「管理局員か」

シグナムはレヴァンティンを構えながら真琴を警戒する。
管理局、それはシグナム達にとって脅威と成りうる魔導師の組織だ。
真琴はフェイトをゆっくりと降ろすとシグナムを見上げる。
その瞳は、決して許さないという意思が感じられた。
何を……っと問うのは愚問だろう。
真琴は言った、友達を傷つけるのは許せないと。

「だが、それでも通さねばならぬ意地がある」

魔力光を火花のように滾らせる真琴に剣を向ける。
それは敵対行為、何かを守る相手に対してそれでも危害を加えると宣言した。
その行動が矛盾したものだと気付きながらも、何かを守るために何かを犠牲にする。

「道を塞ぐなら、強引にでも通してもらう」

シグナムが空中を駆ける。
―――信念と覚悟をその剣に乗せながら。

 

魔法少女リリカノンなのは
第十四話
「閑話休題」

 

夜空を駆けるシグナムを睨みつけながら真琴は軽く身体を宙に浮かせる。
まるで助走を取るかのように二、三回ほど姿勢を正すと……そのまま駆けあがる。
フェイトの驚いたような弱い静止の声が聞こえたが、真琴は止まらない。
目の前の相手は敵だ、そう認識した真琴は魔力を全身に廻らせながら上昇する。
しかし、そんな真琴に対してシグナムは驚いたように目を見張った。
先ほどフェイトを衝突から守ったダッシュ力、侮る気持は無い。
だがそれでも……今の真琴の速度は異常だった。
まるで残像でも見るかのように真琴の身体がブレたかと思うと、次の瞬間には既に間合いに入っていた。
見失った―――わけじゃない。
シグナムはそう推測する、幾ら真琴の速度が速かろうが正面から迫ってくるだけの相手を見失うわけはない。
そうなると真琴が意図的に何かをしたという事になる。

「―――レヴァンティンッ!!」
『Explosion!(爆発)』

デバイスの内部機構が大きく稼働し弾丸を装填する。
するとシグナムの剣が炎に包まれ夜空にまるで花のように輝く。
その熱量に焦がされるように空気が歪む。
だが真琴はそれを目前にしても速度を落とす気配は無かった。
特攻……シグナムの中にそんな思考が過ぎる。
それほどまでの激情だったのか、眉を顰めて剣を振り上げた。
迷う事は無い、どんなに相手が防御魔法に優れていようと剣を振り下ろして突破するだけだ。

「……真琴っ!!」

下で見ていたフェイトが叫んだ。
しかし遅い、真琴は既に間合いに入っていた。
避けきれる距離……ではもう無い。
剣が揺らめく、その凶刃がバリアジャケットを纏った真琴へと振り下ろされた。
まるで空を斬ったかのように大気を切り裂く音が響いた。
真琴の右肩から左脇腹に向けて一筋の太刀筋が煌めく。
防御魔法も発動した様子は無く、そしてまた抵抗した様子も無い。
そして―――シグナムは後ろに居た男に腕を引っ張られた。
予想外の方向からの介入にシグナムは驚きながらも軽く体勢を崩す。
刹那、シグナムの真横から拳が突き出される。
シグナムのバリアジャケットが削り取られる、魔力を十分に込めた拳だ。

「避け……るなぁ!!」

そう叫ぶと真琴は拳を突き出したままの姿勢で無理矢理身体を捻るとそのまま右足を振り上げる。
だがそれをシグナムの腕を引いた男が前に出て防ぐ。
それを見たシグナムはようやく理解する。
通りで斬った瞬間違和感を感じ取ったわけだ。
それにあの異常な移動にも見当がついた。
今度こそ返り討ちにせんとデバイスを構え直すが既に真琴は後退。
フェイトの所まで戻っていった。
まさに一撃離脱、厄介なクロスレンジ魔導師のようだ。

「すまない、ザフィーラ……油断した」
「……気にするな」

ザフィーラと呼ばれた男は言葉とは裏腹に睨むようにシグナムを見下ろした。
激怒しているわけではない、元々ザフィーラの表情は厳しい。
それを分かっているのかシグナムは軽く首を縦に振る。

「幻術魔法……まさかあのように使用してくるとはな」

先ほどシグナムが斬りつけた真琴は、実体が無かった。
そしてそれを確認した瞬間、本物の真琴はシグナムの真横まで迫っていたのだ。
シグナムに相手の行動を見失ったように見せかけたのは幻術魔法で作り出した真琴の虚像。
蜃気楼のように接近方法が異常だったのはそのせいだろう。
シグナムとて幻術魔法の使い手と戦うのは初めてではない。
しかし真琴のように幻術魔法を使う者には出会った事が無かった。
確かに……言うだけある。
真琴を見る目がが変わった。
あれは今まで戦ってきた魔導師の中でも中々のものだ。
月宮あゆクラスとまではいかないが、油断出来る相手ではない。

