―――魔力光が夜空を照らし暗闇を消し去って行く。
夜中だというのに時折昼間のような光に世界は覆われる。
衝突し合うデバイスや魔法は静かな空間を壮絶なる劇場へと変貌させる。
演奏者足る魔導師の一人、雷鳴が如く轟音を響かせながらフェイト・テスタロッサは展開した魔法を放った。
放電しているような金色の魔力光を撒き散らし、砲撃は灰色の結界内を蹂躙する。
向かう先は剣を持った騎士、シグナムは無表情ながらも込められた威力を知り急速に回避運動を取った。
ビルの合間を縫う様に旋回して広範囲に分散する魔力砲からの直撃を避ける。
一発ならば大事には至るまい、だがそれをフェイト・テスタロッサは湯水が如く解き放つ。
余力など残さず、一撃に渾身の魔力を最大限に込め続ける姿勢はそれだけで激しく、また美しかった。
フェイトが本気で放つ砲撃、それを余裕を持って受け流せる力は今のシグナムには存在しない。
先程まではまだ可能だったかもしれないが、今はその条件を満たしてはいなかった。
「――――――」
それを、フェイトは確信を持って観察する。
……シグナムは時に自分では太刀打ち出来ないほど瞬間的に魔力量が増大する。
先ほどのようにクロスレンジに引き込まれた瞬間、押しつぶされてしまうほどに。
だがそれには条件がある、それがシグナム達が使うデバイスの特徴。
恐らくは魔力を込めた弾丸、それをデバイスに装填する事で一時的に魔力を飛躍させている。
通常は質量の高い魔力を運用する為には対価、代償が必要だ。
一般的には運用までの時間、魔力を練る為の処理に手間を取られる。
上級技術ならばフルドライブなどで多少の短縮を望む事も可能なのだがあれは違う。
あの弾丸は過程を一定段階飛ばして、一瞬にして臨界にまで到達する事が出来るブースター。
故にミッド式の魔導師であるフェイト達は突然の強襲、更には異質な魔法体系に対し効果的な対処が出来なかった。
フルドライブよりも効率的で戦闘に特化された技術と言ってもいいのかもしれない。
しかし、代わりに―――あの弾丸には欠点もある。
ブースターは所詮使い捨ての技術、つまりは……弾丸が無ければシグナムの力は幾分か落ちる。
シグナムにとって誤算だったのはフェイトの介入よりも、相沢祐一の意外性だった。
……彼女は、格下である筈の祐一にも弾丸を消費した。
予定外の戦闘は、想定外の奇襲により動揺と共に無駄とも言えるだけの消費量を費やした。
そして、弾丸が残り少ないシグナムにとってフェイトは侮れぬ魔導師なのだ。
(祐一さんがそこまで想定していたとは思えない、でも……っ!)
