「これじゃあ威力偵察が限界だね」

あゆは呟いて任務内容を確認する。
威力偵察、偵察任務手段の一つで意図的に敵勢力と交戦を行う事により戦力を把握する。
敵との交戦が主目的ではなく、あくまで偵察部隊の情報収集と帰還が最優先となる。
今回の任務は、局員や民間人を襲っている魔導師の逮捕。
だが……今の部隊員のみで完遂する事は難しいと判断しあゆは威力偵察に留める事を内心で決めていた。
報告によると相手の戦力は2〜4人の魔導師からなる優秀な襲撃者。
恐らくは最低AAランク以上の実力者とされている。
そんな相手に、今の1011部隊では荷が重い任務だ。
部隊員の平均的なランクはB程度、唯一単体で対抗できそうなのはあゆぐらいだろう。
あまりに無茶な任務だ、あゆはため息をつく。

「こんな時に何で祐一君はいないのかなぁ」

まだ、隊長である相沢祐一が居れば戦術的にマシになっていただろう。
だが分隊長は休暇中、その上部隊員はあゆを含め4人程度。
最早小隊としては機能していない、なので相沢祐一も小隊長ではなく分隊長となっている。
本来1011部隊は小隊規模で15人程度だったが今はその殆どが戦線を外れていた。

「せめて後一人……欲しいな」

そんな、叶いそうに無い願いを込めてあゆは送られてきたデータを閉じた。
まったく……不安の残る任務だった。

 

魔法少女リリカノンなのは
第六話
「武装隊」

 

―――第17管理世界、その一角の砂漠地帯。
常時は生き物もさほど居ずに静かな場所だ。
しかし今日は周囲に砂煙と轟音が広がっている。
管理局員と犯罪者の魔導師集団が撃ち合っているようだ。
主戦場である上空には数多くの砲撃魔法や射撃魔法が飛び交っている。

「武装隊……1011部隊ですか、噂には聞いたことありますね」

そんな場所で、少女は長い黒髪を靡かせて無表情で答えた。
手にはデバイスを持っていて目線は敵勢力に向いている。
防御魔法を展開して相手の攻撃を防ぎつつ射撃魔法を放ち敵を落とす。
相手の魔導師も少女を避け他の管理局員に向かって行く。
真正面からぶつかる事に難しさを感じたのだろう。

「確か副隊長の月宮空曹長はランクAAですよね」
「……詳しいですね」
「えぇ、武装隊でも有名ですから」

優秀なロングレンジ魔導師、しかも魔力変換資質である希少な凍結の担い手。
目視も出来ず落とされる事が有名で容易に近づく事すら出来ない。
広範囲、大出力で気づかれる前に撃墜するその技術は武装隊の中でも上位に位置する。
それ故に武装隊では知名度が高く、少女も何度か噂に聞いている。

「天野執務官はご存知ですか?」

少女はそう言いながら敵に向かい砲撃を放つ。
魔力光の緑色を撒き散らして上空を飛び回る魔導師を数人落とす。
そんな優秀な少女を見て、美汐は苦笑する。

「よく知ってますよ、クーセヴィツキー補佐官」

美汐の周囲に三つの巨大な魔方陣が展開する。
広域攻撃魔法、砲撃魔法が単体に向けに使用されるのに対しこの魔法は集団に向けて広範囲に放つ。
砲撃魔術師が空中砲台ならば、広域魔導師はミサイル発射台。
藍紫色の魔力光が舞う、まるで空中から注ぐ雨のように戦場全体に広がっていた。

「あそこの部隊長には、ちょっと借りがありましてね」

そして美汐はデバイスを振り下ろした。
少女、クーセヴィツキーはその光量に思わず目をつむる。
どうやらこの戦場の勝者は、それほど時間を置かず決まるようだ。

 

 

 


「武装隊での訓練の仕方?」

アースラ艦内の医務室で相沢祐一は不思議そうに聞き返した。
武装隊の任務は文字道理武装を持つ局員の集団で荒事が多い。
犯罪者の逮捕や護衛任務、危険が付き纏う任務に備えて訓練は欠かさない。
様々なケースが考えられるので訓練内容も多彩である。
なので確かに戦闘訓練には力を入れているのだが、祐一は軽く首をかしげる。

