「――――――だおっ!?」
つい、変な声が出てしまった。
私は驚いて顔を後ろを向く、そこには小さい身体が背中に張り付いていた。
おかっぱでとっても綺麗な黒髪、そしてフリルがついたドレスのような服が逆に年相応の可愛さを醸し出していた。
気配に気づかなかったわけじゃない、でも油断はしていた。
むむ、中々にやり手だ……外見で油断した。
何て巫山戯た感想を抱きながら突撃してきた少女の名前を呼ぶ。
「せっちゃん、おはよう」
「……おねーちゃん」
ちょっと意識をしなければ消えてしまいそうな声が、しかししっかりと私の背中から聞こえる。
顔を私の背中に埋めて抱きついている為かちょっと声が曇り気味だった。
……相変わらず甘えん坊な所は治っていないようだ。
私は背中から彼女を放し、正面から抱きかかえた。
「…………ん〜」
せっちゃんは気持ちよさそうに私の胸に顔を埋める。
ちょっとくすぐったいが彼女のやりたいようにやらせる。
久しぶりの再会だ、せっちゃんも寂しかったのだろう。
私はせっちゃんの柔らかい頬を軽く撫でてみる。
すると気持ちよさそうに、私の手にまるで猫の如く懐いてくる。
ほんのりと手に温かさが伝わる、子供は体温が高いというがまるで小さい暖炉のようだ。
まだ自分も子供だと思っていたが、やはり少しずつ大人に近づいているということだろう。
……自分が年寄りみたいで少し憂鬱だ。
「ねぇ、せっちゃん……あゆちゃんは元気?」
「……あゆおねえちゃん? 元気だよ」
そう言いながらせっちゃんはふにゃっと笑う。
どうやらあゆちゃんは元気のようだ、それはよかった。
彼女はカノンにとって生命線のようなもの。
確かに実質カノン自体を支えているのはお母さん、それに川澄さんだろう。
だけど個人の力ではどうにもならない穴は必ずある。
其処を全体的にカバーするのが月宮あゆ、彼女の仕事だ。
だが彼女一人がシステム全てを引き受けているために健康状態には国単位で常に気を配っている。
「そうなると、防壁の修繕は体調云々の理由じゃないんだね……何だろう」
「…………なゆきおねえちゃん?」
「あっ、ごめんねせっちゃん、何でもないよ〜」
私、水瀬名雪はそう言ってせっちゃんを優しく抱きしめた。
せっちゃんは少し不思議そうな顔をしていたが私が笑うと釣られて笑顔になる。
純粋無垢な子供、流石は6歳児……羨ましい。
最近は子供に戻りたいと思う事が良くある。
だけど……子供自体にはあまりいい思い出は少ない。
でも―――やはりあの頃が一番幸せだったのかもしれない。
まあでも戻れない過去を想っても意味はない、肝心なのはこれからの未来だ。
取り戻せない過去は取り返せる未来があるから救われる。
「せっちゃんは……幸せな人生を歩んでね?」
「しあわせなじんせい?」
「そう、出来れば―――好きな人と一緒に……ね?」
「策士交差」
私はせっちゃんに暫しの別れを言って王宮の住居地区を出た。
あゆちゃんの様子を聞きに来ただけだったが思わぬ収穫もあった。
だけど捜査の方は進んでいない、わからない事だらけだ。
どうやら防壁は完全に直っていないようだし、暫く使えそうにも無いらしい。
つまり……今回の事件の問題は内部だけの可能性じゃなく外部の可能性も出てきた事だ。
防壁が修復されていない今、侵入は簡単に出来るだろう。
犯人の量が尋常ではなく広がった、捜査は困難だ。
だが―――だからこそ、見つけなくてはならない。
何故誘拐するのかわからないが、これ以上の被害は避けなければならない。
許せない事があって、許可出来ない事もある。
「……それにしても少し妙かな?」
連続的に起きている事件の割には被害報告がそれほど重要視されていない。
それに、情報が周りに漏れている気配も無い。
事件自体……知らない人間が多すぎる。
何らかの圧力か、或いは何者かの隠蔽か。
でも誘拐犯には少なくとも幾つかの失敗点が存在する。
それは―――"私達"がこういう事件の犯人に容赦しない事だ。
万が一の保険はかけた、不測の事態には対応できる筈。
それに"情報"という点に関してはカノンでは特に苦労する事無く集める事が出来る。
「そうと決まれば……カノン学園に戻らないとね」
私はそう呟きながら、雪が降り続ける空を見上げた。
「凄い忙しいですけど、私」
長い銀髪を揺らして"エリス・スノーフェンリル"はムスッと言った。
場所はカノン学園の図書室、学生が自由時間を使い一番利用する施設である。
そこで名雪は苦笑しながら魔道書を二冊同時に広げているエリスに向かい手を合わせる。
「お願いエリスちゃん、どうしても教えて欲しい情報があるの」
「報酬は?」
「う〜ん、第一食堂のパフェ三人前とか?」