結果的にフェイトを救っているのは相沢祐一の加勢によるものだろう。
……本来は休暇目的で地球に来た筈の祐一達は、それでも助けに来てくれた。
ここまでのお膳立てがあれば、シグナムを打倒する事も不可能ではない。
激戦にはなるだろうが一方的に撃墜される事は無くなった、それだけでも大きな前進だ。
―――純粋な魔力量ならば、フェイト・テスタロッサはシグナムに勝るとも劣らないのだから。
「……クロスレンジに持ち込まれなければ分はこちらにある」
故に絶対の自信を持ち、シグナムに相対する。
絶望的な戦力差も絶対的な実力差も、確実に埋まっていた。
シグナムは距離を縮めんと高速で飛来する。
だがフェイトは積極的には付き合わずミドルレンジを保ちながら捌く。
どちらかの魔力が尽きるのが先か、はたまたどちらが撃墜されるまで続くのか。
―――終わりの見えない戦闘は尚も続いて行く。
魔法少女リリカノンなのは
第二十話
「星屑と残光」
間に合わなかった事を自覚して、それでも高町なのはは顔を上げた。
見つめる先には未だ終わらない戦闘の光、これ以上黙って座している事等出来ない。
少し動かすだけで激痛が奔る身体を鞭打ち己がデバイスを構える。
ユーノが張ってくれた治療魔法のお陰で、立ち上がる事は可能となった。
だが回復にはほど遠く、また完治には少なくない時間が必要になるだろう。
……ここで無理をすれば、治療が長引くかもしれない。
しかしそれでも、通さねばならない信念があって、協力してくれる相棒もいる。
「準備はいいね、レイジングハート」
『Yes, My master(はい、我が主)』
なのはのデバイスであるレイジングハートは迷う事無く肯定する。
既に砲撃体制を整えたデバイスは彼女の象徴である桜色の魔力光に包まれていた。
「――――――行くよ」
言葉と同時に、なのはの目の前に巨大な魔法陣が展開する。
尋常ではないその大きさは、通常の魔法では有り得ないほどの魔力を秘めていた。
―――砲撃魔法、集束型。
有り余るほどに蓄えられた魔力量を余す所無く開放する最大級の一撃。
星の光を集めたかのような輝きは、高町なのはの信念を具現と化す。
「ユーノ君、フェイトちゃん、アルフさん……」
『……えっ、なのは?』
「私が結界を壊すからタイミングを合わせて転送を!」
準備を終え、魔力を込める前に通信を送る。
皆なのはの体調を少なからず知っていた、とても魔法を撃てる身体じゃない。
だがそれ以上に、なのはは一度決めた事を簡単に覆さない頑固さも周知だった。
それになのはが結界を壊すなら、確かに戦況は変わる。
管理局からの増援も望める、戦術的に有利になる事は確実だ。
……迷っている暇は無い、フェイト達は決心を固める。
『なのは、大丈夫なのかい?』
「……大丈夫、スターライトブレイカーで撃ち抜くから!」
「祐一さん達、大丈夫かしらね」
深夜のリビングで水瀬秋子は静かにため息をついていた。
魔術師としての素養が無い故に、秋子には今何が起こっているのかは不明だ。
だが祐一達が血相を変えて飛び出していったのは密かに確認している。
彼らに限って心配するほどの事は無い思うが、危険な仕事には違いない。
子供達が自分で決めた道だからこそ応援できるが、不安な気持ちは消えなかった。
特に祐一は自分自身の事に対し、たまに無頓着になる傾向がある。
……危うさで言えば無茶しがちな真琴より心配だ。
「まだ、許せていないんでしょうね」
過去を思い出しながら秋子は台所に立ち、お湯を沸かす。
自分に今出来る事は、精々帰ってきた彼らに暖かいコーヒーを淹れるくらいだ。
だから何度でも湯を沸かしなおそう、それが家族という在り方なのだから。
「うにゅ、おかーさん?」
声がして、秋子は驚いたように顔を上げる。
するとそこには普段こんな時間帯に絶対起きない娘の姿があった。
「どうしたの、こんな夜中に」
「う〜、さっきから首の後ろがざわざわする」
「……そう、名雪は何が起こっているのか感じるのね」
昔から名雪には常人以上の魔力が備わっていた。
子は親に似るというのは迷信ではない、ということだろうか。
自分の考えに可笑しくなり秋子は苦笑する。
