同時刻、戦艦アースラでは祐一に連絡を取っていたエイミィやクロノ達が結界について調べていた。
正体不明の魔導士が張った結界を解析しようとしている。
だが、その作業は明らかな遅延を見せており、不気味な沈黙が続く。
結界を破壊して援護する為には、相手の魔法式を知らなくてはならない。
しかし優秀であるはずのクルーが解析しているにも関わらず、時間がかかっていた。

「アレックス、結界貫き……まだ出来ない?」
「……解析完了まで、後少し!」

クルーが調べた結界の術式がアースラのモニターに映し出される。
まだ解析途中の為に雑音が混じったその文字は、違和感の混じったものだった。
クロノは軽く眉を顰めてその術式を見つめる。

「……術式が違う、ミッドチルダ式の結界じゃないな」

ミッドチルダ式にしては異質な文字列の並びにクロノはそう呟いた。
これがもし管理局の魔導士がよく使うミッド式ならば、解析にここまで時間はかからない。
……海鳴市に張られている結界は違う術式のものだ。
幾ら優れた解析班が居たとしても、すぐには解明出来なかった。

「そうなんだよ、何処の魔法だろ……これ」

エイミィが不安そうにモニターを眺める。
祐一達が戦っている地域の映像は結界によって遮断されていた。
戦闘は続いている、不安は広がっていく。

 

魔法少女リリカノンなのは
第十六話
「管理局の意地」

 

背筋がまるで氷柱を無理矢理突っ込まれたような寒気を覚えた。
肌が波打つが如く不快感を露わにして全身を駆け巡る。
目の前には銀色の魔力光が波状的に脈拍していた。
一瞬、何が起こったのか理解できず茫然と立ち尽くす。
現実感すらも薄れるような感覚が、其処には存在していた。
結果が過程を否定し、過程が結果を肯定しない。

「……危機一髪、間一髪って所だな」

倦怠感を露わにしたように、相沢祐一は目の前で停止した刃先を見つめていた。
木枯らしが吹けば接触してしまうような至近距離で、デバイスは時間が止まった様に硬直している。
祐一としても相手のデバイスの予想外の動きに反応し切れてはいない。
だからこそ目の前で停止しているデバイスをただ注視している事しか出来なかった。
しかしそれ以上に驚愕を露わにしているのはシグナムの方だ。
全身を包み込むように展開している魔力光が粘着く粘液のようにシグナムの魔力展開を邪魔してる。
発動後の魔法は、何時の間にか発動されていた祐一の魔法によってキャンセルされたのだ。
どのように発動したかは知らないが、シグナムは魔法自体は知っている。

「まさか、これは……AMF?」
「御名答、驚いたか?」

祐一は誇るようにリューナを軽く振り上げて目の前で停止している刃を掃った。
するとシグナムのデバイスは甲高い音を立てて、ゆっくりと降下していく。
AMFはフィールド魔法の上位に位置する高難易度の魔法。
フィールド内での魔力結合や魔力効果発生を無効化するAAAランクの魔法防御だ。
この技術は主に重要建物や戦略要塞などで展開されるもので、対魔法使い用の結界でもある。
しかし魔導師がこの魔法を単体で扱う事は難しいとされていた。
何せAAAランクの魔法である上に魔法効果を打ち消す魔法はその使用者にも影響されるからだ。
つまりフィールド内では使用者すら魔法運用が難しくなり、魔導師としての価値を減じる事となる。

「濃度は90%程度、飛行魔法も解除される」

祐一の言葉と同時に、シグナムは体勢を崩した。
AMF内では例外は少ない、問答無用でシグナムはゆっくりと降下していく。
だが同時に祐一もフィールドに包まれて同様に降下する。

「何故だ、使用者がフィールド内でAMFを展開する事に何の意味がある」

シグナムはビルの上に降り立つと、数秒遅れで同じビルに降り立った祐一に問う。
確かにAMFは魔導師に対し破格の魔法だが展開の仕方に疑問を感じる。
AMFは強力な結界だが防御に特化したものだ。
それ自体で捕獲、拘束する事は不可能である。
例外無く打ち消してしまう場所で、何をしようというのだろうか。
シグナムは祐一の思惑が今一つわからないでいた。
そんな疑念の底に居るシグナムに対し、祐一は軽く意地悪く頬笑む。

「ベルカの騎士相手に、意味の無い行為だって事か?」
「………」

知っている、相手は自分の魔術体系を知っている。
別にそれ自体に驚く所は存在しない。
シグナム自身が名乗っている事でもあるし、隠すような事もしていない。
だが、知っていて尚このような手段を取った相手には驚愕を隠せない。

