そして、カノンでは変わらない日常が送られる事となった。

笑顔が明るかった。喧噪が騒がしかった。

氷のようだった街が、一点雪解けを迎えたようだった。

雪が舞い落ちる。

だけどそれは美しい白銀の結晶である。

悲しみは消え去り喜びが溢れかえった。

晴れた日には、普段引きこもっている筈の魔法使い達も外に出た。

僅かなる感謝と、そして今後の期待を込めて。

 

雪の街、カノン。

 

後にこう呼ばれるようになった国である。

 

 

 

 

またの名を、"奇跡の国"……っと。

 

 

 

 

ロードナイツ

 

エピローグ

「Happy ending」

 

 

 

 

奇跡が起きた。

言葉にすれば陳腐なものだが、現象を的確に表現するならこれほど相応しい言葉は無い。

全てが終わり、絶望を経て、そして希望が残った。

誰もが信じられなかった、誰もが予想出来なかった。

理屈が不明、現象が不明、理論が不明、現実が不明。

だけど……、そんな事はどうでもいい。

今は、今この一時だけは、どうでもいい。

それが、カノンを愛し、カノンに生まれ、カノンで育った彼らの真実。

魔法使いだろうと、騎士だろうと、ハンターだろうと、カノンが嫌いな人間が必死に守る筈もない。

好きだからこそ、自分の故郷が愛しいからこそ、彼らは死を覚悟して最後まで戦ったのだ。

実に単純で実に簡単で実に……難しい。

現実は衰退し、有るのは希望という名の空想のみ。

だけど……その空想は奇跡を生んだ、それだけは間違いがない。

輪廻転生、万物は一つであり全てである、真理こそが無であり無こそが真理。

日常は反転し、現実は淘汰される。

都合の良いハッピーエンド、それが彼らが辿り着いた理想郷。

例え、何を犠牲にしたとしても、これが―――今のカノンの現実である。

 

 

 

 

カノン学園、図書室。

学生達は各々昼食休みを兼ねながら黙々と目の前の魔道書に目を通す。

会話は少なく、それぞれが自分の成すべき事を必死になって行っていた。

壁には「私語厳禁、詠唱厳罰」という文字が書かれた紙が貼られておりこれを破れば恐ろしいお仕置きが待っている。

その事を正しく理解しているのか彼らは図書室では決して騒がない、それはカノンに居る人間にとって当たり前の行為だからだ。

しかし、その事を理解していない人間も稀に存在する。

 

「ねぇー、名雪ちゃーん! この『入門・誰でも出来る簡易召喚魔法』って使える〜?」

 

一際衆目の目を惹く紅い髪を靡かせながら一人の少女は手にした魔道書を手に友人の元へ駆けていく。

声は大きく、まるで自分達以外の生徒の存在を無視しているかの如く無遠慮な態度で周囲を困らせる。

何人かの生徒が抗議の目線を送るが、少女がその視線に気づき振り返るとみんな明後日の方向へと視線を泳がせてしまう。

少女は軽くため息をつきながら、頭を軽く掻くと先程と同じように待たせている友人の元へと駆け寄った。

 

「う〜んっとね、麻衣子ちゃん、それは結構初心者がやるには難しいと思うよ?」

「え? そうなの? なーんだ、使えるかと思ったのに」

 

そう言って紅い髪の少女は残念そうに肩を落とした。

何かを呼び出したかったのだろうか、しかし如何せん難易度的に今の彼女では不可能だろう。

初心者には初心者のやり方がある、いくら巨大な力を持っていても扱い方を知らなくては宝の持ち腐れだろう。

自分が経験したのだから解る、魔法使いは順番通り事を進める事が大事なのだ。

 

「まずは簡単なのから始めた方がいいよ、属性試験って受けた?」

「あぁ、受けた受けた! 確か火の値が一番高かったかな?」

 

少女は嬉しそうにそう言った。

すると蒼髪の少女も同じように頬を緩ませながらニッコリと笑う。

 

「麻衣子ちゃんらしいね、だったらお薦めは『メルガディスの書』だよ」

「おっけい! 探してみるね!」

 

