場所は変わりミッドチルダ北部廃棄都市区画。
祐一達が本局に行っている時、あゆは空中を高速で旋回しながら廃棄された都市を見渡していた。
目視ではただの廃墟でしかない、動くものは皆無だ。
どうやらみんな上手く隠れたようだ、あゆは軽く感心した。
幾ら空戦魔導師でも、ここのように障害物や地形が複雑なら簡単に移動は出来ない。
あゆの飛行技術が飛びぬけているだけであって、普通の空戦魔導師には辛い地形なのだ。
しかも今回の相手は月宮あゆ、空曹長でありながら魔導師ランクAAという凄腕だ。
更にはあゆは管理局でも有名な"ロングレンジ"の使い手である。
そんな熟練した魔導師相手に、身を晒す上空は危険だと判断したのだろう。
だから高速展開出来ない空戦魔導師は陸戦魔導師と同じように下へ降りるしかない。
魔導師としては問題ない判断に、しかしあゆは少し苦笑を洩らす。
今訓練を受けているのは大抵がBランク程度の魔導師達だ。
彼らからしたら確かにセオリーとしてその行動は正しいだろう。
しかし……それでもまだ、月宮あゆという魔導師の本質を分かっていない。

(とはいっても……訓練だもんね)

実は、今あゆは広域エリアサーチを一切行っていない。
恐らくは相手も探知されない程度の対策は持っているだろうが、あゆのエリアサーチは特別だ。
余程の妨害魔法が無い限り月宮あゆという魔導師の鷹の目から逃れる事は出来ない。
更には、下に降りたからといって意味の無い事だ。
何故ならあゆは"ロングレンジ"使いであり、その上広域魔法を取得している。
つまり本気を出したら今この演習場程度は"射程範囲"になってしまう。
高ランク魔導師を相手にするのなら今いる人員で広域に散開しあゆの砲撃や射撃の隙をつくことが理想的だ。
それかまたは大勢で一斉に近づきあゆの攻撃展開バランスを崩せばいい。
幾らあゆでも魔法の同時展開には限りがある。
ならばあゆが攻撃した隙を狙い複数人で同時攻撃すれば防御するか回避するしかない。
大体魔力の高速運用と大威力砲撃などは衝突するものであり時間がかかる、隙を与えれば与えるほどあゆのような魔導師は危険なのだ。
魔導師ランクを考えて、犠牲0は不可能だが唯一勝ち目があるのはこの程度だ。
あゆにとってもっとも相性が悪いのはクロスレンジを得意とする相手で、距離を詰めようとする魔導師である。
折角の空戦魔導師、正直勿体無い戦術とも言える。
―――空中を自在に飛びまわれない陸戦魔導師とは違い、彼らはそれらが可能なのだから。

(うぐぅ、どうしようかなぁ……)

……仮想敵として、どう行動すべきか。
あゆは資格として戦技教官を取得している。
今相手をしている十二人の戦力分析と行動予測は容易に出来た。
このまま全力で潰す事は可能だが、相手の出方も見てみたい。
だから敢えてあゆは自らの魔法の大半を封印する事を決めた。
これならば相手の思考通りに戦闘を進められる。

「それじゃあ行くよ、"フリューゲル"」

あゆはデバイスを持ち直し、一気に廃棄都市に降下する。
純白と漆黒が入り混じったバリアジャケットが風を切った。

 

魔法少女リリカノンなのは
第二話
「刹那の死闘」

 

シグナムが振るった剣は、しかし悉く高町恭也に当たる事は無く空を斬った。
ある時は二刀の内の一本で流れるように刀で剣をいなす。
そしてまたある時は剣の間合いギリギリで見切り反撃に転じる。
それを見て、シグナムは内心で感嘆の息を洩らした。
純粋な剣技では驚いた事に、ベルカの騎士であるシグナムが一般人である筈の高町恭也に劣っている。
相手の二刀流に合わせてシグナムも剣と鞘を使い対抗してみるが、足元にも及ばない。
これならば剣一本に集中した方がいい。
高速で斬りつけてくる二刀を鞘で防ぎながらそう肌で感じ取る。

(まさか、ここまでとは……っ!)

