「しかし、無茶をするな……君は」

管理局本局の医務官であるエリザベス・バンデラスは呆れたようにあゆの体を診察する。
白衣に眼鏡、ボサボサの金髪が個性を表している。
キチンとすれば美人なのだろうが、本人にはその気は無いのか医務官として最低限の身嗜みだ。
エリザベスは小さいあゆの背中に軽く手を当てると、その部分が青白く光る。
普通診察は大抵機械任せなのだがエリザベスは違う。
大まかな診察自体は流石に機械に任せだが精密な人体をより深く調べる為には魔法を使う事がある。
魔力の流れ、体内の詳細情報を脳内に信号として送る事により対象者の体を調べる事が出来る。

「……うぐぅ、広域魔法だけならよかったんですがフルドライブもしちゃったから」
「だからだろうな、過剰負荷のせいで芯がガタガタだ」

通常の場合魔導師は潜在的魔力値の6割程度しか使用できない。
だがフルドライブによって限界まで魔法を行使する事は可能である。
しかし安全性などは無視した技術で当然過剰負荷によるダメージは体に残ってしまう。
その結果、傷の悪化や体調不良を引き起こす要因となってしまう場合もある。

「限界以上の魔法行使は極力控えた方がいいだろう…っと言っても無駄だろうがな」
「……使わないといけなかったから」
「ふむ、まあ気をつけたまえ」

そう言うとエリザベスは無表情であゆの背中を叩いた。
小気味のいい音が医務室内に響く。
あゆはまるで驚いた鳥のように座った姿勢のまま目を白黒させて飛びあがった。

 

魔法少女リリカノンなのは
第十一話
「八神家の事情」

 

八神はやてという少女が居た。
その少女は足が悪く車椅子での生活を余儀なくされている。
病気の原因は不明で治療法すら見つかっていない。
更に両親を幼い頃に亡くしておりずっと一人暮らしだ。
財産管理などは小父がやってくれている為に暮らす事に不自由は無いが、やはり9歳の少女には辛い日々が確かにあった。
……だが、それももう今は昔の事だった。

「うーん、今日は……ホワイトシチューにしよ」

はやては誰も居ないキッチンで柔らかい関西弁を使いながらそう呟く。
そして冷蔵庫から人参やら玉葱を取り出してまな板の上に置いた。
材料を洗い皮を剥き、包丁を取り出す。
人参は乱切りに、玉葱はくし切り、そして肉には塩コショウをかけて一口大に切った。
はやての家にあるキッチンなどはバリアフリー構造であり、車椅子に乗ったままでも楽々調理できる。

「あれ、牛乳が無いみたいやな」

これは盲点とはやてはおでこに手を当てる。
牛乳のパック自体は冷蔵庫にあるのだが、中身がほぼ空なのだ。
事前準備を誤った、はやては苦笑する。
材料は切ってしまったがまだ挽回は効く事には効く。

「んー、どないしよっかなぁ」

ホワイトシチューが駄目ならカレーなどに変更する事が出来る。
だが、はやての心は今日はホワイトシチューに決まっていた。
諦める事は簡単だが……何となく納得がいかない。

「……買いにいこか」

まだ夕飯まで時間はある。
買い物ぐらいは出来るだろう、はやてはそう決意して車椅子を動かした。
家の中に車椅子の独特な金属音が響く。
するとその音を聞きつけたのか、リビングから一匹の巨大な狼が現れる。
その狼は全身が青色の体毛に覆われており、鋭い牙が見え隠れしていた。
周りを威圧するようなその姿は、はやてより車椅子に乗っている大きく通常の一般人ならば恐怖を感じてしまうかもしれない。
だがはやてはそんな狼を見ると嬉しそうに頬を緩ませた。

「ザフィーラ、元気かー?」

はやては寄ってきた狼、ザフィーラの頭を優しく撫でた。
するとザフィーラは車椅子の車輪に軽く鼻をつけるとはやてを見上げる。
まるで何処に行くのかと聞いてきたように。
そんなザフィーラにはやては軽く首を傾げる。
しかしその仕草はザフィーラの聞きたい事がわからないというより、何か思案している顔だった。

「ちょっと買い物にな、ザフィーラも一緒に来るかぁ?」
「………」

ザフィーラは頷く。
そして言葉を理解したように、はやての車椅子を器用に押した。

「押してくれるんか? あはは……ありがとうな」

―――はやては嬉しそうに笑う。

 

 

 


