一閃、軌跡さえ読むことが困難な一撃を麻衣子は紙一重でかわし続ける。

攻撃が見えているわけではない、速さについていけているわけでもない。

ただ、直感のみで先程から幾度となく繰り返される"死"を予測して体が反応しているにすぎない。

だが、それでも、秋桜麻衣子が幻想神種と戦っている事には違いない。

人間が、起源も持たぬ筈の麻衣子が、しかし大蛇と戦っている。

それは……見る者が見れば、有りえない光景。

そして、この一連の流れを一番信じられない秋桜麻衣子は大蛇の攻撃をかわしながら冷や汗を流す。


(当たる―――いや、当たらないっ!)


最早思考すらも混濁し過度な運動によって眩暈がする最中、体だけは動いていた。

麻衣子の意志が停止している筈だが……大蛇の一撃を麻衣子は紙一重でかわす。

明鏡止水を失っている筈の心、しかし――麻衣子はそんな事は関係無く新たなる大蛇の一撃に身構える。

まるで大蛇の首が鞭のように様々な方向から高速で迫る。

……が、麻衣子は大蛇の首達をまるで踊るように避け続けた。

足取りは千鳥足、疲れが頂点に来ており回復したての細胞が悲鳴を上げる。

だが、後方から迫る大蛇の首さえも振り向かず数歩移動しただけで軽く避けてみせる。


(流石に―――限界……だって…ばっ!!)


何が自分を支えているかは分からないが……この緊張状態が途切れたならば、自分は死ぬかも知れない。

威勢良く大蛇に向かっていったはいいが、結局は防戦一方になってしまう。

それもその筈……秋桜麻衣子は確かに起源を拒絶する力を持ち合わせている。

だが……結局はそれだけなのだ。

剣で刺されれば血が出るし火で焼かれれば肌が焦げるだろう。

つまり、起源以外の攻撃に対してはまったくの無防備なのだ。

だからこそ、今まで自分は能力を使う時は部屋に篭もりまず自分の安全を優先していた。

それが今は……ない、自分の身一つでこの化け物に向かって行かなくてはいけない。

それに気づいているのか、大蛇は先程のように炎を吐くことも無く……ただ首を縦横無尽に振り回しながら麻衣子を追いつめていた。


(ふざけ……んじゃないわよっ!)


大蛇の首が真横に切り裂くように迫り、麻衣子は片足に力を込めて仰け反るように体を低くして避ける。

だが……それを予知していたのか大蛇は別の首を麻衣子の上に覆い被さるように向かわせていた。

本来ならば、いつもの麻衣子ならばここで潰されていただろう。

だが、麻衣子は、その上空からの一撃を……残った片足で地面を蹴り転げるように低空で"飛んだ"

間一髪、大蛇の首は地面に激突し……麻衣子はまたも紙一重で姿勢を大幅に崩しながら避けきった。

それを見て、大蛇は苛立たしそうに眉間を歪める。


「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ!」


口が空気を求め喘いでいた、肺が酸素を欲しがり心臓が容赦なく鐘を打つ。

しかし、大蛇がそれを許す筈もなく……麻衣子に迫る。


「い……、い加減に…しろっ、…ての……!」


途絶え途絶えでそう叫ぶとまたも動かない筈の足を動かす。

自分の体が自分の体のような気がしない、これほどの重労働に耐えられてる筈がない。

しかし―――麻衣子の体がそれを否定する。

大蛇の一撃は段々と手が込んできていたが何回迫ってきても麻衣子には当たらなかった。

満身創痍、今にも倒れそうな麻衣子だが……決して倒れない。

汗が飛び散り、まるで水たまりのように麻衣子の足下に流れ落ちるが……動きは止まらない。

体が知っているのか、今ここで動きを止めれば―――その後どうなるのかを。

秋桜麻衣子の結末を……悟っているのだろうか。

だから止まらない、死ねないから。


(なるほどね……これも呪いってわけ?)


自分が殺した人間達の、否……自分が殺した生物達の怨念が簡単には自分を殺してくれないのだろうか。

それならばそれでいいっと麻衣子は口を僅かに歪ませて笑みを作る。

もとよりこんな所で自分は死ぬつもりはない、だったら……この呪いは歓迎すべきものなのかもしれない。


(だったら……気張りなさいよ、今目の前に迫る"死"は生半可なモノじゃないわよっ!)


