目を覚まして、最初に見えたのは白い天井だった。
何とか体を起こそうと、力を込めるが……その度に針を刺したような激痛が全身を奔る。
唯一動くといえば口と視線だけのようだ。

「……病室、かな」

独特の匂いがする部屋で一人呟く。
この部屋には見覚えがあった、何度かお世話になった事もある。
何が起こったのか、詳細に思い出す事は出来ないが唯一分かっている事があった。

「負けた、んだよね」

視界が揺らぐ、何処かで聞いた音色が響いてきた。
まるで太鼓が左右に配置されてずっと鳴らしているかのような不快感。
日付の感覚が無い、あれから何日経ったんだろうか。
目線を天井から近くに置いてあるに日付が確認できる時計を見た。
……出撃したのが五日前、ならば気を失ってから三日程度だろうか。
追い詰めた筈が、何時の間にか後手に回されて無様な敗退。
それに何故か魔力を感じない、まるでリンカーコアが無くなってしまったかのように。

「局員襲撃……思ってたより事態は深刻みたいだよ」

敵の戦力を見誤った、今回の敗因はそれに尽きる。
威力偵察などと……それすらも出来なかった事にただただ無念さが募る。
―――そうして、月宮あゆは本局の病室で一人静かに軽く頬を濡らしていた。

 

魔法少女リリカノンなのは
第十話
「水瀬家」

 

「あぅ〜、雪が降ってるねぇ」
「もうすぐクリスマスだからな、ここら辺は特に降るさ」

呼びとめたタクシーで街中を走りながら真琴と祐一は物珍しそうに外を眺める。
祐一としては雪を見るのは久しぶりだった。
昔、この街に住んでいた時は見慣れてしまったが離れればやはり懐かしい。
嫌な思い出もあるがいい思い出の方が多いこの街に、祐一は帰って来たのだ。

(そういえば母さんにも連絡取らないとな)

祐一の母親は今外国に住んでいる。
母親は管理局員であり魔力を持たない監視係のようなものをしている。
未だに質量兵器が存在する世界を警戒して管理局員は地球にも数十名は配置されているのだ。
別に管理局員でも無いが民間協力者としても手伝っている者もいる。
……それが水瀬秋子という女性であり、祐一がお世話になる家の家主だ。
この世界で魔力を持った人間は少ない。
祐一もこの世界の生まれだが、魔力を持ったのは稀有の才能といえるだろう。
……っと、そんな考えに耽っていた祐一は袖を引っ張る真琴に気づいた。

「祐一、秋子さんの家に行ったらもう一回勝負してよ」
「却下……俺は戦うの嫌いなんだよ、理由も無く労働して何の得がある」
「いいでしょ〜、B+の祐一に負けたとあっては真琴の信頼に関わるのよ〜」
「どんな信頼だ、それは」

祐一は呆れながらも腕の裾を引っ張りながら抗議する真琴に軽い笑みを浮かべる。
向上心を持つ事はいい事だ。
真琴と久しぶりに戦ったがそれだけの価値はあった。
改めて真琴の弱点や長所が浮かび上がり祐一は今度のスケジュールを頭の中で思い描く。
真琴は祐一にとってデバイス並みの援護要員になれる可能性を持つ使い魔だ。
有ると無いのでは大きな差があり、変わりが無い相棒とも言える。
だから技能の上昇は即戦力アップに繋がる為、祐一にとっても嬉しい事なのだ。