「そんなの聞いて何か参考になるのか?」
「はい、祐一さんもクロノみたいに戦い難かったから」

フェイトは少し恥ずかしそうにそう聞いてくる。
戦い難い、それは戦闘の上でアドバンゲージになる。
つまりは相手の苦手な所を攻めているという事で、戦術的には効果的だ。
そんなフェイトの言葉を聞いて祐一は軽く唸った。

(別に隠す必要はないけど、意味のない質問にも思えるな)

祐一は心の中でそう思う。
確かに模擬戦は祐一が勝ったが、紙一重だ。
次に戦えばどうなるかはわからない。
何せ相手はAAAランク魔導師なのだ。
しかも戦力的に単体で戦えば祐一を打倒出来るほどの。
祐一は先程の模擬戦を思い出す、あれは別に祐一の力ではない。
相手が複数だったからこそ通じる戦法であまり褒められたものでも無く、言うのは躊躇われる。
……あれはフェイトの隙をついた戦術で、真琴を囮にした見栄えしないものだ。
恐らくはフェイトが単体で戦ったのならば通用しなかった。
心の隙を狙い、またフェイトと直接戦わないようにしたからこそ得た勝利だったと言っても過言ではない。
直接的勝利ではなく精神的勝利、言ってしまえば脅して勝ったようなものだ。

「訓練は普通だと思うぞ、筋トレに部下の指導……他にはイメージトレーニングとか」

当たり障りのない訓練内容を話す。
祐一の日常的訓練は別に大したことない、普通の武装隊と同じだ。
特にスパルタというわけでもなく、また緩いわけでもない。
継続は力なりという言葉がピッタリな平凡な内容だった。
だがフェイトは祐一の言葉に感心したように頷く。
まるで何かを吸収するような雰囲気で耳を傾けている。

「祐一さんは戦術、戦略の勉強はしていますか?」
「まあ部隊長だし適当に、個人戦が多いから戦術中心だけどな」
「でも祐一さんは戦略の方が得意そうです」
「戦術が苦手だから中心に勉強してるんだ、得意なものを伸ばすよりそっちの方が性に合ってるからな」

祐一は苦笑しながらそう返した。
その言葉にフェイトは内心で驚きを感じる。
先ほどの戦術は確かに無茶苦茶だ。
バリアジャケットは破損させるし撃てない集束砲はチャージする。
後先考えていないような行動だが、その実効果的なものだった。
フェイトはまるで心を読まれたかのようにその行動に乗せられた。
あれで戦術が苦手ならば、戦略が得意な祐一はどれほどの指揮官資質があるというのか。

「もう一つ、祐一さんは戦闘に一番必要なものは何だと思いますか」

フェイトは一番気になっていた事を話す。
この問いにはクロノは努力、なのははやり遂げる心、そしてフェイト自身は技術だと答えた。
成程、三者三様に答えはバラバラだが確かに必要なものだ。
二人は戦闘技術に注目し、一人は精神面に注目している。
だが祐一は、フェイトの問いにまた三人とは違う答えを返した。

「人を知る事じゃないか、敵も人間だと思えば色々見えてくるものもあるしな」
「知る事?」
「あぁ、結局対人が多い職場だからな……まずは知る事が大事だと思う」

祐一が言っているのは簡単に言えば人間観察だ。
この相手なら次はどんな行動を取るだろうか。
今何を考えながら戦っているのだろうか。
祐一は戦闘に必要なものは先の三人が示した自分に対するものではなく他人を知る事だと言った。
分野としては技術や精神面など様々な要素が絡み合う。
三人が自分の能力を信じて戦う魔導師ならば、祐一は相手の能力を計測して戦う魔導師だった。
フェイトは納得したように頻りに瞬きを繰り返す。
対して祐一は医務室のベットで寝ている真琴へと視線を移した。
静かだと思っていたがどうやらベットに潜り込んだまま寝てしまったらしい。

