「……げっ、召還命令?」

 

戦争が終わり数ヶ月後の早朝、北川潤は寮のポストに入っていた手紙を広げながら唸った。

北川が持っている手紙には几帳面な字がズラリと並んでおり、長く丁寧な言葉が列なっている。

召還命令、それは北川家の一族の招集を意味する命令であり現北川家当主北川桔梗の名の下に行われる絶対の掟の一つでもある。

この招集に逆らえば北川家からの破門、もしくは拘束される。

貴族は体面を意識する為に、最高権力者の命令には一族の皆は従わなくてはいけない。

しかも北川家はそんじょそこらの貴族とは違い、武力だけでのし上がった一家なだけあって上下関係には特に厳しかった。

命令にはいくら昼行灯と言われている北川潤でさえ例外ではなく、破れば恐らく北川家の総力をかけて拘束しにくるだろう。

……まあそうなったらなったで負ける気はしない、事実それこそ祖母である北川桔梗が直々に出てこなければ負けはないだろう。

それだけの戦力を持ちながら、しかし逆らうことは上手くない。

家とは一種のステータス、持っていて損もあれば得もある。

特にカノン学園に在籍している今は得の方が多い、今後ろ盾を失う事は痛手だ。

それに……まあ、一応生まれ育った実家からの命令だ、そこまでして逆らう事もない。

 

「しかし急だな、明日かよ」

 

恐らくはつまらない事での呼び出しだろうし、正直乗る気はしない。

只でさえ戦争終わりには何回も招集を受けたというのに、今更何の集まりだろうか。

何か問題でも起きたのか、それとも何か重大発表でもあるというのか。

……まさかとは思うが、北川尚樹が引退でもする気だろうか。

確かに武家の当主としてはそろそろ隠居するぐらいの歳だ、考えられなくともない。

しかし今の北川家に祖母、北川桔梗以上の使い手は居ない事は事実、次点となると北川潤ということになってしまう。

北川家は徹底なる実力主義な一族故に一番強い者が当主となる。

まあ本当は今では現当主である北川尚樹よりは北川潤の方が実力が上なのだが、それは内緒だ。

つまり父親である北川尚樹が隠居するとなると自動的に次の当主は北川潤という事になるだろう。

 

「うわ……、想像したら凄い寒気が……」

 

自分にはそんな大役似合っていない。

それに当主なんかになろうものなら行動にいちいち制限が付くし、学園に通う余裕はなくなってしまう。

自由が束縛される事なんて、北川潤にとって苦痛でしかない。

そもそも人を従えるのは苦手だ、そんなもの適役の人間にやらせればいい。

しかし、北川尚樹は許さないだろう、否……"北川"自体が北川潤の行動を決して認めはしない。

決まれば、北川潤が当主となってしまい、学園も辞め家を継ぐ事に一生をかけなくてはいけない。

そして毎日他家の行動や、王国からのお達しを処理しながら時間全てを家に捧げなくてはいけない。

それこそが貴族の人間の生き方であり、カノン学園に在籍する半分程度の生徒が見る未来だろう。

 

「はぁ……、憂鬱だ」

 

出来れば逃げたい、だが北川潤はノロノロと寮の部屋へと戻ると帰り支度を始める。

正直自分の実家の人間は好きではない人間が多すぎる、帰る事が苦痛だ。

だが、ここで逆らおうものなら拘束される……ならば早々に帰り用事を手っ取り早く済ませるしかない。

……北川桔梗さえいなければ恐らく北川潤は実家に帰らず自由に学園へ通っていただろう。

それ故に北川桔梗は、唯一北川潤を抑制している人物であり……制御する役割を持っている。

それに……っと北川は苦笑しながら呟いた。

 

「婆ちゃんの炎に焼かれるのは勘弁だしな」

 

 

 

 

ロードナイツ

 

第三話−W

「北川潤の日常」

 

 

 

 

「おばちゃん、カキバタ一つ」

「おんや北川君、またカキバタかい?」

「まあね、学食のカキバタは俺の中で今ブームなんだ」

「そうかい、まあ栄養管理は怠らないようにね」

「了解了解、大丈夫」

 

俺はそういいながら出されたカキバタを受け取りおばちゃんに別れをつげ席へと座る。

今の時間、早朝の学食はほどよい賑わいをみせており朝食を食べる生徒が多かった。

見渡せば見知った顔がちらほらと、しかし……何となく気にして探していた奴の姿は見つからない。

あの不貞不貞しい態度の傍観者を、最近学園内では見ない。

まあ色々問題もあるのだろうし、そう簡単には登校できないということなのだろうか。

出来ることならもう一度くらい模擬戦をしてみたいと思ったが、未だ叶いそうにない。

寮の部屋を訪ねてもいいが、そこまでして会いたい相手でもない。

なので俺は学園内で会うことを望み、こうして何の気も無し探している事があった。

 

