実戦紛いの模擬戦から数日後。
フェイト・テスタロッサやアースラのクルーに別れを告げた祐一達は地球に降り立っていた。
祐一の両手には水瀬家へのお土産が。
真琴の両手にはアースラからの祐一達に対してのプレゼントが持たされていた。
地球へ転送されてから数時間後、祐一達の姿は水瀬家がある華之市ではなく違う場所にあった。
海鳴市商店街にある喫茶「翠屋」、ケーキや軽いお菓子などが人気のお店である。
華之市からは少し遠い場所にある海鳴市に何故祐一達が居るのか。
それは真琴の単純な子供っぽい我儘に他ならない。

『祐一、秋子さん達に真琴も何か持っていきたい』

急に真琴はアースラの艦内でそんな事を言い出した。
突然の発言に驚く祐一だったが、すぐに理由は思いあたった。
恐らくはアースラ艦内でフェイトに聞かせた世間話から考え付いたのだろう。
祐一がしていた世間話は武装隊の任務の事や自前の戦術論。
そして熱心に耳を傾けるフェイトに対し饒舌になった祐一はあまり関係のないミッドチルダや本局の事も話したのだ。
内容は重要な事ではなく、店舗の情報や今若者の間で流行っている娯楽についてだ。
ただ運が悪かったのはそれを真横で聞いていた真琴の存在だった。
祐一の話を聞くフェイトが、もし今度本局に行った時に友達である高町なのはに何かお土産をあげたいと申し出たのだ。
フェイトは重要参考人である為に直接なのはに会う事は難しい。
それ故に何か形になるものでなのはとの交流に花を添えたい、そう思ったのだろう。
祐一としてはそんな何気ないフェイトの願いに軽く感動して、本局の土産物を片っ端から挙げた。
祐一自身あまりそういう店に詳しくなかったのだが、少ない知識を動員してフェイトを感心させるほどに詳細な情報を話す。
……それを聞いていた真琴がどう思ったのか知らないまま。

『秋子さん達へのお土産なら沢山買ったぞ?』

そう言いながら持ち込んだお土産を真琴に見せる祐一。
ジャムに軽いお菓子、そして名雪用の苺の饅頭に苺のタルト。
どれもそれほど長持ちするものではないのでこれ以上の食べ物系は出来れば遠慮したい。
祐一と真琴も処理する勘定に入れているだが、祐一は甘いものがそれほど得意ではなかった。
嫌いではないのだが多く食べる趣向はない。
逆に形の残る土産物は管理外世界である地球では危険が付き纏う。
明らかに地球で作られた物では無いものが多いからだ。
祐一が持つ土産物も数点以外はミッドチルダ以外で買ったものだ。
何かと制約が多いのは安心と信頼の証だろう。
しかしそれを理解していない真琴は実にお子様的な発言をする。

『真琴が、秋子さん達に、お土産を、買いたいの!』

何故か意固地になる真琴。
そしてその土産代は誰の財布から捻出されるものなのか問いただしたい気もする祐一。
もう一度確認すると沢渡真琴は相沢祐一の固有戦力である。
正直言って管理局から満足な給料など出ている筈もない。
しかも真琴は基本的に自由奔放な性格をしており、金を渡せばすぐ使い切ってしまう。
自由の使い魔の弊害とも言えるかもしれない。

『……あー、わかったわかった』

ここまで意固地になる真琴に何を言っても無駄だ。
短くない付き合いがそう悟らせる。
だから祐一は仕方なく自分の財布を口を緩める事にした。

『で、お前は何が買いたいんだ?』
『フェイトが教えてくれたケーキ!』
『……あぁ、喫茶店か』

フェイトが祐一の話のお返しにと教えてくれた喫茶店。
どうやら民間協力者である高町なのはの家族が経営している店らしい。
直接行った事は無いらしいがビデオレターなどで存在は知っているそうだ。
フェイト曰く「なのはの家のケーキは絶対美味しい……筈!」らしい。
友達を信じるのは祐一として大いに感心すべき処ではあるが、正直最後の言葉を聞いて逆に不安になった事は内緒だ。
そんなこんなで真琴としても地球についてからの土産物屋に候補があるわけでもなく、土産は翠屋に決定した。

「ほら、買ってこい」

祐一は翠屋の前に立ち尽くす真琴を促しながら財布を渡す。
そんな祐一を何故か驚いたように見つめ返す真琴。
……どうやら真琴の中では祐一が一緒に付いてくるものだと思っていたらしい。
だが祐一としてはそろそろ真琴の人見知りを解消させたい。
ここら辺は親心と子供心のぶつかり合いである。

