「なぁなぁ! 久瀬、聞いたか?」
「ん? なんだ北川君か……何か用かい?」
昼下がり、同じ学年の北川君が魔法修練所に走りこんでくるなりそう僕に聞いてきた。
丁度新しい魔法の習得の為、精神集中しようとしていた所だったからあまり歓迎はしていないのだが……。
しかし、そんな僕の気持ちとは裏腹に北川君はニコニコ笑いながら嬉しそうに話し出す。
―――まったく、その邪気がなさそうな顔の裏で何を考えているんだか……。
「今度うちらの学年に新しく新入生が入ってくるんだってよ!」
「……北川君、別にカノン学園ではそんな事しょっちゅうだろう、それだけなら僕は魔法習得があるからこれで……」
「―――まあ聞けって、新入生の名前……聞きたくないか?」
「……名前?」
新入生の名前がどうかしたんだろうか?
僕は微かに北川君の話しに惹かれ精神集中を完全に解く。
「それで? 新入生の名前がどうしたんだい?」
「今回の新入生は二人なんだけどな……、その内一人は秋桜麻衣子、―――知ってるか?」
「あぁ、確か……「メイスの麻衣子」だろう? ハンター界で少し話題になっているらしいね」
僕にはまったく興味がないけどハンター達の間ではこの頃名の売れてきたC級ハンターの名前だったはずだ。
……なるほど、彼女がカノン学園に来るとなれば少しは話題になるか。
若干17歳という若さでハンターC級を獲得した実力はルーキーの中でも飛びぬけた才能の持ち主だと聞いた。
まあ、カノン魔法学園に来てからもその実力とやらを発揮出来るかどうか楽しみではある。
新たなる僕の踏み台となれるぐらいには噂通りの実力者であって欲しいものだ……。
「話はそれで終わりかい?」
「何言ってんだ、これからが本題だろ?」
「………どういうことだ?」
「つまり、秋桜麻衣子はオマケ……本題はもう一人の方さ」
「―――彼女より気になる生徒が入ってきたというのかい?」
「メイスの麻衣子」をオマケと言い切るほどの人物……。
「まさか「断罪者」や「魔剣使い」とか言わないだろうね?」
まあそうなったらなったで面白い事になるけどね。
そんな化け物達が入ってきたらうちの学園で太刀打ち出来る者などそれこそ川澄舞(かわすみまい)ぐらいのものだ。
………まあ彼らのようなフリーランスが学徒なんていう枷に自分からはまりにこないだろうけどね。
彼らは単一でありながら強力すぎるために何処か一箇所の組織に所属するだけで大変な事になる。
それが例え魔法使いのタマゴを育成する機関だとしても……。
彼らのような「二つ名持ち」が学園に入った瞬間、それはもう強力な魔法兵器を手に入れたと同じなのだ。
―――下手したらそれだけでもう一国家以上の力を手に入れる事になるのだから。
もしかしたらそれが原因で他国と戦争になるかもしれない、まあそうなってもカノンに負けはなさそうだけどね。
しかし、次の北川君が言った言葉を聞いた瞬間―――僕は自分の耳を疑った。
「まさか、それ以上に上等なものさ」
「―――何? それはどういうことだ!」
「魔剣使い」や「断罪者」以上の存在だと!?
