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「ふぅ……」


ここはカノン王国の北西に位置する王立カノン魔術学園の中にある第一館魔導図書室だ。

貴重な魔導書などが数多く保管されており、在学する学生が新しい魔術を修得するには効率の良い空間である。

カノン学園自体は休日である筈の本日も、多数の学生が黙々と新しい魔術を勉強していた。

魔術修練は時間との戦いである、そんな格言も残されているぐらい魔術を覚えるのには莫大な時間が必要なのである。

しかもカノン学園は国の中でも特に優れた素養のある子供達が多く通う学園だけあって、勤勉な生徒も多い。

誰もが貪欲に知識を吸収し、少しでも多くの魔術を扱える優秀な魔術師になる為の日々が繰り返される場所。

そんな休日を返上してまで魔術師の見習い達が集まる図書室で美坂香里は一つ、小さなため息をついた。

歳相応のスラリとした体型に腰まで伸びた長髪にはウェーブ、そして若干大人びた容姿。

纏っている赤色を基調とした制服の上に貴族の証である金色の刺繍が入ったマントを付けている。

―――彼女は街中を歩けば十中八九振り向かれるであろう美人と呼ぶに相応しい少女であった。

だがそんな彼女は今、自分に迫るとても大きな悩みに打開策を求めて頭を抱えていた。


「……まさか明日の訓練の初戦があの川口護だなんて予定外もいい所よ」


彼女にしては珍しく親指の爪を歯で噛み締めるという少し子供っぽい仕草をしながら誰に言う訳でも無くそう愚痴った。

明日の講義では生徒間で行なわれる一種の公開魔術訓練であり、自らの実力を誇示する為の重要な行事でもある。

更に教員、言い換えれば今後の総合試験で試験管になるかも知れない者に印象を与える事が出来る良い機会なのだ。

このような場で相応の成績を修めるのは、二年生の中でも上位十人にのみ許されている序列生徒の一員として当然の振る舞いとも言えた。

今現在の彼女の序列は五位、結果だけ見れば同学年百人近くは居る魔術師見習いの中では五番目の実力者となる。

しかし初戦の相手である川口護という生徒は序列三位という美坂香里以上の魔術師であると順位付けされている強敵だ。

必ずしも実力が序列順によって決まっているという訳ではないが彼女自身、今の自分の実力では勝率が薄い事は重々承知している。

これがまだ少数にのみ見られるだけの非公開訓練であれば、魔道具などを揃えて挑み拮抗するような勝負が演じられただろう。

だが魔術師は迂闊に手の内を晒さない事を美徳としており、今回のような訓練内容では人目につき過ぎる。

……元来、魔術師が本気で戦う時は必勝を約束された時であり普段は五分程度の力しか使わない。

しかし、実力を半分以上抑えたままでの川口護との魔術訓練は制約が重過ぎる。

魔術師のジレンマ、相反する二つの事柄の板挟みとなってしまう事を指すもので魔術師の性質とも言える。

目立つ訳にはいかないのに自らの存在を誇示しなければならない、魔術師とはそういったような矛盾の塊だ。

今回も魔術行使は極力避けたいが勝ちたい、だが川口護は手を抜いて打倒出来るほど甘い相手ではない。


「さて、どうしましょうね」


美坂香里はそう呟きながら苦笑する、余裕はまるで無いが自分自身の考え方が何処か可笑しかった。

……やるからには徹底的に、そんな性格の自分が始めた魔術の修練。

これだけは誰にも負けないようにと頑張ってはみたけれど、まだまだ上には上が居るものだと感心してしまったのは事実だ。

別段川口護個人に限っての事ではない、例えば同学年の久瀬英貴に北川潤、上級生の川澄舞などもそうだ。

今の自分がどれだけ頑張ったとしても、どのような方法を採ったとしても勝てない相手が存在する現実。

一線を逸脱したような実力を保有する者達にはどれだけの時間を賭ければ届くのか、美坂香里にはまだ理解出来なかった。

―――魔術師も大概楽じゃないな……っと最近今更ながらに思う。


「まっ、私は私に出来る事をするだけよ」


そう今一度心に決意し手にするのは一冊の魔道書、付け焼刃ではどうにもならないと思いながらも彼女はその本を黙って読み始めた。

 

