「……どう見る?」

模擬戦の終わりを見て、局員の少女は隣に立つもう一人の観戦者に訪ねた。
その手は今の戦闘データを解析するためにまるで会話とは独立した動きでキーボードを激しく叩いている。
人並み外れた速度に、しかし隣に立っていた局員の少年は気にせず思案顔でモニターを見つめながら呟く。

「流石は武装隊…と言った所かな」

時空管理局本局、航空武装隊第1011部隊相沢祐一準空尉。
少年は思考の中で今の戦闘を繰り返しシュミレートする。
戦い方自体は無茶苦茶で後先考えてない突撃思考……だと思う。
だがそれだけでは片付けられないほどに戦術がキッチリ嵌っている。
まるで何かが視えていたとでも言わんばかりに、奇跡的なまでに偶然が続いている。
フェイトが真琴と一緒にクロスレンジで挑んできたら彼はどう戦っただろうか。
またロングレンジ戦に移り祐一を近づけないような戦術に移られていたら勝ち目はあったのか。
戦術として今回フェイトと真琴が取った行動は決して間違っていない。
常套手段として少々読まれやすいがそれを補って尚、戦力差的に有利な戦法だった筈だ。
先に挙げた二つの戦術と同じように、相沢祐一に対して脅威だったに違いない。
しかしそれでも勝てなかった、そこが不思議でならない。
確かにフェイトは戦術が少々攻撃面に偏り過ぎている点はあるが、優秀な魔導師だ。
今回組んだ真琴にしても相沢祐一の使い魔でもあり、バリアブレイクにあの移動速度。
クロスレンジならば大抵の魔導師ぐらいでは太刀打ち出来ないだろう。
その二人を抑え込んで勝利を掴みとった祐一の戦術に、関心よりも疑問が多い。
黙々とそんな事を考えている少年を察したのか、局員の少女は不思議そうに尋ねる。

「クロノ君なら勝てる?」

聞くまでもない、少年がそう言い返すのを期待して少女は笑った。
しかし予想に反して少年は難しそうに思案する。

「……今の勝率は凡そ八割程度だと思う」
「でも相沢準空尉ってB+なんでしょ? クロノ君が手こずる相手かな?」

少女は驚いたように少年に確認する。
少年……クロノはAAA+の魔導師だ。
フェイト・テスタロッサよりランクが一つ上であり、実力は更に高い。
戦闘経験も豊富で、今の模擬戦を見る限り祐一がクロノに勝てるとは思えない。
何故ならクロノはあのフェイトでさえ模擬戦で勝てる事が殆ど出来ていないのだ。
それに今の戦闘だって、実戦ならばどうなっていた事か。
だがクロノはそんな少女に向かい首を横に振る。

「エイミィ、ランクだけで判断するのは危険だ」
「確かにあのデバイス、何処か妙なシステムみたいだけど……」

少女、エイミィが指すデバイス。
それはインテリジェントデバイスであるリューナだ。
名前としてはただの略称でしかなく、正式名称がちゃんとある。
管理局のデータベースでは正式名称にて登録されているから調べる必要もない。
しかし、デバイスとしてリューナは少し変だ。
ミッドチルダ式というには形や性能が少々データベースに記されている記録とは異なっている。
祐一の使い方を見ている限りは違和感が無いのだが、データで見ていたエイミィはそこに気づく。
だがクロノは、エイミィの示した疑問点に対しては答えずに何かを思い出そうとしているようだ。

「―――昔、武装隊の公開演習で見た事がある」

武装隊が年間に何度か行う公開演習。
大抵は武装隊としてのチームワークや戦力などを見せる演習であるが、稀に違う催しがされる事がある。
それは部隊長同士の戦術披露だ。
部隊としての隊長ではなく、個人としての戦力披露とでもいうべきだろうか。
多人数で行うものではなく一対一、決戦という言葉か似合う模擬戦闘だ。
そのある一コマを思い出して、クロノは不意に思い出したようにエイミィへと顔を向けた。

「エイミィ……相沢準空尉の過去のデータを調べてみてくれないか」
「いいけど、過去のデータ?」
「あぁ、信じられないけど……彼は昔の方が強かった気がするんだ」

 

魔法少女リリカノンなのは
第七話
「遭遇戦」

 

「ヴィータ、あまり無理はするな」
「大丈夫だっての、このぐらいなら私一人でやれる」
「しかし、この数……少々厄介だな」

そう呟きながらシグナムはデバイスを構える。
見つめる先には偶然遭遇した管理局員、見渡しただけでも十数人に囲まれている。
仕掛けてこない所を見るに、相手もこの遭遇は予想外だったのだろう。
シグナム達を囲むように展開している。