麻衣子は自傷するように見上げると、そこに立っている巨大な蛇を見た。

勝てる筈がない、勝てる筈がない、勝てる筈がない。

心臓は早鐘を打ちながらそう叫んでいる、だから……"逃げろ"…っと。


(冗談……逃げるくらいなら、死んだ方がマシッ!!!)


それだけは出来ない……麻衣子は早鐘を打つ胸を握った右腕で激しく打ち付ける。

一瞬呼吸が止まるかと思ったほどの衝撃が体中に響き渡る。

……しかし、そのお陰で心臓は鐘を打つスピードを一瞬だけ短くした。

その刹那、流れるような仕草で麻衣子はもう何度目になるのかわからない大蛇の首を体を軽く捻っただけで避ける。

そして―――握った拳を、今度は通り過ぎようとした大蛇の左目に思いっきり力を込めて突き出した。


『――――――ッッッ!!!』


大蛇の声なき悲鳴が響き渡る、潰した目は一つ……だが攻撃一方だった大蛇の油断を突いた攻撃は見事に功を得る。

麻衣子はそんな大蛇を後目に一気に距離を取ると、喘いでいた口を噤み黙って集中する。

そして……一気に"詠唱"を宣言した。


「我が灯火の光は天の光、我が祈りの光は天の光、我が命の輝きは天の輝き也……、天空の聖女の契約により天空の支配を我が灯火に譲るモノとする……―――"天狩りの陣、我は一つで汝も一つ……契約の元、秋桜麻衣子が命じよう"


法術が展開される、その術は麻衣子が得意な結界陣だった。




「―――"崩壊する空"」




麻衣子が宣言した瞬間、大蛇の首は地面に引き寄せられたように落下する。

……この法術では大した損害を与えることは出来ないだろう。

ならば―――っと麻衣子は数歩後ろに下がる

深く……深呼吸を一回してから地に伏した大蛇を見る。

……チャンスは多分一度きり、外せば勝機がない。

いや、外さなくても……元より勝機なんて……。

麻衣子は暗くなった思考を振り払い目を瞑る。

―――失敗した後の事を考える前にどうすれば成功出来るかを考えろ。

そして、麻衣子は一気に目を見開いた。






「天駆る白銀の一閃、架の一撃は現を制す、空から実へと"変換"する……、天空の聖女の契約により天空の支配を我が灯火に譲るモノとする……―――"天駆りの陣、我は一つで汝も一つ……契約の元、秋桜麻衣子が命じよう"






