爆炎が晴れ、周囲に視界が行き渡るようになった時……シグナムはゆっくりと立ち上がった。
デバイスを使い強敵を打ち倒す、その事に問題はない。
騎士としての全力を尽くしたまで、そう思う。
だが、シグナムは軽く顔を顰めた。

「……どうやら私はまだ侮っていたようだ」

それは己が力を示した事への罪悪感ではない。
シグナムはデバイスであるレヴァンティンを退ける。
するとそこには完膚なきまでに破壊された地面がその姿を晒した。
しかし、そこに今まで戦っていた高町恭也の姿は無い。
シグナムの剣が当たる瞬間、刹那シグナムは恭也の姿を見失った。
有り得ない、どのような速さをもってすればあのように消えられるのか。
まるで空間転移、それは魔法の域だ。

「まさに―――神速」

どうやら辺りに誰もいないようだ。
高町恭也も、あの少女も。
路地裏に残っているのは破壊された地面とシグナム、そして浮かぶ分厚い本だけだった。
あの一瞬で恭也はシグナムの攻撃を避け少女を担ぎこの場から撤退した。
判断速度、行動速度、どれをとっても一級。
魔法の助けもなくやり遂げるその技量、生半可なものではない。

「レヴァンティン、お前の主は腑抜けだったか?」
『Nein!(否!)』
「そうか、ならば相手が上手なだけだったという事か」

そうして、初めてシグナムは表情に笑みを浮かべる。
魔力の蒐集は失敗したが、何処か納得できた戦いだった。

「だが次は必ず勝つ、我が主の為にも」

こうして、将来何の記録にも残らない戦闘が終わった。
この戦いを記憶しているのは二人だけ。
そして……またこの戦闘が彼らの口から語られる事は永劫無かったという。

 

魔法少女リリカノンなのは
第三話
「交差する運命」

 

「それで、結局フェイトは嘱託になるのか?」
「……はい、クロノ…えっと執務官にも裁判を早く終わらせる為にもそれがいいって」
「そうですね、嘱託魔導師になれば裁判でも有利になりますし」
「何、そうなのか?」
「はい、というか相沢さんも局員ならば知っていて当然の事ですよ?」
「うぐ、天野……意外に毒舌だな」

アースラ艦内、食堂に祐一達四人は来ていた。
相変わらず真琴はフェイトに慣れていないのか美汐の影に隠れるようにして抱きついている。
冷静に第三者視点で見れば航空武装隊分隊長に敏腕現役執務官。
更にはAAAクラスの嘱託魔導師という凄い布陣なのだが気にするものは誰もいない。
祐一にはあゆという魔導師、美汐は自分自身がAAランク魔導師、フェイトにはなのはという魔導師。
それぞれ高ランクが近くに居るというのは日常茶飯事の事なので気にする筈もない。

「そういえばフェイトって魔力変換資質って持ってるのか?」
「はい、私は電気を……」
「成程、電気か」
「……確か月宮空曹長は氷結を持ってましたよね」
「あぁ、何度あいつの氷にやられそうになったか」

祐一は苦笑しながらも、内心では納得していた。
魔力変換資質とは魔導師が稀に持つ能力の一つである。
魔力を物理エネルギーに変換するもので、その属性に対する運用効率が上昇したりする。
別にこの資質が無いからと言って、他の者がその系統を使えないというわけではない。
しかしやはり先天的に持ち合わせている魔導師はその系統魔法の特化が見込まれる。
それこそ、他の資質を持ちわせていない者とは比べ物にならないくらいに。

「それは相沢さんが月宮さんにいつもチョッカイをかけるからですよ」
「仕方ないだろ、だってあゆあゆだし」
「私にはその資質を使って夏の暑い日に軽く雪を降らせてくれましたよ」
「全手動クーラーか、今度俺もやってもらおう」
「そのまま氷漬けにされないように気をつけてくださいね」
「……あはは」

二人のそんなやり取りを聞いてフェイトは笑顔を浮かべる。
フェイトにとって祐一達は久し振りに心が休まる相手だった。
今は事件の裁判中の為に、友達であるなのはには直接会えない。
少し寂しい思いも感じていたが、自分が起こした事の責任に対し深く反省している。
だから何の文句もない……けれどやっぱり勾留中はフェイトにとって多少の窮屈さを感じさせていた。
祐一達もそれを察したのか自然な形で話を続けている。
それがとても嬉しくて、少し恥ずかしくて。

