シグナムの一撃は容赦無く、祐一に襲いかかった。
目視でそれを確認しながらも身体は満足に動かない。
絶望的な状況だが、それでも思考は違う事に占められている。
目の前の危機など問題無いほどに、リューナの言葉が頭を巡っていた。

『Call me, "Schneiden mode"(唱えてください、シュナイデンモードを)』

……成程確かに現状を打開するには適切な判断だ。
シグナムを倒し切れるかは判らないが対抗程度は出来るかもしれない。
そう感じさせるまでにリューナは、強い。
術者の実力とは関係無く兵器として最大限機能するインテリジェントデバイス。
それがリューナ、正式名称"ブリューナク"の本当の姿と言ってもいい。

(だけどな、俺はお前を使わないと決めてるんだよ)

リューナのシュナイデンモードはデバイスとして最強の切り札だ。
最大の一撃に賭ける危うさを内包しながらも絶対を誇る威力。
その破壊力は、過去に実証済みであり当たれば大抵の魔導師では太刀打ち出来ない。
だが……それ故に、相沢祐一はリューナの使用を躊躇う事となる。
もしも外せばシュナイデンモードの真の特性として二度目は無い。

「ガッ…………!!!」

シグナムのデバイスがバリアジャケット越しに身体に衝撃を与える。
肩の骨が軋む音が鳴り響き、恐らくは打撲程度では済まない警鐘を奏でていた。
しかしシグナムの一撃はそれでも止まらない。
骨が砕け散りそうになるまでそう時間は掛からなかった。
まともに喰らってしまえばまさに必殺、クロスレンジ魔導師としてはやはり一級品。
ベルカの騎士との異名は伊達では無かったという事だろう。

(だが……っ、まだ出来る事はあるんだよっ!!)

痛みに顔の表情が維持出来ず、祐一は素のままの顔で吠えた。
それは言葉では無い、ただ相手に対してそう簡単には負けないという意思を込めた咆哮。
諦めていた筈の祐一の顔に一筋の決意と希望が見え隠れしていた。
デバイスに、相棒にここまで心配されて、情けなくもなるが嬉しくもある。
大体リューナのシュナイデンモードは危険すぎるのだ。
相沢祐一が……では無く、モードを切り替えた本人であるリューナ自身が……だ。
それすらを無視して相沢祐一の為だけに催促し続けた相棒を、誰が蔑ろに出来ようか。

(なら―――少しはリューナ好みに暴れてやろうじゃないかっ!!)

残った魔力は僅か手の平に余る程度、相手は未知数の強敵。
絶対絶望だが、出来る事が無い訳でも無かった。
だが、相沢祐一は管理局の魔導師だ。
確実に勝てる確信が無い事には本気の出しようが無い。
ここまで消耗してしまった時点で、ここでの祐一の敗北は決定的だった筈だ。
シグナムにとっても、そして相沢祐一にとっても。
戦術レベルでは無く戦略レベルで考えた時、他者に情報を簡単に渡す事は無い。
相手に殺す意思があまり感じられない時点で祐一としては戦いやすい部類の相手と言えた。
実力の点では無く、性格というただ一点については……だが。
しかし、それでは納得出来ないデバイスに、相性の悪さと―――そして意地の悪さを思い知った。

「―――リューナッ!!」

具体的な事は何も言わずにただ己がデバイスの名を祐一は叫んだ。
だがその一言で、その一言に込められた真剣さに、リューナは従う事にした。
今まで戦ってきた相棒としての直感、そして自らが認めた主への信頼として。
……決断する、その想いで。

『"Reacter purge"(リアクターパージ)』

―――全ては、相沢祐一の決定に従うという意思を込めて。

 

魔法少女リリカノンなのは
第十七話
「遙か空に響いている」

 

意外だと言えば意外だったと言えるだろう。
確かにシグナムの一撃を防ぐ事を最優先すればその決断は正しかった。
防護服の強制破損、それによる衝撃緩和。
今ある一撃だけを回避する為だけの防御である事は誰の目にも明らかだ。
それなのに、どうして弾き飛ばされた時、相沢祐一の表情は顰めながらも笑みを浮かべていたのか。
それを刃を向け合っているシグナムは不思議に思う。
実力のほどは剣を交え合って理解した筈だ、だがそれでも相沢祐一はまだ不気味だった。
AMFもそうだが何よりも意外性という点に置いては圧倒されてしまう。
純粋な強さで無く、何をするか解らない恐怖。
ここまでの実力差がありながらも、何かを期待させてしまう異常性が可笑しかった。

