「真琴が……墜ちたか」

背後で起こった事態の帰結を感じ、祐一は他人事のように呟いた。
心配には違いないが既に結果が出てしまった出来事に干渉する余裕は今の祐一には無い。
ただ完結した事実は事実として認めない限り、戦況を読み違えてしまう。
正直に言えば、真琴が撃墜された事自体はさほど予想外の事ではない。
祐一としては真琴は健闘した方であり、時間内に事態が好転しなかったのは祐一にも責任はあった。
少々楽観視し過ぎていたらしい、結界は依然として健在であり戦力も膠着している。

「それに何よりまずこっちが不味いな」
「解ってんなら今すぐバインド解け、打っ叩くぞ」

視線を移すとそこには真琴を撃墜させた赤い騎士がデバイスを向け悠然とその場に居た。
シグナムへの拘束を解かなければ宣言通り一瞬にして攻撃に移るだろう。
他に増援が望めない今、結論は自ずと決定されてしまっているようだ。
祐一は軽くため息をついてまるで降参するかのようにデバイスを持った手を上げる。
それを見てヴィータも心得たかのように警戒は持続させてシグナムの解放を待つ。

「なら、早くしやがれっ」
「はぁ……理解が薄いな、お前」

急かすヴィータに祐一は呆れた様に目を細めた。
そして何故か含み笑いを浮かべると、首を横に振る。
ヴィータはそんな態度の祐一に不審な目を向けて無言で真意を促す。
だが威圧感に満ちたヴィータに向けて祐一は意地悪そうに舌を出した。

「これは断るって意味だ、ばーか」
「―――なっ!!!」

ヴィータの目の色が変わる、最早抵抗出来ずにただ蹂躙されるだけの相手に馬鹿にされた。
シグナムを一時的にとは言え捕獲したのだから油断は禁物だが、それほど強いとも思えない。
第一捕縛した相手に対し、行動力だけを奪い戦闘力を排除させる事が出来ない時点で限界が見えた。
そんな相手に、バリアジャケットさえ破損している敵に、目の前で余裕を見せられる。
まるで自分の事を問題視していないかのように、簡単に。

「―――っ、アイゼンッ!!」
FlammeSchlag(
フランメ・シュラーク)』

ハンマー型のデバイスが稼動して弾丸を装填、炎に包まれる。
ヴィータの一撃に対して碌な防御手段が無い祐一は間違いなく再起不能になるだろう。
―――激情に流されながらもヴィータは余裕を持って敵を打倒せんと迫ってくる。
風を切り裂き赤いバリアジャケットを靡かせながら、見掛けでは判断出来ないほどの魔力を携えて。
その姿に何を思う事があるのか、その行動理念は正直で真っ直ぐだった。
そして、祐一には相手の隙を突く事も、回避する事も出来ない。
既にシグナムを捕らえておくだけで精一杯、他の事に気をまわす事は不可能なのだ。

(ここまでか、まあ頑張った方だろう)

祐一の心を占めていたものは、達観という名の諦めだった。
元より勝算など少ない戦いではあったがそれなりの抵抗は見せた。
祐一としてはそんなものマイナス要素でしかない気もするが、心だけは晴れ渡っている。
何故か不満そうにしていた―――いや、今だけは誤魔化すのは止めにしよう。
……デバイスとして、また相棒として相沢祐一を心の底から心配してくれたデバイスにも面目は立った。
もう思い残す事は無いはずだ、例え数秒後にどんな結果が待ち受けていたとしても納得は出来る。

「―――けど、次に相対する時……負けるのはお前達だ」

だから覚悟しろ、そうならない為には、今その手を血で染めない事にはお前達には勝ち目は無い。
そんな伝わる筈も無い意思を瞳に込めて、祐一はヴィータの姿を最後まで眺めていた。
―――思考が停止する最中、誰かの嘆きが聞こえた気がする。

 

魔法少女リリカノンなのは
第十九話
「墜ちる夢、散る幻想」

 