「子供へのご褒美ですか……」
エリスは呆れながらも読んでいた魔道書を二冊とも閉じる。
どうやら交渉は成功したらしい、逆にこっちがびっくりだ。
「それで……知りたい情報というのは?」
「連続誘拐事件の犯人」
「……ズバリ聞きますね、知っているとでも?」
「勿論、"雪狼"が知らない事なんてないんじゃないかな?」
「私は全知全能じゃありません、知らない事の方が多いです」
そう言いながらも、否定しなかったエリス。
どうやら、本当に知っているようだ。
……有り得ない事じゃ無いとは思ったけど、聞いてみるものだ。
正直犯人に関して少しでも情報が手に入ればいいと思っていたが。
「それで、犯人は?」
「―――さあ? 私には"答えられません"」
「へぇ、"話したくは"あるのかな?」
「そうですね、否定はしません……でも肯定は"出来ません"」
「ん、わかった……ありがとう」
私はそれだけ言うと席を立ち図書室の出口へと向かう。
エリスちゃんもそれに関して何の興味も示さず、閉じた魔道書をまた開いた。
私達にはそれだけで十分だった、他に用事はない。
……っと、一つだけ忘れてた。
「エリスちゃん……パフェはまた今度でいいかな?」
「……期待せずに待ってます、私こう見えても実は甘党ですから」
私は苦笑して、図書室から出て行った。
「それで佐祐理に相談事ですか?」
「はい、出来れば倉田さんのお力をお借りしたいと思いまして」
私は次に、倉田家を訪れた。
相変わらず有名な貴族なだけあって家は広く、カノンでも十指に入るほどの大富豪である。
今居る客間も、まるでお城の中のように豪華であり、出された紅茶もかなり良い物を使っている。
……それにしても何故倉田さんは家でまで制服なのだろうか。
寮生活では無く実家暮らしの倉田さんは今日学園を休んでいる筈だ。
だからこそ私は倉田家に直接出向いたわけだし、それなのに何故制服。
カノン学園では欠席するのに届けや承諾はいらない、あくまで自由登校でありどの授業に出るのも自由だ。
中には授業を一度も受けずに試験だけをこなし卒業した生徒もいる。
なので欠席自体はそう珍しい事じゃない、魔法使いの学園なんてそんなものだ。
もしかしたらこれから登校するつもりだったのかもしれない、授業は全て終わっているけど。
「成る程、カノンの雪狼に規制をかけるぐらいの権力が動いてますか」
「はい、どうやらエリスちゃん自体は納得してないみたいですけど……それを抑え反抗できないぐらいには」
「ふぇ〜、外来の魔法使いをそこまで抑えられる人なんて……」
「普通、いませんよね……普通は」
そう、それが今回の重要点。
貴族の子供が攫われたというのに、抑えられた情報。
どう見ても真面目に探す気のない、いや……探させる気の無い命令が出てる。
道理でお母さんが遠回しに私に依頼してきた訳だ。
つまりお母さんが躊躇するほどの権力者。
恐らくはカノンの実権を握る人物には違いない。
そして―――私は、それでも探さなくてはいけない。
「それで……佐祐理に何を期待してますか?」
「僅かばかりの期待と、僅かばかりの質問を」
「……では、一つ一つ片づけていきますか?」
「そうして頂けると助かります、倉田さん」
私はニッコリと笑うと同じようにニッコリと微笑む倉田さんを見つめる。
どうやら事態を理解してくれたらしい、やっぱり倉田さんは回転が速い。
こういう人物とは相性がいいがやり辛い。
お互いがお互いの欠点を探り合っているみたいで、正直好きな雰囲気ではない。
でも、私はそんな事気にしている暇は無い。
此度の事件……どうやら早めに片づけないと大変なことになりそうだからだ。
「それじゃあ僅かばかりの期待から、それは"外れ"です」
「倉田さんを信じます、では僅かばかりの質問を」
「知りません」
「…………では情報は?」
「ありません」
「では疑問は?」
「そうですね、何故か…という事だけですね」
「成る程、良くわかりました……それではこちらからの疑問です」
「はい、どうぞ」
「何処が…という事です」
「……わかります、でもそれでは問題は解決しないのでは?」
「いえ、これは"確認"です」
「…………あはは…やられました、佐祐理の負けですね」
「それでは答えてください」
私は自分の勝利を確信した。
相手の情報を整理は出来た、揚げ足もとる事が出来た。
それにしても、倉田さんは流石に賢い。
これだけの情報のやりとりで確実にこちらを追いつめてこようとした。
何とか一瞬の罠で嵌められたがまだまだ長期戦になりそうな予感だ。
普通の人には通じないようなやり取り、だけど彼女には確実に答えてくる。
倉田佐祐理、思った以上に……彼女は"策士"だ。