「真琴も寝ちまったようだし、そろそろ戻るか」
「……そうですね、私もそろそろアルフを迎えに行かないと」
「フェイトの使い魔だっけ?」
「はい、今度紹介しますね」
「楽しみにしてる、真琴の人見知りもそろそろ直させないといけないしな」

 

 

 


「狐?」

アリサ・バニングスは不思議そうに聞き返した。
狐は哺乳類ネコ目イヌ科の動物である。
日本では昔から人を化かすいたずら好きの動物として考えられていたりした。
また地域によっては神の使いとして信仰されたりしている。
アリサが知っている狐の定義はその程度だ、何せ直接見た事が無い。
現代社会の日本では狐を目撃する機会は少ない。

「うん、くーちゃんって言うんだ」

アリサの隣、私服姿の高町なのはは嬉しそうに笑顔を浮かべる。
手にはバスケットを持っており、中には小さいクッキーが詰められていた。
これは今朝なのはが作ったものでほぼ焼きたてのようだ。
それ故に焼菓子特有の香ばしい匂いがしている。
今日は休日、学校はお休みでアリサとなのはは二人である場所に向かっていた。
ちなみに仲良し三人組である最後の一人、月村すずかは今日は家の用事で外している。

「私、狐見るの初めてかも」
「とーっても可愛いよ、ちょっと人見知りだけどね」
「でもいいの? ユーノ食べられちゃうかもよ?」

アリサはそう言いながらなのはの肩を指す。
なのはの肩には小さなフェレットが乗っている。
ちなみに哺乳類ネコ目イタチ科のフェレットは雑食である狐の餌になってしまう可能性もあった。
それを聞いてなのはは苦笑しながら、しかし不安そうに肩に乗っかっているフェレットを見る。

「あはは、大丈夫……だよね?」
「……きゅ〜」

フェレットは切なそうに鳴く。
ちなみに以前このフェレット、ユーノはすずかの家で猫に追われた経験がある。
その時は上手く逃げ出したがあの恐怖は今でも覚えているようだ。

「それにしても、狐ってクッキー食べるの?」

次にアリサはユーノからなのはが持っているバスケットに注目する。
確かに狐は雑食だがクッキーはどうなのだろうか。
薄力粉……小麦粉はいいとしても他の材料は狐にとって害にならないものだろうか。
アリサの言葉を聞いてなのはは軽く首を傾げる。
どうやらその反応を見る限り、あまり考えてはいないようだ。
アリサは軽くため息をついた。

「あのねぇ、動物に餌をあげるんだから少しは考えなきゃ駄目でしょ〜が!」
「ん〜、多分心配いらないと思うよ」

なのはは困ったようにそう答える。

「前にあげた時は喜んでたし、尻尾振ってたみたいだから」
「へぇ、流石雑食……食べるんだ」
「くーちゃんがちょっと特別なのかもしれないけどね」

 

 

 


八束神社、海鳴市にある神社である。
山林に囲まれた場所にあり野生の動植物も多い。
そんな場所に、一匹の狐は気持ちよさそうに日向ぼっこをしていた。

「……くぅん」

木漏れ日が当たる広場を陣取り手足を伸ばす。
狐特有のサラサラした毛がまるで稲穂のように風に靡く。
普段神社にはそれほど人は来ない。
初詣や特別な日は別として、日中はほぼ来客が無い。
狐にとっては嬉しい事だ。
人間が嫌いな訳ではないが少し苦手、知らない人間などは警戒する。
……だが既に知っている人間は別だ。

「………?」

―――匂いがする。
風に乗って運ばれてきた香ばしい匂いが遠くから届く。
この匂いは近頃よく嗅ぐ匂いだ。
確か「くっきー」というものだった筈、狐は寝転がっていた体を起こした。
神社にわざわざ「くっきー」を持ってくる人間は多くない。
だから狐は森林から抜け出し神社へと向かった。

「………♪」

狐は「くっきー」が好きだった。
少し触感が妙だが美味しい、まるで花の蜜のように甘いのだ。
そしてこの「くっきー」を持ってきてくれる人間の事も好きだった。
「くっきー」を持ってくる人間と狐は「ともだち」というものらしい。
概念はよくわからないが嬉しい。
人間が狐に優しくしてくれるのは「ともだち」というもののおかげ。
わからないけど、とってもいい言葉。

