「多重起動システム、だと?」

シグナムは地面に縫いつけられるように束縛されていた。
身体の負傷は一切無いが、身動きが取れない。
銀色の輪がシグナムを拘束するように巻き付く。
それは固く、容易には外せそうに無かった。
対象者を拘束する魔法、捕獲系魔法……バインド。
だが、シグナムがそれ相応の騎士である事は間違いない。
簡単に捕縛する事は出来ない筈だ、増して戦闘中だったにも関わらず……だ。

「さて、説明は必要か……ベルカの騎士?」

対して祐一はシグナムにかけたバインドを外れないように集中しながら告げる。
皮肉のような口調だが、一瞬でも油断しないように目を閉じ右手でデバイスを構えていた。
リューナからは僅かな光がそれでも迸り、常時バインドを維持するだけの魔力を補っている。
まるで余裕が無い様子を隠す必要が無いのか、その顔が苦痛に満ちていた。

「捨て身の一撃か、まさか―――融合型魔法とはな」
「正確には違うがな、俺が何の策も無しに切り札を使うか」

多重起動システム、それは二つの魔法をほぼ同時に発動させる技術。
融合型と言うが実際に魔法を掛け合わせたものではない。
だが一つの魔法が何らかのアクションを起こした際に、同時にもう一つの魔法が発動する。
効果を重複させているわけでは無く、一つの魔法の追加効果として付属させる補助魔法。
そう言う意味ではまさに融合型、多重に魔法を一度に起動させる切り札。
―――それが相沢祐一の多重起動システムだった。

「まず初見では破れない、故に初見以外では使えない」

だが効果が解ってしまえばただの魔法だ。
一つの魔法に二つの効果が付属されていると思えば、警戒される。
ならばその一つの魔法にのみ集中して回避すれば何の問題も無い技術ではあった。
しかし、何も知らないシグナムにとってはまさに脅威。
だからこそ……確実に逮捕出来る状況以外では使いたくないものだ。

「更に言うのなら、お前は俺の魔法を回避するのではなく防御する事を重視していた」

祐一が幾度と無く無意味な射撃魔法を繰り出し、それを全てシグナムは避けるまでも無く防御した。
絶対の鉄壁、一般の管理局員が見たら絶望するであろう戦力差。
だが、ベルカの騎士であり、実力者でもあるシグナムは知らない。
相沢祐一は、己が魔法を必殺の威力を秘めていない事など百も承知なのだ。
防がれて当たり前、その代償として相手の対応を観察する。
更には幾度と無く繰り返し、相手に相沢祐一の貧弱さを見せつけた。

「そりゃあ……当たるだろ、結論としてはそんな所だな」

だから、祐一が発動した射撃魔法もシグナムは避けずにその場に止まった。
避ける必要がないから、自分の実力に絶対の自信を確信している故に。
相沢祐一の弱い射撃魔法の後ろに、捕縛型の魔法効果が控えているのも知らず。
先程ヴィータに向けて放った魔法もその類だ。
しかし、ヴィータに対しては射撃魔法に貫通能力の高い魔法を添えてあった。
幾らバリアジャケットが強固だろうが、そう簡単には防ぎきれない。
強さを確信している彼女達だからこそ、弱さを確認している祐一の策に嵌った。

「―――ただ、それだけの事だ」

 

魔法少女リリカノンなのは
第十八話
「不屈の心」

 

……だが、祐一は確信している。
この切り札は、少なくともシグナムにはもう使えない。
一度直撃すれば必中を誇る技術だが、次はそうはいかないだろう。
更に言えばこの魔法は消費が激しすぎる事も使用が困難な一因となっていた。
多重起動システムはその特性故に、最初に発動した時に魔力を全て支払う。
つまり遅延型の発生魔法であり解除は利かない事により融通が一切配慮されていない。
祐一が初めに唱えた時は、AMFを発動する直前であり……その時から魔法の効果は決まっていた。
故に最初から一対一を想定していた為……二人分の捕縛効果を考えていなかったのだ。
だからこそ効き目が薄いであろうヴィータに放った貫通魔法は本来ならシグナムを足止めする為に使う筈だった。
それを裏付けるように、ヴィータはまだ活動出来ている。

(……これからどうするかねぇ)

その上今の魔力が全く無い状態の祐一は、このままシグナムを逮捕する事は出来ない。
幾ら解放時は魔力を消費しない魔法だからと言って、持続させる為には少なからず魔力を使う。
AMFの時と違う事は、その魔力消費が微々たるものだと言う事だが……底はすぐ見える。
もし、真琴を助けるという行動に出なければシグナムのみに集中できたのだが。

