世界はまるでカードのように束ねられている

一枚一枚に意志が宿り、力を得、そして争い遭う

例えカードが望まなくとも、絵柄通りの役割をこなさなくてはいけない

魔法使いも、騎士も、ハンターも

そして……魔物さえも

全ては運命のカードの手の上で

剣を握ろうとも、魔法を解き放とうとも

誰にも逆らえない、誰にも成し遂げられない

そのような異端、存在がしようが無い

そう、それこそ……運命を否定できぬ限り抗いようは無い

 

 

 

 

それが運命の決定である

 

 

 

 

ロードナイツ

 

第一話

「雪は、また降り始める」

 

 

 

 

少女は、ただそこに立っていた。

何をするわけでもなく、何を待つわけでもなく、何を思うわけでもなく。

黒く長い髪は後ろで縛られまるで蛇縫いの鞭が如く下げられている。

眼は細く、何者をも寄せ付けないような眼光を放つ。

着た鎧の胸当てには鋭く龍の絵が彫り込まれていた。

 

「―――」

 

何も考えずに顔を上げる。

頬に当たる風がまるで刃のように鋭い。

冷気は悪意を持つかのように少女の頬に厳しく当たっていた。

……少女はゆっくりと視線を戻し、目の前の景色を見る。

白く、そして美しいまでの光景がそこには広がっている。

外観はまるで要塞、だが……人工物でありながら自然にとけ込んだようなその風景はただただ美しかった。

魔法使い達が集まる場所、賢人が恐れ魔が憎む場所。

愚を犯し、聖を失いし都。

まるで幻想がそのまま形になったような奇跡の国。

―――少女は軽く腰に差してある刀に手を添えた。

抜く気は無い、だが……こうしていると不思議とざわめいた心は落ち着く。

まるで、戦が待っているかのように。

そして……そここそが自分の安住の地であるかのように。

明鏡止水―――少女は静かに眼を閉じた。

 

「―――カノン、起源者、魔法使い」

 

呟く言葉は降り積もる雪と共に消え去る。

起源者が居る国、害悪でありながら力を持つが故に存在し続ける毒。

人が人で無くなる始まりの愚、犯してはならぬ禁忌の法。

例え世界が望もうとも、誰が彼らを望むというのか。

世界は人の世、世界は魔の世。

―――それが現実ならば、起源は必要なき愚鈍な力。

鋭き純粋なる力を前にして崩れ去るべきもの。

例え世界が望もうとも、神が彼らを望むまい。

 

「ならば……侵犯者共、貴様らは背から斬り落としてくれよう」

 

刃が閃く、戦渦は過ぎ去ったカノン、だが―――戦痕はまだ拭えてはいないようだ。

 

 

 

 

「あぁーっ、暇〜!!」

 

本日何度目かの大声が部屋の中に響いた。

カノン城からさほど離れていない特別宿舎、その一室にその声の主は居た。

紅い髪を靡かせながら、部屋のソファーに腰を降ろしている。

ソファーのすぐ傍にある机の上には先程まで読んでいたのか魔道書が数冊乗っかっている。

 

「大体入学してから数週間で休校ってどういう事よ、何これいじめ?」

 

そう言いながら少女、"秋桜麻衣子"は軽く両腕を伸ばすと欠伸をしながら伸びをする。

こんな事を呟いているが、暇な時間は確かに嬉しかった。

麻衣子はカノンに入ってきてまだそう日にちが経っていない。

その上魔法学園に入ったはいいが思った以上に習得に苦戦している現状では良い勉強の機会だった。

だが、やはり一日中難しい理論が列なる魔道書を見続けるだけという日常は慣れていない麻衣子にとって辛いものがあった。

ただでさえ普段から本を読まない麻衣子は意味不明な言葉が綴られている魔法の本を読む事は拷問に近かった。

 

「才能ないのかなぁ……、私って」

 

そう弱音を吐きながら天井を見上げる。

見慣れない天井、いつも通りの嫌悪感が微妙に麻衣子を襲う。

幸せに成ることを望むな、幸せに在る事を望むな。

所詮この世界は絶望と悲惨な現実しか存在しない。

そしてを"視っている"麻衣子にとって現実とはただの苦痛でしかない。

 

