「デニム―――後方から魔力反応!!」

焦ったように金髪の少女は前を飛ぶ同僚に呼びかける。
それを聞いてデニムと呼ばれた少年は眼を細めながら確認をする。
確かに後方に新たな魔力反応が現れた。
しかも突然である、デニムは軽く唇を噛むと予想もしなかった第三勢力を敵として認識する。
この魔力反応は一端の局員に出せるものではないほど巨大だ。
ミッドチルダでもこれほど強い魔力反応は隊長クラスだろう。
一瞬だけ、それが自分達の部隊長と思考が過ったがそれは有り得ない。
そして……こちらに対する増援とも思えない。
増援を回す余裕があったのなら、自分達は今ここには居ない筈だ。

「セリビィア二等空士、敵勢力として認識する……警戒を」
「……だけどこの魔力反応、大きい」

金髪の少女、武装隊1011部隊のセンターガードであるクリス・セリビィアは表情を曇らせながら呟く。
無表情だが眉を顰めている所を見ると、この状況を不安に感じているようだ。
あたり前だ、見知らぬ勢力が出てきた上に巨大な脅威であると思われるのだから。
デニムは内心で動揺する、デニムが知っているクリスは普段こんな表情はしない。
チームとして組んでそれほど経ってはいないが、クリスは良い意味で普段は無関心で無表情が普通の少女だった筈。
そんな仲間がこれほどまでに動揺している、それは先程まで追っていた敵の強さにも関係しているだろう。
今回の任務、所属不明の魔導師を逮捕する為の戦闘は……それほど心労を削って行っていたものだったと再認識する。
そして……デニムはふっと考える。
もしここに、部隊長が居たら決してクリスはこんな顔をしなかっただろうと。
それを考えると誇らしいような悔しいような複雑な気持ちになるが、今はそんな事を考えている暇はない。

「デニム君、このままじゃ挟撃されてまうよ……散開させたほうがいいんとちゃうか?」

クリスの隣、デニムより少し後方で並んで飛んでいた黒髪で長髪の少女はそう提案する。
戦闘に置いて挟撃される事は出来るだけ避けなくてはいけない。
戦術論に置いて初歩の初歩である事実を伝える。
だがそれに対しデニムは軽く首を振る。

「アカツキ二等空士、それは出来ない」
「でもこれだけの戦力差だとどちらにしてもやられてまうよ?」
「わかってる、だけどそれは許可できない」

確かに散開すれば少数は撃墜を回避できるかもしれない。
しかし今散開をしてしまえば待っているのは敗北ののみだ。
その結果でも、普段の任務ならまだ許容出来ただろう。
しかし……今この状況で散開して戦力を分散させる事は出来ない。

「もし僕達が散開して逃げ切れたとしよう、でもそれで……残った副隊長はどうすればいい?」
「……そか、そうやね」

デニムの言葉を聞き1011部隊のフルバック、モミジ・アカツキは納得したように頷いた。
この状況、僅かではあるがまだ均衡を保っている現時点で戦場を放棄すれば……残っているのは掃討のみだ。
一人で持ち堪えている月宮あゆの事を思えば、ここで退けるわけが無かった。

「取りあえずこのまま直進、叩ける相手かどうか確認して一撃離脱を試みる」

フロントアタッカーのデニムはそう言うと前衛ポジションを位置取りデバイスを構える。
まるで斧の形を取る独特なデバイスはミッドでは珍しい魔法体系を組み込んでいる。
言ってしまえば実験作とでもいうべきものだが……それ故に今まで相手の意表を突く事には成功している。
だから不安は無かった、やる事は何時も一つなのだから。

「全速全開、叩けるものは叩く……そして叩けないものは"叩ける者"が叩く」

接敵する直前、デニムはまるで詠唱のように呟いた。

 

魔法少女リリカノンなのは
第八話
「挟撃」

 

シグナムはその場から、容易に動けないでいた。
砲撃は確実にこちらを射程に捉えている、下手に動けばどうなるかはわからない。
動かなければ、何も始まらないというのに……動けない。
出来る事といえば次の砲撃の直後に相手に接近するしかない。
無傷では済まないかもしれない、だがそれ以外に方法は無かった。

(……見極めろ)

デバイスを正眼に構えて心を冷却させる。
必要なのは感じる力、黙視できぬ距離からの攻撃ならば尚更だ。
シグナムの魔法体系では砲撃には向かない。
戦術としては目標まで近づいて斬る、それに限る。
どのように戦術を巡らせても、結局はそこに行きつくのだ。
そして、そんな立脚点を持つ者は得てして自分のするべき事を迷いなく実行できる。
それは一つの強さであり、また重要な心である。
次の瞬間、シグナムは迫ってきた砲撃を背後から感じ取った。
振り向く……そこには巨大な魔力の塊が迫っていた。
集束砲、範囲が広い砲撃魔法がシグナムに迫る。
このまま避ければ、今度は完全に回避できる。
不意を突かれた一撃でなければシグナムとて簡単には当たらないだろう。
だが、シグナムは敢えてその考えを捨てる。
今此処で重要なのは何か、それを知っているが故に迷わない。