「よし、反省会終了だな……後は任せればいいだろ」
『Yes, my master(はい、我が主)』

確かにこれが一対一ならばこの時点で相沢祐一の負けだろう。
だが相沢祐一は一人では無い、残るはそこに賭けるしかない。
数が多いからこその優位性、実力では負けても数では勝っている利点。
各個撃破とまではいかないが……各個封じならば何とかなる。
最初の戦術とは違うが、残るは赤い騎士だけとなった。
―――しかし、祐一はこの時考えていなかった事がある。
否、考えてはいたのだが、敢えてその可能性に目を瞑っていたと言ってもいい。
もし今の均衡に、新たな戦力が介入して来たら、確実に戦況は変わるだろう。
切り札の欠点と利点を考えるに、その可能性は最早賭けのようなものだった。
そして、相沢祐一は援軍は来ないという前提の下……切り札を行使したのだ。
普段の相沢祐一ならば鼻で笑ってしまうような不確定な勝率。
……後に、それが後悔に繋がるとは知らずに。

 

 

 


「くっそ、ザフィーラもシグナムも何やってんだよ!!」

赤い騎士、ヴィータは不機嫌そうに言い捨てた。
予定外の援軍に予想外の実力者、戦況は混乱を極める。
まるで次から次へと湧いてくるような管理局員は本当に厄介だった。
更に叩くだけなら簡単だと思っていた相手は、本当は油断出来ない難敵。
頭の何処かでは納得していた筈なのに……見誤った。
未だに冷静な判断力だけは保っているヴィータだが、心中は穏やかでは無い。

「ぜってぇ……ぶっ潰す!!」

前を飛ぶは先程から抗戦している巫女服のようなバリアジャケットに身を包んだ少女。
近距離専用なのだろうか、近接では中々の抵抗を見せていた。
……だが実力では先に戦った白服の少女には及ばない。
防戦一方だったので攻めきれなかったが、白服の少女のような爆発力は感じられなかった。
あのまま追撃が成功していれば攻め切れる相手だ。
しかしそれより意外だったのがあの一撃、シグナムを相手にしていた魔導師による奇襲。
実質の被害はほぼ無いとしても、気付かせない隠密性に一撃でバリアジャケットを抜く貫通力。
侮り難い技術だ、一方で悲しいかな絶対的な力不足は否めないが。

(ザフィーラを助けるか、シグナムを助けるか……でもその前にっ!)

これ以上の戦力増加は許す訳にはいかない。
目の前の少女をまずは撃墜する、これは確定事項だ。
各個撃破出来ればシグナム達を取り戻した時戦況は一気に引っ繰り返る。
だからこその追撃、だが予想以上に敵の飛行速度は上だった。
徐々に距離は詰められるのだが、このまま行けば他の仲間と合流させられてしまう。

「させるか……よぉ!!」
「―――っ!?」

これ以上逃げられない為にヴィータは幾つかの銀色の鉄球を取り出し魔力を込めた。
それらを宙に浮かべ、ハンマー型のデバイスを振りかぶる。
瞬間的に高められた魔力によりデバイスと鉄球は赤い魔力光に包まれた。
そして……ヴィータは鉄球をデバイスで全て叩きつける。

「―――アイゼンッ!!!」
『"Schwalbe fliegen"(シュヴァルベフリーゲン)』

少女、真琴に向かい急速に速度を増し鉄球は迫った。
回避運動をしようにも……真琴は戸惑う。
……避ければ、その先には相沢祐一が居る。
それを理解した上での攻撃だとしたら、避けられない。
どちらに当たろうが、結局はヴィータの優位には変わりない不自由な二択。
だが、迷っている暇は無かった。
―――鉄球はそこまで迫っているのだから。

「……こんなものぉ!!!」

魔力を全身に滾らせながら真琴は振り向いた。
真琴の防御魔法でどれほどの衝撃を受け流せるか、予測もつかない。
しかし、避ける訳にはいかない。
相沢祐一が窮地を救ってくれたように、そして今度は自分の番だとでも言う様に。
鉄球が迫り真琴は全力でシールド型の魔法陣を展開する。
だが真琴の想像以上に魔力量が鉄球には込められていた。

「あ、あうぅぅぅぅぅ!!!」

貫通機能が付属させられていたように、真琴のシールドは一瞬にして砕け散った。
鉄球はその反動と共に真琴からは逸れたが……誘導制御型の魔法には効果が無い。
真琴から逸れた鉄球は、大きく回り込むようにして背後に回った。
それに気づいた真琴は仰け反った体勢のまま、片手で防御魔法を展開する。
完全には防げないが、逸らす事ぐらいは出来るだろう。