ワザと複雑にした意図に合わせて意図を絡ませる手口。
自信を持ち言語を武器に戦える力量の持ち主、それが策士たる所以。
言は幻、語は誤、まるで雲を掴むような会話こそ―――"策士同士"の関わり合いの正しい在り方。
相手"も"策士なら、こちら"は"索士といった所だ。
「一つ負けたので、一つ答えます」
「はい、それで構いません」
「廃墟にご用心……これ以上の答えはありません」
「それは後ですか? それとも前?」
「前であって後でもあります、どちらにせよそういうことです」
「わかります、大体雲は掴めました」
「どうせなら蜘蛛を掴んで欲しいですね、水瀬さんの力で」
「はい、それでは二回戦…初めてもいいですか?」
「どうぞ遠慮無く、今度は正々堂々と真っ正面から勝ちましょう」
そう呟いて、倉田さんはこちらを見据える。
……成る程、道理で簡単だったはずだ。
これからが本気と言うことか、つまりはさっきのは力試し。
図られた……いや、測られた。
重要な情報を持っている事は確かみたいだ、間違いない。
でもそれを喋る権限は持っていない、そういうことだろう。
難しい、探りを入れるのは危険が付きまとうみたいだ。
しかし……やるしかない。
「それでは今度はこちらから、いいですね?」
「はい、でも倉田さんが私に何か?」
「彼は元気ですか?」
「………彼って誰の事ですか?」
「彼は彼であって彼以外に有り得ない、分かっている事を……いえ、"思い当たる事"を隠すのは反則ですよ?」
「すみません、ルール違反でした……えぇ、元気です」
「そうですか、では彼女も?」
「そうですね、彼女はとても元気です」
「成る程、よく分かりました」
「…………」
何を探られたか、わからない。
でも何が探られたかはわかるつもりだ。
だが……今退くわけにはいかない。
「それでは今度はこちらから……子供は好きですか?」
「…………」
「倉田さんは子供がお好きですか…と聞いています」
「………………その質問は少々…卑怯です」
倉田さんはそう言うと軽く苦笑した。
確かにこの質問は、答えにくい筈…それをわかっていて私は質問した。
これだけは聞かなくてはいけない、これだけは聞いておかなければ対応が出来ない。
貴族として、カノンの守護者として、そして……カノンの住人として。
これからの事は多分、カノンの暗部に関わる事だろう。
何を起こそうとしてるのかは知らない。
だが―――今回の事件、気になる要素が多すぎる。
「策士は口を閉じてはならない…という言葉を知っています?」
「……耳が痛いですね、それでは水瀬さん……一つ――賭をしませんか?」
「賭……ですか?」
「えぇ、佐祐理が勝ったら今回の事はこれ以上関わらないでください」
「それでは、私が勝ったら?」
「素直に一つだけ……何でも喋りましょう、貴族の掟を破ってでも……ね」
「…………わかりました、その勝負――受けます」
提案は、渡りに船といった所だ。
勝てるとは限らない、でも――賭けるに値する勝負ではある。
ここまでの情報封鎖が行われている時点で、これ以上の情報を他で仕入れる事は不可能だ。
恐らく―――倉田佐祐理は何が起こっているか知っている。
「それで、賭とは?」
「そうですね、それじゃあ……"私"と模擬戦してみませんか?」
「…………え?」
「佐祐理に勝てたら水瀬さんの勝ちです」
「いいですよ、それじゃあ私が負けたら倉田さんの勝ちですね?」
「はい、久しぶりに楽しそうな戦いが出来そうですね」
そういうと、倉田佐祐理は静かに笑った。
……どうやら本気らしい。
本気でこの勝負、勝ちに来る気みたいだ。
彼女ほどの実力者が、本気で勝ちに来る模擬戦……手を抜けば一瞬で負ける。
しかし―――本気で戦ってもいいのだろうか。
勝つためには克たなくてはいけない、だが可能なのか。
それだけの価値が、この事件にあるというのか。
今まで隠してきた事、今まで隠し通してきた事。
全てが蘇る、全てが破綻する、全てが終わる。
―――だけど、私は一つ首を振って……意識を切り替えた。
「望むところです、この勝負……負けません」
to be continue……
あとがき
あうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあああああああああああ。
まだ慌てるような時間じゃない、落ち着け……素数を数えるんだ自分。
Coolに、Koolになるんだ……俺。
何故かこの話を書いている途中に気分悪くなりました。
多分末期です、色々と。
すみません、ダウンしますorz
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