「い……っ、てぇなぁ…おい!!」

先程の辛そうな表情では無く、何処か自信に満ち溢れたような顔で祐一は頬が引き攣ったように笑った。
だがシグナムは知っている、デバイスで斬りつけた左肩は既に破壊されている。
骨を砕くまでには至らなかったが、確実に細かくない罅は確実に入っているだろう。
だがまるで痛覚が無いかのように祐一には気負った雰囲気は既に消し飛んでいた。
シグナムには祐一が何を企んでいるかは知らないが、何かを企んでいる事だけは解る。
意思が精神を凌駕しているのか、与えたダメージなど無かったかのように飄々としているようだ。

(……リューナのシュナイデンモードは使わずに、"敵"を打倒する……か)

祐一も、内心では余裕などは無く、しかし先程までよりは心持ちが強かった。
自らの戦術に対して、無謀な事をしている事は百も承知だが止まれない。
ここまで来たら相手にせめてひと泡吹かせる程度の事はしなくてはリューナに対する気持ちが収まらない。
しかし状況は最悪だ、確認するまでも無く攻撃魔法は大抵使えないのだ。
更にAMFも解かれた今となってはシグナムは魔法を使い放題である。

(なら、出来る事をしよう)

そう判断して、祐一は身体中に魔力を滾らせる。
魔力光が銀色に光り、薄い膜のように包み込んでいた。
リューナを右手で持ち、動かない左腕は荷物として換算する。
バリアジャケットが無い今、相手の攻撃は直接祐一に届く。
思考すればするほどに頭の中では戦闘続行を拒否する声が聞こえてくるようだ。
だが祐一はそれを意思だけで黙殺し、デバイスをシグナムへと向ける。

「リューナ、"さっき"のは準備出来ているな?」
『Yes, my master(はい、我が主)』

リューナは詳細を聞かずにただ簡潔に答えた。
問うまでも無い、しかし……それでどうするのかは解らない。
でも相沢祐一が聞いたのだ、デバイスとしてリューナは答えるだけだった。
それを聞き祐一は頷く、確信を込めて。

「管理局の者よ、これ以上の戦いは無意味だ」

すると、そんな祐一を制止するようにシグナムは言い放つ。
一歩踏む出そうとしていた足が止まる。
相手の話に付き合う義理は無いが、付き合わない理由も無かった。

「これ以上戦えば……死ぬぞ」

それはシグナムとして当然の警告だった。
防護服が無い相沢祐一は最早敵では無い、意味的にではなく物理的に障害では無くなった。
今の状態で祐一がシグナムの攻撃をまともに受ければどうなるか、容易に想像はつく。
殺すつもりは無い、言に意を込めてシグナムは最終警告を発してくれているのだ。
勿論それは自分の為に、そして恐らくは祐一の為に。
―――だがその警告こそが祐一の心を確実に後押しした。
シグナムが一歩引いた場所に、こちらは一歩進む為に。

「―――Release, Brionac(解放せよ、ブリューナク)」
『Multiprogramming, Start up(多重起動システム、開始)』

多重起動システム、それは祐一にとってある意味ではAMFより重要な切り札である。
前に準備だけはして置いたが、結局は使う前にリューナのAMFによって発動を潰された魔法。
そして……その切り札が今明かされる。

『"Funf lanze"(フュンフランツェ)』

……だがそれは、先程と何ら変わりのない祐一の攻撃魔法が展開されただけだった。

 

 

 


「もしもし?」
『あっ、もしもし……はやてちゃん? シャマルです』

同時刻、八神はやての家に電話がかかってきていた。
相手ははやても良く知る、最近家族のような関係になったシャマルからだった。
夜遅く、夕御飯を作っていたはやては嬉しそうに頬を綻ばせる。