「一旦ヴィータの所まで戻る、ザフィーラ」
「……了解だ」

シグナムに促されるようにザフィーラも続く。
夜空に、様々な色の魔力光が舞っていた。

 

 

 


「あぅ〜、完全に防がれた〜」

フェイトの元まで戻ってきた真琴は悔しそうに唇を噛んだ。
真琴の思惑としてはさっきの一撃でシグナムを堕とせるとは言わないが行動力を削ぐぐらいは期待していた。
しかし結果は空振り、結局真琴は手の内を晒しただけで攻防は一進一退だ。
もし今この場に相沢祐一が居たら意地悪く笑って見せた事だろう。
曰く、詰めが甘い……っと。

「真琴……今のは?」
「幻術魔法、自分の姿を魔法で作り上げて相手を騙すの」

そう簡潔に答えながらも真琴の意識はシグナムへと向く。
どうやら余程防がれたのが悔しかったらしい。
今にもまた飛んでいきそうだ、だが正面突破は難しい。
既に警戒しているだろうし二度同じ方法が通じる相手でもない。
両者とも攻め手に欠いている事は確かなようだ。

「真琴、フェイト!」

アルフが真琴達の元へと駆けてくる。
これで人数は相手と同等、戦力的には打倒は難しくとも拮抗出来るだろう。
だが後一手、足りない。
そして何が足りないのかは……真琴が一番分かっていた。

「フェイト……バルディッシュは?」

アルフは不安そうに砕けたデバイスを見た。
バルディッシュはシグナムの奇襲によって横に斬られ砕けている。
だがフェイトはゆっくりと首を横に振った。

「大丈夫、本体は無事」
『"Recovery"(修復)』

直後、バルディッシュは金色の魔力光に包まれた。
そして次の瞬間には傷一つない姿で修復する。
しかし、武装が戻ってもフェイトの顔色は優れない。
冷静な分、現状の戦力を計算しているのだろう。
そして……勝ち目が薄い事も十分分かっている筈だ。
勿論、それはアルフや真琴にも伝わっている。

「真琴、アルフ……全員で結界の外へと脱出、行ける?」

だから、フェイトは当然のように撤退を指示した。
それは確かに現状では最良の手段だろう。
結界さえ無くなれば、アースラからの援軍だって期待できる。
それに第一、怪我をしているなのはをこれ以上戦場に置いておくのは心配だ。

「……私が前に出るから、その間にやってみてくれる?」

フェイトは迷わない。
―――それだけの理由があるから。
後ろには、不安そうにこちらを見上げる友達が居る。
ならば……それを守るのも、友達だ。

 

 

 


ミッドチルダ、武装隊1011部隊。
副隊長である月宮あゆが入院している間、他の隊員はミッドへと戻っていた。
時空管理局航空武装隊第77番隊舎、第2資料室。
第1資料室ほどではないがそれなりに蔵書が多い。
しかし部屋自体はそれほど広くは無く、四人も入室すればそれだけでスペースが埋まるかのようだった。
部屋の中にあるのは調べ物をする為の机に椅子が五つ、そしてそれを囲むように本棚が設置されている。
室内は暗く蛍光灯の灯りがぼんやりと頼りなく輝いているだけだ。
そんな場所に、一人の少女は膝を抱えながら椅子に体育座りをしながら俯いていた。
金髪の髪が揺れ、碧色の瞳は頼りなく虚ろだ。

「……」

少女の手には包帯が巻いてあり、しかしそれを気にした様子もない。
まるで魂が抜けてしまったように呆然としていた。
机の上には前にここを使った隊員が読んでいたと思われる資料が積んである。
それはPT事件の関係資料、それに犯罪者のリストなどが並べてあった。
少女は気が抜けたように資料を横目で見つめる。
何の気なしに、ただそれだけだった。
……しかし、並べてあった資料に不思議な点を見つける。
資料の並び順を見るに、どうもこれはPT事件を主に見る配置じゃない。
まるでそれはオマケのように机の隅っこに置いてあり、机の真ん中にはとある小さな資料。
それほど重要度が高くない、ただ指名手配犯を記しただけのものだ。