「ふぅ、サボり気味だな……あいつ」

 

まあそれもいい、どうせ序列試験には出てくるだろうし急ぐこともない。

傍観者の魔法使いとしての実力はこの前戦った結果としてはそれほど強くない。

恐らく……質としては川口や久瀬や美坂には届かない、精々中堅ぐらいの実力しかない。

だが、戦闘となれば話は別だ。

序列試験などでの競う形になった場合、経験がモノを云う場合が多い。

しかも相手はハンター、実戦経験に事欠かない職業についている。

本業なだけあって川澄先輩と違い日常的に仕事をこなしているようだから楽観視は出来ない。

なので、序列試験ではどうなるかわからない。

それこそ……今度こそ自分の順位が下がる時なのかもしれない。

 

「まあ、どうでもいいか」

 

所詮自分は昼行灯、成るようになる。

相手がいくら強かろうが、結局は勝てばいいのだ。

魔法使いとしてなら北川潤に負けはない、それほど傍観者とは差がついている。

総合的に負けてもここは魔法学園、魔法で勝てばいい。

俺は軽く笑いながらカキバタを頬張った。

 

「…………ん?」

 

筈だったのだが、いつの間にかカキバタが手元から消えている。

不思議に思い辺りを見渡すと、手に身の丈ほどある剣を持ちながらこちらを見ている金髪の少女が一人。

そして……彼女の剣の切っ先にはカキバタが突き刺さっていた。

どうやら状況は掴めた、つまり"あいつ"は俺が食べようとしたカキバタを横取りしたと。

いや、横取りならまだしも"剣"に突き刺したということは自分では食べる気もないということか。

―――よし、殺そう。

 

「覚悟は出来ているんだろうな、沙耶?」

「こんなもの食べてたら身体壊すよ、潤」

 

短めのポニーテールを揺らしながら沙耶はゆっくりと歩いてくる。

俺はそんな沙耶を見ながら……、予想していた事を現実のモノだと実感した。

沙耶が来ている制服は間違いなくカノン学園の制服、しかも……リボンが一年生のリボンだ。

この時期に転入……入学してくるとはどういう事だろうか。

それにしても一年生とはどういう事だ。

 

「何だ、カノン学園に何か用なのか?」

「まあね、つまらない任務だけど婆様勅命だからね」

「桔梗婆ちゃんの勅命だと?」

「まあね、詳しい話したいんだけどこれから空いてる?」

 

そういって沙耶は妖艶な表情を俺に向ける。

どうでもいいが、容姿と全く合っていない。

外面の時の方がまだ似合っている、素の時の顔は未だに慣れない。

俺は軽くため息をつくと、一つ頷いた。

 

 

 

 

「それで、沙耶は俺に何の用なんだ?」

 

学園の屋上、普段は締め切られている筈の場所で二人は向かい合う。

雪が舞い落ちるそこは静寂に包まれており、他に余計な雑音が混じらない。

だからこそ余計な音が混じればすぐにわかる。

余程の達人でない限り今の二人の包囲網をかいくぐりこの会話を盗み聞きする事は不可能だろう。

 

「私に用は無いわ、有るのは婆様のお言葉だけ」

 

そう言って沙耶は軽く伸びをしながら目を細める。

背負った大剣が不釣り合いでその行為に似合わない。

だがそんな事はどうでもいいっと潤は軽く睨みつける。

 

「それで、何だって?」

「あなた―――家宝使ったわね?」

 

一瞬、呼吸が止まるような感覚が潤を襲う。

見られていた……、否―――視られていた?

誤魔化しても無理だろう、その類は家の家系には効かない。

 

「…………あぁ、使った」

「しかも戦争"なんか"で、婆様は酷くご立腹よ」

 

なんか……か、相変わらず家の家系は嫌になる。

伝統に拘るのはいいが、伝統に縛られるのは感心しない。

北川家は閉鎖的な家系であるからして極端に秘密が露出する事を嫌う。

潤としてはそんな古風な家系が自分には合っていないと常々思っていた。

―――だからこそあの吸血鬼の戦いから自分は……。

 

「身が危なかったんだ、仕方ないだろ」

「なら逃げなさい、家に害が及ぶようなら真っ先に死を選びなさい」

「酷く直接的だな、本当に婆ちゃんの言葉か?」

「いいえ、今のはあたしからの忠告」

 

だろうな……っと潤は軽く苦笑した。

北川桔梗はそんな事は間違っても言わない。

祖母は人の使い方がわかっている。

わざわざつまらない不評を買うような真似はしない。

 