しかしどれだけ素養があろうとも名雪は魔術師にはならないようだ。
祐一が管理局に就職すると決めた時、名雪は少し寂しそうな顔をしながらもついては行かなかった。
『仕方ない……よね』
そうただ一言だけ告げて、笑顔で祐一を見送った。
現在は看護士になるべく勉強を重ねているが未練は無さそうだ。
切り替えが早いのは私に似たのかしら、秋子は我が子の眠そうな顔を見ながら笑う。
「コーヒーでも飲む?」
「う〜、お願い」
今にも夢の世界に旅立ちそうな名雪はそう答えた後、リビングの机に突っ伏してしまった。
明日も朝から図書館で勉強をしてくる予定だと夕食時話していたが、果たして起きられるのだろうか。
「レイジングハート、カウントをっ!!」
『All right(わかりました)』
莫大な量の魔力が集束し続ける最中、なのははデバイスに発射シーケンス制御を任せた。
周囲に張り巡らされた結界を突破するには相応の威力と技術が必要になってくる。
そこでなのはは通常の発射シーケンス制御を変更してチャージ時間を延ばす事により更なる高出力を付加させた。
結界機能を完全破壊するほどの魔力量を込めた砲撃はまさに強力無比、その為高い技術力が要求される。
―――高町なのはは、一般的な魔導師が数年をかけて習得するような技術を理論でなくて感覚で成し遂げていた。
『Count……nine…eight…seven…,(カウント……9…8…7…、)』
しかしチャージ中は無防備になり足が止まる為、単体での実戦で使える域には届いていなかった筈だが今は違う。
特定の目標を破壊するという点だけに搾れば、それはまさに無比なる力となる。
「―――っ、この魔力量は!?」
上空でフェイトと高速戦闘を繰り広げていたシグナムは信じられないものを見たような顔でなのはを見下ろす。
あの集束砲は拙い、瞬時に直感が全てを壊してしまいそうな脅威の排除を選択した。
最初に視た時は重度の負傷で暫くは身体を動かせなかった筈だが、視込みが甘かったようだ。
あれを放たれる前に何としても阻止する、手加減をしている時間は無い。
―――だが刹那、シグナムの真横を金色の閃光が横切った。
「なのはの邪魔はさせないっ!!」
「―――くっ!」
フェイト・テスタロッサ、速度に限って言えば現戦場では彼女に追い着ける魔導師など存在しない。
シグナムの不意を衝いたような急降下も、例外ではなく進攻を阻んだ。
幾ら戦闘技術の高いシグナムでも、余所見をしながらフェイトと戦う事など不可能である。
そして一撃で撃墜させる方法もタネが割れてしまっている現状では難しい。
見慣れない術式、シグナム達にとってそれは実際の戦闘能力以上に有利なものだったが相手に観察する時間を与えてしまった。
無駄に浪費してしまった先程の戦闘が悔やまれる。
『Six…five…four…,(6…5…4…、)』
レイジングハートのカウントは続く、なのははゆっくりと息を吐くと衝撃に備えた姿勢をとる。
集束砲の反動に耐え切れるかは五分五分といったところかもしれない。
……だが、途中で倒れる事なんて絶対に出来ない。
それは自分の信じた大切なモノを捨てるようなものだ、だからなのはは確信した。
―――撃てるかどうか賭けるんじゃない、どんな事をしても撃つんだ。
『Three………, three……, three………, (3………、3……、3………、)』
カウントが止まる、なのはもデバイスも先程の戦闘で限り無い傷を負っている。
巨大な魔法を撃てる状態じゃない、そんな当たり前の事は判っていた。
魔力の循環や運用の過程で何らかのアクシデントが発生してしまっているのかもしれない。
「レイジングハート、大丈夫?」
『No problem(大丈夫です)』
しかし、なのはの迷いを振り払うようにレイジングハートはカウントを続ける。
ここで撃てなくなれば全てが終わると言っても過言ではない。
物語の終息を安全にただ座して見る位なら、果てる方を間違い無く選ぶ。
―――全ては、信じると言ってくれた主の為に。
『Count……three…two…one……(カウント……3…2…1……)』
そしてカウントが終了する、後はなのはの仕事だ。