「―――"天より降り注ぐ剣"」







宣言と同時に、空からいくつもの白銀に輝くの剣が大蛇に向かい降り注ぐ。

何処から出現しているのかもわからないような剣達はしかし止むことの無い雨のように降り続ける。

その刹那、何本かの剣が目標を外し住宅地の屋根に突き刺さる。

だが、そんな事を気にしている暇などない。

麻衣子は、唇を歯で噛み締めながら降り注ぐ剣を制御していた。

それもその筈、もし麻衣子が一瞬でも気を抜けば……剣はカノン各地に無差別に降り注ぐからだ。

もとよりこの法術は……いや、法術自体が国や人を考慮して使えるような繊細な術ではない。

土地を削り、川を干上がらせ、森を焼き、人を巻き込むほどの威力を持つ術を法術という。

だから、そんな術を町中で使おうと思ったら、降り注ぐ剣一本一本に神経を注ぎ制御しなくてはいけない。

しかも、この法術には弱点もあった。


「ぐ……あ………っ!?」


降り注いでいた剣の一本が、運悪く術者であるはずの麻衣子の右肩に突き刺さる。

そう、この術の弱点は、あろう事か……術者までもが標的の一つなのだ。

つまり、気を抜けば……剣達は一瞬にして麻衣子の全身に突き刺さる。

そんな命を賭けた法術を、しかし麻衣子は"勝つために"選択する。

"静寂の間"でもない場所でのこの法術は、本来ならば禁術の一種。

だが……麻衣子は、あえてそれを選択した。


「あ……あ、あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


白銀の剣が山のように地面へと突き刺さり、大蛇を埋め尽くしていく。

剣の上から剣を、突き刺さった剣をまた新たな剣が貫いていく。

そして……気が付けば広場の一角に巨大な剣の塊が製造されていた。


「は……ぁ、はっ……ぁ…」


麻衣子は自分の体に刺さった計3本の剣を抜き取ると、その場に崩れ落ちるように膝を地面につける。

満身創痍、先程とは違い体に重傷を負った麻衣子は遂に行動を取れなくなった。

何とか動くのは左腕のみ、他の部分は少しも動こうとしなかった。

だが、そんなこと気にはしていられない。

自分が今戦っている相手は幻想神種、大蛇なのだ。

麻衣子はそう思い直すと剣の山に目を向ける。

この法術で街が被った損害は安くはないだろう、もしかしたら誰か人を巻き込んだかもしれない。

―――だが、麻衣子は振り返らない。


「これで……どうよ…?」


掠れた声で大蛇に向かい話しかける。

これで決まれば……全てが終わる。

この馬鹿げた戦争紛いの争いも、自分が引き起こしてしまった私闘も、全てが。
















『……それで、児戯は終わったのか?』
















…………そして、全てが終わった。

 

 

 

 

ロードナイツ

 

第三十八話

「万物の否定者」

 

 

 

 

麻衣子は、剣の山から顔を出した大蛇を眺めると…大きなため息をついた。


(まったく……出鱈目過ぎる)