「……これは?」

そして、その資料には……まるで書き足すように赤字が踊っている。
確かにこの資料は重要度が低く、一般的に配布されている類の資料だ。
このように何かを書き込んでもさほど問題は無い。
しかし、書き込んである内容が……問題だった。
―――プロジェクトF、アルハザード、ロストロギア犯罪者。
物騒な単語が並ぶ、それはある一人の顔写真の周りに書き足されていた。
広域指名手配、次元犯罪者。
ジェイル……スカリエッティ。

「ジェイル・スカリエッティ?」

違法の生命操作や生体改造を行っている犯罪者であり研究者だ。
管理局に入って日はそんなに経っていない少女でさえ知っている程度には有名である。
だが……それが何故ここにあるのか。
武装隊は執務官でも無ければ捜査官でも無い。
事件を解決するために全力を尽くすが、任務では無い事件に全力を尽くすわけではない。
武装隊は武装隊、出動の要求があって初めて任務という形で出撃する部署である。
参考資料程度に目を通すのは不思議ではないが、何の手がかりもない事件を調べる行為に不審さを感じる。

「これが、何故相沢隊長の?」

別に第2資料室は相沢祐一のデスクでは無い。
しかし隊舎に居る祐一は必ずと言ってもいいほど自分のデスクでは無くここに居る。
だから暗黙の了解でここは相沢祐一の指定席であり私物も多々置いてあった。
今まではそれを疑問に思った事は無かったが、これはどういう事だろう。
第一本気で調べ物をするぐらいなら第1資料室の方が効率がいい筈だ。
まるで何かから隠れるように、秘密にするみたいに―――

「セリビィア二等空士?」
「―――っ!?」

その時、突然第2資料室の扉が開き少女は慌てて姿勢を正した。
まるで猫のような反射神経で何事もなかったように振舞う。
……もっとも本人がそう振舞えていると思っているに過ぎないが。

「……何か?」
「……べ、別に、何でもない」

それならいいけどっと不審そうな眼で見つめてくる少年。
あたり前だ、暗黙の了解ではあるがここは相沢祐一の私物が多く置かれている場所。
無断で入ってはいけないという決まりも無いし、所有権は管理局のものだ。
だから少女が一人でここに居る事には何の問題も無い。
無いが……わざわざここに居る理由もまた……思いつかない。

「まあ、深くは問いかけませんが……」
「そ、それで……デニムは何か用?」

微妙に挙動不審の少女を細めで見つめながら少年、デニムはため息をついた。
しかし数秒後には真面目な表情を浮かべた。

「月宮副隊長が退院します、迎えに行こうと思いますが……一緒に来ますか?」

 

 

 


夜空に数種類の魔力光が舞っていた。
戦闘が激化する度に夜空が染まる。
射撃魔法が放たれ、斬撃が宙を裂き、拳が肉体を打つ。
真琴が空を駆けてザフィーラに接敵する。
だがそれを見越したようにヴィータが真琴の背後を取った。
……しかし、アルフがそれを阻害せんとヴィータに殴りかかった。
またフェイトがシグナムとぶつかり合い、斬り合いながら凄まじい速度で上昇していた。
戦場は乱戦にもつれ込み、互いに決定打を与えられず、相手の隙を探っている。
そんな戦場の流れを、なのはは不安そうに見つめる。
負傷した身体は痛むが、それ以上に戦闘に参加できないという不甲斐無さが心を占めていた。

「……なのは、僕も行かないと」

隣でなのはを支えながら回復魔法を唱えていたユーノはそう呟く。
その顔には冷や汗が滲んでいた、恐らく今目の前で起きている戦闘の難解さに疲弊しているのだろう。
だが今ここでユーノが出れば数的には有利だ。
なのはは頷く、それを見てユーノはなのはに回復と防御の魔法を唱えた。

「ここから動かないで」

簡単に説明してユーノは戦場へと向かう。
残されたなのはとデバイスであるレイジングハートは無力さを噛みしめた。

 

 

 


―――その頃、上空ではフェイトがデバイスを振りかぶり射撃魔法をシグナムに向かって放っていた。
フォトンランサー、槍のような魔力弾で敵を攻撃する直射型の魔法だ。

「撃ち抜け―――ファイアッ!!」

誘導性能は無いが弾速が速く精密にシグナムを撃つ。
しかしシグナムはそれを見ながらも動こうとしなかった。

「レヴァンティン、私の甲冑を」
『"Panzergeist"(パンツァーガイスト)』

金色の魔力弾がシグナムを襲う。
だが……シグナムが唱えた防御魔法はフェイトの魔法を容赦なく弾く。
無傷のシグナムにフェイトは驚愕する。
瞬間的な魔力量が違う、それだけでここまで戦力に差があるものなのか。
そんな思考が浮かぶ、そんなフェイトにデバイスを向けながらシグナムは淡々と話しかけた。