華之市、水瀬家。
雪の中タクシーで帰ってきた二人は何故か疲れたように肩を落としており全身が雪まみれだった。
どうやら水瀬家に着くまでに何かゴタゴタがあったらしいが二人は詳しい事を話そうとはしない。
名雪と秋子は、まあ昔からよくあった事なので深くは追求しなかった。
閉話休題……兎に角、二人はようやく水瀬家へと到着したのだ。

「いっただきまーす!」
「頂きます」

祐一と真琴はそう言うとテーブルの上に所狭しと並んだ料理に箸を向ける。
……そんな二人を見て名雪と秋子は笑顔を浮かべた。
久しぶりに帰ってきた家族は、どうやら思った以上に元気のようだ。
まるで射撃魔法のように二人の箸が宙を舞う。

「祐一、これ美味しい!」
「あっ……それは俺の卵焼き!」
「あぅー、早いもの勝ちだもんねー」

卵焼きを奪い合ってどんどんお皿から消えていく。
名雪と秋子は自分達の近くにあるおかずをゆっくり摘まむ。
量だけはあるのだ、どんなに二人が頑張っていると言っても元々の絶対量のせいで全体的には中々減らない。
どうやらこれを見越した作り方であったらしい、名雪は感心した。

「あらあら、一杯ありますからね」

秋子は柔らかく笑いながら頬に手を当てた。
頬一杯に肉じゃがを頬張りながら祐一はようやく落ち着いたのか名雪の方に顔を向けた。

「んー? 名雪、何かあったか?」
「……え、別に何にもないよ?」
「あむ、もぐもぐ……そうか? 何か違和感感じるが」

祐一の指摘に名雪は少し困ったような表情を浮かべる。
魔力の枯渇を感じ取られてしまったのだろう、祐一は不思議そうに顔を傾げる。
水瀬家に帰宅してからすぐに会った時は気づかなかった。
だが元々名雪は一般人にしては強い魔力を持っていた筈だ。
しかしそれが今や感じ取るのが困難なほどに衰退している。

「真琴も思ってた、何処か悪いの?」
「えっと……別に大丈夫だよ?」
「そーか? まあ名雪がそういうならいいけど」

深くは詮索せずに祐一は再び料理に視線を移す。
……すると自分の小皿にとっておいた筈の卵焼きが全て無くなっていた。

「な、なにぃ!?」
「へへーん、余所見なんかしてるからよ」
「真琴、お前それは無いだろ!!」

慌てて確認するが真琴の小皿には存在しなかった。
どうやら祐一の小皿から掻っ攫ってそのままパクついたらしい。
実にお行儀が悪い事この上なかった。

「……お子様め、まったく」

祐一は大人な態度でそれを許す方向で落ち着いたらしい。
頭にはピキピキと怒りマークが浮かんではいるが表面上は冷静だった。
たくあんを頬張りご飯をかき込んだ。
口の中に暖かい米の味が広がる、炊き方がいいのか柔らかすぎず固くない程良い食感。
流石は秋子さんっと心の中で称賛する。

「そういえば祐一さん、あれって何のジャムなんですか?」

静かに御みそ汁を飲んでいた秋子が唐突に聞いてきた。
ジャムとは祐一が買って来たミッドチルダ土産のジャムである。
第6管理世界で採れた果物で作った特別製。
味としては苺のようなスイカのような不思議な味がするジャムだ。

「あれですか、あれはちょっと特別な果物のジャムでして」

しかし祐一自身がその果物の名前を忘れてしまっていた。
さてどうしようとコップに入ったオレンジジュースでご飯を流しこむ。
こういう場合はどうすればいいのか、正直にわからないというべきか。
祐一は少し悩んでから、笑みを浮かべた。
―――まるで、悪戯をする前の子供のような笑みで。

「それは……企業秘密ですよ、秋子さん」

一瞬驚いたように目を見開き、そしてすぐに秋子は笑った。
懐かしさが込み上げてくる言葉だ。

「あらあら、祐一さんったら」

 

 

 


その頃、はやてはザフィーラと共にデパートで買い物をしていた。
買い物かごには牛乳やデザート用のリンゴと桃が入っている。
通り過ぎる人々がそんなはやて達を見ていくが、それもそうだろう。
車椅子の少女はまだしもザフィーラはペットと言うには大きすぎる。
それでもそこに居る事が何とか不自然では無いのはリールに繋がれていて車椅子の少女と一緒だからだろう。
一応介護犬という事で見られているみたいだ。

「あー、モヤシ安いなぁ……でも今日はホワイトシチューやからなぁ」

悩みながら各フロアを回っていくはやて達。
折角買い物に出てきたからという事でつい買い込む習慣が出来ていた。
元々は一人暮らしだったので買い物を自分でする事は少なく、殆ど配達の形を取っていた。
しかしたまには自分で買い出しをする事もありその際は暫く困らない程度に多めに買うのだ。
だが今はそんな事もする必要はない。