今自分が持っているだけの力を出し尽くしたというのに……大蛇は剣の山から何事もなく這い出てきた。

……これが幻想神種と呼ばれた大蛇の実力、舐めていたわけではないが…見込みが甘かった。

最早不死と言っても差し支えないほどの生命力、あれほどの攻撃を受けまったく堪えた様子がない。


「無傷、ってわけ……?」

『無傷ではない、ご丁寧にも起源を封じた攻撃だ……"少しは"効いた』


大蛇はそう言うと軽く頬を歪めた。

まるで麻衣子の反応を楽しんでいるかのように、笑う。


「呆れた化け物ね……あんた」

『貴様もな、これほどの大法術……流石に驚いた』

「それを喰らって生きているあんたが異常過ぎるのよ」


麻衣子は憎らしそうにそう言うと一歩後退する。

だが既に、後退する事に意味はない。

今後退するぐらいなら、最初から尻尾を丸めて逃げていた方がいくらか賢い選択だっただろう。

だがら、麻衣子は後退したがる足を無理矢理押さえる。

……元々殆ど動かない体だから抑えることに労力は使わなかった。


「……さ、どうすんの? 私を殺す?」

『冗談を言うな、我が主……元より貴様には勝ち目などなかった、だからこれはただの児戯だ』

「あっそ……好きにしなさいよ、もう」


麻衣子は呆れたように両手を上に掲げるとため息をつきながら大蛇に背を向ける。

元よりこれはそういう勝負、自分が勝つか負けるか……より大事な事が一つだけある。

それは、この後に戦うであろうあの馬鹿の状態だ。

これほど長く稼いだのだから……少しは回復している事だろう。


「時間は稼いだわよ、後は任せるから」


そういって軽く腕を振り上げると……歩いてくる傍観者に向かって振り下ろす。

すると、傍観者も心得たもので、振り下ろされた腕に合わせるように自分の腕を振り上げる。

そして、手と手が交差する瞬間……小気味がいい音が広場に響き渡る。


「あぁ、上出来だ……わざわざ悪いな」


傍観者は苦笑するように麻衣子にお礼をのべる。

麻衣子はそれを鼻で笑うと、そのまま広場の出口へと歩き去っていった。


「さてっと……んじゃ二回戦、始めようか」


そうして―――相沢祐一は両足で地面に立ち、傷一つ無い姿で大蛇へと向かいゆっくりと歩き始める。

手には実体が定かではない漆黒の剣を携えて、死を否定する為に。

何回も、何十回も、いや……何百回も"死"を体感してきた事がある否定者だからこそ―――大蛇を打倒するに相応しい。

死に慣れた者だからこそ、死を否定する可能性を持ち合わせている。


「まあ、とは言ってもさ……」


その時―――降り止んだ筈の雪が、空がない筈の空から……静かに降り始めた。

僅かだが、この国には相応しい……白き雪の欠片が、舞い踊っていた。

そして、雪と同時に、一筋の明かりが広場に降り注ぐ。

それは……日の光、一夜を明けた世界が、朝の訪れを知らせていた。

―――空が……割れる。

雪が降り始めていたのは、朝日が照り始めたのは、それが原因だった。

黒く、墨をぶちまけたような空は、しかし―――ひび割れて、その隙間から朝日と雪を呼び込んでいた。

否定が―――終わろうとしてる。


「―――実は既に終わってるんだ、ようやく準備が整った」


そして、"否定"は始まろうとしていた。
















最初に、それに気づいたのは意外にも外から見ていた水瀬名雪だった。

それは不思議な光景だった、"円"が……黒き"円"がそこにはあった。

円の発祥地点は大蛇の既に無い首元、そこは否定者に否定された大蛇の傷跡だった。

まるで有るモノ全てを無に帰すような暗い漆黒の円は……大蛇に気づかれることなく徐々に体を浸食していくが如く、広がっていく。

その姿は……捉えられた昆虫のようであり、幻想神種である筈の大蛇が……ちっぽけな捕食者の獲物に見えてしまった。


「あれは……あれが、否定?」


よくわからない、あれが否定ならば……相沢祐一はその否定を使い何をしようというのだろうか?

否定とは言葉上では肯定の逆、つまりは……認められないと言うこと。

それは違うと、それは間違っていると、意味を消去させる為のもの。

そのような否定が、現実世界に現れると……どの様な事になるのか。

名雪は、まだ―――わからない。


(否定、お母さんから聞いた話によると……現実の反乱、当たり前の事が当たり前の事と信じられなくなる現象だって言ってたけど、これがそうなのかな?)