「成程、資質は悪くない」
「……くっ!」

余裕がある態度にフェイトは見えぬ手に押されたように押し黙る。
戦力差が違う、このままではやがて押し切られる。

「だが、ベルカの騎士に一対一を挑むには……まだ足りんっ!!」

動揺するフェイトにシグナムはそう断言して斬りかかった。
咄嗟の判断で防御魔法を展開するが、先ほどと同じように容易く切り裂かれる。
どうやら瞬間的に魔力量が跳ね上がるのは相手の特徴らしい。
だが今さらそんな事を確認しても、抵抗する手段が無い。
判明したのは相手の弱点ではなく……ただの強みなのだから。
シグナムがフェイトの防御魔法を切り裂き、そしてそのままもう一撃与えんと振りかぶる。

「レヴァンティン、叩き斬れ!!」
『Jawohl(了解)』

シグナムの剣に炎が宿る。
あれで斬られればまたもやデバイスもフェイトも無事では済むまい。
それを理解しながらも、フェイトは迎え撃った。
これ以上、退く訳にはいかない。
退けば退くだけ、負ければ負けるだけ、後ろに居るなのはが安全では無くなるのだから。

「絶対に……負けない!!」

金色の魔力光が舞った。
それを見て、フッとシグナムは気づかれないように微笑みながらもデバイスを振り下ろす。
フェイトのような真っ直ぐさはシグナムは嫌いではない。
だが手加減はしなかった、それが決意でもありフェイトに対する礼儀でもあった。
それに……フェイトは侮ったり出来る相手ではないのだ。
だから―――今できるだけの全力を尽くす事を決めていた。
シグナムの剣が迫る、しかし、それよりも先に……何かがフェイトを包み込んだ。
それはまるで閃光、凄まじい魔力光が一瞬にしてフェイトとシグナムの間に出現した。

「……なっ!?」

シグナムから驚愕の息が漏れる。
振り下ろした筈のデバイスが、突如現れた別のデバイスによって防がれていた。
その一撃、防ぐのにフェイトの防御魔法では耐えきれない。
だが……そのデバイスは防御魔法も展開せずにシグナムの一撃を防ぎきったのだ。

「りゅ、リューナ?」
『Yes, FateTestarossa(はい、フェイト・テスタロッサ)』

それはデバイス、リューナ。
単体で投げ込まれるように投擲されたリューナはフェイトを守る様に防御魔法を展開している。
だが、自身の保護に防御魔法を展開した様子は無い。
それは如何なる確信からか、シグナムの一撃を防御魔法を展開せずとも防ぎきれると自信があったようだ。
しかし……だからと言って……投げ込む気にはフェイトはなれなかった。
確信があったとしても、実行する気にはなれない。

「―――悪いな、フェイト」

その声に、フェイトは振り返った。
予想通り……こんな無茶苦茶な事をする人物は一人しか思い当たらない。
魔導師の命とも言えるデバイスを自ら放り投げて、平然としている者など。

「少し……遅れた」

―――皮肉気に、そう告げて、遅れてきた相沢祐一は笑った。

 

 

 


あとがき
閑話休題(かんわきゅうだい)とは、余談をやめて本題に移る時に使います。
題名で使うのは結構間違え、でも何となく使いました。
全修正する気力がありませんでした、いいやもう的な感じです(嘘だけど
リリカルなのはが第四期がはじまって益々栄える事を願っています。
うーん、出来れば子供時代のエピソードが欲しかった……主にフェイトソンのorz

 

■SS辞書■

―幻術魔法―
真琴が使った幻術魔法は正しくは幻術魔法とは呼べないかもしれない。
元々真琴の感情が高ぶると魔力光が無意識の内に体外へと放出されるという特性を持っていた。
そしてそれらは熱量を持っており、感情の高ぶりが強くなればなるほど温度は増していく。
どうやら魔力変換資質のような特別なものらしく、また意思一つで蜃気楼などを起こす事も可能になる。
ここで使われている幻術は魔法というよりも魔力そのものと言った方が正しい。
現象的には光の屈折を利用した蜃気楼に似たものがあり、真琴の身体が本来の位置とは別に見えた事に関係しているようだ。
つまり意図的に自分の姿を相手、この場合はシグナムであったが対象に距離感を誤認識させたものだと思われる。
使用者:沢渡真琴