「くーちゃん、何処ー?」
「ちょっとなのは、本当にこんな処に居るの?」
「うん、何時もここで呼べば来てくれるんだよ」
「……本当かなぁ?」

声が聞こえてくる。
今気づいたが、「くっきー」を持って来てくれた「ともだち」の他にもう一人居るらしい。
だけど歩みは止めなかった。
そこに「くっきー」と「ともだち」があるから。
微妙に警戒心が薄い狐だったが、最早思考は固まっていた。

「あっ、なのは……あそこあそこ!」

草木の陰から顔を出すとすぐに二人の姿が目に映った。
一人は「ともだち」でもう一人は見知らぬ人間だ。

「くーちゃん、こっちこっち」

「ともだち」が手を振り近づいてくるように促す。
だけど少し躊躇する、他の人間が居たから。
怖くはないが少し緊張する。
今まで「ともだち」が連れてきた人間はみんないい人ばかりだった。
だから分かる、隣に居る人間は大丈夫だと。
でも、やっぱり足は中々前に出なかった。

「あれ、来ないね」
「どうしたんだろう、くーちゃん?」
「もしかして私に警戒してるんじゃない?」
「くーちゃん、クッキー持って来たよ〜?」

そう言いながらバスケットに入ったクッキーを一枚掴みこちらに向けて差し出した。
いい匂いがする、狐はおずおずと近づいてきた。

「おぉ、釣れてる釣れてる」
「お魚さんじゃないんだから」

苦笑しながら狐の動向を見守る。
野生の動物は赤ん坊と同じで無理やり近づくと嫌われてしまう。
あくまで相手が警戒を解くまでは自然体で居た方がいい。
二人ともそれを分かっているのか自分からは近づかず、全てを狐に任せる事にしていた。
警戒さえ解ければ後はもう時間はいらない。
―――その時点で友達になれるのだから。

「………ぱく」
「あ、食べた」
「くーちゃん、撫でさせてね」

クッキーを渡した手が伸び狐の頭を優しく撫でた。
狐はそれを気にせずもふもふとクッキーを食べる事に夢中になる。
それを見てアリサもおずおずと手を伸ばした。
頭を軽く撫でる、猫のような毛並みだ。
少し毛が固いのは犬に似ているが、触り心地は猫に近い。

「か、可愛い」
「うん、可愛いねぇ♪」

なのはとアリサはもふもふとクッキーを頬張る狐の頭を満足するまで撫でつくした。

 

 

 


あとがき
狐にはクッキーではなく他のものをあげましょう(ぇ
本物の狐に触りました、可愛いですよね狐(´∀`)
取材旅行だったのです……温泉旅行は(コラコラ
多分分かる人には分かる久遠です、可愛いよ久遠。
……何がしたいのかは勘のいい人ならば分かるはず。
今回辞書が書くことないので人物紹介など。

 

■SS辞書■

―相沢祐一(あいざわゆういち)―
出身:第97管理外世界「地球」極東地区日本・華之市
所属:時空管理局本局 航空武装隊第1011部隊
階級:准空尉
役職:武装局員
魔法術式:ミッドチルダ式・空戦B+ランク
所持資格:小隊指揮官/普通自動車免許
魔力光:銀色
デバイス:インテリジェントデバイス
コールサイン:Stern1

月宮あゆ
出身:第97管理外世界「地球」極東地区日本・華之市
所属:時空管理局本局 航空武装隊第1011部隊
階級:空曹長
役職:武装局員
魔法術式:ミッドチルダ式・空戦AAランク
所持資格:戦技教官/小隊指揮官
魔力光:青色
デバイス:インテリジェントデバイス
コールサイン:Strahl1(現在は人数不足の為Stern2)

―天野美汐(あまのみしお)―
出身:第97管理外世界「地球」極東地区日本・華之市
所属:時空管理局本局執務官
階級:武装隊では准尉扱い
役職:執務官
魔法術式:ミッドチルダ式・総合AAランク
所持資格:執務官
魔力光:藍紫色
デバイス:???