「そういえばザフィーラ、みんなはどうしてるんやろうなぁ」

コンソメの素を手に取りながら隣を歩くザフィーラに話しかける。
……するとザフィーラは目線をはやてに移した。
何かを語りかけているように、何かを伝えようとしているように。
はやてはそんなザフィーラの顔を見て、納得したように頷いた。

「そうやな、シグナム達も色々あるからなー」

はやては少し寂しそうな笑みを浮かべる。
やはり家族は皆揃ってこそ家族だ。
今まで一人だった少女に、それは痛いほど感じ取れる事実だった。
だが少女は我儘は言わない。
人が困る事は極力避けて自分一人で抱え込んでしまう。
それは、少女の美徳でもあり欠点でもあった。

「……みんなが買ってくる前に早く帰らないといかんなぁ」

気持ちを切り替えるようにはやては軽く首を振る。
歳不相応の切り替えの早さに、ザフィーラは目を細める。
……それは、悲しいほどに慣れたものだったからだ。

 

 

 


「武装隊二個小隊壊滅……ですか」

管理局本局に立ち寄った美汐はその資料を掴むと怪訝そうに呟く。
美汐が見ている資料は局員襲撃の新たなる被害状況を知らせるものだった。
流石にここまで相手の脅威が高いと管理局も考えていなかったのだろう。
ある意味個人戦力としては武装隊の中でも飛びぬけたAAランクの投入、しかしそれが一人も逮捕出来ずに墜とされた。
これは美汐にとっても信じ難い事だ。
先日美汐が関わった事件で、ランクAを超えた魔導師など一人もいない。
普通それが当たり前だ、管理局に属していない野良の魔導師などそれほど質の高いものはほとんどいないのだから。

「しかし、この編成……1011部隊の人員はどういう事でしょうか?」

明らかに戦力不足だ、元々1011部隊は先の過度な実戦投入により部隊損耗が一番激しかった筈。
それを部隊を再編成もせず、しかも部隊の要となる部隊長すらも不在の時に出撃。
こんなもの……墜ちる確率が高いに決まっている。
魔導師とは単一の能力は確かに重要だが、それ以上に貴ばれるのは量だ。
だからこそ武装隊も普通20〜30人からなる実戦投入を主としているのに。
なのに今回投入したのは小隊にも届かない分隊規模。
采配ミス……というにはあまりにいい加減なものだ。

「何か、おかしいですね」

しかしそれ以上判断する事は、情報の少ない今では出来ない。
幾ら執務官と言えども知っている事は圧倒的に少ない。
それが組織に属すという事であり、必要以上の情報は身を滅ぼしかねない。

「敵はAAAクラスの魔導師、いえ……」

それ以上の魔導師が少なくとも二人。
美汐のランクはAA、恐らく一人を相手にするのが精一杯だろう。
この任務に任命されていないだけ、美汐は軽く安堵する。
今戦えば恐らくは1011部隊……月宮あゆと同じ運命を辿る事だろう。
補佐官のクーセヴィツキーは将来有望だが、今はA−の発展途上だ。
フルドライブを計算に入れても届かない。
……それほどまでに絶望的な戦力差がある。

「相沢さんには連絡がついているんでしょうかね」

自分の部隊員が墜ちたのだ、普通ならば部隊長には伝わるはず。
本当ならば休暇を取り消してでも相沢祐一を呼び戻すべきだったのだろうが、今はそれを言っても仕方ない。
そうなると、相沢祐一は今こちらに戻ってきている最中だろうか。
美汐は祐一の性格を思い、軽く頷く。

「相沢さんが仲間を傷つけられて黙っている筈無いですよね」

確信して、美汐は資料を仕舞った。
それならば相沢祐一にこの一件は任せてしまってもいいだろう。
手が空いているならその時は手伝うが、美汐も今は次の任務がすでに待ち構えていた。
幾ら祐一が面倒くさがり屋でも……こういう事があった場合、どうなるのか。
それを思うと、美汐は少し同情した。

「……ある意味、可哀想ですね」

それは誰に宛てた同情か、美汐は苦笑して……その場を後にする。

 

 

 


「はぁ……はぁ……はぁ……、くそっ」

悪態をつきながらヴィータは流れ落ちる汗を手のひらで拭う。
目の前には巨大な石の自動人形、ゴーレムとも呼ばれる魔法生物の一種だ。
思ったより防御力があり、先ほどからヴィータの攻撃が中々通らない。
ゴーレムの動き自体は遅いのだが、それを避ける度にヴィータの魔力は段々と削られていく。