 

 


ロード★ナイツ
第二話
「雪の少女」

 

 

 


純白の外壁が眩しい、清潔感と閉塞感に包まれた建物を見上げて俺達は素直に関心のため息を吐く。

世界最大の魔術師養成機関、王立カノン魔術学園は確かにそこに聳え立っていた。

これから毎日この建物で勉強するのかと思うと、若干俺は憂鬱になるが隣に立つ麻衣子は嬉しそうだ。

集団生活に憧れていると昔に聞いた事があったがお気楽なものである。


「ここがカノン学園の正門だよ、入るには学生証を提示しないと門前払いされちゃうから気をつけてね」


俺達をここまで案内をしてくれていた少女、水瀬名雪は蒼色の長髪をサラリと舞わせながら嬉しそうに振り返った。

柔らかい笑顔が印象的で過去の記憶に居る幼い少女とはあまり符合しなかったが、彼女は間違い無く俺の従姉妹である。

最後に会ったのは確か、七年ほど前だったような気がするがその頃の記憶はあやふやで完璧に覚えているとは言い難い。

幸いに名雪本人は昔の事を覚えているらしく、先程出会った時に迷わず俺を見分けられたらしい。


「って事は、今日はまだ入れないのね」


麻衣子が残念そうに呟くと、それを聞いた名雪は首を横に振った。


「大丈夫、お母さんが学園側に問い合わせてくれたから今日は入れるよ〜」

「……秋子さんか」


水瀬秋子、その名前は他国に居た頃から至る所で話題に上がっていた。

ギルドの酒場で、古代の遺跡の中で、深い森林の奥地で、瘴気が漂う禁断の沼地で。

彼女を知る者は多い、曰く―――カノン最強の守り手は彼女だと。

あの規格外な障壁でさえ彼女の価値の前には数歩劣るといったようなとんでもない評価が多い。

俺個人としても、実は秋子さんからの手紙が届くまでは彼女と極力関わらないようにしようと考えていた。

強力すぎる力は必ず歪みを生み出してしまう、それがこの世界の常識であり真実だ。

その事を俺達は知っている、下手に関わってしまえば人生そのものが大きく変動してしまうだろう。

……嘗て自らがそうであったように、自分の意志とは何ら関わりないところで。


「それを解ってても、結局こうなったけどな」


数ヶ月前の事だ、俺達に秋子さんから一通の手紙が届いた。

巨大な鷹の足に括り付けられた小奇麗な封筒に不純物が少ない洋紙。

受け取った時点で嫌な予感はしていたのだが、案の定驚愕する内容が淡々と書かれていた。

あれは最早一種の脅迫だった、今思い返しても恐怖に震えてしまいそうだ。

しかし文章の最後に、責任は全て秋子さんが取るとまで言われてしまうと納得するしかない。

これからどうなるかなんて判る筈も無いが、一時でも休まる時間がどれほど与えて貰えるかが心配だ。


「祐一?」

「あ、いや……なんでもない」

「うん、わかった」


不思議そうに名雪は首を傾げるが、俺の言葉を聞くとすぐに納得した。

根が素直なのだろう、今まで周りには居なかったタイプなので少し新鮮である。

裏を返せば騙されやすいんじゃないかと思うがまあ秋子さんの娘なのだ、大丈夫だろう。

少なくともカノン国内で名雪に悪意の牙が向くとは考え難い、どんな人間でも自分の命ぐらいは惜しい筈だ。


「ねぇねぇ、名雪ちゃん」

「どうしたの、麻衣子ちゃん」

「私、お腹が空いちゃったんだけど……学園の中に何か無いかな?」

「それなら学食があるよ〜、お勧めはイチゴサンデー」

「うわっ、何それ美味しそう!!」


麻衣子と名雪は楽しそうに、今日会ったばかりだという事を感じさせないほど仲良く会話している。

しかし、少し前に食事をした記憶があるのだが俺の気のせいだろうか。

……気のせいなわけがない、あれだけ仕事をしても麻衣子が貧乏なのは絶対にこの燃費の悪さのせいだ。

まあ何かある度に俺に奢らせようとするような奴には同情する余地など無いのだが。

 

 

 