「ここで退くのは騎士ではない、そう思わないか……レヴァンティン」
『Wählen sie aktion(行動の選択を)』
「迷う事はない、私はただ前へと進むだけだ」
『Jawohl!(了解!)』

レヴァンティンは叫ぶようにシグナムの意を組むと全身防御を覆う防御魔法の展開をやめる。
そして一点だけにその防御魔法を集中させた。
それはシグナムが剣を持つ手とは逆の手、そこに持つ鞘。
鞘がまるで光を帯びていくようにシグナムの魔力光に包まれる。
シグナムはその鞘を剣の代わりに前へと突き出すと、そのまま前進しだした。
この砲撃の先、そこにいるのはどんな魔導師か。
確認するにはもうこれしか手は無い……相手はそれほど優秀な魔導師だ。

(今度は逃がさん)

そして……青白い閃光を真正面から突き進みだした。
衝撃が鞘に伝わり受けきれない分の砲撃がシグナムの体にぶち当たる。
まるで大海を相手にしたような圧力が体中を襲う、だがシグナムは飛行を続ける。
これを避けては相手に気づかれる、敢えて的中させたと油断させて砲撃を長く続けさせる。
それがシグナムの狙いであり、見出した勝機でもあった。
シグナムがまさか負傷を承知でここまでの攻撃に打って出るなどとは相手も考えはしまい。
接敵してまだ二撃目の攻撃なのだ、アドバンゲージの崩壊もここまで素早いと対応が遅れる。
だからこそシグナムは勝利を確信する。
この敵は明らかにロングレンジタイプ、ならば嫌がるクロスレンジに持ち込めば負けはしない。

(迷うな、突き進め)

バリアジャケットが段々と破れていく。
鞘を持つ手のバリアジャケットは既に肩まで露出していた。
だが止まらない、止まれない。
そして―――集束砲の中無理矢理突き進んだ先に……小さくではあるが人影が映る。
その瞬間、シグナムは集束砲の中から飛び出し一気に距離を詰めた。
それに気づき相手は砲撃を止めて撤退しようとする。
だが……もう遅い。

「―――見つけたぞ」

もう逃がさない、シグナムは軽く笑いながらデバイスを構えた。

 

 

 


その姿を、月宮あゆは驚愕の表情で見つめていた。
撃った砲撃の中を突き進み接敵してくる的に何を思えばいいのか。
戦術としては無茶苦茶で、でも信念だけは感じ取る事が出来る。
相手を打倒する事、ただそれだけを考えている。
それに比べて、あゆは自分の信念の軽さを思い知らされた。
覚悟が足りない、気を付けていた筈なのに……相手が上手だった。
そう言えばそうだ、この無茶苦茶な戦法は誰かに似ている。

(祐一君、ボクは祐一君みたいにはなれないみたい)

部隊長、相沢祐一。
航空武装隊を月宮あゆより長く務めている優秀な魔導師だ。
今でこそランクの上ではあゆの方が上だが、それを補って尚隊長と呼ぶに相応しい者。
それが1011部隊の分隊長、相沢祐一だった。
恐らく、こんな時でも祐一ならば苦笑しながらどうにかしてしまうのかもしれない。
現実はそんなに甘くはないが、祐一にはそう思わせるだけのものがある。
隊長としての気質としては、ある意味最高レベルなのかもしれない。
でも……あゆはデバイスを構えてシグナムを迎え撃つ。

(ボクだって副隊長だもん、負けられないよ)

このような部隊で、隊長格が負けるというのは絶対に避けたい。
指揮官と隊長を兼任しているようなもので司令塔が簡単に墜ちるわけにはいかないのだ。
残る三人は無茶な事はしないと思うが、万が一を常に考えておくのが指揮を取る者の考え方だ。
ここで墜ちれば戦線が瓦解する可能性は大いにあった。

「―――はぁ!!」

一閃、シグナムの剣があゆへと降り注ぐ。
あゆはその一撃を何とかデバイスで受けきると、顔を顰めながらも均衡を保つ。
クロスレンジは苦手だが、適性が低い分野でもあゆは訓練している。
普通の魔導師は適性が極端に低いものは切り捨てて自分の得意分野を伸ばそうとするがあゆは違う。
相沢祐一がオールレンジアタッカーとして、あゆに教えた事は苦手分野を敢えて鍛えるというものだった。
勝てなくてもいい、ただ一瞬の均衡を作り出せる状況を作り出せ。
打開の可能性を掴み取るにはその一瞬一瞬の間と閃きが大事なのだから。
そう言われて苦手ながらも鍛えた成果が、この一瞬の均衡だった。