「……あぅ、祐一〜」
「そんな情けない声を出しても駄目だ、お前があげるお土産だろう」
「あぅ〜」

真琴は弱弱しく頷くと祐一の財布を受け取り、ゆっくりと翠屋へと入っていった。
スパルタ上等な気分で送り出す祐一だが少し心配になって店内を覗こうとしている辺り、ただの馬鹿親である。

『My master(我が主)』

真琴が店内に入ってから数秒、リューナの声が祐一の右腕から響いた。
祐一は慌てて周囲を確認したが辺りには誰も居ないようだ。
そして確認後祐一は軽く指輪を叩いて注意する。

「迂闊に声を出すな、ここは地球だぞ」
『……It had entirely slipped my mind(その事をすっかり忘れてました)』
「修理に出すぞこの馬鹿デバイス、んで……どうした?」
『She holds the purse strings(彼女が財布のひもを握っている)』
「……は?」
『Is it good?(それは良い事ですか?)』
「―――なぬ?」

祐一はいきなりのリューナの問いかけに一瞬動揺する。
何をわけのわからない事を言っているんだろうか、このデバイスは。
そんな気持ちで一杯になりながらも……何処かで警告音が鳴った。
何かを見落としているような気がする。
そういえばさっき真琴の事を軽く考察した気がする。
だからこそ祐一は真琴の人見知りを無くそうと一人で買い物に行かせたのだ。
財布を渡して。
何故なら真琴はお金をあまり持っていない。
それも先ほど思考した通り、真琴は祐一の使い魔でありそれほど給料は貰っていないからだ。
更に言えば真琴は自由奔放な性格をしており……金を渡せばすぐ使い切ってしまう。

「……オーケー不良デバイス、こういうケーキ屋で返品って出来ると思うか?」
『……Hurry up(急いでください)』

リューナが警告する先、ガラス張りから見渡せる店内で真琴は巨大なケーキを受けとろうとしていた。

 

魔法少女リリカノンなのは
第九話
「日常風景」

 

「あぅ〜、祐一のけちんぼ〜」
「うるさい、ホール単位ならまだしも何故あんな飾りのようなケーキに手を出すか」
「だって一番大きいのがあれだったんだもん」
「もう少しで財布が寂しくなる処だったろうが!」

祐一達はその後何とか普通のケーキに変えて貰いそそくさと店を出た。
店員も分かっていたような苦笑を浮かべると名残惜しそうな真琴に手を振ってくれた。
ちなみに真琴が買おうとしていたのはウエディングケーキより少しは小さい巨大なケーキだった。
砂糖か何かで作られているサンタクロースが印象的な、店の飾りみたいなケーキだ。
勿論購入は可能だが、普通あまり即決で買う客は居ないだろう。
何せ生モノだ、買うことは簡単だが処理するのは大変だ。
真琴はどうせ大きいという理由だけで買ったのだろう、後は派手だから。
その後に待ち受ける巨大なスポンジと生クリーム地獄を考えていなかった。

「頼むから少しは学んでくれ、やたらと金を使うな……人間節約が大事だ」
「真琴は使い魔で狐だもん!」
「揚げ足を取るな、まこぴー」
「まこぴー言うなー!!」

変な愛称で呼ばれた真琴は祐一に殴りかかる。
だがその動きはお土産によって著しく減退している。
スピードは模擬戦で戦った時の一割も出ていない。
真琴の運動神経は魔力に頼ったモノで、地球ではその運用を禁止しているために速度が出ないのだ。
ちなみに予め真琴からはケーキや食べ物類の崩れやすいものは祐一が取り上げていた。
真琴に持たせていたら危険だと判断したのだろう。
案の定真琴はお土産袋を気にせずに拳を振るう。
だが祐一はそんな真琴の攻撃を重心をずらしただけで回避した。
元々真琴の格闘技術の大半が祐一の教えである。
祐一自身は武器を使った戦い方の方が得意なのだが、オールレンジアタッカーとして素手での格闘戦も想定している。
戦術の中にはデバイスの放棄後の作戦もある。
故に祐一はミッドチルダに伝わる戦闘方法は大抵試していた。
どれも極めるまでにはほど遠いが、基礎程度なら習得している。
そんな祐一に対し、真琴は恨みの篭もった目線を向ける。
先の模擬戦でもそうだが、昔から真琴は祐一に勝てたことが無い。
ミドルレンジ、ロングレンジ、アウトレンジは仕方ない。
祐一が真琴に教えているのはフロントアタッカーとしての技術のみだ。
クロスレンジ魔導師の適正がずば抜けて高い真琴だが、他の適正は祐一の目から見ても絶望的だった。
あゆのように適正が低いだけならまだ何とかなったが、まるで駄目なものは流石に祐一も諦めさせる。
だがそんなクロスレンジ魔導師の真琴が、オールレンジアタッカーの祐一に一勝もした事が無いのだ。