「終わりだぁぁぁぁぁぁぁ!」

だが、ヴィータはその隙を逃さず真琴へと殴りかかった。
真琴は器用では無い、防御魔法自体得意でも無い。
出来る事と言えば全力でただ一つの魔法陣を起動させるだけ。
故に、複数のシールドを同時に張る事は不可能だった。
鉄球を防ぐか、ヴィータの直接攻撃を防ぐか。
真琴は一瞬迷い、しかし即時に判断を決断した。
……障壁をヴィータのデバイスに向けて展開する。
こうすれば誘導弾は真琴に当たり、直接攻撃はシールドで防げる。
その結果、撃墜されるような事があっても……祐一には害が無い。

「こっ……のぉぉぉぉぉ!!」

魔力を限界まで込めてヴィータの一撃に備える。
覚悟は出来ているが背後からの鉄球の衝撃は防ぎようが無い。
痛みに堪えるように真琴は歯を噛み締めた。
背筋に迫る怖気と、何時衝撃が来るか解らない恐怖。
緊張に身体を強張らせたまま、ヴィータの一撃が先に襲ってきた。

「っりゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「―――痛っ!?」

衝撃に魔法陣が削れながら火花が散る。
だが力を込めた防御はヴィータの攻撃を見事に防いだ。
……拮抗は僅かな時間、すぐに状況は動いた。
迫っていたヴィータの鉄球は真琴の背中に着弾したのだ。
着弾直後に炸裂してバリアジャケットを巻き込みながら爆発した。
あまりの衝撃に、自己防衛の為か真琴の意識は吹き飛ばされたように消失する。
煙に包まれながら真琴は枯れ葉のように宙を舞う。

「ま、真琴っ!!」

悲鳴すら上がらないその姿に遠目で見ていたフェイトが叫んだ。
刹那、フェイトの気が逸れた時を見計らい……獣人型の男が動く。
拘束されていた身体を無理矢理に力を込めて激しく抵抗する。
フェイトがその動きに気付いた時には、既にバインドが弾ける寸前だった。

「ぬ……おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「―――フェイトっ!!」
「アルフ!?」

アルフが獣人型の男へと突進する。
バインドが解けた瞬間を狙った突貫は、自分の身体を顧みず妨害を狙ったものだ。
アルフはそのまま男を連れてビルの屋上から地面へと落下する。
フェイトはそれを確認して、アルフを援護しようと飛び立つ。

『フェイトは真琴をお願い!』

だが、その直後アルフから思念通話が送られてきた。
数秒フェイトの動きが止まるが、二人の信頼関係は深かった。
すぐに持ち直し、身を翻してフェイトは真琴へと向かう。

『……アルフ、気をつけて!』
『大丈夫、フェイトの方こそね!』

 

 

 


「私が……みんなを助けなきゃ!!」
『……Master, Shooting mode, acceleration』
「―――え?」

高町なのはが思いがけないレイジングハートの声に呆気にとられた。
しかしレイジングハートはそんななのはに対し、言葉では無く行動で未来を示した。
デバイスが変形し、ピンク色の魔力光が翼のように広がる。
シューティングモード、それはなのはが砲撃魔法を撃つ為の形態であった。

「……レイジング、ハート?」
『Let's shoot it, "Starlight breaker"(撃ってください スターライトブレイカーを)』

なのはの動揺に、しかしレイジングハートはただ成す事だけを告げる。
今最重要な事柄はこの戦況をどうにかプラスに持っていく事。
それはなのはにもレイジングハートにも解っている。
だが、砲撃魔法を行使するという事は危険すぎる賭けでもあった。

「そんな……無理だよ…そんな状態じゃっ!」
『I can be shot(撃てます)』
「あんな負担が掛かる魔法、レイジングハートが壊れちゃうよ!」

度重なる負担や損傷に、レイジングハートはコアの部分から脆くなっている。
何度もなのはを助ける為に無理をして来た代償と言っても過言ではない。
そんな状態のレイジングハートがなのはの砲撃魔法に耐えられる保証は何処にも無かった。
強力すぎる魔法は常に術者とデバイスに大きな負担が掛かる、それは当然の事だ。

『I believe master(私はあなたを信じています)』

しかし……レイジングハートは言った。
それは確信であり信頼の証、インテリジェントデバイスが全てを賭けるに値した魔導師。
例えその結果自身の崩壊が始まろうとも、この瞬間高町なのはという少女の役に立ちたいという意地。
そんな己のデバイスの心境を知り、なのはは自らの唇を軽く噛み締めた。
忘れてはいけない、レイジングハートが今、全てを預けてくれた事を。
背筋が痺れるように震える、足は地面を踏みしめるように現在位置を確認した。