「じゃあ代わりに今後役立ついい方法を教えてやる」
「本当!?」

祐一の言葉を聞いて真琴は身を乗り出す。
そんな真琴を片手で制しながら得意そうな顔で祐一は続ける。

「おう、確認しておくが真琴はクロスレンジ魔導師だ」
「そんな事知ってるわよ」
「まあ聞けって、フロントアタッカーの特徴は?」

真琴は少し悩んだように顔を伏せて自信が無さそうに答える。

「……一撃の突破力と自己生還能力がずば抜けて高い事?」
「そうだな、お前の場合一撃突破力はもう十分ある……だけど自己生還能力がまだまだ足りない」

自己生還能力、単身で突っ込んでいく魔導師が必要となる自己防衛技術の事だ。
フロントアタッカーは敵を倒して終わりではない、倒した後すぐに他の場所へ向かえるように出来るだけ傷を負ってはいけない。
前衛として必要なのは攻撃力である事は当たり前、だがそれ以上に防御力と移動力を兼ね備えなければ一流のフロントアタッカーとは言えない。
現在真琴の習得している魔法は攻撃面に偏っている。
今まではそれでいいが、今回のようにそれをフォローする祐一が居ない場合は危険だ。
真琴としても何時も失敗した時はオールレンジアタッカーの祐一が援護してくれるので気にせず突っ込んで行けたのだ。
しかしそれでは隙が多く当たれば大きいが外れればそれだけのリスクを負う。
祐一としてもそんな綱渡りの戦術をそう何度も続けて行いたくはなかった。

「あぅ……防御術式苦手なのよぉ」
「そこは訓練だ、そこでお前に教えるのは俺でさえ習得を諦めた難易度の高い防御魔法だ」
「そんなの真琴に覚えられるの?」
「さあな、でもこれが使えるようになれば……五回に一回は俺に勝てるようになるかもしれないな」

祐一は淡々と事実だけを告げた。

 

 

 


極東地区日本、華之市。
雪がシンシンと降るその街は雪化粧に覆われていた。
そんな場所にある一軒家、表札には水瀬と彫りこまれている。
水瀬の家は祐一が数年間お世話になったもう一つの故郷とも言うべき処である。

「名雪、お皿お願いね」

台所からそんな声がする。
それを聞いて青髪の少女はふにゃっと笑いソファーから起き上がった。

「はーい」

何処か眠そうな声で答える少女、水瀬名雪は長い髪を揺らして台所へと向かった。
先ほどからいい匂いがリビングにまで届いている、名雪は期待しながら進む。
今日は久しぶりの"家族"が帰ってくる日だ。
遠くに就職してしまい会えるのは年に数度、どうも忙しい仕事らしい。
管理局の武装局員というらしいが名雪にはよくわからなかった。
だがそんな事は名雪は気にしない、無事で元気に仕事をしている……それだけで満足だった。

「わっ、凄い御馳走だよ〜」
「久しぶりに祐一さんと真琴が帰ってくるからね」
「お母さん凄いよ〜」

台所には作ったばかりの料理が所狭しと並んでいた。
唐揚げに卵焼きから始まり肉じゃがや魚の煮物、御みそ汁やサラダもあるようだ。
何処となく普通の家庭料理が多いのは久しぶりに帰ってくる二人の為だろう。
しかしその量が普段より多い、四人分というより六人分程度を想定したような数だ。

「さっき祐一さんから連絡があって、ケーキは買ってきてくれるそうよ」
「本当? 苺あるかな?」
「さあ、期待して待ってましょう」

優しく名雪の母親である水瀬秋子は笑った。
久しぶりに帰ってくるあの二人はこの料理の量を見てどんな反応をするのだろう。
そんな悪戯心も入っているのだろうか、名雪は母親の顔を楽しそうに眺めた。