―――走馬灯のように思い出せる過去があった。
思考の片隅に何時も存在している絵画のような印象を持たせる風景。
豪華絢爛を言葉から現実に変換したような部屋に、寂しそうな……それでいて儚い彼女の笑顔があった。
現実感の欠けた世界に、知った様な現実が其処には存在する。
その時ほど自分が管理局に、魔法に関わった事を後悔した事は無い。
非現実的な思考は、圧倒的に褪めた逃れようの無い現実に淘汰される。
だから、後悔する事は侮辱だと知っていてもそれを拒否する事は出来やしなかった。
自分には何も出来ない、幾ら神秘を学んだとしてもただ其処にあった現実を変える事は出来ない。
……ならば、今の自分には重荷すら無いのだと責任を放棄した。
何て浅ましい、侵した罪は何時の時代も時間によって消去されるものでは無いのだ。
消去されるとしたらその記憶、そんな事にすら気付けないのならば―――償う事もまた不可能。
時間は、罪を消し去るのではなく、罪の在り所を曖昧にするだけなのだから。
そんな後悔は何時の頃からか生き様へと変質する。
少なくない時間が流れて、しかし今でもその後悔が晴れる事は無かった。
自己嫌悪と力不足だけが鎖の様に雁字搦めに身体と心を縛る。
だが、それでも間違いは正される事は無く……だた風化していくだけだった。
強くなりたいと思った、それだけは間違いではないと信じて。
だから、そんな愚か者の前に、相応しい悪魔が舞い降りたのだ。

『捻じ曲がっているわね、貴方』

暗い記憶、思い出すだけで吐き気を催すほど忌まわしい。
その悪魔は角砂糖のように甘く、深淵のように深く、芸術のように美しかった。
夜の海に浮かぶ月を模倣したような完璧な笑顔が罪に塗れる者を誘惑する。

『―――でもその異質さは貴重、いえ……醜悪と言うべきなのかしらね?』

手を伸ばす事は無く、拒否される事にすら未練を感じさせない勧誘が其処にはあった。
選ぶのはあくまで選択者、だから捻じ曲がっている者を探していたのかもしれない。
全てを知っているような余裕を、全てを知らないような無垢な笑顔が覆う。

『だから貴方が望めば欲しいものをあげる、それだけのものはここに存在しているのだから』

彼女の手には、確かに望めるだけの神秘があった。
それは管理局が捜し求める古代の欠片、忘れ去られた奇跡。
求めれば過去の罪を消し去る事が出来るだけの力はあったのだ。

『選びなさい、自ら罪に塗れた人間』

認められない事を言いながら、悪魔は初めて手を差し伸べた。
嬉しそうに嗤い、見下すような視線を投げかける。
在り得ないと思いながらも、その時の彼女は間違い無く本物の悪魔だった。
強くなりたいと思った、それは間違いではないと信じている。
そして、目の前には簡単に幻想を現実に叶える手段があって、それを欲している事も事実だ。
証明するように、悪魔はその身で実感させてくれる力があった。
その証拠に、周囲には最早立ち上がる事も出来なくなった仲間が倒れている。
更に何よりもこの身で実際に体験しているのだから疑いようも無かった。
……だから、答えるべき言葉はただ一言しか無い。
それが正解だったのか、間違っていたのかは今でも解らない。
―――でも、だからこそもう後悔しないだけの選択を取ったのだ。

『そう、良い子ね―――とっても』

答えを聞き悪魔は、とても満足したように笑みを濃くした。
まるで最初から解っていたような琥珀色の瞳が薄く閉じる。
それで終わり、残ったものは自ら決断したという事実だけだった。
詰まらない過去は、決して終わらない現実への原動力。
―――強くなりたいと思った、それだけが間違いではかったと信じている。

 

 

 


もう心配はいらないと、病院から帰ってきて数日。
負傷から回復した月宮あゆは黙々と溜まっていた書類仕事を片付けていた。
魔力自体は未だに本調子には戻っていないが、通常の任務なら何ら問題は無い。
武装隊の副隊長としては十分すぎるほどの魔力量は蓄えてあるが油断は禁物である。
今はただ自然にリンカーコアが本来の魔力量まで戻してくれるのを待つしかなかった。