紅い髪の少女は嬉しそうにそう言うとまた魔道書が詰まった本棚へと走る。

その様子を見て、蒼髪の少女は軽く笑った。

―――新しい友達が出来ました、新しい家族が出来ました。

蒼髪の少女は紅い髪の少女を見送ると、手にしていた一冊の本を閉じた。

書の表紙には、『奇跡に関する独自理論』と書いており、著者には『水瀬名雪』と書かれていた。

 

 

 

 

「あれ……美坂、また食堂か?」

 

一方、同時刻……カノンの食堂では金髪で一本癖っ毛がある少年は食堂で今頃一人昼食を取っている同学園の少女に話しかけていた。

大人びた容姿に長く伸ばされたその髪はウェーブがかかっており、食事中だというのに高貴な雰囲気を崩さない少女は軽く少年の方へ振り返る。

 

「あら、北川君……何時か以来ね」

「まったく奇遇な事で、隣いいかい?」

 

少年はそう言うと少女の返事を待たずに隣の席へと座った。

何時かの如く少年が持ってきたトレーにはカキバタが一つ乗っかっていた。

少女は呆れたように少年を睨むと左手の人差し指を少年の顔面に近づけながらこう答えた。

 

「そこは私の"妹"の席よ、あんたは一個隣にズレなさい」

 

少年はその言葉を聞くと驚いたように目を見開き、そして納得したように笑った。

 

「栞ちゃん、退院したんだ、良かったな」

「まあね、散々授業休んだから勉強遅れた大変です〜って涙目になってたけどね」

「そりゃ難儀な事で、何か手伝える事があったら遠慮無く言ってくれ」

 

少年はそう言いながら笑顔でカキバタを一口頬張った。

少女も先程まで食べていたターキーライスに意識を移し食べ始める。

無言になりながらも、何処か懐かしい、日常が帰ってきた事を感じていた。

 

「あ〜! お姉ちゃん何で先に食べちゃってるんですかー!!」

 

っと、静かな食堂に一際大きい声が響き渡る。

黒髪を揺らし、お気に入りのストールを肩に掛けながら少し幼げな少女は手に持ったトレーを少女の姉が座っているテーブルに置いた。

トレーの上には、冬だというのに本来おやつ用であるスノーシロップが山盛りになって置かれていた。

それを見て、少女の姉は呆れたようにため息をついた。

 

「……あなたねぇ、それ全部食べきれるの?」

 

食べ物を粗末にするんじゃない、と付け足しながら隣に座った妹のおでこを軽く指で弾いた。

 

「えぅ! だ、大丈夫ですよー! 前にここで祐一さんと食べたときは楽勝でしたから!!」

「あなた、それ本当に完食できたの?」

 

姉の鋭い指摘に、少女は顔を引きつらせながら苦笑した。

そして……聞こえないぐらいの大きさでこう呟いた。

 

「…………えっと、祐一さんが」

「駄目じゃない、それじゃ……」

 

呆れながらそう言う姉に、少女は涙目になりながら「う〜」っと唸る。

そして、何かに閃いたように隣に座る少年へと顔を向けた。

……少年はその少女の満面の笑みに気づき、一瞬にして少女の企みに気づく。

 

「―――北川さん、甘い物好きですか!?」

「…………げっ!!」

 

 

 

 

カノン城の一室、そこには一人の女性が豪華なソファーに座りながら優雅に紅茶を飲んでいた。

蒼色の髪は三つ編みにしており、青白い法衣を身に纏っている女性は飲み終えたカップを近くにあった小さいテーブルの上に置くと軽く目を閉じた。

 

「それで、神崎さんの様子はどうですか?」

 

自分以外誰もいない筈の部屋で女性は大きくはないが良く通る声でそう問いかけた。

すると女性がいる部屋に微かな風が通ると同時に、言霊が運ばれてくる。

 

『経過は良好だそうです、今週末には退院出来るでしょう……との事です』

「そうですか、大した怪我でなくて何よりです」

 

女性はそう微笑みながら頬に手を当てる。

 

「平和というモノの大切さはそれを失ってから気づくもの、手遅れになる前に終わって本当によかったです」

『はい、本当にそう思います』

「お陰で全ての力は無くなっちゃいましたけど、それもまた一興ですよね」

 

そういいながら蒼髪の女性は軽く苦笑する。

代償は大きい、これからの事を考えると早まった考えなのかもしれない。

だけど……それだけの価値はあった。

それに―――未完成品よりは完成品を世界は望むだろう。

だからこそ選択は、決して間違いではないと確信している。

 