自分の母親は否定を正しく理解しているらしいが、断片的な話し方で真実をはぐらかしていた。

何があるのか、名雪は興味を惹かれ食い入るように見つめる。

……っと、その時一人の人影が音も無く名雪の背後へと現れた。

ここまで近くに来ていたのに気配に気づけなかった名雪は思わず手に持つ杖に力を入れて振り返る。

すると、そこには先程まで戦っていた秋桜麻衣子が驚いたように名雪を見ていた。


「気配は消したつもりなんだけど……よく気づいたわね、名雪ちゃん」

「あ……え? ほ、殆ど気づいてなかったよ、たまたまだよ」


名雪は焦ったように言い訳した、こんな所で自分を気取られてはいけない。

"気配が読める"などと言える筈もない、その為に名雪は最初に会ったとき、"北川の視線"を無視したのだから。

今更になって、気配が読めるなどと……そんな都合のいい話は駄目だ。

だから、多少不自然になろうとも名雪は繕うように苦笑を浮かべる。


「それにしても麻衣子ちゃん、惜しかったね」

「ん? 何が?」

「さっきの戦い、後ちょっとで倒せたかもしれないのに……」

「あぁ、あれ?」


麻衣子は困ったようにはにかむと手を振って苦笑する。


「あはは、無理無理……元々私が幻想神種なんかに敵うはずもないし」

「……そうなの? でも麻衣子ちゃんは"神殺し"なんでしょ?」

「あぁ、その話? 半分以上嘘だから、あれ」

「―――えぇ!? 私、思いっきり信じてたよ?」


名雪は本気で驚いたらしく、少し固まり気味に麻衣子を見つめる。

流石にあの場面であれほど壮大な嘘をつくなんて…思いもしなかった。

そんな名雪の反応に満足したのか麻衣子は可笑しそうに笑みを浮かべる。


「神殺しと言われていたのは本当、誰かを殺していたのも本当、だけどね……神様は多分殺せないと思うわよ?」

「殺せないんだ……じゃあ神殺しじゃないんだね」

「まあね、法術のみで殺せるほど相手も甘くないでしょうし……実際に戦って分かった、あれは反則だわ」


麻衣子は苦笑しながら広場を見る。

目線の先、そこには幻想神種とやり合う為に否定者が一人絶望へと向かっている。

先程まで自分がいたからわかる、あそこは死場だ。

一瞬先は死か生か、今まで相応の修羅場は潜ったが……ここまで露骨な絶望感は久しい。

これが、魔物達の頂点―――幻想神種なのだと納得できた。

だが、それでも、"相沢祐一"の異常性には未だ敵わない。

近くで見ていたからわかる、相沢祐一以上の異常な奴なんて見たことがない。

あの"人類破壊兵器"でさえ"万物の否定者"には"異常"という点では及ばない。

恐らく、剣の支配者や万能の守り手だって、いや……全ての起源者を集めたとしても、"異常"という点では敵わないだろう。

それほどの能力、それほどの異常。

―――それが、相沢祐一が持つ能力だった。


「さて…異常と力、どっちが勝つのかしらね」


何て、他人事のように麻衣子は呟いた。

そんな麻衣子の呟きを聞いて、名雪は不思議そうに首を傾げた。
















「……終わるな」


丘の上から見下ろしていた青年は誰にも聞こえないぐらい小さな言葉で断言した。

それを聞いて、隣に腰を下ろしていた少女は同意するように頷く。


「終わるね、完璧に……何で今まで決着をつけなかったんだろう?」

「恐らく……つまらない偽善だ、巻き込みたくなかったんだろう」

「それで今まで? だったら元々孤独に戦えばいいのにね」


男は、それには答えず何も持たない右腕を前方へと突き出した。

すると、刹那男の手の中には一振りの剣が顕現した。

片刃の装飾が豪華な剣だ、柄には蒼白い宝石が埋め込まれている。

そんな青年を見て、少女は驚いたように目を見開く。


「…………行くの?」

「……あぁ、否定が完全に終わる前に行かないと手遅れになる」


そうして、青年はようやく丘を降りる。

その様子に少女は笑みを浮かべながら地面に突き刺したままだった巨大な剣を引き抜くと青年の元へと走る。

二人は丘を降り始める、新たなる争乱をその背に背負いながら。

―――幻想の戦いは終わろうとしていたが、カノンを覆う戦渦の影は拭い去ろうとしていなかった。
















そして……広場では、最後の戦いが行われようとしていた。

相沢祐一、万物の否定者、全てを否定する可能性を持つ傍観者。

八俣大蛇、死の具現、全ての存在を死に至らしめる八つ首の蛇。

両者は向かい合い、視線を混じり合わせている。

段々と、静かに、お互いの緊張が高まっていく。


『既に終わっている……と貴様は言ったな?』

「あぁ、もう終わってるよ」

『ならば―――その証拠を見せてみるがいいっ!!!』


大蛇の口から、炎を吐き出す。

祐一はそれを見て、しかし動かず迎え撃った。


―――"終焉なる世界(■■■■■)"


大蛇が放った炎は突き出した右腕から発せられた漆黒の霧が円状になった盾で周囲へと流すように弾き飛ばす。

しかし、耐えきれなかったのか衝撃により両足が地面に軽く埋まり右腕にかかった負荷に顔を顰める。

だが、大蛇からの攻撃には何とか堪えきった。


「いっつ……、相変わらず常識外れなやつめ…」


祐一はそう悪態をつくと苦笑しながらも地面に埋まった足を引っこ抜いた。

その様子を眺めていた大蛇は、ようやく……その違和感に気づく。

全体的に、相手にそれほどの戦闘意欲が無い。

それだけではない、最早……気迫すら伝わってこない。

―――殺気がないのだ、明確な敵意すらない。

そのような不抜けた祐一に、しかし大蛇は笑みを浮かべる。

ならば思い出させてやればいい、この大蛇が――どういう怪物なのかを。


『逝くぞ―――否定者』

「―――しゃあない、ちょっとだけ付き合ってやるよ」


大蛇と祐一はお互い軽く目線を交差させると一気にお互いの攻撃姿勢に入る。

大蛇は残る首を退き、炎を吐く体勢に入る。

―――さっきと同じ、起源で押し切る大蛇の常套手段だ。

それに向かい、祐一は両足で地面を蹴ると軽く宙に舞い上がる。

そして……そのまま"空中"に立った。

足下には、否定された空間が存在する。

重力を否定され、空間を否定された場所に残るのは、否定者の絶好の足場。

祐一は、空中に位置しながら大蛇を見下ろす。

大蛇はそんな祐一の行動に、しかし恐れることなく炎を吐き出す。

その様子を眺めて、祐一は軽く笑うと両腕をそれぞれの方向に広げた。


―――"貪り喰らうもの(グレイプニール)"