「アームドデバイス、ミッド式のストレージデバイスとは違って武器の形だから便利だよな」

魔法を使えないまでもフィールド内でも戦える。
剣の形をしているシグナムのデバイスは叩き斬る事ぐらいは出来るだろう。
対してミッドチルダの魔導師である祐一は杖のような形をしたデバイスだ。
やはり形状的にはシグナムの方が脅威を感じない事も無い。
更にベルカ式の騎士であるシグナムはクロスレンジ魔導師だ。
例え魔法が使えなくともオールレンジアタッカーの祐一以下という事は無いだろう。

「さて、では何故俺はAMFなんてものを使ったんだろうな?」

祐一は余裕を感じさせるようにデバイスを肩に担ぐように動かす。
それを見てシグナムはデバイスを正眼に構え隙無く祐一を睨みつけた。
確かにAMF内では基本的に魔法は使えない。
だが高ランク魔導師ならばフィールド内での対処法は存在する。
祐一もその類ならば、AMF内でも魔法行使が可能かもしれない。
油断は出来ない、更にこのAMFを張ったのが祐一ならば何時でも解除する事は可能だ。
絶対的不利とまでは言わないが、有利ではない事は確かだろう。

「さぁ……どうする、百戦錬磨なベルカの騎士さん?」

 

 

 


……などと、都合の良い事柄が続くわけも無かった。
祐一は精一杯余裕の態度を崩さず不敵な笑みを浮かべる。
だが少しでも近付けば解ってしまうかもしれない、その額には大量の汗が玉のように滲んでいる事を。
AMF、対魔導師用にして祐一の切り札の一つだ。
手の内を晒すような真似は極力避けたい祐一だが必要な時には遠慮せずに使用する。
そんな信念の下、戦い抜いてきたが……ここまで絶望的な状況も久しい。

(……残り約五分って所だな)

祐一は魔導師ランクB程度の平均的な魔力量しかない。
AMFなどという高等な魔法を維持出来るだけの蓄えは無い。
更に祐一としては魔法行使が出来ない今の状況では呼吸する事すら至難となっている。
フルドライブの後遺症、限界以上の魔法行使を行っていたツケが身体を蝕んでいた。
身体中の神経が激痛を発して奥歯を噛み締めないと悲鳴が漏れてしまいそうだ。

(助かったけど、勝手に起動させるな……リューナ)

そして祐一の予想外だった事は、AMF自体が故意に行使したものではない。
インテリジェントデバイスであるリューナが自動発動した魔法だった。
その癖全ての負荷は祐一に押しかかってくるのだから使用者としては混乱を極める。
だが助かった事は確かだ、祐一はあの瞬間シグナムの攻撃を予測できなかった。
元々拮抗していただけでも奇跡に近いあの戦闘では予想外の事態に対応し辛い。
それが初見の相手である以上祐一とて戦術すらまともに立てられない。

(どれだけ誤魔化せるか、せめてAMF内で魔法が使えれば良かったな)

祐一はAMF内では単体で魔法行使を出来る技術を持ち合わせてはいない。
つまり今現在シグナムと敵対している祐一は徒手空拳にも等しいほど無力だった。

(―――やる……か、いや駄目だ)

迂闊に動く事は危険と判断しデバイスを下げる。
勝率で考えればシグナムに圧倒的有利な状況とも言えるこの局面。
しかしシグナムとて祐一の情報は皆無に近い。
正体不明の管理局員、容易には踏み込めないほどに不気味に映っているだろう。
だが、もし相手が焦れて強攻策に出れば一気に旗色は翻る。
更に言えば……AMFを解除した後、まともに魔法を使えるだけの余力が無い。
この状況、祐一にとっては王手をかけられたに等しかった。

(それにしてもベルカ式か、厄介だな)

祐一が見た所、シグナムの魔術体系は古代ベルカ式と呼ばれるものだ。
近代ベルカ式と違い希少なもので祐一の知る限り使い手は数えるほどしかいない。
故に詳しい事は不明だが、脅威には違いないだろう。

(まあでも、基本は近代ベルカ式とそう変わらないだろ)

楽観的にそう結論付けるのは危険だが情報が皆無な今の時点では仕方無い。
厳しい今の状況では少しでも情報が欲しい、負けるにしても次に繋がる負けで無くてはならない。
管理局員としても、相沢祐一個人としても譲れない事だった。

 

 

 


(AMF、祐一さんが?)