北方最大の魔術国家、カノン王国。

総人口約一万二千人の内、半数以上が魔術師という巨大な武力国家である。

優秀な国土の守りと時には兵器と同列視される魔術師達が固める国家。

そのような国だからか、カノンには一般的な兵と呼べるものが重要視されていなかった。

無論、カノンにも精鋭を集めた有事の際に即応出来る一般兵が存在している。

しかし魔術障壁が優秀過ぎるが故に軍事に割く費用が他の国と比較すると極端に少ない。

その為規模は最小に、武力国家としては少なすぎる程度の戦力しか保有していなかった。

……極北のカノン騎士団はそんな冷遇されている組織の一つだ。

総団員数は約二百五十人程度、個々人の質は高いが組織的運用が難しい人数ではある。

幾らカノンの国土が現状維持を続けているとしても万単位の人間が住まう国。

広範囲に亘って団員を配置する事も出来ず、防衛部隊としての役割は実質的に不可能である。

だがそもそも敵の侵入を想定していない以上、以前から必要性が疑問視されていた。

国家である以上は国防の為に防衛部隊自体を無くす事はしないが、それ故の冷遇だった。

そんなカノン騎士団が受け持つ任務の中に、カノン王国より南に構えられた離城の監視役がある。

城といっても設備は最低限、食堂や娯楽施設も無く兵員を置くだけに特化された場所だ。

更にカノン王国から徒歩で約二日ほどの距離にある為、離城勤務は騎士団員達にも嫌われている仕事だった。


「はぁ……、つまらん」


雪が降るだけの平原を見つめながら団員の一人がため息をつく。

離城の監視とはいってもここ十年ほど攻めてくる軍隊も無く、商人ギルドすら滅多に訪れない。

ただ一日を極寒の地に舞う雪を眺め続けるだけの日々だった。

間違っても戦争が起きて欲しいわけではないが、こう変化が無いと流石に飽きる。

交代まではまだまだ時間がかかる、しかも交代した後は自分で食事を作らなくてはならない。

自炊が上手くなる為に騎士団に入隊したわけではないのだが、食以外に楽しみが無いのも事実。

出来れば食堂の一つも作って欲しいものだが、そのせいで給料を下げられたら堪ったものではない。


「そんな俺達に引き換え、エイプルトン辺境伯は給仕付きだしな」


呟くように愚痴るが、空しさだけが募っていくだけだった。

こんな時は今日の夕食を自分なりに豪華にして気持ちを紛らわせる方がいい。

そんな決意を新たに、ふっ……と窓の外を見た。

すると、そこには何時もの景色と少しだけ違ったものが見えた。

離城から見下ろす平原に、小さな灯りが一つ。

恐らくは商人ギルドの連中だろう、そう思いながら何となくその灯りを目で追った。

まだこの離城からは離れた位置だ、あの位置からなら離城に到着するまで一日はかかる。

心の中で寒い思いをしているであろう彼らに同情しながら少しは退屈を凌げそうだと期待も高まる。

……すると、小さな灯りがまた一つ平原に灯された。

そしてまた一つ、またもう一つ、段々と数を増しているようだ。

余程大きな商隊でも編成されたのだろうか、興味を惹かれる。


「……本当に商隊か、あれ」


そんな言葉を肯定するように、灯りはどんどん増えていった。

何かが変だ、商隊にしては数が多すぎる。

しかし仮に他国からの侵略だとしても今更攻めてくる理由が思いつかない。

ではあれは何か、団員は正体が判らず暫く唸った。

だが唐突に、ある可能性が頭の中を電撃のように奔る。


「まさか、あれは……」


信じられない気持ちを抑えながらも立ち上がった。

事実だとすれば、自分達がカノン王国の上層部に伝えるまで約二日。

奴らの侵攻が本当だとしたら、一日しか時間が無い。

だがカノンにはあの絶対的な障壁がある、そう焦る気持ちを抑え付けた。

大丈夫だ、あの守りがある限りはカノンが害される事は無い。

団員は気持ちを切り替えて離城の管理者であるエイプルトン辺境伯の部屋へと駆け出した。

 

 

 