「月宮副隊長、少しいいですか?」

仕事が一区切りした時を見計らったようにデニム・グリスが話しかけてくる。
今回の事件で負傷を負ったのは何もあゆだけではない。
隊員が大小様々な傷を経て現在に至る、その結果1011航空隊は自由待機という名の臨時休暇を得ていた。
戦力としてまともに機能していない今、この部隊に緊急の出動要請は無い。

「うん、何かな?」
「相沢隊長に連絡を取る事が出来ませんか?」

デニムは簡潔に、この部隊に置ける最優先事項を提示した。
休暇中の部隊長である相沢祐一、彼の力は部隊の中で絶大な存在感を持っている。
上官だからという名目より相沢祐一だから、休暇中であるにも関わらず頼りたくなる誘惑は確かにあった。
しかし激務の続く武装隊、消耗率が激しい仕事の合間を縫った休息に誰が文句を言えるというのか。
デニムも理解しているのか苦い顔をしている。
考えて、それでも現状を何とかしたくて、苦渋の決断なのだろう。
負傷は癒えた、だがそれでも心まで癒してくれる時間は無かった。
崩れた集団には支えが必要になる、任務でも人物でも信念でも信頼でもいい。

「セリビィア二等空士、アカツキ二等空士は部隊に入って間もない……このままでは潰れますよ」

思えば四人が巻き込まれたあの事件は、心を摘まれた戦闘だった。
決して表情には出さないが皆不安なのだろう。
もし次に戦っても、勝てる可能性など皆無に等しい。
それほどまでに相手は強く、圧倒的だった。
唯一対抗出来た月宮あゆでさえ、単純な戦力差には呑まれてしまう。
ならばと、救いを今ここに居ない者に求めたとしても不思議は無い。
それを理解してデニムはその支柱を相沢祐一という存在に求めたのだ。

「不安定になっている彼女らでは通常の任務も危うい、そう愚考します」
「……そうだね、機能しない部隊に意味は無いよ」
「はい、今の状態を続ける事は我々にとって一利も無いのではないでしょうか」

だが現状では祐一に連絡を取れる手段は少ない。
休暇中の部隊長を捕まえるにはそれなりの手間と時間がかかる。
それに第一、相沢祐一の休暇期間終了はもう間近に迫っていた。
帰還を急くのはただの我が儘でしか無いと理解はしている。

「うーん、難しいかなぁ……」

あゆは立ち上げていたデスクワーク用のディスプレイを閉じるとため息をつく。
隊員達ほどではないがあゆも今の現状には不安を感じている。
無茶な任務に人材不足の部隊、経験不足のチームワーク。
まるで仕組まれたかのような悪条件が続く不運、疑問に感じない方が可笑しかった。

(仕組まれた……、そんな事無いよね?)

考えすぎた思考を振り切るように笑顔を浮かべる。
月宮あゆは副隊長だ、下士官を不安にさせるような態度は極力控えなければいけない。
前任の副隊長にも注意されていた事を思い出し、内心で迂闊だと自分を叱る。
祐一が居ない今、部隊を任されているのは自分なのだと言い聞かせた。

「……そうだ、じゃあ変わりに今日だけ助っ人を頼もうか」
「えっ、助っ人……ですか?」
「うん、気分転換に元1011部隊員に鍛えなおしてもらおうよ」

口に出してから、それは良い案だとあゆは嬉しくなる。
落ち込んだ気分に惰性は厳禁だ、気晴らしだって重要な体調管理である。
突発的な提案に目を丸くしているデニムを見て思う、不安なのはみんな一緒だ。
相沢祐一は作戦前、よくこんな突飛な事を言って場を和ませようとする事があった。
その思考は読みきれないながらも何かを期待させる意外性。
祐一を完璧に模倣する事は出来なくとも、真似事ぐらいならば今のあゆにでも出来る。

「そうと決まれば―――覚悟してね、あの人達はとっても厳しいから」

 

 

 


