「……はっ? 本家が襲撃?」


飛んできた鳥の足についていた書状を広げると北川潤は驚きに目を見開いた。

北川家襲撃、被害状況不明、生存者……不明。

そのような文面が踊る、北川は眉を顰めた。

つまり……北川家本家が潰されたと。

北川桔梗はどうしたのだろうか、無事なのか……それとも。


「……沙耶はどうしたんだ、そういえば」


お目付役だった沙耶は今近くに居ない。

まあお目付役と言ってもそこまで忠実に付き従う奴じゃない。

形だけは付きそい監視役としての義務を果たす気はあまりないようだ。


「どうする……か、ねぇ」


正直、今の北川は、迷っていた。

今すぐに本家に向かうべきなのだろうが、迷う。

北川家を捨てようとしてた矢先、こんな事があった。

……仮にもう捨ててたとしたら、この程度の事件…気にするわけにはいかない。

何故なら捨てたのだ、もう他人事になってしまう。

ただの北川潤になら……もう必要ないものだ。


「それに助けてくれ…っていう事じゃないみたいだしな」


苦笑する、現状報告だけの手紙でどうすればいいのか。

しかも、今北川家に向かったところで……もう手遅れだ。

ならば今の自分が出来る事はない。

襲撃中ならまだしも、襲撃後に手紙を寄越す時点で…こちらに手の出しようが無い。

これから襲撃者を追ってカノン中の徘徊でもしろという命令だろうか?

まあそんな義理もない。

だから自分には関係ない……犯人が目の前に居たら少しは手助けぐらいはしてやるが。


「さーて、これからどうしようかねぇ」


北川はそう言いながら手紙を投げ捨てる。

雪の上に手紙が落ち、運んできた鳥は不満そうに鳴いて何処かへ飛んでいった。


「あー、暇だ……そうだなぁ…………暇だ」


そう呟いて、北川は軽く跳躍する。

そして住宅街の屋根に滑るように着地、そのまま走り出した。

雪が滑り走りにくいが魔力を足に込めて滑らないように踏ん張る。


「暇だし……ちょっと遊んでくるか…」


北川はそういいながら、腰に差した魔剣の柄を握り歯を強く噛み締めていた。
 

 

 

 


ロードナイツ

 

第六話−W

「殺し遭い」

 

 

 

 

「あー、たく……やってらんねぇ!」


悪態をつきながらその男は路地裏で壁を蹴る。

不機嫌に頭をかきながら舌打ちをして、被害を確かめる。

まず右腕、ほぼ炭化している。

恐らく……余程卓越した魔法使いでなければ治す事は難しいだろう。

そして左肩、"何か"に抉られた様な傷跡が広がる。

後は両足、痛みより痺れが残っている。

傷は表面上ないが内部はかなり傷ついている。

まさかこれほどとは…想像していなかった。


「北川桔梗……なんつー婆だありゃ…」


まさに満身創痍、男は忌々しそうに北川家の方を睨んだ。

北川家の実力者、既に廃れた家系。

そう聞いていた、否――聞かされていた筈だ。


「くそっ、簡単な"回収任務"じゃねーのかよっ!」


男は抱えているモノに目を落とす。

そこには白い布に包まれた物体があった。

大きさでいえば短剣ほどの小ささであり、持ち運びは楽だった。

今回の任務はこれだけだった、北川家を潰す事は"ついで"でしかない。

それほど簡単な任務だと聞かされていたのに、終わってみればこの有り様だ。


「あーあ、だりぃ……」


壁に寄りかかりながらポケットに入っている草を取り出した。

そしてそれを噛むと目をつぶって腕で脂汗が滲む額を拭う。

痛み止めの為の苦さが口いっぱいに広がる。

苦々しい、そして寒々しい。

こんな国、無くなってしまえばいい。

男は頭上を見あげて目を細めた。


「雪ばっかで……だりぃ国だな、ここは」


雪が降る、他国を放浪していた身としては目新しさを通り越して苛立ちを覚えた。

足元の雪が踏みしめる音が嫌いだ。

だというのに……ザクザクという音が耳に届いた。


「…………あ?」


目を向けて、そして絶句した。

 

 

 


北川家は武家である、貴族であるが国を守ることよりも家系を守ることを優先している。

それ故に他の貴族とはそれほど深い交友関係はない。

しかし、それでいて無視できないほどに北川家の影響力は高い。

だから、この結果になる事もある意味当然と言えるかもしれない。

 

 

 