「ぷはーっ、流石にお腹一杯ね」

「そりゃあれだけ食えばな」


満面の笑顔で膨れたお腹を叩きながら満足そうにしている麻衣子を見ながら俺は冷たい目線を送る。

隣で座る名雪も驚いたように麻衣子の方を見つめている、少し心配そうだ。

まあ目の前であれだけの量を食べる麻衣子の胃がどうなっているのか不安にもなるだろう。

人間としての許容量を軽く凌駕しているみたいだ、積み重なった皿や容器が恐ろしい。

全部自腹で払っているのだから問題は無いが、ただでさえ少ないお金を使い切ってしまっていいのだろうか。


「んー、食欲が満たされたら今度は眠くなってきたわね」

「どんだけ野生児を貫き通せばそう自由になれるんだ、お前は」

「麻衣子ちゃんって、凄いね〜」


名雪は名雪でよく判らない理解を示している。

適応力が高い事は褒めていいのかどうか迷うところだ。

俺は徐に麻衣子が食べた数々の品目を軽く見渡す。

それにしても、学園の食事とは思えないぐらい豪華な食事だ。

貴族連中が通う場所だけあって気合が違うのかもしれないが、材料はどうしているのだろうか。

ここは極寒の地、農作物にとって不毛の大地といってもいいぐらい悪条件ばかりが揃っている筈だ。

更に閉鎖的な国が故に、ギルドにも人が少なく貿易に頼っているような感じでもない。

ならばこの食糧や香辛料などは何処から出てくるものなのだろうか。


「……まあ、どうでもいいか」


不思議に思うが、特に詳しく知りたいとは思わない。

それにここで暫く暮らしていれば自ずと判ってくるだろう。

物事の裏側を知りたがり過ぎるのは悪い癖だ、ここは一応平和な国。

今まで住んでいた場所とは違う場所、それならば少しぐらいこちらの流儀に合わせるべきだ。


「そういえば名雪ちゃん、私達って何処に住めばいいの?」


本当に眠たそうに目を擦る麻衣子は今日の寝床を名雪に聞いていた。

そういえば俺も聞いていない、まさか城に住めというわけではないだろうし。

もしそうだとしたら、それなら野宿した方がマシだ。

だがそんな俺の杞憂も名雪の一言で晴れた。


「学生寮だよ」


本当はお城で一緒に住もうって思ってたんだけどね、と付け足したが俺は秋子さんの英断に感謝する。

俺も麻衣子も王宮で暮らすなんて二度と御免だ、そしてその辺りを理解していてくれるところが流石だ。


「そっかー、じゃあ今日はもう寝たいから案内してもらっていいかな?」


麻衣子は前後に揺れながらもそう提案する。

どうやら本当に眠いらしい、というか今ここでも寝そうだ。

そんな麻衣子を見ながら名雪は何かを納得したように頷く。

何故だろう、名雪は何も言ってないがその顔には理解の色が浮かんでいる。


「うん、わかったよ!」


……本当に、何故だろう。

妙に不安な気持ちが心に広がっていくような気がした。

 

 

 


■次回予告■

第三話「ようこそ、魔術師が集う学園へ」
「少し早いが歓迎会だ、悪いが―――"死ぬほど"楽しんでくれ」

■あとがき■
過去の失敗は未来への原動力、さて第二話です。
何というか眠いです、あれこれあとがきじゃねぇ。
多分少し休んだらあとがきを書き直します、これが老いか…。

■用語解説■

―辺境伯―
貴族としては侯爵と同じ位置にある格式の高い称号。
防備の一環として本国とは離れた辺境地区に配置された指揮官に与えられる。
カノンでは軍備の縮小に伴い、地区ではなく離城を指す。

―魔道書―
名のある魔術師が残した魔術理論を記してある書物。
巻物や写本、粘土板であっても魔術について書かれていれば魔道書である。
位の高い本になれば魔力が宿ったり、意志を持つ事もあるという。

―序列生徒―
一月毎に行なわれる試験結果の上位者十名に贈られる称号。
序列生徒になった者は特別な待遇を受ける事ができ、大抵の生徒はこれを目指す。
また在学中に序列生徒だった者は学園を卒業後も研究所などへの推薦などを貰いやすくなる。

■登場人物・読み方■

美坂香里(みさかかおり)
川口護(かわぐちまもる)