「それはそれは、ありがたい事で」

「それじゃあ婆様のお言葉ね」

「あぁ、何だ?」

 

沙耶はスカートのポケットに手を突っ込み一枚の手紙を取り出した。

……どうやらメモに記してあるらしい、まあこいつの記憶力に期待なんかしてないから正しい判断か。

 

「潤、お前の行為は家督として見過ごせぬ行い、しかし祖母桔梗はお前の実力を高く評価している」

「婆ちゃんらしい言葉だな、で?」

「なので今回は不問とするが、暫くお目付役は付ける事とする」

「…………成る程ね」

「沙耶はお前の力と為る、邪道に進むなかれ潤」

 

邪道を進むなかれ……か、相変わらず古風な言い回しだな。

正道がどういうものなのかは知らないが、正を行く者が邪に必ず勝てるわけではない。

逆も然り、だが―――この世界は正も邪も無い、それが潤の結論だった。

例えば魔法という力がある、これは魔法使いから見れば正道だ。

だが、剣のみを扱う剣士から見れば邪道だろう。

そして、魔法使いから見れば剣を使うことは邪道。

しかしこんな考えは古く、魔法使いは剣も使うし剣士は魔法も使う。

それが時代の流れ、それが現実。

正道などは価値観によって変わるし邪道など単なる言葉遊びにしか過ぎない。

だから……北川家の正道には何の意味もない。

邪道を進むなかれ、では正道とは何だ?

それすらもわからない潤は軽くため息をついた。

 

「婆ちゃんらしい、まったく……最悪の罰だな」

「最低よりはマシでしょ、というわけだからよろしくね」

「歓迎しないけどよろしく、まあ表面上だけは仲良くやろう…沙耶」

 

潤がそう言うと、沙耶は何故か頬を軽く膨らませた。

 

「その沙耶ってやめてくれない? 昔みたいに『沙耶お姉ちゃん♪』って呼んでよ」

「お姉ちゃんってナリか、俺より小さい癖して」

「男が何小さい事言ってんのよ、"年上"に逆らう気?」

「大体"23"超えた女に学生は似合わんだろ」

「見た目は問題ないわよ、性格だって念入りに設定して変えてるし」

 

北川沙耶の身長は低い、北川潤の肩ぐらいしかない。

その癖潤より力持ちであり、思想は男混じり。

傭兵業の猛者のような性格で頭脳派というよりはバリバリの肉体派。

しかし猫かぶりなところがあり、信頼している人間にしかその性格を現さない。

その為に、見た目と中身のギャップに気づいていない人間が多数。

 

「詐欺はやめとけよ、どうせちょっと馬鹿キャラ作ってんだろ?」

「そんなことないよーっ! お兄ちゃんだーい好き♪」

「…………寒気がするわ、しかもお兄ちゃんって何だ」

「えー、だってこっちの方が怪しまれないしー♪」

 

そう言いながら沙耶は潤の腕に絡みつくように抱きついた。

それに対し、潤は本気で嫌そうに顔を顰めるとため息をつく。

 

「離れろ、気色悪い」

「はいはい、ちょっとからかうとこれだもんね〜、あっ……明日の招集ちゃんと来なさいよ?」

「わかってる、流石に婆ちゃんにはまだ逆らわないさ」

「最高権力者は父親でしょうが、嘘でもいいからそう言っておきなさい」

「そうだったな……どうでもいいけど」

 

潤はそういうとようやく腕を放した沙耶に背を向けて軽く手を振る。

本当にどうでもいい、結局は自分は鳥かごの中の鳥。

今はそれでいい……が、自分を捨てた訳じゃない。

問題はこれから、色々準備しなくちゃいけない。

昼行灯も、もうすぐ終わりだ―――そろそろ本気で始めよう。

自由を求めて権利を捨てて主義を獲得する。

だが今はまだだ、今の状態では戦力が足りない。

集めなくては、北川家という一つの組織に負けないぐらいの力を。

自分だけの力を、現実を、真実を。

権力とは相手と同等近くのモノを持たないと潰される。

世の中の摂理と一緒だ、力が無いモノは力有るモノに。

ならば―――力を持てばいい。

そして、今現実的に手に入る力といえば……。

 

 

「"法術"か……意外と俺向きだよな、あれ」

 

 

to be continue……

 

 

 

 

 

 

あとがき

空気を読まない事に定評がある今日この頃(´・ω・`)

何故かこっちを更新、模擬戦どうなったー!w

魔術が使えたらしたいことは煙草に火を付ける事ですね、簡単そうでいいです。

後は……特にないや(ぇー

 

 

 

 

―――休館中―――

 

本日の営業は終了しております。