「あっ、どうしたん?」

少し帰りが遅かった事が心配だったが、どうやら何も無いようだ。
それが声のトーンから解る……しかし何処か気落ちしたような感じにも聞こえる。
まるで大好きな母親にお菓子を気付かないぐらい弱く催促する子供のような感じだ。
はやてが問いかけると電話相手の女性は困った様に続けた。

『すみません、いつものオリーブオイルが見つからなくって、ちょっと遠くのスーパーまで行って探してきますから』
「ん、別にええんよ? 無理せんでも……」
『……出たついでに、皆も拾って帰りますから』

はやての言葉に、シャマルは控えめに遮った。
違和感は感じなかったが、少し珍しいような気もした。
シャマルは普段、親が居ないはやてにとっては優しい母親のような姉のような、または子供のような可愛い女性だ。
遠慮がちでありながらも正しい事には正しいと言えるだけの意思を持つ。
だけどはやてに対し、シャマルが話を遮るようにする事は……もしかしたら初めてかもしれない。
それを成長と見て、驚きながらもまた家族に一歩近づいたような微かな嬉しさがあった。

「そっか」
『お料理、お手伝い出来ませんで、すみません』
「あはっ、平気やって」

はやては軽く苦笑しながら見えぬ相手に手を振った。
言わないが、実はシャマルは料理が少々不得手だ。
お手伝いして実力アップしている事は確かだが、まだ一品任せるほどの腕では無かった。
でもはやてにとってシャマルに料理を教える時間は大切なものだ。
家族として、はたまた友人として、更には大事な絆にとっても。
それを知っているだけに、シャマルは申し訳なさそうに続ける。

『……なるべく急いで帰りますから』
「あっ、急がんでええから……気ぃつけてな?」
『はい、それじゃあ』

……そうして、通話は切れた。
八神家には電話が切れた音と、湯気を立てている火にかけたシチューが煮える音だけが響いていた。

 

 

 


「あぅぅぅぅぅ!! 結界貫きまだなの!?」

真琴が遂にヴィータの一撃に耐えきれず撤退行動を開始しながらも追いすがる相手を牽制しながら叫ぶ。
祐一のAMFが破れた辺りから真琴の許容限界は越えてしまっていた。
最前衛としての役割を十分果たした後での撤退、真琴としては管理局員としての意地を見せたという所だろう。
そんな真琴の下に思念通話が送られてきた、焦ったような声が頭の中に木霊する。

『転送の準備は出来てるけど、空間結界が破れない……アルフっ!』
『こっちもやってんだけど……この結界滅茶苦茶固いんだよっ!!』

ユーノとアルフが現状を告げる。
だが真琴としては打開出来るような策は提示できずただヴィータの一撃を避け続けた。
真琴は思う、自分は前衛であり使い魔だ。
何より戦闘能力に特化した相沢祐一の相棒であり、今まで全ての作戦は祐一の担当だった。
しかし今、祐一は別の場所で更なる強敵と戦っている。
……そんな時に限って、ミッドチルダでの祐一との会話が思い出された。
祐一のランクは現在真琴より下だ、それなのに―――祐一が戦っている相手は真琴が苦戦している相手以上に強い相手。
心配に、ならない筈が無かった。

「真琴はあの赤いのの足を止めろ、俺はあっちの剣士を止める」

先の作戦会議の時、祐一はそう言った。
管理局員たる者―――時には自ら捨て駒に成る事も重要だと。
此処に居る戦闘員の中でも減ってもそれほど影響の無い戦力が、足止めすべきだ。
それが相沢祐一が下した判断で、自らの主が命じた戦術だった。
……だから、真琴は一度で頷いた。
祐一の言う事は良く解らないが、それでも祐一の言う事は信用しているから。

(でも……想像以上に時間がかかりすぎてる!)

