衣子は無表情で舞へと振り返る。

 

「確かに草薙、正式名称は"天叢雲剣"っていうんだけど……この剣は途轍もないポテンシャルを秘めてる」

「…………」

「でもね、あの"天之尾羽張"以上のこの剣だって最強でも最高でも最悪でも最低でも最弱でも最終でも最期でも最知でも無いの」

 

麻衣子はゆっくりと目を閉じる。

言い聞かせるように、理解してくるように。

 

「分かる? あの"神剣"でさえ超えた剣がどの分野でも負けてるのよ?」

 

それは……ただの確認。

自らが持つ剣の性能と、自分が知る剣達を比較しての……確認だった。

最も強いわけでもなく、最も優れているわけでもない。

途轍もなく、正直自分如きが扱いきれる代物ではない程の番外。

そんな刀でさえ、剣という分野に置いては……一歩退く程の世界。

確かに、それらが実際に存在しているかは不明だが……中にはあの起源者でさえ殺しきれるぐらいの神殺しまであると言われている。

元来より、剣は傷付ける道具であり、足りない力を補う為の道具である。

言ってみれば、神剣や魔剣などは、起源に至った剣の中の起源者。

究極の一でありながら絶対なる全、優れているわけではなく外れてしまった剣。

それほどまでに、彼女が追い求めている剣は危険であり、禁忌なのだ。

 

「…………一つ確認したい」

「ん? 何かしら?」

 

麻衣子は目を開けて舞を見つめた。

舞の顔には諦めは浮かんでいない、浮かぶのは決意の眼差し。

……最早何を言っても無駄か、っと麻衣子は軽く笑った。

 

「最強の剣とは何?」

「最も強い剣、どんな剣より強くてどんな盾をも切り裂ける程の剣」

 

「最高の剣とは何?」

「最も使える剣、どんな剣より使い勝手が良くて様々な面をカバーしてくれる反則品」

 

「それじゃあ……最悪の剣とは何?」

「……最も害悪な剣、周囲を巻き込み使用者自らも巻き込む傍迷惑な剣」

 

「…………」

「それで? あなたはどんな剣をお望みかしら?」

 

麻衣子は意地悪そうな顔をしながらそう聞いた。

どの道を選ぶのか、何を求めるのか。

王道を往くのか、邪道を征くのか、それとも……。

舞は一瞬考え、しかしすぐに答えを出す。

自分が求める物は決まっている。

自分がどの道を選ぶのか何て……最初から決まっている。

だから、舞は真っ直ぐな瞳を麻衣子に向けた。

 

「――――――最高の……剣」

 

 

 

 

「さーってと、それじゃあ行ってくるね!」

 

一人の少女がとあるお屋敷から走り出した。

髪は金髪の短めのポニーテール、そしてカノンの制服に身を包んでいた。

付けているリボンは緑色、カノン学園では一年生を指す色だ。

つまりは、魔法使い見習い一年生。

しかし、背に背負う剣は幼い容姿の少女には似合わぬほど派手に装飾が施されていた。

杖の代わりに他のモノを用いる魔法使いは少なくない。

中には剣を使う魔法使いもちゃんといる。

そんな事実がありながら、何故か違和感を拭いきれないほどに、その剣は少女とはまるで世界が違うように浮いていた。

 

「楽しい楽しい学園生活〜♪」

 

少女は嬉しそうにそう口ずさみながらカノンの街を駆けていく。

……そのスピードは尋常ではなく、背負っている剣の重みも何処吹く風とばかりに全速で商店街を駆け抜ける。

風を切るようなスピードに少女の髪も流れるように舞う。

 

「今度の序列試験では絶対一位取るからねー♪」

 

雪の上をまるで平地を滑るように走り抜ける。

っと、彼女が剣と一緒に背負っていた鞄から一枚のネームプレートが外れ落ちてしまった。

しかし、それに少女は気づくことなくただ学園を目指して走っていった。

雪の上に落下したネームプレートは音もなく柔らかい雪へと突き刺さる。

恐らくこのネームプレートが発見されるのは、もう少し先の事になるだろう。

雪が溶け始める春の終わり頃、歩行者が見つけるだろう。

何の意味もない出来事、ただ一枚のネームプレートが落ちただけの事。

そして……そのネームプレートには、小さく丸っこい字でこう書かれていた。

 

 

『北川沙耶』

 

 

to be continue……

 

 

 

 

 

 

あとがき

ほのぼの学園生活第一弾。

本当にほのぼのかと言いたくなる感じ。

まあ、あれですよね、何ですか。

マジで時間が無いです、えぇ。

頑張りたいのに時間は有限、寧ろ無限。

遣り繰りしないとな、これから。

 

 

 

 

―――第二部・第二話★用語辞典―――

 

―天之尾羽張―

分類:神剣 属性:炎&雷 出典『古事記』

嘗て八岐大蛇を倒した際に使われた竜殺しの剣。

属性的には対竜属性は付属されていない、単に『竜を殺した剣』というだけである。

両刃の直刀で、剣自体が刀神でありまたの名を十握剣と言う。

尚、八岐大蛇を倒した時に丁度尾に入っていた草薙の剣の刃に当たってしまい刃が欠けてしまった。

刃が欠けてしまった為に切れ味は低下したが、剣の部類としては上位に入る名剣。