『あの……こう聞くのは失礼かと思ったのですけど、秋子様の能力……いえ、"起源"はもう戻らないんですか?』

「えぇ、未来永劫に私は"次元使い"としての能力を破棄しましたから」

 

それが代償、奇跡を起こす変わりに得た永遠との決別。

審判は無くなり選択も出来なくなる、だけど……っと女性は続ける。

 

「私の起源は終わっても、"次元使い"は終わりません……次世代へと渡っていきましたよ」

 

女性は笑う、虚勢でも無くただ信じたような顔で、笑った。

 

 

 

 

「真琴、いい加減帰りませんか?」

 

亜麻色の髪の少女は疲れたように肩を落としながら降り続ける雪の広場で遊び続けている少女へと話しかける。

だが、広場で遊んでいる少女はそんな事お構いなしと言わんばかりに雪の上を走り回っていた。

 

「美汐もおいでよ〜! すっごく楽しいんだから!!」

「……遠慮しておきます、それよりもう昼食の時間です、早くお城に帰りましょう」

「えー、あそこにいるの退屈だよ〜」

「私達は一応来賓扱いなんですから、迷惑かけてはいけませんよ」

 

そう、彼女達はカノンの来賓客。

扱いとしては他国の使者というよりは他国からの大事なお客様という対応だった。

朝食、昼食、夕食などが時間通りに作られ豪華な食卓が待っている。

一国の使者としては過度な歓迎に、嬉しいまでも困るほどの接待振りだった。

……カノンは閉鎖的な国と言っていたが、何の冗談かと疑ってしまうほどに。

 

「あぅ〜、食事は美味しいけど何か足りない〜!!」

「……分かりました、後で"アレ"も私が作ってあげますから」

 

まるで子供にねだられた母親のように困ったように苦笑すると彼女はそう言った。

すると広場で遊んでいた少女は嬉しそうに駆け寄ると満面の笑みで抱きついた。

 

「本当!? お肉一杯にしてね!」

「皮が破れない程度には入れてあげます、ですから帰りましょう」

 

現金なモノで、あれほど愚図っていた少女は素直に頷く。

そして、彼女の手を引きながら一気に駆け出した。

雪が舞い、少女達はその下を元気に走る。

 

「うんっ! 帰ろう帰ろう!」

「あっ……、ちょっと待ってください真琴!」

 

笑顔が溢れていた、感情が抑えきれなかった。

カノンには今―――間違いなく、平和が訪れていた。

 

 

 

 

そして、とある少年は大きな壁の前で困ったように頬を掻いていた。

茶色い髪に青みがかったその瞳が印象的で、黒いマントが全身を覆っている。

 

「久しぶりに依頼を受けたはいいけど、これは予想外だな」

 

軽く冷や汗が垂れる、見上げるほど大きい壁は微かに振動していた。

どうするか、少年はいい解決策も見つけられず先程からただジッと立ちつくしていた。

―――すると、日も暮れかける夕方、急に壁の振動が止んだ。

少年は、嫌な予感がして顔を空へと見上げる。

すると……そこには緑色の巨大な両目がしっかりと少年の全身を映し出していた。

 

「あ……やば……」

 

少年はそう呟くと、数歩足を後退させる。

もしかしたらこのまま黙って後退すれば逃げられるかもしれない。

いや、任務的には逃げては拙いのだが、戦略的撤退というか生存本能万歳というか。

理屈が理論に負けたというか、理性が本能に負けたというか。

兎に角……今は黙って逃げ出すのがいいと、全神経が叫んでいた。

しかし、そんな少年の企みも次の瞬間粉々に砕け散った。

 

 

 

 

 

 

「ギャラアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 

 

 

 

 

巨大な雄叫びがしたと思った瞬間、少年目掛けて巨大な"何か"が降ってきた。

少年は軽く頬を引きつらせながら落ちてきた何かに背を向けながら全速で走り出す。

 

「誰だこんな巨大な亀を退治してくれなんて頼んだ馬鹿はー!!!」

 

そう叫びながら落ちてくる"亀の頭"を必死で避けながら逃げ出した。

魔法を撃つ暇さえ無く、もし仮に暇があったとしても少年は撃たないだろう。

―――曰く、数百年生きた亀に弱い魔法は効かない。

自他共に認める弱小魔法使いである彼、相沢祐一は自らの思考の総一致により逃走を選択した。

 