「関係ねーよ、一撃で叩き落とす」
「……それで済めばいいがな」

ヴィータの言葉にシグナムは油断なく答える。
これだけの人数差で攻撃してこない、そこに違和感を感じる。
それでも負ける気はしないが、相手は精神的に有利になっている筈だ。
人数差はそれだけ利点が大きい、強い相手にも数でかかれば倒せない事もない。
そういう心理が働く、そして実際にもその通りだ。
だというのに局員は一定距離を保ったままこちらを包囲するのみ。
シグナムは怪訝そうに周囲を探る。

(何かを企んでいるのは間違いなさそうだが、何だ?)

局員達は緊張した面持ちで杖を握っていた。
だが決して杖を向けずまるで戦う気がないかのように振舞っている。
戦闘に入る事を管理局が許可していないのか、しかしそれだと取り囲む意味がわからない。

「シグナム、何か変だ」

ヴィータもそれに気づいたのか、デバイスを構える。
二人が背中合わせに包囲を睨むと局員は驚いたように一斉に杖を構える。
しかし攻撃してくる気配はない、あくまで警戒しているだけのようだ。

(……倒すのは簡単だが)

デバイスを握り締めてシグナムは空中を一歩前進する。
するとシグナムの前方に居た局員が数歩後退した。
それを見て、シグナムは唐突に目を見開く。
流石にこの行動には気づく。
そしてシグナムは表情を固めるとヴィータに耳打ちする。

「……増援待ちだ、一気に抜く」
「これだけの量じゃ闇の書の蒐集も時間かかるしな」
「今回は諦めろ、シャマルにザフィーラも居たらまた変わるんだが」
「ザフィーラは別世界、シャマルは家を守ってんだ……無理は言えねーよ」
「そうだな、それでは……行くぞ!」

決意し、シグナムとヴィータは局員に向けて飛び進む。
局員達はいきなり飛び込んでくるシグナム達を見て動揺するが隊列は崩さない。
そして一人の局員がヴィータと接敵する、局員は慌てて魔力砲を放つがヴィータはそれを避ける。
その後すれ違う際ハンマー型のデバイスを振りかぶると魔力障壁の上から局員を撃ち落とす。
シグナムも自分の眼前に居た局員を剣型のデバイスで斬り落としていく。
残った局員はまだ二桁、シグナム達は目の前に居た敵だけ打倒してその場から退避する。
それを見た局員達は焦ったように戦力を二等分すると二人を追い始めた。

(大分減ったな)

シグナムは追ってくる局員を確認すると思考を巡らせる。
流石にここで転送準備をしようものなら集中砲火にあってしまう。
だが今この状況、増援があるかもしれない場所で戦い続けるのは危険だ。
速度を上げて先ほどの場所からシグナム距離を離す。
局員もそれに負けず速度を上げて離されないように追いすがる。

(……そろそろいいか)

数分の飛行を終え、シグナムは空中で急静止をかける。
局員もそれを見て杖を構えながら囲むように展開し始める。
だが先ほどとは違う、人数が少ないせいで部隊的展開が出来ていない。
シグナムはそれを見てデバイスを鞘に収める。
そして―――目を瞑りながら、まるで居合いの構えのように佇む。
それを見て局員は不思議そうな顔をする。
投降でもするつもりだろうか、そんな考えが何人かの局員に浮かぶ。
しかし、シグナムはもう一度目を開くと呟くようにデバイスへと己の意思を伝える。

「レヴァンティン、行くぞ」
『"Schlangeform"(シュランゲフォルム)』

次の瞬間、鞘から抜いたデバイスの刀身が幾つもの節に分かれた。
蛇腹剣のような形態でシグナムの周りに広がる。
その名の通り蛇のように蠢く刀身は局員達には驚愕の対象でしかない。
……シグナムはその隙を見逃さずデバイスを操る。
刀身は意思を持ったように局員へと迫る。
何人かの魔導師が動く刀身に魔力砲を撃つが器用に動き当たらない。
シグナムは薙ぎ払うようにレヴァンティンを動かす。
魔法障壁を展開する魔導師に斬りつけ、障壁ごと地面へと落とす。
次々に蛇のように唸って魔導師を斬り落としていった。