「そう言えば名雪、体の方はもういいの?」
「え、うん……もう眩暈もしないよ」
「そう……気をつけなきゃ駄目よ?」

大丈夫、そう言って名雪は笑顔を浮かべる。
二人が言っているのは数日前の出来事。
大学の講義で出た宿題を解いていた名雪はシャーペンの芯を切らしていた事に気づきコンビニに向かった。
しかしその途中、名雪は正体不明の女性に襲われる。
暗闇で良くは見えなかったが、まるで鎧のような服を着込んで西洋風の片刃の剣を持っていた。
そしてその女性は名雪を捕まえ気絶させた。
その後目を覚ました名雪は病院のベットで寝かされていた。
外傷は特になし、だが身体の方は軽くふらつく為に数日間病人として過ごす。
名雪の話を聞く限り相手の女性が狙ったのは名雪が持っているリンカーコアのようだ。
病院の看護師に話を聞くと名雪を連れて来たのは黒髪の青年だったらしい。
名前と住所を告げるとそのまま立ち去ったと聞いた。
後日秋子がその真相を聞きに行くと、興味深い話を聞く。
曰く名雪を襲った者は「管理局員」という存在と敵対しているようだ……っと。
名雪を助けた際何が起こったのかは詳しくは話してくれなかったが、それだけ聞けば十分だ。
すぐさま管理局に掛け合い医者を派遣してもらった、病状は魔力の枯渇による体調不良。
暫く休めば治るらしい、一先ず安心して自宅療養に切り替える事となった。

「さてっと、そろそろ祐一さんも来る頃かしら?」
「わっ、それなら着替えてこなきゃ」
「あらあら」

名雪はお皿を戸棚から出し秋子に渡すとパタパタと駆けて行った。
どうやら未だパジャマ姿だった事に気がついたらしい。
元気そうに駆けていく名雪を見て、秋子はひっそりと安心のため息をついたのだった。

 

 

 


その頃、シグナムは管理外世界にて治療を受けていた。
治療しているのは金髪の女性で青磁色の魔力光に包まれている。
シグナムの体は一見すると外傷は見当たらないが、しかし確実に傷を負っている。
先の戦いで負傷した分だ、そう……あの砲撃魔導師である月宮あゆと。

「すまないな、シャマル……こんな所まで呼び出して」
「構わないわよ、はやてちゃんに見せるわけにもいかないしね」

シャマルと呼ばれた女性は優しく笑った。
それを見てシグナムも無愛想ながらも笑みを浮かべる。

「そうだな、我が主に心配をかけるわけにもいかない」
「それにしても大丈夫? 蒐集を続けられそう?」
「あぁ、シャマルのおかげでな……礼を言う」
「水臭いわよ、私達はベルカの騎士―――仲間じゃない」

シャマルは軽く叱るようにシグナムに諭す。

「だけどシグナムがここまでの残る怪我を負うなんて」
「相手が強かった、流石は管理局員だ」
「でもそのお陰で大分蒐集は出来たみたいね」

何も無い空間からシャマルは一冊の本を取り出す。
中には色々な文字で書かれた様々な魔術の原理が詳細に記されている。
これまで蒐集してきた魔導師達から得た情報だ。
その中の一ページ、大きく描かれたページで手を止めシャマルはシグナムに確認する。

「シグナムがやられてのはこの魔法?」
「……あぁ、それだ」

シャマルが指した先には一つの魔法が載っている。
広域攻撃魔法、キューレバースト。
ランクS程度の高等魔法で一定空間内に居る目標全てを行動不能にさせる威力を持つ広域魔法。
温度変化魔法である為にフィールド防御をある程度使えるものでなければ氷結させられてしまう。
ある意味無差別に引き起こす魔法なのだが、敵が多人数の状況で戦う際などにはその効果を発揮する。
広域魔法は全体的に発動が遅く消費魔力が多い為に多用出来るものではない。

「私に当たるかどうかは賭けのようなものだった筈だ」

それでも当てて来たのは流石というべきか、月宮あゆは一瞬ではあるが確かにシグナムを超えたのだ。
そう……もし相手がシグナム一人だけだったら、今頃床に伏しているのは逆だったかもしれない。

「ヴィータとザフィーラが間に合ってくれて助かった……というべきだな」
「もしもの為にザフィーラが援護に向かってくれてよかったわね」
「あぁ、正直攻め手に欠いていたからな」