集束しきり巨大な魔力の固まりとなった魔法を放つだけ。
痛む右腕を上げて、そのまま魔力の固まりへと―――。
「――――ぁっ!?」
……その時、短い悲鳴が、フェイトの後ろから響いた。
砲撃音ではない、明らかに自身が良く知る少女の声だった。
目の前にシグナムが居る事を一瞬忘れて、フェイトは後ろを振り返る。
するとそこには、目を疑うような光景が広がっていた。
「え、なの……は?」
「あ……あぁ………は…ぁ!?」
―――高町なのはの胸元から、不気味なオブジェのように"何か"が突き出していた。
それはまるで、背中から腹をぶち抜き胸へと達して貫通した……人間の腕のように視えた。
「――――なのはぁ!?」
誰かの叫び声を聞いた。
薄れる意識の中、相沢祐一はぼやける夜空を見上げている。
何時からか、目が開いていたのか。
意識自体は今覚醒したばかりだというのに、不思議な気分だった。
「……そうか、墜ちたんだっけ」
既に痛覚が麻痺しているのか、痛む様子が無い。
経験からいって重度の打撲、何箇所かの骨折、脳震盪などのおまけ付きだ。
完治まで時間がかかりそうだと内心でため息をついた。
そういえば、あの後はどうなったのだろうか。
祐一は痛む身体を起こした、すると隣にはデバイスが待機モードではなく砲撃モードで突き刺さっている。
「リューナ?」
『…………』
だがデバイスは返事をしない、もしかしたら自分が墜ちた事が悔しいのだろうか。
しかし今まで何回も撃墜されている、その時は憎まれ口の一つでも叩いたものだが。
そう疑問に思い、動かない手を庇いながらゆっくりと立ち上がる。
……どうやら大きな出血などは無いようだ、思った以上に相手は甘い。
相手のタネが割れた時点で、彼女らに二度目は無いだろう。
―――今までも一度墜とされた敵には、次に負けた事が無い。
「しかし、まだ戦いは終わってないのか?」
自分が回収されていない事からその可能性は高そうだ。
起きるのが早かったのか、それとも考えていた以上に時間がかかっているのか。
どちらにせよ魔力の残量はもう無い、後は事態の終結を見守る事しか出来ない。
そう、思って、空を見上げた。
「…………」
桃色に輝くビルが見えた、集束された光り輝く魔力が見えた、そして、高町なのはが見えた。
―――その光景は前にも見た、だから何度も見せなくていい。
そうして、ようやくデバイスの意志が伝わってきた。
無粋な質問はしない、どんな状況かも聞かない。
恐らく気絶していた相沢祐一を無理に起こしたのも、この為だったなどと……どうでもいい。
よりにもよって、この場面を、また俺に見せる気なのか、この世界は。
「―――ブリューナク」
『"Schneiden mode"』
祐一の答えを聞かずとも、リューナは一言だけ告げた。
禁じた筈のモノ、だがそれは自分を守る為に使う事を禁じたモノだ。
知人を目の前で見殺しにする為に禁じたモノでは決して無い。
幾つも警告音が鳴り響く、恐らくアースラの方にも伝わってしまうだろう。
だが、そんな警告音をリューナは悉く封殺していく。
……管理局が仕掛けた数多の封印術式を単独で突破するリューナにとって、枷は無いに等しい。
「―――あの子には中てるな」
『All right, My
master!!(全ては貴方の為に)』
そうして、デバイスの装甲が次々に外されていく。
―――無骨な、一本の漆黒の槍のようなデバイスが姿を現した。
あとがき
急展開で次回へと続く。
久しぶりの更新で全然手が進まない今日この頃。
うわーん、泣ける。
早くバトル終われ、と最近心から思うw
■SS辞書■
―Starlight Breaker
Plus(スターライトブレイカー+)―
高町なのはが使うスターライトブレイカーの派生。
どうしても時間がかかってしまう砲撃魔法の準備を短縮、させるのではなく更に追加して威力を上げたもの。
結果として結界機能を完全に破壊するという要素が付加された強力な砲撃魔法。
相沢祐一が撃つ砲撃魔法は逆に時間を短縮して威力を下げている、どちらかといえば一般的な魔導師ならば祐一の方を選ぶ。
高町なのはの巨大な魔力量が無ければ難しい技術である。