内心で焦りながら追いすがるヴィータに向けて炎弾を放つ。
だがクロスレンジ魔導師としての真琴では、飛距離は伸びず……更に才能の無さから威力も無い。
気休め程度の妨害にしかなっておらず、距離を徐々に詰められていた。
次に距離を詰められれば―――確実に相手は真琴を撃墜するほどの一撃を放ってくる。
時間が足りなかった、この強敵に出会うまでの時間が。
……せめて祐一の教えてくれた魔法が完成していたら、また叶わぬ願いに馳せらせる。

「でええぇぇぇぇぇりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「―――っ!?」

そんな隙を、ヴィータが見逃すはずも無かった。
真琴の視界がまるでゆっくりと走馬灯を見るように、ハンマー形のデバイスの行方を眺めている。
振り下ろされるデバイスに反応出来ず……ただ見ている事しか出来ない。
そして、遂にヴィータのデバイスは真琴へと―――届かなかった。

「……な…にぃ!?」
「あ、ぅ……?」

ヴィータの背から、銀色の閃光が溢れ出ていた。
真琴からは見えないが……其処には銀色のナイフ型になった魔力弾がバリアジャケットに突き刺さっている。
驚愕しながらも、ヴィータは撃たれた方向に意識を向けた。

「一体……何処からこんなっ!!」

遠く、ビルの屋上に狙撃手は立っていた。
背を向けながらも、威圧感が距離を離れていても感じられる。
その背中が告げていた……どうしようも無く不敵に。
―――ひと泡吹かせてやったな。
まるで、大声で叫んでいるかのような威圧を背中に感じる。
更に視線の先、ビルの地面に縫いつけられるように銀色の魔力弾で抑えつけられたシグナムが映る。

(シグナムが……やられた!?)

動揺がさざ波のように押し寄せてきた、目の前に居る真琴の存在を忘れてただその事実に驚く。
―――その瞬間、退いていた真琴は一気に攻勢へと転じた。
一瞬の油断はしかし決定的な弱点には至らない。
真琴の燃え盛る魔力光に包まれた拳に身体を捻る様に回避した。
しかし、その赤いバリアジャケットは切り取られた様に裂かれ宙に切れ端が舞う。
攻撃が不発に終わった真琴はそのままヴィータを通り過ぎて、また撤退行動に移る。
今度は目的が無い撤退では無い、向かうは相沢祐一の下へ。

「―――ゆ、ういちぃ!!!」

真琴は祐一の姿を見ていた。
バリアジャケットがパージされている、前の模擬戦のように。
その状態の祐一が戦えない事は百も承知だ。
それほどまでに追いつめられている証なのだろう。
だから、そのような状態で……本来は真琴を助ける余裕まであったとは思えない。
……嫌な予感が過ぎった、そう簡単に負けるはずが無いと信じていても不安は消えなかった。

 

 

 


「私が……何とかしなくちゃ……っ」

とあるビルの屋上、高町なのはは祐一と同じようにバリアジャケットを破損させた状態でゆっくりと立ち上がった。
手には破損したレイジングハート、身体はふらつき深刻なダメージが残っている。
しかし、気合を込めて一歩……また一歩と歩きだす。
ユーノが張った回復と防御の結界を無視して、今すべき事を見据えた。
戦況は困惑している、ならば今立ち上がらずして何時立ち上がる。

「私が―――助けなきゃ!」
『………………ッ』

静かに、だが確実に……なのはの言葉にレイジングハートは輝きを取り戻す。
デバイス達は思う、主従を超えた絆が暗闇の結界に覆われた空に響いている事を。
―――祈りは奇跡に、誓いは希望に。
全ては、信じるに足る自らが認めた主の為。
無理をしてでも立ち上がった者と共に前へと進む為に。
―――レイジングハートは、告げた。

『……Master, Shooting mode, acceleration』

 

 

 


あとがき
……あれ、死亡フラg(ry
ちなみにマジでリアクターパージは洒落になりません。
例えるならあんまり貫通力が高くない銃に対して防弾チョッキを投げ捨てるようなもの。
まあシグナム達の一撃は大砲のようなものですけどねー(ぇ
さてとー、寝よう(´・ω・`)
閑話休題〜、実は題名はOPの最初の部分だったりします。
ようやくOPかよぉ〜的なツッコミでした。
しかし何時になったら終わるんだ、この息抜きΣ

 

■SS辞書■

―多重起動システム(Multiprogramming)―
相沢祐一の切り札、詳細は不明。
しかし意味をそのまま捉えるのならば魔法を多数同時起動させるもの……なのかもしれない。
だがそれでは元が貧弱な祐一の魔法ではさほど効果が無い筈だ。
初見は十五話、AMFに潰された事により発動する事が出来なかった。
使用者:相沢祐一