ありえない、二つ名を持つその二人以上の存在など……そんな異常がこのカノンにいるはずがない。
彼らを超す存在など……、神や悪魔を除けば「剣の支配者」と「大召喚術士」ぐらいのものだ。
しかし、それこそありえるわけがない。
そんなものが学園に加われば……全大陸にある国家が集まりカノンを潰しにくる。
最上級の魔族である真祖の吸血鬼、堕天使、竜神などの幻想神種を単一で葬れる存在など世界にとって害でしかない。
今では彼らの顔すら見たものはもはや数えるぐらいしかいないだろう。
もし、そんな異常が本気で人間を潰そうと思えば……出来るかもしれない。
もはや人間という存在を"越えし者”、それが人間でもなく魔物でもない究極の一、"ロード"と呼ばれる世界の異常だ。
「………それで? それ以上の存在とは誰なんだ?」
「何そんな青い顔してるんだ? ………安心しな、多分久瀬が考えてるような物騒な存在じゃあない」
「それじゃあ……誰なんだい?」
「―――相沢祐一、ただの"傍観者"さ」
―――瞬間、僕の持っていた紅い宝石がついた鉄製の杖が音を立てて地面に落ちた。
「魔法学園」
「祐一、麻衣子ちゃん、ここがカノン学園だよ!」
「………でかいわね」
「………あぁ、でかいな」
名雪に連れられてこられたのは俺達が今後通うカノン学園だ。
目の前にある校舎の純白の壁には魔法文字が組み込まれていて簡易魔方陣の役割を果たしているんだろう。
………う〜ん、多分あれは魔力を込めると何か大きい魔法が発動するようになっているんだろうな。
例えば対魔法防御の結界とか、校舎事何処かに飛ばす魔法とか。
まあそれはいい……魔法使いのタマゴ達が通う学園だ、そのぐらいの設備があって当然だろう。
問題はその大きさだ、こう見上げているだけで首がつりそうなぐらいに高い校舎はどういうことだろうか?
これって小さい国の……城ぐらいはあるんじゃないか?
「えへへ♪ 驚いた?」
「あぁ、でかすぎだろ」
「うぅ、見上げているだけで頭痛くなる〜」
隣でくらくらと目を回しているやつは置いておいて……。
「カノンって魔法使い育成にそれほど力を入れてるのか?」
「うん、カノンの要である職業だからね」
「そっか、……それならさぞかし学園内も校内争いとか多そうだな」
「……う〜ん、そうだね、序列順位っていう制度があるからみんな必死だよ」
「名雪もか?」
「私はそんな……、魔法使いとしては才能無いから……」
名雪はそういって悲しそうに顔をふせる。
……そっか、そういえば昔から名雪は魔法を使うのが苦手だったな。
治癒系統の魔法は扱いは上手いくせに攻撃魔法や防御魔法になると途端に駄目になってしまう。
魔法学園ではそれは結構致命的なんだろうな……。
俺は名雪を慰める意味も込めて頭をそっと撫でる。
「………祐一?」
「ん? なんだ?」
「なんで頭を撫でてるの?」
「嫌か?」
「………………ううん、気持ちいいよ」
「………そっか」
もっと努力すれば大丈夫……なんて気の利かない言葉は口にしない。
名雪は自分の出来ない事を努力して克服しようと頑張るやつだ。
これ以上こいつを追い詰める言葉は絶対に言っちゃいけない、それこそ今度は体を壊すほど努力してしまうようなやつだから。
そんな俺の気持ちが伝わったのかはわからないが名雪も目を閉じただ黙って頭をこちらに差し出してくる。
「…………」
いつもならちょっかい出してきそうな麻衣子も黙って優しい顔で名雪を見ている。
……こいつも同じような立場に立った事があるから気持ちはわかるんだろう。
そうして暫く名雪を撫でた後、俺はそっと手を下ろした。
「さてと……、それじゃあそろそろカノン学園に入ってみるか、案内頼むな……名雪」
「うん! お任せだよ!」
「あ! それじゃあ私食堂行きたい! お腹へってきちゃった〜」
「それじゃあまずは学食にご案内だね♪ こっちだよ〜」
……カノン学園か、取り合えず面倒くさい事にならなきゃいいけどな。