「だがら―――どうしたのよ」

 

しかし麻衣子は気丈に、皮肉そうに笑う。

元より自分の決めた道、その結果で果てようとも覚悟の上。

自分は世界を破滅させる御子ならば、世界を識る御子とはなれないのだから。

そう、そして魔法を覚えるのも自分で決めたこと。

無理を通し、意地を選び、剣を賢とする為の修行。

それに……この程度、法術を学んだ時よりは数倍も―――。

 

「思い――出すなっ!」

 

麻衣子は拳を振り上げ自分の顔目掛けて躊躇無く振り下ろした。

鈍い音がして、一瞬鮮血が宙に舞った。

血が……流れる感触がする。

病んでいる、已んでいる、止んでいる。

自分は未だ停止している、あの場所から動いている感覚がない。

世界が終わり、世界が始まったあの時から……一歩も動いていないのではと思う。

それは恐怖、それは絶望、それは狂喜。

停止とは即ち変わらぬ事、それは確かに醜く絶望的だが……甘美でもある。

元々人間は絶望に酔う事ができ、その絶望が永遠に続くことを望むことさえ出来る。

それこそが―――病んでいる証拠、それこそが……止んでいる証拠。

 

「あー、駄目だ……やっぱ一人で居るのは駄目だ」

 

今までは、一人ではなかった。

一人にはなりたくなかった、一人ではいたくなかった。

誰かを、何かを、決して失いたくはなかった。

人を殺し魔を滅し愛を壊し憎を刺し生を失した。

それなのに求めるのは誰かの温もり、それ故に求めるのは他者との触れ合い。

他を拒絶しておいて―――自分は求めている。

誰かを守りたかった、誰かを愛したかった。

だけど、その結果が……あんな悲劇を招いてしまった。

自分が求めていたのは安住、自分が失ったのも安住。

世界を滅ぼす御子は、結局は世界に滅ぼされるだけの哀れな道化師。

結局は……それが藤間麻衣子の限界だった。

 

「……駄目だなぁ、本当に駄目だ」

 

今日はどうにかしている、麻衣子は流れ落ちる血を拭った。

そして立ち上がる、いつものように前だけを見つめる。

後悔が追いついてこないように、懺悔が終わらないように、だた前だけを見つめ続ける。

結果が分かっていようとも、今だけは……終わらない鎮魂歌に身を委ねていたかった……。

 

 

 

 

「はぇ? 世界で一番強い名剣?」

 

突然の問いかけに、佐祐理は呆けたように聞き返した。

あまりにも単純でありながらとても難しい質問に佐祐理は質問をしてきた少女を見つめ返す。

……見つめ返した先には黒髪の少女、川澄舞が何時になく真剣な面持ちで立っていた。

 

「……そう、所有者に力を与える剣、絶対の力を誇る剣」

「えっと……それは舞が欲しいって意味?」

 

彼女を知る佐祐理にとってそれは俄に信じられない事だった。

佐祐理が知っている川澄舞はここまで露骨な質問をしてくる人間じゃない。

彼女自身の突出した能力のせいでもあるし、元来の性格のせいもあり自己を補う為の剣を求める事が不思議だった。

しかも、その条件が自分の力量を無視した望みだということに。

すると、舞もその事は自覚しているのか少し顔を伏せながらしかし口調はしっかりと答える。

 

「…………まだわからない、でも知っておきたいから」

 

何が彼女をここまで駆り立てたのか、佐祐理にはわからない。

だけど、親友が自分を頼ってきている……佐祐理にはそれだけで十分だ。

だからこそ、佐祐理は真剣に考えて、舞の要求に最大限応えようと知識を集結させる。

 

「う〜ん、佐祐理もそこまで詳しくは知らないけど……例えば有名なアスカロンとかは?」

 