フェイトは銀色に広がるフィールドを眺めながらも、意識は前方に向ける。
……そこには金色のバインドで縛られた獣人の男が居た。
現在の戦力でシグナムを担当しているのが祐一、赤い少女を担当しているのが真琴。
そして獣人の男を担当したのがフェイトとアルフだった。
流石に熟練のパートナーだけあって一歩有利だったようだ。
捕らえられた獣人の男はもがく様に身体を動かすが、バインドは簡単には解けない。
何せ解けられそうになればその度にフェイトが捕らえ直すだけだからだ。
しかしそのお陰でアルフとユーノの援護組は結界抜けに集中出来る。

「……貴重な戦力」

……それが祐一が言った役割分担だった。
祐一と真琴が敵を足止めしている内に他の戦力が一人捕まえる。
そうすれば一時的に戦力差が埋められ、時間が稼げるかもしれない。
二人の戦力を当てにした戦術だが上手く足止めしているようだ。
だが長くは持たない、それは祐一も考慮していた。
今この状況で第一に考えなくてはいけない事は相手を倒す事じゃない。
民間人、高町なのはの安全の確保。
それがフェイトとしての意思であり、祐一が受けた任務の内容だ。
別にシグナム達を逮捕しろという指示は出ていない。
通常ならば民間人を襲った魔導師を局員は見て見ぬ振りは出来ない。
だがここまで戦力差があるのならば撤退以外に選択肢は無かった。

「アルフ、ユーノ、急いで」

獣人の男に三度目のバインドをかけ直しながらフェイトは呟いた。
その視線の先では、祐一が張ったAMFが不安定に揺れている。
……時間はもう、残っていないようだ。

 

 

 


シグナムが振り下ろすデバイスに祐一はリューナを合わせるように振りかぶった。
耳障りな金属を擦り合わせた甲高い音が辺りに響き渡る。
魔力を失って尚消え去らない力強い一撃に痺れた両腕を庇う様に祐一は後退する。
正直にいえばシグナムの剣技はさほど熟練したものではないようだ。
日本人が考えるような精密な『静』を体現した太刀筋では無く力任せの一太刀。
だが、それがシグナム自身の素早さと一太刀における破壊力を考えれば厄介な事この上ない。
叩き斬るというより叩き壊す事を主眼に置かれたのだろう、祐一の力では太刀打ち出来ない。
出来る事と言えば相手の太刀に合わせて頑強なリューナを振りかぶる事だけ。
AMFを展開しながらも近接戦闘をこなす祐一には耐え忍ぶ他無かった。

(……くっ、近接戦闘は真琴が居る事を前提にしないと話にならないかっ!)

祐一とて不得手というほどではないのだが、シグナムの一撃は間違いなく熟練者。
せめて戦術としては特化型である真琴を組み込んだ戦闘スタイルで挑まなければ近接では勝ち目が無い。
……逆に言えば真琴さえ居れば戦況を引っ繰り返す事も不可能ではないという事だが。
しかし、それでも現在の状況は造り出された戦場だ。
拮抗すら厳しかった時よりは、まだマシな部類に入るだろう。
何せ相手は祐一の不可思議さに気を取られて不用意な強攻策がとれていないのだ。
故に幾ら王手がかけられていようと、駒を取る気の無い対戦相手に何を恐れると言うのか。
それが造り出された現在の結果であり、祐一が望んだ戦術であった。
だが祐一としてもシグナムの技量は想像以上であり、また一歩間違えればすぐに盤上が引っ繰り返る状況だ。
50%以下の確率で成功する戦術などは祐一の考える戦術などでは無い。
不確定な賭けが存在する戦術は、味方を巻き込む無謀なものでしかない。
今の所は正常に進行しているがシグナムが祐一の戦術を見切った時、被害を被るのは祐一自身だけでは無いのだ。

(そう考えると……背負ってるよな)

距離を離しながら、魔法を放つ体勢を取りシグナムを牽制する。
未だに警戒するシグナムを眺めながらも祐一は苦痛の溜息を漏らした。
―――AMFの限界が迫っている。
元よりそう長くは続かない魔法だったが、相手の攻撃により更に稼働時間は少なくなっていた。
流石に上級魔法と呼ばれるだけあって少しでも集中を逸らせば一気に崩れる精密さを必要とするAMF。
大半の計算式はリューナが引き受けてくれるのだが、維持にはやはり祐一の力が必要不可欠だ。
例えリューナが9割を引き受けていたとしても、残る1割を処理する事は難しい。
フルドライブの後遺症、AMFの身体への影響、更にはシグナムからの苛烈な一撃。
全てが祐一に圧し掛かり刻一刻とエラーを責め挙げて居た。