「そういえばもう一人の子、何て名前だったけ……えっと高町…」
「えっと、なのはですか?」
「そうそう、そのなのはって子、彼女も嘱託になるのか?」
「なのはは…わかりません、今は民間協力者って事になってます」
「そっか、民間協力者のAAA……凄い協力者も居たもんだな」
「相沢さん、もしかして武装隊に入ったら引き抜く気ですか?」
「馬鹿言え、うちじゃもうあゆが居るんだ…とっくにランクオーバーだって」

そう言って祐一はワザとらしくため息をつく。
祐一が所属している隊、1011部隊は祐一が隊長であゆが副隊長だ。
現在の魔導師的にはあゆの方が上だが階級は祐一の方が高い。
二人とも小隊指揮官の資格を取っているが、この場合は階級順となる。
部隊には設定ランクというものがあり、魔導師の偏りを無くしている。
もし美汐の言う通り高町なのはを引き抜くなら、祐一かあゆのどちらかは部隊を移されてしまうだろう。
それでは何の意味もない、それに祐一は内心で考えていた。

(魔導師ランクAAAか、でもそれだけであゆに敵うかっていったら微妙な所だろうな)

あゆは管理局に入って祐一ほど長くはないがそれでも経験は積んでいる。
戦技教官としての資格も持っているし大抵の魔導師には負けないだろう。
特にロングレンジの撃ち合いになれば、祐一とて迂闊に攻撃できない。
あゆの大威力砲撃は祐一も骨の髄までその恐ろしさが染みついている。
相性の問題もあるだろうが、そう簡単に落ちるタマではない。
余程のランク差、例えばSSランク何ていう規格外を相手にするのなら別だがAAAランクなら問題はない。
―――まだ民間協力者というのなら尚更だ。
祐一は事件の資料映像を見た事があるが、高町なのはは理想的な砲撃魔導師だった。
恐らく瞬時の出力的には祐一は愚かあゆでさえ一歩劣るだろう。
しかしやはり経験不足が目立ち、歴戦の魔導師ならば互角以上に勝負を運べる。
だから現時点の高町なのは敵じゃない。
……最も、彼女が管理局に入り経験を積んだ後なら話は別だ。
まあその頃には祐一もあゆも更に経験を積み、どうなるか何て事はわからないが。

『Master?(主?)』
「ん、何だ?」

今まで不気味なほどに黙っていたデバイスが急に輝きだす。
何やら嫌な予感がしたが、反射的に祐一は応じてしまう。

『New mistress?(新しい愛人?)』
「誰が愛人で誰が本妻なのか教えて欲しいものだな、この馬鹿デバイス」
『It is shameful(それは恥ずかしいです)』
「何故お前が恥ずかしがる理由があるのか」
『……Insensibility(鈍感)』
「うるせぇ」

 

 

 


「さてっと、残っているのは……後三人だね」

そう呟きながら、月宮あゆはデバイスを軽く振るいながら視線を送る。
広域エリアサーチを行わなくとも相手が何処にいるかは確認済みだ。
他の局員達はもう既にあゆの魔法で気絶済み。
一人あゆの特性に気づきクロスレンジで挑んできた者がいたが、敢え無く撃墜。
考え自体は悪くなかったが、一人で行動するのは愚の骨頂だ。
まるで鴨が葱を背負ってきたような突撃で、あゆのバインドに捕えられた後射撃魔法で昏倒した。
あゆは未だ廃墟の影から出てこない三人を見つめながら低空で停止している。
流石にこの複雑な廃墟の中での遭遇戦はあゆといえども辛いものがある。
本来なら今いる場所から廃墟全体を覆うような砲撃で片付けてしまうのだが。
今のあゆは砲撃魔法の一切を自分で禁じている。
使うのはミドルレンジ魔法のみ、射撃魔法中心の戦術だ。
それでも数十分で局員の半分近くを落としているのだから、それはもう筋金入りだ。

「来ないならこっちから行くよー?」

あゆは廃墟全体に聞こえるように宣言するとデバイスを振り上げる。
それに合わせて周囲には青白い丸い球が何十個と出現する。
射撃魔法誘導制御型、幾ら複雑極まりない廃墟だからといってこれならば楽々攻撃できる。
特にあゆは瞬間的大出力よりは操作能力の方が向いている魔導師だ。
アウトレンジでもロングレンジ並みに砲撃できるのはそんな特性があっての事だ。
しかも今の距離はミドルレンジ、外す方が難しい。
だから相手は今隠れているのではなく、間違いなく追い詰められている。

「ゲシュテーバーバレット!」
『"Gestober bullet"(ゲシュテーバーバレット)』

誘導弾にしては高速の魔力弾が廃墟へと襲いかかる。
それを確認したのか物陰から三人が飛び出してきた。
流石に廃墟の中であゆの誘導弾を避ける自信は無かったのか慌てているようだ。
しかし、そんな行動はあゆによって既に察知されていた。