アスカロンの剣、嘗て一つの地域を支配していた竜をたった一人で倒した賢者が持っていた魔剣。

元は聖剣だったが、竜の血を浴びて魔剣になったという逸話があり現在では何処ぞの貴族の道楽で展示されているはずだ。

幻想種の竜を斬った事により、他の竜と戦う際に青白く光、堅い皮膚に触れた瞬間数秒だけ鋼の皮膚を水のように貫通させる事が出来るらしい。

魔剣であり、聖剣でもある有名な剣だ。

だが、舞はその話を聞いて、残念そうに首を振る。

 

「竜を殺す剣……幻想種ならそれでいいと思う、でも……」

「……舞の仮想敵は幻想神種なんだね?」

「………………」

 

佐祐理は舞の沈黙を肯定と受け取り一つため息をついた。

舞が目指しているもの、舞の行動の理由、舞の決意の重さ……全てが伝わってきた。

確かに幻想神種に立ち向かうには、アスカロンの剣では役不足だろう。

第一……あの化け物相手に剣一本で立ち向かう事自体が間違っている。

神とまで名がつく彼らに、傷は負わせたとしても返り討ちに遭うのが関の山だ。

だからこそ、佐祐理はある強い決意を抱きゆっくり話しかける。

 

「舞、幻想神種の力は前の戦いで知ってるよね?」

 

幻想神種、戦った相手は神話上の生き物。

九尾や悪魔のような神と定義するに相応しい化け物。

人間をまるでものともしない凶刃なる力を、佐祐理達は実際に感じていた。

そして、それは舞も同じだろう。

自分なら何とかなる、自分ならどうにかできる。

そんな浅はかな考えなんて浮かばないぐらいの現実。

まるで幻想と戦っているのではないかと錯覚してしまうぐらいの実力差。

得意の魔法も、得意な剣術も、神の前では児戯に等しいものだった。

 

「…………うん」

 

舞は否定しない、元来純粋な舞は嘘をつくことを殆どしない。

だからこそわかる、自分の非力さを。

外れた日常にしか必要ないぐらいの現実を、直視するその真っ直ぐな目は揺るがない。

全てを背負う覚悟をしている、全てを捨てる覚悟をしている。

佐祐理にはそう伝わってくるようで……諦めたように肩を竦めると、いつもの笑顔で舞を見つめる。

 

「あれはね、魔法じゃ太刀打ち出来ないし力でも制せない、それ以上のものが必要になる」

「…………わかってる」

 

そう、わかっている。

カノンの魔法じゃあ、カノン学園のレベルじゃあ、神には届かない。

そして、カノンの騎士では、学園最強の戦闘力では、あまりにも非力。

外れた現実を歩きたいなら、最低限の領域には達しないと潰される。

 

「才能だけじゃ倒せない、努力だけじゃ倒せない、前提条件を満たしてないと太刀打ちさえ出来ない」

「…………前提条件」

「佐祐理は今回の戦いで悟ったよ、"起源"には"起源"でないと押し負ける……」

「…………、起源」

 

それが結論、単純であり覆す事が難しい大きな壁。

常人では至れない遙かなる高み。

起源……それが無い限りは対等の力を持てない。

 

「そう、それが前提条件……それはわかる?」

「起源がないと飲み込まれる、それは体感した」

 

別に起源者に対して絶対に起源が必要というわけではない。

例えば不死者ではない人間の起源者をたった一本のナイフで倒すことは可能だ。

元来起源とは戦う力ではない、根源たる何かなのだ。

だからこそ、戦った大蛇のような起源者は異常なる力を持っているといえるだろう。

だが、起源を持つ者が巨大なる力を持っている事には違いない。

 

「経験であるから単純に説明するけど、人間では正直幻想神種には勝てない」

「…………」

 

それもまた事実ではある、人間が魔物の幻想神種に勝てる事は殆どない。

人間の起源者ならまだ、身体的に優れてる魔物の起源者に勝てる者はいない。

……普通の人間ならば、戦う事さえ出来ないだろう。

 

「それでも勝ちたい?」

「…………勝ち…たい」

 

舞は絞り出すようにそう答える。

元より無謀は百も承知、だが、信念がそう言わせる。

勝ちたいと、負けたくないと。

再度確認した佐祐理はニッコリと微笑む。

 