「……随分と苦しそうだな」

そんな祐一に気付いたのかシグナムは剣を構えなおしながらそう告げる。
流石に苦しげな表情が限界を超え表層に表れてしまっていたらしい。
だが祐一はそれを認めず苦笑いしながら無言でリューナを構えた。
……最早、口を開く事さえ苦痛とでも言う様に。
シグナムは思わず何かを言いかけるが、思い直したように目を閉じると静かに歩き始めた。
恐らくは祐一の現在の状態について多少伝わってしまったようだ。

(時間切れ……か、賭けは俺の負けだな)

しかし、そう簡単に負けるわけにはいかない。
どのくらい時間を稼げたかはわからないが、結界が貫かれていない以上まだなのだ。
ここで祐一が墜ちてしまえば……戦況は瓦解する。

『You are not Aigis, My master(貴方は"アイギス"ではありません、我が主)』

すると……そんな気配を察したのか、デバイスであるリューナが銀色に光った。
アイギスとは古代ギリシアで伝わったギリシア神話に出てくる伝説の防具の事を指しているのだろう。
女神アテナが主神ゼウスから授かった伝説の防具、ありとあらゆる災厄や魔性から守護する聖具の名前だ。
恐らくはこの状況を当て嵌めてリューナが解釈したものだが、祐一はそれに苦笑する。
確かにアイギスには成れない、祐一は己の不甲斐無さを理解していた。
目の前の相手に簡単に負けてしまうような防具は欠陥品だろう。

「……そりゃ、そうだ…ろうなっ」

息も絶え絶えに祐一は呟く。
リューナの言いたい事は正しい、悔しいほどに正しい。
呆れたように、また諦めたように祐一はデバイスを握り締める。
結局は―――ただの道化でしかなかったというだけの事実が、重く圧し掛かる。
希望がすり潰され、数々のエラーは祐一を食い潰していく。
そうして、遂にAMF空間すらも……意に反して消失していった。
残ったのは、多少残った魔力と、高性能なデバイスであるリューナだけ。

「終わりだな」

シグナムが崩れゆく結界の中を歩き、最早逃げ切れない距離まで迫ってきた。
後は、デバイスを振りかぶり、そして振り下ろすだけだ。
最早打つ手は無い、祐一は諦めて一撃を待つだけだった。

『My master(我が主)』

……だが、それを認めないリューナは静かに告げた。
何よりも祐一が敗北する事を認めないデバイスは、使用者の意に反し抵抗する。
万能の守りを自ら否定したデバイスは、それでも祐一の事を信じていた。

『Please, call me(お願いします、言ってください)』

リューナが何を言いたいかは解っている。
呆れるほど素直で、デバイスの癖に活発に活動して動く規格外。
今、強大な敵を目の前にしても祐一が負ける事を認めない。
だからこそ、再三に渡って使用しない事を主張した祐一に対して再考を促す。
祐一の頑固さを知っているのに、使用しないと決めたら死ぬまで使用しないであろう頑固者に。
自分の危機にはトンと無頓着な唐変木に対して、ただ直向きに語りかけた。

『Call me, "Schneiden mode"(唱えてください、シュナイデンモードを)』

―――貴方は守りに徹する盾などでは無い、相手を突き刺し殺傷する剣なのだと。

 

 

 


あとがき
一か月振りぐらいの更新、そのぐらいだよね?(ぇ
AMFに祐一君新モード勃発か!?
ちなみにAMFの詳細はなのは第三期を見てください(宣伝宣伝
さてさて、魔力弱者な筈の相沢祐一君は何故AMFを使えるのでしょうか。
それにしても万能すぎねぇ?と作者が突っ込みたくなる部分すらある祐一君。
まあ万能型は特化型には勝てませんよ〜という格闘漫画的な理屈かもしれませんがw
しっかし、色々秘密を持ってそうですね(ナニヲイマサラ
もう更新速度については明言できません、実はこれ一週間前には更新できると踏んでいたんですけどねぇorz
あはは〜、筆が進まない絶望的に、元に戻る日が来るのか!?

 

■SS辞書■

―AMF(Anti Magilink Field)―
フィールド系魔法の上位結界、魔力結合や魔力効果発生を妨害し無効化する。
この効果は発生者も影響される為に魔導師でも使える人間は少ない。
使用者:リューナ