―――目の前で、相沢祐一は力無く肢体を停止させたような姿勢のまま宙へと投げ出されていた。
それを冷静に確認しながら、しかし感情が制御出来ない。
思考と感情がまるで噛み合わない歯車のように自身の中心で誤作動を起こしている。
ある種の信頼があった、相沢祐一は危なっかしい激戦の最中でも笑顔で乗り切る実力があると。
どれだけ危険な現場でも祐一は決して墜ちたりしない、それは確信だ。
その勘違いが現状を引き起こしたというのなら、果たして悪いのはどちらなのか。
信じた自分か、信じさせた相手か、それとも……両者か。

「ゆ……い、ち」
「……真琴、落ち着いて」

朦朧とする意識の中、真琴はうわ言のように呟いた。
そんな真琴を包み込むように抱きかかえているフェイトは、無表情に諭す。
だが真琴を抱きかかえている両腕が微かに震えていた、唇を軽くかみ締めながら。
至らなかったのは、フェイトも同じだろう。
これほど長時間、足止めしてくれた祐一を勝手に信頼しすぎた。

「―――後は任せて、私が何とかする」

後悔を信念に変えてフェイトはゆっくりと近場のビルに真琴を降ろす。
そして漆黒のバリアジャケットを翻すと手にデバイスを顕現させる。
最悪、一対二になっても……退く事なんてもう出来はしない。
目を細めて祐一の落下軌道を簡単に計算する、この距離ならば余裕で間に合うだろう。

「バルディッシュ、お願い」
『BlitzAction(ブリッツアクション)』

有り余った魔力光が金色の噴水が如く漏れ出した。
足元にはミッド式魔法陣、魔力が全身を包み込み身体を保護する。

「―――飛べっ!!」

瞬間、爆音が響き渡りビルの屋上が一部損壊した。
あまりにも魔力を込めた為に力加減を誤り危うくそのものを破壊しそうになる。
だが全壊を防げたのは真琴が居る事だけは心に留めていた為、無意識に魔力を抑えた結果だ。
フェイトは一息で目視確認した祐一へと跳躍する。
その姿は正しく閃光、雷速が如く常識を逸脱した速度で灰色の世界を駆け抜けた。
通り過ぎる町並み、霞んだ景色は鈍足かのように動きが停止している。
速度が底なしに上昇する、魔力の節約など思考の隅にも浮かばない。

『ScytheForm(サイズフォーム)』

フェイトの心を先読みしたようにデバイスが自動的に宣言する。
まるで決して止まるなと激励されているようで、事実実行に移した。
落雷が目視では感知出来ないように、シグナムのデバイスを解除していたヴィータは気付かない。
維持していた祐一を撃墜したのだから後はシグナムが自力で拘束を逃れることも出来ただろう。
だがそれでも多少時間がかかる、その手間を省くためにヴィータの判断は最適だと言える。
―――否、最早最適だったと言えた。
その姿を、空を見上げていたシグナムだけが目に焼き付けた。
幻覚のように霞んだ黒い影、ベルカの騎士であるシグナムの動体視力でもそれが限界だった。
これが狙われたのがシグナム自身だったらまだ対応出来ただろう。
思考するより速く、確認するより先にデバイスを動かす事が可能な歴戦の戦士である彼女ならば。
しかし、ヴィータは後ろ向きに……しかもシグナムのバインドに意識を割いていた。
巨大な魔力が近くに迫っていたと感じた時は、絶対なる後手に陥った頃だった。
シグナムが注意を促すより速く、ヴィータが感付くより速く、フェイトはデバイスを振りかぶった。
過度な加速で姿勢を正す事も無く、また正す必要も無いほど無茶苦茶に魔力の刃を振るう。

「―――アイゼ…ッ!!」

ヴィータが振り向き様にデバイスを構えたが、刃は既にヴィータの腹部を強襲していた。
碌な魔力障壁も張れずフィールド防御だけに頼った身体は衝撃を受けて舞い上がる。
このまま追撃を受ければ間違い無くまともに攻撃喰らう無防備さで自由の利かない身体を呪う。
……だが、その心配は杞憂だった。
余りにも速く、速度超過していたフェイトは無茶な姿勢のままビルの屋上を滑るように転がる。
そしてそのままビルの屋上から弾き出される様に宙へと転がり落ちると、今度は急速に降下した。
行く手には地面に近い相沢祐一、気を失っているのか力無く墜ちている。
バリアジャケットの無いまま地面へと激突すれば致命傷は免れない。
デバイスであるリューナが死なせはしないだろうが、危険な事には変わりなかった。