「だったら……方法は二つ」

「二つ?」

 

舞は驚いたように顔を上げる。

二つ、考えようによっては多すぎる数。

神と戦う方法が二つもあるという。

自分自身の力を換算したとしても……一つあるかないかぐらいだ。

それを、彼女は……神に対抗する術が二つもあると言った。

俄には信じられないが、自分の親友は何の考えもなしに言う人間ではない。

確実ではないだろうが、十分な勝算がある方法だろう。

 

「一つはさっき舞が言った事、剣を探してるんだよね? それも……神を殺せるような剣」

「思い当たる剣があるの?」

 

神を殺せる剣、たった一本の剣で神を打倒出来るそれ単体で巨大なる力を持つ剣。

最早書物でしか知らないような剣がそれに当たる剣だろう。

存在するかも怪しい、それこそが聖剣、魔剣の最上級品。

そんなものに思い当たる事があるのだろうか?

 

「曰く付きの"剣"ならね、多分あれが制御出来れば少しは幻想神種にも対抗できる」

「その名前は……?」

 

そして、佐祐理は一瞬真顔になる。

 

「魔剣の頂点、そして死剣と呼ばれるティルフィング……破滅と破壊と勝利の剣」

「ティル……フィング?」

 

魔剣ティルフィング、神話時代の曰く付きの遺物。

嘗て様々な人間達がその剣を持ち、戦争に勝利してきた絶対勝利の名剣。

それ自体が最凶の力を持つ、剣にして剣ではない魔剣の王。

あまりにも強い力を持つ魔剣、しかし……その制御にはとある条件が必要だった。

しかし、佐祐理は敢えてその条件を伏せ、笑顔で続きを話し始める。

 

「そうだよ、そして……その魔剣は今近くに存在している」

「……近くに? そんな剣が?」

「とっても身近にね、……カノンにあるよ」

 

瞬間、舞の目が見開かれる。

佐祐理がいった言葉は、瞬時に舞は理解した。

だが、理解しても尚、理解出来ないと本能は叫んだ。

 

「そんな筈……ない、そんな剣がある筈無い」

 

カノンに、折角平和を取り戻したばかりのカノンにそんなものがあってはならない。

そのような危険なものが存在したならば……何故カノンはここまで追いつめられたというのか。

奇跡を起こす術がなければ、いや……その前にあの"否定者"がいなければどうなっていたことか。

舞のそんな珍しい狼狽えに、佐祐理は優しく微笑んだままゆっくりと否定する。

 

 

「あるよ……、だってそれは有名な"魔剣使い"の究極の一振り……彼女の"愛剣"だからね」

 

 

to be continue……

 

 

 

 

 

 

あとがき

第一話〜、何かまた説明回〜。

何故か重苦しい、考えてた内容と違うよ!?

次回からはほのぼの学園生活。

多分……恐らく。

最近時間よりパソコン開いている時間が少ない気がしてならないorz

 

 

 

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―――第二部・第一話★用語辞典―――

 

―アスカロン―

分類:聖剣&魔剣 属性:対竜族種 出典『黄金伝説』

聖人が持っていたとされる剣、竜族対して追加属性が付く。

嘗てとある地域を支配していた闇黒竜をこの一振りの聖剣で倒したことによりこの剣は魔剣と変わる。

聖なる力を維持しながらも闇の力を得た剣は、岩をも切り裂く。

その上竜の鱗を斬る際は更に数倍切れ味が増し、対竜族種の剣としても優れる。

 

―ティルフィング―

分類:魔剣 属性:絶対勝利&破滅運命 出典『現在不明』

恐らく数多くある魔剣の中でも一位二位を争うほどの名剣。

レーヴァテイン、バルムンク、エクスカリバーなどの聖剣、魔剣に比べて知名度は低いが能力的には他の剣に匹敵する力を持つ。

最凶なる剣とも呼ばれるほどの能力を兼ね備えている。

しかし、この剣を使用すると多大なる等価が必要とさる事を踏まえると、必ずしも最強の剣とは言い辛い。