「これで……終わりだ」

シグナムは最後に残っていた局員をデバイスで斬り落とした。
もう周りには誰もいない、追って来た局員は全て下だ。
軽くため息をつき、シグナムはデバイスを鞘へと戻した。
そして転送の準備を始めようとするが、迫ってくる気配に気づき中断した。

(援軍か、意外に展開が素早いな)

迫ってくる気配を探り、シグナムはもう一度デバイスを抜いた。
先ほどのレベルの局員ならば中隊規模で無くては自分は負けない。
油断は無いが、必要以上に心配する事も無いだろう。
―――そう、思っていた。
だが刹那……目視範囲外から一直線に迫ってきた魔力砲に気づく。
それは青色の閃光、どう考えても障壁程度で防ぎきれる量ではない。
シグナムは舌打ちして、全力で旋回して回避行動に移る。
しかし範囲が広く避けきる事が出来ない。

「―――レヴァンティンっ!!」
『"Panzergeist"(パンツァーガイスト)』

シグナムが防御魔法を展開すると紫色の魔力光がシグナムを包む。
青色の砲撃がシグナムを捉え、衝撃が襲いかかった。
跳ね飛ばされるように空中にシグナムの体が投げ出される。
防御魔法に包まれている為に、それほどダメージは無い。
しかし衝撃はかなりのもので顔を顰める。
若干バリアジャケットが破けるが、それ以外に損傷はない。
恐らくは非殺傷設定になっているのだろう。

(しかし、厄介だ)

今の攻撃はアウトレンジからの一方的な攻撃。
更にあの威力、間違い無く優秀な砲撃魔導師の仕業だ。
シグナムはクロスレンジを得意とする騎士だ。
アウトレンジ、ロングレンジは距離を詰めないことには専門職に一歩劣ってしまう。
まだ相手は姿さえ見せていない。
砲撃の位置はわかるが、これほど優秀ならば既に場所を移動しているだろう。
一方的に攻撃される間合いにシグナムは居る。

(退こうにも、退く方向がわからないとは)

先ほどの攻撃はアウトレンジからの砲撃だったからこそほぼ無傷で済んだ。
だがロングレンジ程度の間合いならばこの魔導師は確実にこちらの行動を阻害する程度の砲撃は撃ってくるだろう。
しかもあの砲撃が全力とは言えない、敵の力が未知数なのだ。
シグナムは次の砲撃に備えて見えぬ相手に向けデバイスを構える。

 

 

 


(あれを防ぐ……固いなぁ)

それを確認して、シグナムに向けて砲撃を放った月宮あゆはため息をつく。
範囲の広い集束砲を放ったのだが、防御障壁により敵へのダメージは皆無に等しい。
全力で撃ったわけではないのでさほどショックではないが、驚いたのも事実だ。
資料によれば相手の能力はAA程度……だった筈。
だからそれに合わせる形で撃ってみたのだが、それを軽々と防ぐという事は油断できない。
先に展開していた局員達は全て落とされたようだし、かなりの熟練者だ。

「デニム君、そっちはどう?」
『こちらも対象を一人補足、指示通り三人で追い込んでいます』
「気を付けてね、想像以上に厄介な相手かもしれない」
『了解です、アカツキ二等空士とセリビィア二等空士にも伝えておきます』
「うん、よろしくね」

通信でそう伝えるとあゆは静かにデバイスを振りかぶる。
先ほど撃った位置から数百メートルは離れ、シグナムを補足出来る場所に陣取った。
あゆの戦法は広範囲大出力の魔法による一撃必殺だ。
その為の拘束魔法、補助魔法を中心に覚えており戦局によって使い分ける。
これが祐一ならば相手が苦手な距離を選び、多彩な攻撃で追い詰める。
その点あゆはクロスレンジが苦手だ。
だから離れて見えない所から撃つ、これを繰り返し相手は目視も出来ずに墜ちていく。
今回の戦術はそれに限るだろう。
どうみても相手はクロスレンジ魔導師、ミドルレンジ以上に入られたらこちらが不利になる。
あゆはデバイスを構えて、息を吸う。
瞬間あゆの足もとに青いミッド式の魔方陣が広がる。

「次で墜ちなかったら、結構辛い……かな?」

あゆは苦笑して呟いた。
恐らくこの一撃、この戦局の分かれ目になるだろう。
全力で撃つ訳ではないが、次の一撃で無傷なら対策を立て直す必要がある。
そして、予感はある。
次の一撃―――防がれてしまうという悪い予感が。