「……中々やるな」
「う……ぐぅ、負けないもん!」
「だがそんな腕では、ベルカの騎士を相手にするには……足りぬ!!」

シグナムはそう言い放つと、剣を持つ手とは逆の手に持つ鞘を振りかぶった。
あゆはそれに対応できない、今の一撃だけでも防ぐのが精いっぱいなのだ。
他の事に感けていたらこの均衡すら終わってしまう。
だからあゆは鞘が迫ってくることを確認しながらも、対策を考え付く前にその一撃を体に受ける。
振り下ろされた鞘はバリアジャケットの上から鈍い打撃音を響かせる。

「…………!?」

凄まじい衝撃があゆの肩に広がる。
痺れるような痛みが全身に流れ思わず涙が零れる。
でもあゆは、デバイスを離さずその衝撃に乗って僅かに後退する。
シグナムはそれを見つめながらも、それ以上の追撃はしない。
どうやら相手もそれ相応のダメージが残っているらしい。
あゆはそれを確認しながら痛む肩を確かめる。
どうやら折れてはいないようだが、鋭い痛みが断続的に続いている。
これでは戦闘行動に支障が出る、砲撃は体を酷使して放つものだから尚更だ。

「やるな、一撃で墜ちなかったのは驚きだ」
「……ボクだって驚いてるよ、砲撃を自ら受けてそれでも進んでくる人なんて初めてだよ」
「あの程度の無茶ならば初めてではないからな」

シグナムは無表情でそう言いながらデバイスを構えた。
こうして見るとシグナムは全身がボロボロになっている。
その体であれほど重たい一撃を放って来た事は驚きだが、まだ勝負はついていない。
あゆは油断なくデバイスを構える。

(クロスレンジは駄目、せめてミドルレンジに持ち込まないと)

ミドルレンジすら危険なようだがここまで近づかれれば簡単にはロングレンジには戻れないだろう。
何とか相手の隙を見て、足止め出来ればいいのだが。

(バインド……当てられるかな?)

あゆの額から汗が滲み出る、未だに肩からは激痛の信号が送られてくるが無視をする。
今ここで間違えた行動を取ればすぐに墜ちる、だがロングレンジまで距離を離せば勝ち目はある。
それがあゆの結論だ、シグナムの状態を確認して得た状況だ。
もう相手は同じような無茶は出来ない、捨て身の一撃だったのは見て分かる。
シグナムとしては一撃で仕留めるつもりだったのだろう、拮抗させた事によるあゆのアドバンゲージとなった。

(やっぱり祐一君は戦略家だよ)

今は居ない隊長に感謝して、あゆは軽く苦笑した。

 

 

 


場所は変わって第17管理世界、砂漠地帯。
天野美汐執務官とカチューシャ・クーセヴィツキー執務官補佐は荒れる砂漠に立ち、辺りを見回す。
局員と犯罪者がそこら中に倒れており、戦場の生々しさを物語っていた。
各地で煙が上がり、遅れて到着した局員達が事態の収拾に当たっている。
そんな中、二人は怪訝な顔をしながら話し合う。

「やっぱりおかしいですね、これだけの戦闘でも指揮を取る人間が居ないなんて」
「これでまだ残存が居るというのでしょうか、天野執務官」
「わかりません、ただ……これで終わりそうにない事は確かですね」

戦場に残るのは煙臭さと舞い散る埃。
だが二人はそんな慣れた風景も気にせずに考え込んでいた。
この度の戦闘は、最近起きている局員襲撃とはまた違った事例だ。
こちらのはまるで使い捨てのような犯罪者が色々な事件を起こしている。
小さいものから窃盗や器物損壊、大きいものではロストロギア犯罪。
まるで無差別に起きている最近の事件。
これらの共通点は多々ある、しかし局員襲撃事件はその共通点が見当たらない。
今のところは保留だが、それほど大きな関連性はないだろう。
どちらとも管理局の頭を悩ませている事には違いないのだが。

「リンカーコア狙いの犯罪者に、目的不明の犯罪者達……難解ですね」
「えぇ、どちらにせよ……人員がとても足りません」

美汐は溜息をつく。
ここの処武装隊の出動回数は鰻登りになってしまっている。
美汐自身休日返上で働いている。
最近増え始めた魔導師による犯罪は、後を絶たない。
何かが起ころうとしているのかもしれないが、その正体が掴めない。
不安要素しかない現状を思い、美汐はもう一度溜息をついた。