「あら? 北川君じゃない、休日に珍しい」
「おう、美坂か〜、相変わらず休日にまで勉強か? 優等生だな〜」
「何よ、嫌味? 私にはあなたみたいに生まれながらの才能がないからね」
図書館での魔法勉強を少し休み昼食を取りに来ていた食堂で私は北川君を見つけた。
珍しく休日の学園に来ていた彼はすでに食器を受け取り席に座っている。
一人のようなので私も食堂で食事を受け取り彼の対面の席に座る。
「なんだ? 美坂またターキーライスかよ……、好きだなそれ」
「好きなんだからいいでしょ? あなたこそまたカキバタじゃない」
「意外に美味いぜ? アンバタと違って甘くないしな」
「そんなこといったらターキーライスだって美味しいわよ、この辛さが」
北川君はふーんと頷きながらカキバタを食べる。
カキバタとはパンにカキの種と呼ばれる果物をはさんだものだ。
簡単に作れるものだが意外に美味しく栄養もあるため人気が高い。
対して私が頼んだターキーライスは鳥と辛味の調味料を米に混ぜて蒸したものだ。
こちらも簡易料理の一つとして挙げられるがまあ美味しい事は確かだ。
「あぁ、それより聞いたか? 今度新入生が入ってくるらしいぜ?」
「ふ〜ん、……今度は何処の道楽貴族なのかしら?」
私はピリッと辛いターキーライスを食べながらそう呟く。
……近頃のカノン学園入学者はカノン貴族の子供である事が多い。
大した腕もないくせにただ無駄に威張る癖はどうにかして欲しい。
せめて威張るのなら序列戦争に加われるぐらい努力をしろというのだ……、まったく。
そういう点では私の親友である名雪を見習って欲しい。
彼女は本当に努力している、それに生まれながらの才能もあると思う。
ただでさえ、"あの"秋子さんの娘なのでそれは間違いない。
だけど……、欲がないというのか……よくはわからないが彼女は攻撃魔法がとにかく苦手だ。
魔法とは科学、そして科学者とは欲がなくては勤まらない。
その点で……名雪は優しすぎるのかもしれない。
「んにゃ、今回は違うらしいぜ? どうやら外部からのお客さんみたいだ」
「あら? そうなの? いやに詳しいわね……もしかしてまた彼女に聞いたの?」
「おう! なんてったって身近にあんなに優秀な情報屋がいるんだから活用するさ」
はぁ……、北川君には呆れてしまう。
なんでこういう無駄な事には彼はこんなにも力をいれるんだろうか?
その力をもっと魔法使いとしての勉強に注げば今以上の高みにいけるというのに……。
「それで? 今回はどういう人なの?」
「むふふ〜、なんとあの「メイスの麻衣子」だぜ!? 俺も流石にびっくりしたよ」
「………誰?」
あ、北川君がずっこけた。
それでもカキバタはちゃんと死守しているあたり中々の執念だ。
「美坂って本当に魔法の事にしか興味ないのな……」
「あら? そんなに有名なの?」
「当たり前だろ? 17歳でハンターC級を取った天才だよ、知らんのか?」
「知らないわ、それにうちには19歳って若さでハンターA級を取った川澄さんがいるじゃない」
川澄舞、彼女は私が目指す魔法使いの一人だ。
魔法経験2S、魔力測定……計測不能という現在存在するカノンの魔法使いの中でも飛びぬけた存在だ。
卒業まじかということもありカノン王国騎士団からの強烈なオファーが来ているらしい。
しかも彼女は魔法使いでありながら剣技に優れ剣士としても一流だ。
19歳にして既に将来の二つ名候補としてまで期待されている天才中の天才だ。
―――彼女に届かなくとも、出来るだけ近づく事が今の私の目標だ。
「まあ……、川澄先輩は別格だろ?」
「あのねぇ、前から言ってるけど先輩って何よ?」
「えー? だって先輩じゃん、年齢だって一つ上だし」
「私達は魔法使いよ? 上も下も無い……でしょ?」
「んー、でも美坂だって川澄さんって呼んでじゃん」
「それは私が尊敬してるからよ」
「んじゃ俺も尊敬してるから先輩なのだ、うん」
それは名案だといわんばかりに大げさに頷く北川君。