相沢祐一の両腕から二本の長いツルのような黒い霧が吹き出す。

漆黒のツルはまるで生物のように炎を吐き出している大蛇の首を三本ほど巻き込みながら締め上げる。

瞬間、三つの首から発せられていた筈の炎は消え去り、残るは残った首の炎だった。


「ふっ―――!」


祐一は迫る巨大な炎を避ける為に作った足場を即座に解除し地面へと自ら落下する。

その際、避けきれなかった炎が右腕を焼いた。

それに対し顔を顰めながらも落下しながら大蛇を見据える。

首が絞まっている大蛇が視界へと飛び込んでくる、必死に外そうとしているが……そう簡単には外れない筈だ。

今大蛇の首を絞めている縄は否定の足枷、そのしつこさだけは極上の一品だ。

本来なら敵の魔法を防ぐための拘束具だが、今回は大蛇の多すぎる首を封じるのに使えた。

巨大な相手ならではの使用方法だ……、これはやつの炎は少しばかり封じた。

否定状態で一度しか使えない縄だが、今使う事に躊躇いはない。


「残る首は―――後二つだな、大蛇!」

『巫山戯るな、確かに我が炎は封じただろうが、その存在までは封じたわけではない』

「ま……確かな」


祐一は軽く返しながら地面に着地する。

そして、そのまま大蛇に向かって走り出した。

祐一の疾走を見て、大蛇は応戦する為に残る首を後方に下げ、絡まった首を前方に向かわせた。

使えない首なら囮にするまで……大蛇の気迫が祐一に伝わる。

そんな大蛇に対し、祐一は両腕を広げ……それぞれの手に一本ずつ漆黒の剣を出現させる。

―――そして、左腕に持った剣を大蛇に向かい投擲する。

迫り来る大蛇の首の一つに、投擲した剣が突き刺さる。


『―――しまっ!』


大蛇の首の一つが狼狽えたように叫ぶ。

瞬間―――祐一は持っていたもう一つの剣を大蛇の右足下に投擲する。

そして、祐一は一気に突き刺した剣達に対して手を突き出す。


―――"破滅する運命(カタストロフィ)"


大蛇の頭に刺さった剣が爆発し、同時に大蛇の右足下に突き刺さった剣も爆発する。

刹那―――黒き球体が広がり大蛇を否定し尽くす。

纏まった首に突き刺さった剣から出現した円は残る二つの首も巻き込み広がる。

足下に広がった円は地面も巻き込み、大蛇のバランスを崩した。


「否定の扱い方、結構応用が利くだろ?」


祐一はバランスを崩した大蛇に対して追い打ちをかけるわけでもなく、悠長に構えていた。

大蛇は崩したバランスを即座に持ち直すと、否定された首を退かし締まっていた二つの首を避難させる。

―――しかしその二つの首も多少なりとも否定の影響を受けている。

これで、実質使える首は二つ……炎を吐く首以外は正直恐れるに足らない。

ならば―――このまま押し切れるかもしれない。

もしかしたら……"アレ"を使わずに済むのか?

それなら好都合だ…、使わずに済むならその方がいい。


「このまま―――押し切るっ!」


祐一がそう叫び、大蛇に向かい何度目かの疾走を始める。

大蛇はそんな祐一の姿を見て、しかし笑った。


『―――死の具現を舐めるな、否定者』


瞬間、大蛇は残った二つの首を……祐一に向かい突き出した。

祐一は虚を突かれたが、一瞬で持ち直し手に漆黒の剣を出現させ迎え撃つ体勢に入る。

一瞬の交差、祐一の剣が大蛇の顔に向かう。

―――がっ、祐一の剣が……まるで堅い鉄にぶつかったように弾かれた。


「な―――にっ!?」

『はっ、舐めるな否定者―――元より我らは"死神"同士、死が否定に敵わないとどうして考える!!!』

「―――死を、今までは八つに分けてたって事かよ、それで……今度は二つに纏めてきた!?」


そう、死を束ねた大蛇の鱗に、もう……否定を簡単に通すことは出来ない。

同じ位にいる相手に……そう簡単に、一方的に勝てるわけが…ない。

つまりは、大蛇は、首を一つ失う度に……他の首が強くなる。


「―――何て、化け物だ」

『光栄だな、貴様にそう言われるとっ!!!』


大蛇の首が迫る、剣が突き刺さらない今……祐一に出来ることは、攻撃ではなかった。


―――"終焉なる世界(■■■■■)!!"


両手で広げた漆黒の盾に向かい、大蛇の首がブチ当たる。

―――衝撃で祐一の体は宙に舞い住宅街の壁に突っ込んだ。


「―――ガッ………!!!」


雪煙が舞う住宅街の一室で、祐一は顔を顰めた。

予想以上に相手の抵抗が激しい、体の損傷も馬鹿にならない。

……少しでも気を抜いた自分が悪いが、流石に幻想神種なだけはある。


「これは、迷ってる場合では無い……か」


……ならば、終わればいい。

戦いを終わらせてしまえばいい。

それだけの異常が、それだけの理由が、それだけの力が、……それだけの条件が揃っているのだから!