「祐一さん……っ!」

返事が無いと解っていながら叫んだ。
手を限界まで伸ばして墜ちる祐一を追う。
地面が迫る、既に道路の小さな砂利さえ見えるほどに近づいていた。
危険を身体に感じるが止まらない、もう止まれない。
―――地面まで一息の距離、フェイトの手が祐一の黒いシャツにようやく届いた。
祐一の前髪が地面へと擦れる、だがそれだけだ。

「………………………はぁ」

思わず安堵の息が漏れる、間に合ったという安心感が心を満たしていた。
祐一の身体を優しく後ろから抱きかかえるとフェイトは静かに地面へと降り立つ。
そして祐一の身体を近くにあったベンチまで運び、簡単に寝かせる。
見えれば、バリアジャケットが軽く焦げており片腕が不自然に力が入っていない。
どれだけの激戦だったのか、想像するに胸が締め付けられるようだった。
無謀な無茶を……祐一は真琴と共に背負っていた。
その事実は、まだ幼いながらも精神的に成長していたフェイトの心に純粋に刺さる。
頼れる背中を見た、信用出来る笑顔を視た、そして現状を診た。
無敵のエースと想った彼は、それでもただ一人の青年だった。
―――簡単な現実を空想と言う名の幻想が覆い隠してた。

『Thank you, FateTestarossa(ありがとう、フェイト・テスタロッサ)』
「リューナも……無事で良かった」

そうしてフェイトは軽く微笑み悠然と振り返る。
そこには二人の騎士、シグナムとヴィータ。
絶対的な不利を感じて、でも退く気は無い。
デバイスを構える、即応出来るように腰をゆっくり落とした。
だがそんなフェイトに対し、シグナムは構えず一歩前に出る。

「―――結果は見えた、抵抗しなければ命までは取らん」

……簡潔に、無表情でシグナムは最終警告を告げた。
負けを認めろと、敗北を感受しろと、降伏しろと告げた。
高町なのはを撃墜し、沢渡真琴を撃墜し、相沢祐一を撃墜した騎士に。
潔く果てろと甘言を繰り出されたのだ。

「―――誰がっ!!」

フェイトは睨む様に見つめ返すと一言で切って捨てた。
認める事なんて出来ない、認める事なんてしてやらない。
そんな決意を込めてデバイスを振りかぶる。
絶対的不利を感じ、それでも戦おうとするフェイトを視て何を思ったのか。
シグナムは嘲笑ではなく、本当に嬉しそうな笑みを作る。

「……いい気迫だ」

言いながら剣のデバイスを構える。

「私はベルカの騎士、ヴォルケンリッターが将シグナム……そして我が剣レヴァンティン」

―――そして、フェイトを自らが戦うべき敵と決めて改めて名乗った。
ヴィータはそれを後方で確認すると、静かに空へと上昇する。
騎士"達"の戦いを冒涜しない為に、万が一の事態を想定しながらも、それより大事な事を守る為に。
シグナムはそんな気遣いに心の中で礼を告げると、全身全霊を持ってフェイトに意識を傾ける。

「……お前は?」
「ミッドチルダの魔導師、時空管理局嘱託フェイトテスタロッサ……この子はバルディッシュ」
「テスタロッサ、それにバルデッシュか」

強いな、という言葉を目線に込めて相手を賞賛する。
フェイトもそれに応える様に魔力の刃をシグナムに突き出す。
最早言葉は不要、後は己が存在を賭けて互いを否定するのみ。
暗黙の了解で両者は軽く顎を引き――肯いたように――同時に足を踏み出した。
戦斧と片刃の剣が交差して、辺り一帯は光に包まれた。
―――その光景を、デバイスであるリューナは黙って観戦する。

 

 

 