「畜生! 折角カノンでの裁判が終わったと言ってもここで人生が終了したら意味ねぇじゃねぇかー!!!」

 

少年は誰に言うでもなく、虚空に向けて空しく叫び声を上げる。

答える声は無く、ただただ体力を消耗するだけの行為に、しかし何故か必死になりながら続ける。

 

「何でこんな時に限って麻衣子はいないんだ!」

 

少年は走り続ける、今は居ない相棒に向けて愚痴を叫びながら。

 

「俺だって一応カノン学園入学したってのに、何で一回も登校出来ないんだよ!」

 

少年は走り続ける、未来へと向かって。

 

「ハンター何て暫く辞めてやる! 開店、だけど休業中だこの野郎ー!!!」

 

少年は走り続けた、そして―――逃げ惑う彼の顔は、何時しか笑みが零れていた。

 

「そうと決まったら―――ちゃっちゃと片づけてやろうじゃないか」

 

そして、少年は立ち止まると反転し、追いかけてくる巨大な壁のような亀を見据えた。

体中に魔力を行き渡らせる、もしもの時の為に何時でも心の準備はしておく。

カノンは遠く、だけど届かないような距離じゃない。

だったらこの仕事が終わってからゆっくり帰ればいい。

一定期間の定住なんて、何時まで持つか分からないけど、それを邪魔する奴はもういない。

老人達だろうと、魔物だろうと、そんなのカノンに近寄れる筈もない。

―――そんな者達の存在なんて、俺が"否定"してやるさ。

 

 

 

「覚悟しろよ亀野郎、お前の全て―――俺が否定してやるよ」

 

 

 

End

 

 

 

 

 

 

あとがき

王道とは真っ直ぐな感性で見るからこそ感じ取れるものである。

何て付け足しておくと誤魔化しにもなったりして……嘘です、ごめんなさい。

はい、ロード★ナイツエピローグでした。

あるぇ〜?四十話から話飛んでない?って思った人、正しい記憶力です。

しかし今ここで"あの話"を入れてしまうと二部が出来なくなるといいますか、難しくなってしまうので勘弁。

いや、別に話数が足りなかったとか時間が足りなかったとかいう理由では半分ぐらいありませんよ?(ぇ

題材としては『後日談』って所だと思います。

カノンに何が起こったのか、恐らく第一話から見ている人なら大体は理解出来る筈。

出来なかったら明らかに作者のせいです、すみませんでした(つДT)

ファンタジーテストSS、戦闘描写など分からない点が多々ありお見苦しい所もあったと思いますが、一応これで締めとさせて頂きます。

足りない部分部分は想像で補って頂きたい所も御座いますし、これから少しずつ付け足して行く所もあります。

第一部の副題は『冷たい現実からのハッピーエンド』でした、いや今考えた訳じゃないですy(銃声

戦争話をいきなり持ち出したのはテストSSだからというのもありますが作者の心情的にあの時はそういう気分だったのです(何

神話関連などを多数使用したのは世界観ごちゃ混ぜというのではありません。

今我々が住んでいる世界のありったけの神話を集め、読みあさり、どれも中途半端ですが表面上は理解したつもりです。

様々な神話を読んで、頭の中はパンクしましたしSSでもその影響は出てたと思います。

だけどこれだけの神話を読んでみても、結局は人間くさい神様達の冒険記みたいなものでした。

それらを読んで、自分が今まで考えてきた神様の像が壊れたという影響が一番大きいです。

だから神と定義するモノをSSの中では位を落として起源と呼ばれる力を持つ者達の事を指す言葉にしたりしました。

長々と何が言いたいのかといいますと、多くの神話が出てきたのは、言ってみれば様々な神様などを身近に感じて欲しかったのです。

四十話、実質は四十二話ですのでそれほど長いお話しではないと思います。

でもその中に出来る限り和洋中の神話を詰め込んだつもりです、少しでも読んだ方々の神像を壊せたのなら自分勝手に喜びます。

まあ、結局何が言いたいのかと言うと、お疲れ様でしたー!

こんな拙い小説を最後まで読んでくださり感謝の言葉も御座いません、本当にありがとうございました。



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