元来、相沢祐一が出来ることなど、否定しかなかった。

自分の人生を否定し、自分の死を否定し、自分の力を否定し、自分の存在を否定し、自分の運命を否定した。

死なない少年は、単純に、死にたくないだけの人間なのかもしれない。

―――だが、そんなことは今は関係ない。

そんな事を論じている暇があれば一刻も早くやらなければならないことが目の前にある。

だから、祐一は……再び立ち上がり、ゆっくりと広場に向け歩き出す。

痛む体に鞭を打ち、霞む視界に目を凝らしながら。

終わる、長く、しかし一日だけの戦争が―――闘争が終わる。

だから、終わる合図を、始まる合図を、否定する宣言を、祐一は発する。
























■ある■々の闇(■グ■ロークル)

























それは、詠唱ではない、ただの宣言。

準備は元より整っていた、終わりは元より確信の元だった。

この宣言は、直後―――現実となって大蛇を襲う。

否定された首、徐々に進行していた漆黒の毒。

合計で六つもの首から、少しずつ広がっていた漆黒の球体は―――祐一の宣言と共に一気に広がった。


『―――なっ、これは――っ!?』


大蛇は、為す術無くその光景を驚愕の面持ちで見つめている。

それもそうだろう、何故ならこの現象は―――謂わば大蛇の体内から発症している猛毒。

抑えようにも、内から侵略してくる"否定"に抵抗する手段もない。

しかも……今、"死"の起源は残る二つの首に集結している。

つまり―――他の首は無防備、否定の侵攻は止まらなかった。

そして、ついには……大蛇を丸々包み込む大きさにまで成長した"否定"は漆黒の球体の中に大蛇を閉じこめる。


「―――言っただろ、大蛇……終わってるんだ」


相沢祐一、否定者はそう言って軽く微笑む。

死神、そのような言葉が似合う、まるで"死"を運ぶ神……しかも相手は起源を死とする蛇。

祐一は―――万物の否定者は、紛れもなく、異常だった。


「起源八人分の戦闘能力……か、確かに脅威だな」


相沢祐一は大蛇に向かい、静かに話しかける。

大蛇は否定の球体から何とか抜け出そうとするが、時既に遅く……巨大な体はすっぽりと包まれている。

……いくら大蛇が死を纏め、一撃の破壊力を増そうと……所詮は同じ位にいる起源者。

―――ならば、否定の剣が通らなくなったように、死も否定を潜り抜ける事は困難な筈だ。


「だけどな、言い忘れてたけど―――」


嗤う、否定者は嗤う。

まるで子供のように、無邪気に―――悪戯に引っかかった獲物を見る目で。

幻想神種とまで呼ばれた化け物を前にして、幼子の如く。

神を―――嗤った。








―――俺は"最強災厄"の起源者なんだよ、理解したなら出直して来い……お前じゃ元々役不足なんだよ、大蛇

 

 



to be continue……

 

 

 

 

 

 

あとがき

お待たせ致しましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!

大変に、大変にお待たせ致しました!

第一部これで殆ど「完」となります、ロード★ナイツです!!

……いや、まだ実は二話ほどあるんですが、まあそれは殆ど蛇足ですよ(ぇ

疲れた……う゛ぃすたたんの性能に感謝しつつ……寝ますorz

 

 

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―――第三十八話★用語辞典―――

 

―天より降り注ぐ剣―

麻衣子の法術の一つ、周囲に大量の剣を投影し一気に降り注ぐその名の通りの術。

剣一本一本は大したことがない破壊力だが雨の如く降り注ぐ為に破壊力という点では非常に高い。

難点として範囲指定が上手く出来ないこと、自分を巻き込んでしまう可能性があることだ。

 

貪り喰らうもの(グレイプニール)

この縄で縛られた者は魔力を急激に失ってしまう。

否定の具現、相沢祐一の否定の応用バリエーションの一つ。

"否定"状態で一度しか使えない為に使い所が難しいが効果は絶大。

本来は対魔法使い用に使うが、今回は大蛇の首を絞める為だけに使った。