「あぅ〜、何で勝てないのよぉ〜」
「ドッグファイトでも色々とあるもんさ、お前は得意な部分を活かせてないだけだ」
「真琴は犬じゃないわよ!」

何処かズレた事を言いながら頬を膨らませる真琴。
だが祐一の言ったことは的を得ている。
何せ相沢祐一本人が真琴を一流の使い魔として仕上げようとしているのだ。
弱点も知っているし、逆にどうしても勝てない部分も知っている。
真琴は確かに力で押すタイプだ、だけどそれはフロントアタッカーとしての技術では単に一つの項目でしかない。
祐一が考える真琴の戦闘タイプは一撃離脱、ヒット&ウェイを理想としている。
元々単独での生存能力が高い真琴は単機で敵陣に突っ込みその後即座に撤退か援護に回る事を想定している。
実際突破能力、移動速度は既に合格点に達していた。
だが冷静な思考をよく無くす真琴にとって頭を使う戦術は苦手だった。
瞬時に判断することが苦手でいちいちその場その場で考えてしまう。
戦術とは戦う前に立てておくモノで、直前に考え出すモノではない。
臨機応変さは重要だが、臨機応変すぎるのも良くない。
祐一は軽く苦笑すると困ったように肩を竦める。

「まあお前が俺に戦術で勝とうとすれば十回に一回ぐらいは勝てるんじゃないか?」
「難しいことはよくわかんないわよぉ、どうやったら勝てるか祐一が教えればいいの!」
「無茶苦茶言うな、お前も」

だが実際に、真琴の言ったことは正しい。
真琴の性格や癖を知り尽くしている祐一ならば真琴を操縦するに相応しい。
第一真琴と祐一が組んだら、あゆでさえ簡単に墜とされてしまう可能性があるのだ。
幾らあゆがAAランクでも、祐一達がチームで戦えば……恐らくあゆがAAAランクだったとしても攻略は難しいだろう。
数の差は当たり前だが、チームとして年季が違う。
主従の関係は元より普段部隊を指揮している祐一は、単独行動を取ることも多々ある。
それは戦術としての一手であり、状況によっては重要な場面でもある事が想定される。
だからこそ祐一は真琴との訓練に手を抜いてはいない。
隊長が軟弱では隊員は付いてこない。
寧ろ隊員を安心させる程度の強さは見せなくてはいけない、それが例えブラフでも。

「よし、タクシーでも捕まえてさっさと帰るぞ」

祐一は気持ちを切り替えるようにそう言うと軽く真琴を頭を撫でた。
誤魔化されたようで納得いかなかったが、真琴は結局いつもより優しい祐一の手に沈黙するしかなかった。

 

 

 


「それじゃあレイジングハート、今日の訓練ね」
『Yes, master(はい、主)』

祐一達が翠屋で買い物を済ませた頃、高町なのはは森林公園に来ていた。
今日の練習内容は派手なものではない。
誘導性の向上と持続性の向上、集中力の訓練である。
なのははレイジングハートを首から下げて、しかし発動はしない。
最近訓練しているデバイスを使わず魔法を撃つ訓練の一環だった。
魔導師としてデバイスが無ければ何も出来ないという事態は避けたい。
それ故の訓練だ、なのはは深呼吸をする。
なのは達の前にあるのは中身の入っていない空き缶が三つ。
少し離れた場所に置いてあり、単発の射撃魔法では一度に当てる事は出来ない。

「……いくね」

そう宣言するとなのはは軽く眼を閉じる。
右手を前に出し、魔力を集中させた。
すると手のひらから桜色の魔力球が一つだけ浮かび上がる。
ディバインシューター、なのはの得意な誘導操作可能である射撃魔法だ。
魔力の球は手のひらをまるで泳ぐように一周した後、そのまま空き缶へと向かって行く。
なのはは眼を瞑りながらそれを器用に操り、木々をすり抜け空き缶の元へと送り出す。

「まず、一つ目!」

なのはの言葉と同時に魔力の球は一番左にあった空き缶に当たった。
小気味いい音がして空き缶は宙を舞う。
だがその間にも魔力の球は次の標的目指し突き進んでいた。
次の目標は少し遠い場所にある切り株の陰に隠したものだ。
より一層の操作性を試される場所だが、なのはは集中して辺りの地形を把握する。
これにはエリアサーチの訓練も兼ねているのである意味一石二鳥の訓練である。
なのはの得意なポジションは砲台、センターガードと呼ばれる場所だ。
的確に状況判断して魔法を制御しその場に合った弾丸で敵を撃つ。
故にこの程度の技術は必須技能であり、なのはは訓練を繰り返し行っていた。