……まったく、この昼行灯は。
「で? そのメイスの麻衣子さんとやらはそれほど凄い魔法使いなの?」
「んにゃ、魔法使い所か魔法一つ使えないらしい」
「何よそれ、まったくの初心者って事?」
「おう、しかも魔法経験所か魔力測定でさえ測っていない初心者」
「………なんか面白く無いわね、もしかしてその人名前だけで入ったの?」
それなら貴族となんら変わらないでないか。
期待して損した、私はもはや興味を失いターキーライスをまた食べ始めた。
そんな私を見て北川君は苦笑しながら話を続けた。
「まあまあ、「メイスの麻衣子」はこれからの検査に期待って事で……問題はもう一人さ」
「もう一人? 誰?」
「さあ? "俺も名前までは知らないけど"なんでも魔法経験2Aだって話だ」
「―――その人の話を詳しく聞かせて」
私は再びスプーンを下ろし顔を上げた。
「あぁ、俺達と同じ学年でなんでも今回の序列試験までには入学するそうだ」
「…………そう、また頭痛の種が出来たわね」
「まったくだ」
「北川君は別に関係ないでしょ?」
「そんな事無いさ、流石に今回はやばいかもしれないだろ? 序列落ちするかもな」
「何言ってるのよ、―――2年序列1位の天才魔法使いさん?」
「…………それを言うなって」
北川君は気まずそうに笑いながら上を見上げる。
―――北川潤、彼はカノン学園に入学した時からその名前は皆に知られている。
しかし、誰が彼を見ただけでその実力を感じる事が出来るだろうか?
まさに昼行灯……、風系の魔法のスペシャリスト。
今まで序列3位以内に落ちたことのない天才だ。
魔法経験こそ3Aだが使える魔法は多く知識も豊富だ。
魔法経験では勝る1Sの川口護や久瀬英貴をおさえて序列1位になったのはそれが理由だ。
「そんなあなたに新参者が勝てるわけないでしょ?」
「―――さてさて、それなら俺も気が楽なんだけどな〜」
「……………?」
「昼行灯はどっちかって事さ……」
彼はそう呟きながらまたカキバタを一口頬張った。
to be continue……
あとがき
第三話いかがでしたでしょうか?
いよいよその存在が怪しくなってきた祐一君。
それと昼行灯、北川潤登場。
序列1位とびっくり意外に実力者です……、アンテナの癖にw
頭くらくら〜、自分で読み直して目が痛くなるぐらいの……SSです(汗)
すでにデフォですがこのSSは毎日更新ではありません(笑)
―――第三話★用語辞典―――
―魔法修練所―
カノン学園にある魔法実習講義で行う為の場所。
休日ともなれば生徒に自由解放され魔法の訓練などに使用される。
対魔法結界が周囲に張られていてちょっとやそっとの魔法では傷さえつけられない。
―断罪者―
二つ名持ちとしてはもっとも有名な"罪を断つ者"
職業はハンターでS級保持者の天才ハンター。
―魔剣使い―
究極の一を持つとされる二つ名持ち、魔剣使い。
こちらは完全なフリーランスで現在は何処にいるかもわからない。
―剣の支配者―
剣と名のつくものなら誰よりも知り、扱う事が出来る者。
剣だけを持ち、剣だけを使う、二つ名持ちの中でも最強の単独戦闘能力を持つとされているが詳細は不明。
―大召喚術士―
既に存在するのかさえわからない究極の召喚術士。
噂では幻想種や架空の魔物さえ召喚出来るとされている、総合戦闘能力ならば二つ名持ち最強であるらしい。
最古の二つ名持ちで今現在の年齢は存命なら300歳以上を越えているだろう。
なので既に死んだとされている。
―幻想神種―
幻想種と呼ばれる上級魔族のさらに上を行く存在。
神とさえ名をつけるその存在は戦闘能力では他を寄せ付けない。
―カノン貴族―
カノン王国の城下町に住む貴族の事を指す。
魔法使いの家系としては有名ではないがやはり貴族という事で平民より待遇はいい。
―カキの種―
カキの種=柿の種ではない。
赤い果物で果実自体は酸っぱくて食べられたものではないが種はほんのり甘く美味である。