シグナムはシャマルに軽く礼を言うとその場から立ち上がった。
そして地面に突き刺していたデバイスを引き抜くと空を見上げた。
そんなシグナムをシャマルは座りながら不安そうに見つめる。

「もう行くの?」
「時間がない、私達には……もう時間がないのだ」

 

 

 


「あっ、祐一……あれ!」
「ん、あ〜……ものみの丘か」

タクシーから見える風景もようやく見知ったものになってきた時、真琴の声で祐一も気づいた。
ものみの丘、祐一が真琴と初めて会った場所であり思い出の丘だ。
しかしそれを見上げる祐一の表情は少し優れない。
嬉しそうな真琴の声を聞いて少しばかり目を瞑った。
……真琴はあの丘に行った事は無い。
だが記憶だけはある、あそこに居たという記憶だけは。

「行きたいのか?」
「あぅ〜、また今度でいい」

真琴の返事に祐一は安堵のため息をつきそうになって慌てて咳をする。
しかしそれを気にした様子もなく真琴はタクシーの窓から雪が降る丘を眺めていた。
真琴は祐一の使い魔だ。
魔導師である祐一が作成した、使役する魔法生命体。
だが今祐一の隣に居る真琴は、言ってしまえば本当の真琴ではない。
肉体の命そのものは真琴のものなのだが人格も元の真琴とは別個の存在である。
真琴が語っている記憶は昔の真琴の記憶であり、今の真琴のものではない。
祐一自身はそれほど気にしてはいないのだが……真琴の悲しむ顔は見たくない。
恐らく真琴は心の中では気付いている、使い魔としての自分とものみの丘に居た自分の違いに。
真琴が生まれたのはミットチルダの首都クラナガン。
そこで祐一は真琴と使い魔としての契約を交わし誕生させたのだ。
……もう、助からないであろう狐を助ける為に。

「あぅ?」

窓の外を見つめていた真琴が不思議そうな声を出す。
何時の間にか真琴の頭に祐一の手が乗っかっていた。

「どうしたの、祐一?」
「何でもない、ただこうしたかっただけだ」

文句あるか、っと何故か偉そうに胸を張る。
しかし何時ものように真琴は喰ってかかる事はせず黙って目を瞑る。
タクシーはそんな二人を乗せて雪の上を進む。
雪は振り続ける、だけど何時か止むだろう。
だがその雪が止むまで……もう少し待たなくてはいけないようだった。

 

 

 


あとがき
ほのぼの〜、戦闘は無いですよ?
それにしてもあゆは何時の間に負けたんだか(ぇ
まあ多分陰で頑張っていたんでしょう、うん。
真琴、成長中。
祐一君自体は既に成長段階を過ぎている感がありますがこっちは伸びそうです。
しかし思うんだけど祐一君って結構教官に向いてるんじゃないだろうか?
だけどエースオブエースというよりはストライカーみたいな感じですね。
使い魔の設定としては最初の方で辞書に書いたとおりです。
Kanon本編の真琴とはある意味別個の存在。
でも真琴は真琴です、その事だけは確信を持って言える筈。

 

■SS辞書■

―水瀬名雪(みなせなゆき)―
出身:第97管理外世界「地球」極東地区日本・華之市
所属:なし
階級:なし
役職:なし
魔法術式:なし(魔力のみ、Bランク相当)
所持資格:医療事務
魔力光:なし
デバイス:なし
コールサイン:なし

―キューレバースト(Kuhle burst)―
広域攻撃魔法の一種、術者の辺り一帯を覆い尽くすような広範囲魔法。
その範囲内に居る全てのものを凍結させるという高等魔法。
ランクSクラスの魔法であり、月宮あゆの切り札の一つ。
発動速度や消費魔力が多いために使いどころを間違えると自滅しかねない。
AAランクのあゆが使えるのは魔力変換資質が関係しているらしい。
あのシグナムすら墜ちかけるほど強力な魔法のようだ。
使用者:月宮あゆ