「二つ……目!!」
『Keep it up(その調子です)』

二個目の空き缶を宙に浮かばせて魔力の球は最後の空き缶へと向かう。
最後は空き缶の上に少し大きめな石が乗っかっている。
宙に浮かせるためにはそれ相応の威力と手加減が必要となる。
……この訓練では威力調整も行うため空き缶の全壊は許可されていない。
なのはは油断の許さない難関に脂汗をかく。
高町なのはは優秀な魔導師だ。
瞬間最大出力は恐らくミッドチルダの中でもかなり高い方だろう。
それだけの素質があるが、技術面ではそれほど成熟していない。
当たり前だ、まだ魔法を覚えてから数年と経っていないのだから。
寧ろ独学でここまでの技術を身につけたのは凄いことなのかもしれない。
まあ独学とはいえ、ある意味で優秀な先生にも従事しているからそのせいなのかもしれないが。

「ラスト……えいっ!!」

なのはの声と同時に最後の空き缶が宙に舞った。
その瞬間、初めに宙に舞った空き缶が落ちる音がする。
……それを聞いてなのはは安堵したようなため息をついた。

「ふぃ〜、何とか間に合ったよ……」
『Don't mind, my master(良い状態です、我が主)』
「そうかな」

レイジングハートの言葉を聞いてなのはは頬を緩める。
今日の訓練内容は三つ、空き缶を時間内に全部当てる。
次に指定されたとおりの順番に当てる。
最後に空き缶の凹みを最小限抑える威力調節をするというものだった。
なのはは宙に飛んだ空き缶を確かめる。
……やはり少し凹んでいる、なのはの魔法は常に非殺傷設定だがこれぐらいの威力はある。
寧ろ魔力が強すぎるせいで加減が難しい事は確かだった。

「今日は何点ぐらい?」
『About seventy points(約70点です)』
「まだまだだね、頑張らないと」

むん、っと気合いを入れながら空き缶を元の位置に戻す。
魔法使いの訓練は、まだ始まったばかりのようだった。

 

 

 


一方、その頃祐一達が去ったアースラ艦内では。
エイミィ・リミエッタとクロノ・ハラオウンがある資料データを呆然として眺めていた。
存在するのは数十行程度の局員登録名簿。
だが、そんな少ない情報の中に……信じられない項目が載っていた。

相沢祐一、入局は61年度。
配属希望部署は武装隊、魔術形式ミッドチルダ式。

何もおかしい事ははない、通常の局員の資料だった。
しかし一項目、読み飛ばせない項目があった。

 

 

 


魔導師ランクA認定、本人の希望により入隊後すぐに試験実施。
修正、魔導師ランクA+認定。

 

 

 


あとがき
ほのぼのしている筈なのに何故か微妙に殺伐としている印象を受ける今日この頃。
日常風景なのに使われてる用語は軍事ばっかり、大変ですな(何
ドドンと変なことが明らかになる祐一君、あるぇ?
まあ過去は過去、今は今ですよ(ぇ
と言いますか使い魔である真琴がランクA+だから祐一君のランクはそれ以上なければおかしいわけで(ry
不思議不思議な男の子です、彼は。
ちなみに彼らが見た資料は入隊直後のデータです。
いやそれがどうしたって感じですが念のため。

 

■SS辞書■

―沢渡真琴(さわたりまこと)―
出身:ミッドチルダ中心部クラナガン
所属:時空管理局本局 航空武装隊第1011部隊
階級:なし
役職:なし(相沢祐一の固有戦力、一応武装局員という立ち位置)
魔法術式:ミッドチルダ式・空戦A+ランク
所持資格:なし
魔力光:橙色
デバイス:なし
コールサイン:なし

―デニム・グリス(でにむ・ぐりす)―
出身:第61管理世界「スプールス」北部森林地帯・ヤーウェ村
所属:時空管理局本局 航空武装隊第1011部隊
階級:一等空士
役職:武装局員
魔法術式:近代ベルカ式・空戦B+ランク
所持資格:なし
魔力光:緑色
デバイス:アームドデバイス
コールサイン:Stern3

―クリス・セリビィア(くりす・せりびぃあ)―
出身:ミッドチルダ西部エルセア
所属:時空管理局本局 航空武装隊第1011部隊
階級:二等空士
役職:武装局員
魔法術式:ミッドチルダ式・空戦Bランク
所持資格:なし
魔力光:金色
デバイス:ストレージデバイス
コールサイン:Stern4

―モミジ・アカツキ(もみじ・あかつき)―
出身:出身:第97管理外世界「地球」極東地区日本・見上市
所属:時空管理局本局 航空武装隊第1011部隊
階級:二等空士
役職:武装局員
魔法術式:ミッドチルダ式・空戦C+ランク
所持資格:バイク免許
魔力光:山吹色
デバイス:ストレージデバイス
コールサイン:Stern5