(相沢さん、休暇はまだ終わらないですよね)

そう思い、ハッとする。
確かに武装隊の戦力が落ちている今相沢祐一の存在は頼もしいが、一人の局員だけを頼るのは間違っている。
それに祐一は正式な手続きをとって休暇を得ている。
だから……美汐は軽く頭を横に振った。

「クーセヴィツキー補佐官、次の現場に向かいます」
「了解です、天野執務官」

美汐は手にした待機モードのデバイスを首から下げるとそのまま戦場に背を向け歩きだした。
カチューシャと呼ばれた少女もその背についていく。
―――今の自分に出来る事は、一つでも多くの事件を解決する事だけだ。
そう決意して、美汐とカチューシャは多忙な任務に身を投じていく。
迷う事は無い……それが彼女達の立脚点だった。

 

 

 


そして、三人は遂に接敵する。
先行していたデニムが最初に敵の姿に気づきデバイスを構える。
斧型のデバイスは一度光ると内蔵機関に動きを見せた。
それがトリガーとなり、デバイスの中にあるシリンダーが弾丸を装填する。

「―――ヘクセバイル、カートリッジロード!!」
『Yes, sir(了解)』

デバイスは魔力光に包まれて硬度を増したように光り輝く。
それを見て、前方にいる人影は軽く驚いたように眉を吊り上げた。
流石に驚いたようだ、デニムは確信する。
デニムが使っている魔法体系はミッド式に見慣れた者なら必ず戸惑ってしまうものだ。
管理局でもこの体系を取っている者は少ない。
だがそれ故に、理解するまでの時間を与えず相手を打倒できる。

「……カートリッジシステム、ベルカ式……てめぇも騎士か」

―――筈だったのだが、相手が悪かったとしか言いようが無い。
近づいてその姿形を確認したデニムは、まず相手の容貌に驚いた。
自分より小さい少女、しかもその少女は自分とは比べ物にならないほどの魔力量を放っている。
赤を基本としたバリアジャケットに身を包む姿は、紛れもなく……騎士のものだ。
それに、一目でこちらのデバイスの体系を見抜いたという事はそういう事なのだろう。
だが止まれない、今此処で止まれば後ろに居る二人までも巻き込んでしまう。
デニムは覚悟を決めてデバイスを振りかぶる。
だが、少女は静かに手に持ったハンマー型のデバイスを振ると……呟く。

「アイゼン、カートリッジロード!」

瞬間、デニムは後悔に埋め尽くされる。
デニムの手にしたデバイスは"近代ベルカ式"と呼ばれる今はまだミッドではそれほど普及していない代物だった。
だからこそ、ミッド式で戦う魔導師の意表をつけ戦場で有利に立てる……筈だった。
気付かないかった、考えもつかなかった。
もし、相手が……相手もベルカ式だったら、その時はどうすればいいのか。
―――それすらも、考えていなかったのだ。

 

 

 


あとがき
熱いバトルが見たいですね、戦争物で(ぇ
さてと、遭遇戦の次は挟撃です。
挟撃というのは簡単にいえば挟み撃ち。
戦術の基本は相手の意表をとる事やらなんやら。
まあそんな感じです、安全な場所だと思っていた処からの襲撃に人は弱いものです。
ひよこ分隊ピンチです、予想以上にデニム君が使えなかったようです(ぉ
近代ベルカ式はこの時点で一般的ではありません。
なのは三期では普通に普及してましたけど二期の時点ではかなり珍しい方だった……筈(何
ちなみにこの入り知恵は不意打ち大好きな祐一
君が教えてあげたんでしょうね、多分。
まあこの程度の読み違えは戦場ではよくある事です、ちなみに映画とかならこの時点で死亡フラグです(´∀`)

 

■SS辞書■

―センターガード(Center guard)―
中遠距離を制する役目を持つ中衛。
卓越した魔法制御技術や判断速度が要求されるポジション。
迎撃の際は敵の攻撃を避けたり受けたり動いたりせずに足を止めて視野を広く持つ事が重要。
該当者:クリス・セリビィア、高町なのは

―フルバック(Full back)―
チームの援護や支援を行う役割を持つ後衛。
基本的に接敵せず支援などに集中するポジション。
的確に支援するために素早く移動してその場その場の状況を見極める事が重要。
該当者:モミジ・アカツキ

―フロントアタッカー(Front attacker)―
単身で敵陣に切り込んだり、最前線で防衛ラインを守る役割を持つ最前衛。
防御能力と生存スキルが高い者が任命されるポジション。
大抵の戦場で一番危険なポジションの為に部隊の消耗率が一番高い位置である。
該当者:デニム・グリス