ミッドチルダ西部、エルセア地方。
緑豊かな山々に囲まれたとある場所に古びた一軒の家が建っている。
外観は草花で蔽われていて一見すると廃墟に見えなくも無い。
そんな自然に囲まれた家に少女が一人、小さなテラスで淹れたばかりの紅茶に口をつける。
澄んだ色は茶葉が十分に開ききっている証拠、会心の出来だと飲む姿は誇らしげだ。
流れる様な違和感の無い風味が口に広がり、ほのかな苦味と残らない後味が完成度の高さを伺わせる。

「えぅ……苦いです…」

しかし少女はその味が気に入らなかったのか、砂糖を五つほど掴み入れるとスプーンでかき回した。
そして砂糖が溶けきったことを確認して恐る恐るもう一度口をつける。
紅茶の風味は身を潜め、溶けた砂糖が苦味を消し独特の後味が口の中に残った。
その味に少女は満足そうに笑顔を浮かべるとゆっくりと顔をあげた。

「やっぱり紅茶もコーヒーも甘くないと駄目ですよね、あゆさん」
『う、うん……そうだね』

目の前に展開されている映像の中のあゆが困ったように同意する。
―――基本的には同意見だが、流石に五つは入れすぎだとも思う。
そんな感情があゆの表情に表れているが少女は気にした様子もなかった。

「祐一さんは元気ですか? 最近メールを送っても全然返事もくれないんですよ」
『休暇中だからね、隊舎の方に送っているなら多分まだ見てないと思うよ』
「……私に黙って休暇なんて、そんな祐一さん嫌いですっ」

頬を膨らませて子供のように怒る少女に、自分も似たようなやり取りを思い出し苦笑するあゆだった。
抜け駆けした祐一に怒っているわけではなく相手にされていない事に腹を立てている。
嫉妬というよりは構ってくれない不満の方が大きいようだ。

「それでご用件は何でしょうか?」

気を取り直したように少女は真面目な顔になる。
あゆもそれに倣い姿勢を正して本題を話した。
相沢祐一が休暇に出てからの1011部隊、その活動と失敗。
恥になるような事も、隠したくなるような事も全て伝えた。
話を聞き終え、少女は納得したような難しい顔で頷く。

「なるほど……それで私に連絡をくれたんですね」
『うん、お願いできるかな?』
「そうですね、今やる事は特に無いので大丈夫ですよ」

そう告げて、少女は自信満々に控え目な胸に拳を当てた。
1011部隊は知らぬ仲ではない、手伝えることがあれば手伝いたい。
元部隊員としては当然の成り行きだと少女は笑う。
それに、現在の1011部隊がどれほど育っているのか興味があった。
―――相沢祐一の有用性と危険性、再確認させる事も必要だろう。

『それじゃあお願いするね、栞ちゃん』
「分かりました、元管理局員である不肖美坂栞―――お手伝いさせて頂きますね」

 

 

 


あとがき
魔法少女リリカルなのは映画見てきました。
何というか……最早公式で魔砲少女を地で行ったような感じですね。
新設定をSSに加えようかと思ってましたが魔法体系から違うのは反則だー。
漫画、ヴィヴィオとフォースも購入……感想としては幼覇王とおっぱいかなぁ(´A`)
一言だけ言わせてもらえば、あれ?ヴィヴィオ最初パンツ履いてなくn(ry
フェイトさん大爆発、速度的には雷の如く……でも多分実際の雷には勝てませんよ?
何気にフルドライブ気味、恐らくバリアジャケット少しぐらい破けてます。

 

■SS辞書■

―自由待機―
自由待機と書いてオフシフトと読む。
通常は24時間勤務体制の部隊などで使われる休暇。
隊舎まで一時間以内に戻れる距離を目安に自由行動を許される。
無給の休暇ではなく有給、常時呼び出しを意識しなくてはいけない。

―美坂栞(みさかしおり)―
出身:第97管理外世界「地球」極東地区日本・華之市
所属:元航空武装隊第1011部隊(現在管理局民間協力者)
階級:なし
役職:なし
魔法術式:ミッドチルダ式・総合A−ランク(特記事項:召喚士)
所持資格:普通自動車免許
魔力光:小麦色
デバイス:ストレージデバイス
コールサイン:なし