「まったく……本当にやめてほしいですね」

「な、なんだ……てめぇは!?」


その"少年"は眼鏡を指で軽く弾くように押し上げた。

そしてその腕には漆黒の腕輪、無手ではあるが……それが異常さを深いものにしている。

魔法使い……なのだろうか。

しかしいきなり現れたにしては……奇襲でもない。

まるでこちらに気付かせるように、気づくまで待っていたかのように。


「僕はこういう役は合ってないんですよ、そうでしょう?」


少年はため息を吐きながら漆黒のローブを脱ぎ捨てた。

隠す気はない、否……隠しても仕方がないと言わんばかりに。

その下には、情報であったとある魔法学園の制服がのぞいていた。


「カノン魔法学園生徒……?」

「自己紹介でもします? いえ、必要ないですね」

「な……に?」

「だってそうでしょう?」


そして少年は呟くように詠唱した。

次の瞬間……少年の"腕輪"から漆黒の槍が飛び出した。


「待て……確かてめぇ…、くそっ…俺はてめぇの親に頼まれて……!?」

「だから回収に来たんでしょう、頭の回転が悪い人間は嫌いでしてね」


男は驚愕しながらも満身創痍の体を動かして漆黒の槍の投擲を避ける。

これでも男は修羅場を潜った猛者である。

依頼人の裏切りなど一つの結果として予想はしていた。

それでなければこの世界で生きていくことなど出来はしないだろう。

だが、そんな男でさえ……目の前の光景は異常だった。


「学生というのは面倒でしてね、何時も何処でも力を抑えなきゃいけない」

「……て、てめぇ」

「でもね、"殲滅"となると話は別ですよ……覚えておくといい、魔法使いは殲滅戦では恐ろしい存在になると」


男は撤退するために後ろを振り返るが、既に遅かった。

そこには、漆黒の壁が邪魔をするように立ちはだかっていた。


「結界……だと!」

「無駄ですよ、えぇ……本当に」


少年は笑いながら漆黒の槍を腕輪から取り出すとまるで重力を無視したように軽く投げる。

投げ方に反して恐ろしい速度で投擲される槍は路地裏の狭い範囲では避けようがなかった。

男は舌打ちしながら飛んできた槍を両腕で受け止める。

回転がかかっていた槍を何とか受け止めたが男の手のひらが焼けつくような痛みを感じる。

摩擦、魔力を帯びた掌が焼けつくような摩擦を受けていた。

こんなもの……生身で受けていたら、どうなっていたことか。


「何者だよ、てめぇ」

「分かっていることを、知っていることを、他人に確認する作業が必要ですか?」


少年はくだらないとそういう仕草で雑に足元に積もる雪を蹴り散らかす。

どうやら機嫌が最悪のようだが、そんな事男には関係ない。

どうすればこの場を切り抜けられるのか、今重要なのはそれだけだった。


「まったく、何故今さら北川家を襲撃など……馬鹿な事を考えるのか」

「……てめぇの親が昔気質の貴族だからだろうが、貴族なんてもんはな……基本的にそういうもんなんだよ」

「嫌いですね、その考え方」


腕を振るう。

しかし男は少し体を傾けるだけでかわした。

どうやら一度受けた攻撃を見切れる程度の実力はあるようだ。

少年は目の前の相手の評価を一つ上げる事にする。


「彼らも舐められたものですね、あなた方は北川家の本質にまったく気づいていない」

「はっ、確かに厄介だったよ……あの婆は」

「ふっ……やはり何も理解していないようですね」

「何?」


少年は呆れたように大げさに溜息をついた。

男にはその仕草の意味がわからない。

北川桔梗は北川家の核だ。

確かに実力的には恐ろしいものがあったが、底を見てしまえば他はそれほど怖くない。

それが男の持論であり、また当然の事だった。

だが、少年は眼鏡をいじりながら恐ろしく冷たい目で男を見つめる。


「彼はね、優しいんですよ」

「…………何だと?」

「まったくもって優しい、あの優しさは愚かなものでね……行き過ぎた優しさは時に過ぎた悪い結果をもたらしてしまう」


勿体ぶるように話す少年。

意味が分からずただ耳を傾けるだけの男。


「それが彼の弱点でもあり強さでもある、しかしその優しさを蹂躙し彼の大切なものを壊した……今僕があなたを壊す事は僕の優しさでもあるんですがね」

「どういう事だ、それは」

「わかりませんか? 僕が殺してあげれば苦しまずに死ねる程度の処置はしてあげるといってるんですよ」

「………」

「それが優しさというものだ、だがあなたはその優しさまで放棄した、今の彼は恐ろしいほどに……容赦がないというのに」


瞬間、少年と男を囲っていた結界が崩れ去った。

硝子の割れるような音が響き渡り周囲に光が満ちる。

薄暗かった路地裏が、まるで直接日を浴びたように灯りが咲いていた。

少年は軽く舌打ちをし、焦ったように数歩後退する。

男は全身に感じる悪寒を抑えようとするが、それをするための腕は動かない。

そして……段々と周囲の雪が溶け始めた。

雪が溶ければ水となる、それが普通の現象だ。

しかし、雪は液体にはならず気体へと化す。

雪の国は、男がイラつき少年が蹴り散らかした雪が……一角ではあるがその熱量に支配されてしまったように、熱をもった。

男は思い出す。

そういえば、聞いた事がある。

北川家の家系属性は火、しかも武家から成りあがれるだけの力量を持つ炎。


「―――先に言っておくんだけどよ、犯罪者」


そして、路地裏の入り口……そこに立っているのは。


「お前なんてどうでもいい、あぁ本当にどうでもいいんだよ、家族は嫌いだし家系もどうでもいい……呆れたことに家は俺にとっては居心地悪い場所だった」


片手に魔剣を持ち、そしてその魔剣から溢れ出る炎に腕を焦がしながら立っているのは。


「可笑しいだろ? 家ってのは安心する居場所の筈なのにな、だからお前を怨んじゃいないんだ……本当だぜ?」


剣を持つ手とは別に空いた手、魔力を込めもう一人の人物を意識したように高めて立っているのは。


「たださ、暇なんだよ……俺は」


顔を伏せ、肩まで焼けつくした服など気にせず奥歯を噛みしめて立っているのは。

 


「――――――だから遊ぼうぜ、この殺人鬼がっ!!!」

 


―――そこに立っていたのは。

悲しいまでに涙を流す事も出来ず、ただ激情する事しか出来ない少年の姿があった。

 

 

to be continue……

 

 

 

 

 

 

あとがき

うん、なんだろう。

熱血だなぁ……とか、王道だなぁ……とか。

そんな言葉が、似合うような似合わないようなそんな感じ。

バレンタインだから心が荒んでいるのではないでしょうか?(ぉ

 

 

 

 

―――第二部・第四話−T★キャラクター辞典―――

 

【No.5】―美坂栞(16歳)―

職業:カノン学園一年生

得意属性:炎&水

標準武装:木製の杖(タクト型)

魔法経験:1A

魔力測定:1S