「カートリッジ、残り2つ……こんなデカブツに使ってる余裕はねぇ」

残量を確認してヴィータはハンマー形のデバイスを握り直す。
ヴィータが使う魔法は強力だが弾数制限がある。
ミッドチルダ式のように平均的に強い魔法が撃てるわけではなく、一発一発を必殺へと昇華させるのだ。
それ故にそれ以外の攻撃は一般的な魔導師に比べれば高い方だが、格段に威力は落ちてしまう。
出来るだけ多くのリンカーコアを集めないといけないヴィータにとって無駄使い出来るものではなかった。

『―――ッ!!』

ゴーレムの声無き一撃がヴィータへと迫る。
だがやはり動きは鈍い、それを避けるとハンマー型のデバイスでゴーレムの額に打ち付けた。
しかし、倒れない。
重量がある巨体に通るほど、破壊力が出なかったのだ。

「くそっ、アイゼン……カートリッジ…」

仕方なしにヴィータはデバイスに命じようとした。
だが……ゴーレムの拳が再びヴィータへと振り下ろされる。
速度は無い、しかしそれを避けられる体制では無かった。
一瞬の判断ミスに焦るがどうしようもない、ヴィータは迫る拳をただ見つめる事しか出来なかった。

『―――Sturm falken(シュトゥルムファルケン)』

刹那、ゴーレムの腕が爆ぜた。
ヴィータはそれを確認すると慌てて回避行動に移る。
ゴーレムの一撃は無くなったが、破片がヴィータへと飛んで来たのだ。
高速でゴーレムの腕を吹き飛ばした"何か"はそのまま突き抜け彼方へと飛び去った。
バリアジャケットに避けきれなかった石の破片が当たる。
だが物理防御にも優れている障壁を貫通する事はなく全て地面へと落ちていく。
それを確認して、未だ動こうとするゴーレムを睨みつけると一直線に向かって行った。

「アイゼン―――ッ!!」
『Flamme schlag(フランメシュラーク)』

デバイスが弾丸を装填し、ヴィータのデバイスに炎が宿る。
そしてそのままゴーレムの頭部に打ち付けた。
ゴーレムは一瞬の内に炎に包まれると灰になってただの岩石に戻っていった。
ヴィータはただの岩石に戻った事を確認して地面に降り立つ。
魔法生物であるゴーレムだがその活動を停止してもリンカーコアに影響は無い。
元々石が魔力を持ち、辺りの岩を引きよせて大きくなったのがゴーレムだ。
だからこの程度の破壊では魔力蒐集には問題ない。
ヴィータは溜息をつくと、先ほどゴーレムを吹き飛ばした何かが飛んできた方向を睨みつける。
すると……そこにはよく知った騎士がこちらに向かってきていた。

「危なかったな」
「余計な事すんなよ、シグナム」

不貞腐れる様にヴィータは頬を膨らませた。
シグナムはそんなヴィータを見て、軽く苦笑を浮かべる。
確かに余計な事だったのかもしれない。
先ほどのゴーレムの一撃ではヴィータは沈まなかっただろう。
多少の負傷は負うかもしれないが、心配するほどではない。
痣すらも残らない程度だ、相手は魔導師でも無いのだから。

「カートリッジを温存するのは大切だが、使う時には使え」

その上でシグナムは簡潔に注意した。
それは傷を負うからという理由ではない、単にゴーレム如きに時間を使うなという意味が込められていた。
ヴィータはそれを聞くまでもなく理解する。
確かに……もう時間は無いのだ。

「……わかった」
「珍しく素直だな、今日ももう遅い……そろそろ帰るぞ」
「何言ってんだ、私はまだまだ大丈夫…」
「主はやてが心配する、それにもう夕飯の時間だ」
「………」

シグナムの指摘にヴィータは沈黙する。
その言葉は、何より二人にとっては大事な事だ。
それこそ―――自らの命より確実に。

 

 

 


あとがき
次からAs本編に入ります、予定なら入ってた筈なんですけどねぇ(´・ω・`)
取りあえず旗はここに置いておきますね(ぉ
そんな感じの十一話、戦闘またほとんどないですorz
まあどうせそろそろ戦闘一色になりそうな予感はするんだけどね?
スランプではないけど忙しい最近、むー(=ω=)

 

■SS辞書■

―エリザベス・バンデラス(えりざべす・ばんでらす)―
出身:ミッドチルダ中心部クラナガン
所属:時空管理局本局 医療局
階級:なし
役職:医務官
魔法術式:ミッドチルダ式・総合C+ランク
所持資格:主任医務官
魔力光:青色
デバイス:ストレージデバイス
コールサイン:なし