「うぐぅ……弱気は駄目だよね」

首を振り、迷いを振り払う。
撃つ前から弱気になるな、それは昔教官から言われた事だ。
あゆは昔からその性格を直すように言われていた。
しかし、副隊長になった今でもそれが克服できているかと問われれば不安だ。
戦闘は嫌いだが、管理局の為には働きたい。
その為の力はある、経験もある。
―――後足りないのは覚悟だけだ。

「でも、負けない」

そして……あゆはデバイスを振り下ろした。
……轟音を立てて砲撃が放たれる。
青い魔力光を撒き散らし、膨大な量の魔力が目視では確認できないシグナムに向けて突き進んでいく。
副隊長として、武装隊1011として、負けるわけにはいかなかった。

 

 

 


「ちっ、何だこいつら……展開はえぇ…!」

一方ヴィータの方は追跡してくる相手に対し苛立ちを覚えていた。
先ほどから自分を追いかけてくる相手は誘導制御型の射撃魔法、それに直射型の射撃魔法を繰り返し放ってくる。
その上、不用意な深追いはせずに一定距離を離して間合いを保っていた。
相手の場所は分かる、だが迎撃しようと迎え撃とうとすれば即座に後退してしまうだろう。
個としての相手の実力は高くないようだが戦術は理に適っている。
それにヴィータの方も魔法障壁を張っている為に魔力消費はタダではない。
このまま攻撃を続けられれば魔力が尽きるのはどちらが先になるか、一種の賭けのようなものだ。

(ムカつくけど、攻め手が見つからねぇ)

だからヴィータは後退を続ける。
エリアサーチでもしたい所だが、執拗な攻撃で隙が無い。
逃げ切る事も出来ずただ無駄に魔力を消費していく。
ヴィータは射撃魔法を避けながら唸った。

(いっそシグナムと合流して増援部隊事叩いた方がいいかもしんねぇ)

増援部隊と遭遇してしまった今、もう戦うしかない。
ならばこのままシグナムと合流した方が戦術的には有利だ。
……そう考えてヴィータはシグナムの気配を探った。
シグナムはヴィータとは正反対に移動したはずだ、ならばそれなりに距離がある。
まず周辺の気配から見渡し、敵を避けながらシグナムの近くに移動しなくてはいけない。
中々に高度な技術を必要とするが、ヴィータは決意するとそれを実行する。

(何処に居やがる、シグナムは……ん?)

刹那、ヴィータはある事に気づく。
相変わらず敵は後方からこちらの速度に合わせて追いかけてくるが、更にその後ろ。
そこにはシグナムでもない、他の局員でもない気配がある。
そして―――その気配は、ヴィータが良く知るものだった。

「はっ、余計な事しやがって」

ヴィータは少し嬉しそうに顔を歪ませると追ってくる局員達に向けて方向を転換する。
デバイスを握り締めて加速、真っ直ぐに進んでいく。
局員はそれに気づくと今までと同じように後退を始める。
しかしもうヴィータは止まらない。

「今までの借り……纏めて返してやらぁああ!!」

戦いは加速していく。
だが両者とも、まだ敵の姿を殆ど捉えてはいない。
遭遇戦は……更に激化していく予感を感じさせたまま続いていく。

 

 

 


あとがき
書きなおしの七話、違う所を見つけるのはある意味困難。
調子が良い日は嬉しいですね、言葉がすらすら出てくるのでw
今日は更新する予定、頑張りますよ!
こういう時に更新しないと次またスランプになったら大変ですからね。
さてさて、遭遇戦ですが戦争では嫌な場面です。
四方八方が敵という状況は卓越した者でも緊張感が異常ではないでしょうか。
ヴィータ&シグナムさんはこのピンチをどう切り抜けられるのか!?
そしてあゆあゆの運命は如何に?
……まあもう自分はどうなるか知ってるんですけどね、作者なもんで(コラコラ

 

■SS辞書■

―シュランゲフォルム(Schlangeform)―
レヴァンティンの変形フォルムの一つ。
形は蛇腹剣、刀身が幾つもの節に分かれ蛇のように襲いかかる。
クロスレンジというよりはミドルレンジ、シグナムの意思によって刀身を自在に動かせる。
使用者:シグナム

―パンツァーガイスト(Panzergeist)―
全身を纏うタイプの装身型バリア、装甲という言葉が似合うかもしれない。
魔力攻撃に対する圧倒的な防御力を誇り全開出力になれば砲撃クラスの攻撃も防ぐ事が可能。
但し魔力消費が大きい他、攻撃中は全身防御ができない事から高度な運用技術が必要となる。
使用者:シグナム