「駄目だよ、今までみんなそれでやられてたでしょ?」
『"Delayed bind"(ディレイドバインド)』
「―――なっ!?」

三人が突如現れた青白い鎖に拘束される。
設置型捕獲魔法、特定空間内に進入してきた対象を捕縛するトラップ型捕獲魔法。
元よりあゆはこの戦術しか使っていない。
射撃魔法で廃墟からいぶり出し、バインドで拘束。
その後相手を一人一人昏倒させていく。
臨時教官としては何時この戦術を破ってくれるか少なからず期待していたのだが。

「評価としては30点、もっと頑張りましょう」
『"Gestober bullet"(ゲシュテーバーバレット)』

あゆのそんな言葉と同時に、三人は飛来した高速誘導弾によりブラックアウトする。
凡そ時間にして30分、武装局員十二人をあゆは危なげなく全滅させた。

「うぐぅ、ちょっと張り切り過ぎたかな?」
『No problem(構わないでしょう)』
「そうかな、うん……そうだよね」

デバイスに言われるままあゆは気持ちを切り替える。
頼まれたのは最近弛んでいる局員の再指導だ。
簡単に言ってしまえば補習みたいなもので、容赦なく叩き潰してくれていいと言われている。
だから最初は砲撃による一撃必殺を行おうかと思ったが、途中思い直しミドルレンジ戦に切り替えたのだ。
あゆ的には少しでも今後の為の教訓として欲しいものだが、食らった本人からすれば一瞬の出来事だっただろう。
逃げ場を丁寧に一つずつ潰されて行き、焦った所をバインドで拘束。
その後一瞬で昏倒、確かに教訓にはなるが経験にはならない。
それほどまでに力量が違ったため、対策と言われてもピンと来ないであろう。
まだあゆに初っ端から砲撃魔法を食らわせられて『高ランク相手に隠れる事は無意味だ』と教えられた方がまだ教わる事は多かったかもしれない。
だがそんな事はあゆには関係ない、元より臨時の教官なのだ。
人があまりにも少ない航空戦技教導隊のお手伝いという形だから年間を通した教導ではない。
ある意味これほど気楽な教官職もないだろう。

「さってと、祐一君達も居ないし……折角だからクラナガンにでも寄ってタイヤキ買って行こうかな」

 

 

 


そうして、物語は幕を開けた。
今はまだ交差していない物語は、しかし運命によって結末は決められている。
そんな不条理な運命を知る者はまだ誰もない。

 

 

 


あとがき
一応プロローグは終わりです、次回からようやく展開がコロっと変わります。
しかし未だになのは本編に影響を及ぼすほどの展開にはなってません。
というか迷い中です、このまま外伝って形にしようかな…。
『元からなのはの世界に祐一達は居た』という設定か『いいや、なのはの世界に介入するのです』という設定か。
簡単にいえばそういう事です、自分的には前者の設定が好き。
尚本編中で祐一君が身をわきまえない思考をしてますが正確ではないです。
所詮戦闘など終わってみてからわかるもので戦力分析だけでは結果はわかりません。
まあ民間協力者に負けるわけはないという本職の意地みたいなものも多少入っているのではないでしょうか(ぇ

 

■SS辞書■

―嘱託魔導師―
正式な局員という訳ではないが管理局を支持している登録式魔導師の事。
管理局から任務や雑務などを任せられる者、フリーの魔導師。
時空管理局はかなり強い権限を持っているため嘱託といえども厳しい認定試験がある

―ミドルレンジ―
高速射撃戦距離。
主にミッド式魔導師が得意とする距離で、時と場合によってはクロスレンジやロングレンジへと移動する。
この距離を得意とする者は単騎で戦うより援護が得意な場合が比較的多い。

―ゲシュテーバーバレット―
射撃魔法誘導制御型の一種、誘導型なのだが普通の射撃魔法より高速。
これはあゆが意図的に設定しているものであって、高度な操作技術があるからこそのものである。
ちなみに本編ではあゆは相手を昏倒させるだけだったが、攻撃した相手の一部を浅く凍結させる事も出来る。
使用者:月宮あゆ

―ディレイドバインド―
設置型捕獲魔法の一種、遅延型の捕獲魔法。
魔力の鎖で相手を拘束して一時的にその行動力を奪う。
本来は拘束した相手にその後砲撃を喰らわせるのがあゆの基本戦術だが今回は射撃魔法で限定していた。
使用者:月宮あゆ