『Trust me, My master(だから、私を信じてください)』

―――そして、なのはの心は決まった。
日々の訓練を思い出しながら、共に駆けたデバイスを信じて。
奇しくも……この日、二つのデバイスは似たような境遇だった。
自らの主を信じ、身の破滅さえも考慮しながらそれでも尚戦う意思を見せたデバイス達。
だが一方はそんなデバイスを気遣い、自らの身体を生贄として差し出した。
そしてもう一方は、破滅する事さえも厭わずデバイスと共に歩きだした。
どちらが正しいとは言えない、どちらが優しいかなど解らない。
……でも、それは決定的な差である様に感じられた。

「……レイジングハートが私を信じてくれるなら、私も信じるよ」

 

 

 


「天野執務官、別働隊と思われる集団の居場所が判明しました」
「ありがとうございます、クーセヴィツキー補佐官」

巡航L級2番艦、ラオプティーアと呼ばれる次元空間航行艦船内の一室に天野美汐は補佐官と共に待機していた。
現在の任務は先日に解決した犯罪者集団とは別の世界に潜伏している別働隊の捜索と逮捕。
そして今現在別働隊が潜伏していると思われる次元世界を特定できた所だった。
補佐官は何時も通りの無表情で手にした資料を美汐に手渡す。
資料は図と文字の構成になっており、解り易さを重視している為かフルカラー仕様だ。

「潜伏先は……第6管理世界?」
「はい、まさか管理世界に逃げ込むとは……見つかる事を覚悟していたのでしょうか?」
「それとも余程腕に自信があるか、と言った所ですね」

管理局を相手にしては並大抵の実力者では太刀打ちできない。
それが出来るのは、人知を超えた最強クラスの魔導師程度だ。
別働隊の中にそのような者が居る筈が無い、ならば何故態々管理世界に逃げ込んだのか。

「私達に対する罠、それとも……」
「別働隊が何者かに指示されて捨て駒にされたか……ですね」
「私としてはその可能性の方が高いと思いますね、本来の目的が解らずに動く事は危険でしょう」

もし本当に別働隊が管理局に対しての餌なのだとすれば、本命はその間に行動を起こすだろう。
安易に誘いに乗るのは危険だ、だが放置して置くには無視できない勢力だった。
執務官として、管理局員として出来る事は何だろうか?
美汐は数分間沈黙を続けて、ようやく顔を上げた。

「―――第6管理世界?」
「……はい? えぇ、確かに第6管理世界です」

思考の隅に何かが引っ掛かった、そしてそれはすぐに思い当たる。
……よりにもよって何て世界に餌を仕掛けたのだろうか。
別働隊は勿論、この餌を仕掛けたであろう黒幕さえも知らなかったのかもしれない。
この情報を正しく知っているのは、管理局でも少ない。
取るに足らないような情報、だが美汐は知っていた。
思わず笑みが零れて、美汐にしては珍しく子供のように微笑んだ。

「天野執務官?」
「ごめんなさい、そうですね……ならば現地の管理局員に任せる事にしましょう」
「……私達は出動しなくてもよろしいので?」
「現地の魔導師が対処できないようなものなら私達が赴きましょう、最も……」

―――彼女達が対処出来ないのであれば、私に出来る事は少ないでしょうけどね。

 

 

 


あとがき
さてと、何か気分で更新です(ぇ
変な所で物語も動いてます、まあ当初の目的を果たそうとすればこうもなろう!(鉄火面風
相変わらずの死亡フラグ乱立、どうなる真琴。
そういえばなのはのゲームが売り出すらしいですね。
PSP持ってないからソフトだけ買ってもなぁとか悩み中。
格ゲーは得意分野なんですが人一倍練習しないと上手くならないんですよ。
正直、美汐にスポットを当てた執務官中心の物語を書きたいんですが我慢我慢。
本来はこっちの物語の方が重要かもしれません、リリカノンにはですが。

 

■SS辞書■

―融合型魔法―
融合型の魔法として定義する事に対して決められた条件は無い。
本編で相沢祐一が使った多重起動システムはその点でも融合型魔法と言っていいのかは不明だ。
故に多重起動システムも融合型魔法では無く多重起動システムとして別個に考えるべきだろう。
射撃魔法などに障壁貫通機能などを付ける強化型の事は融合型魔法とは言い辛い。
一種の分類としては融合と言っても過言では無いがここで言う融合型魔法は付属では無く魔法と魔法を掛け合わせたものだ。
融合型魔法は単純に威力が二倍に成るだけでは無く反発作用などを利用して飛躍的に威力を高める事など出来る。