―――その思考はどちらの者か。
恭也も恭也で悉く自分の刀を防ぐシグナムに対して不信感と共に恐怖を感じる。
御神流を織り交ぜた攻撃は、しかし難なく防がれる。
『徹』や『貫』も試すが相手に堪えた様子は無い。
恐らくその理由はシグナムが着ている鎧。
金属片はほとんど見られない軽鎧の類だと思ったが、重鎧以上の硬さがある。
まるで何か見えない力場でも存在するような防御力だった。
内部にまで衝撃が通らない、決定打が見出せない。
両者とも必殺の間合いに居ながらも、掠り傷すら負わす事が出来ずにいた。
恭也の目的はシグナムの後ろに倒れている少女。
シグナムの目的は今この場を邪魔する相手の排除。
己の信念に従い両者黙って死合を続ける。

「……シッ!」
「―――何!?」

恭也が刀を振るいシグナムがそれを避けた瞬間、剣を持った右腕が拘束された。
見ると恭也の左腕が刀を持つ手でどうやら何か別なものを操っているようだ。
それは先程も見せた鋼糸、立ち合いの際すぐに外されたのでよく理解は出来なかった得物だ。
まるで動作に不審な点が無く、糸が絡まる一瞬まで気配が無い。
恐ろしいほどの静を体現したその技量には内心舌を巻く。
恭也はシグナムの片腕を拘束すると糸を持つ左腕を器用に動かす。
本来ならば腕程度は使用不能に出来るほどの拘束力なのだが、それはどうやら不可能なようだ。
理由としては先程挙げたシグナムの鎧、糸が食い込んではいるが……肉は愚か皮にまでも届いていない。
本当に一時的拘束の役割しか果たせてはいなかった。

(………化け物か)

恭也は心の中でそう毒づくと、冷や汗を流す。
剣の技量としては御神美沙斗には及ばないものの通じるものがある。
その一撃は苛烈であり剛胆、まともに受けたら恭也の刀は根元から折れてしまいそうだ。
神経を研ぎ澄ましシグナムの行動を制限させ、残った刀で釣った右腕を斬りつける。
瞬間、シグナムは驚愕の表情を見せるが……驚いたのは恭也の方だ。
刹那の間合いから解き放った『薙旋』、本来ならば人間の腕ぐらいは斬り落とす技。
しかしシグナムの右腕はまだついており、更に言えばまるで木にでも引っ掛けた程度の服の破れ方で刀が止まっていた。
鮮血が申し訳ない程度に舞う、だがその時点で距離を離したのは恭也だった。
初めて相手に負傷を負わせたが、追い詰められたのは恭也の方だ。
有り得ない、どのような素材で出来ている鎧なのかは知らないが……防御が鉄壁すぎる。
敗北の影がチラつき、軽く舌打ちをする。
だが、驚いたのはシグナムも同じだ。
今恭也が破ったのは魔力によって作成された強化服だ。
身体全体を覆うように不可視の防御フィールドを形成しているバリアジャケットをただの人間が破る。
その事実がシグナムの心の動揺を誘った。
共に強者、相手の力量を確かめる段階は過ぎた。
だから……シグナムは眼を閉じて呟く。

「済まない、どうやら私は侮っていたようだ」
「……あぁ、俺もだ」

恭也も相手が女性だと知って一瞬思考が惑った事を反省する。
間違いなく今まで戦った中でも相手は一線級の剣士……いや騎士だ。
―――どうやら簡単に勝てる相手ではない。

「高町恭也……と言ったな、次は本気でいく」

刹那、恭也は怖気が全身を駆け巡った。
―――何かは分からない、だが確かに何かが視える。
まるでシグナムの周りを包み込むように、その光は体中を舞っていた。
それは魔導師なら誰もが知っている、魔力光。
魔導師が魔導師たる事実を示す魔法を使う際に漏れ出す魔力の残滓だった。
シグナムは剣を正眼に構え、ゆっくりと走り―――否、飛び進む。
瞬間……シグナムは恭也の傍まで一気に低空を滑る様に高速で移動した。

「……烈火の将、剣の騎士シグナム……参る!」
『Explosion(爆発)』
「―――っ!?」

路地裏に、烈火の炎が舞いあがる。
轟音が辺りに響き渡り、恭也が居た場所は一瞬にして焦土と化したのだった。

 

 

 


―――実に迂闊だったと言えるかもしれない。
祐一は倒れたフェイト・テスタロッサの名前を呼んでいた。
この度の事件は別に管理局員なら知る事は誰でも出来る。
だから祐一がフェイトの名前を知っている事には何ら不思議は無い。
しかし、それでも祐一は内心で焦った。
フェイト・テスタロッサ、プロジェクトF.A.T.Eの遺産。
記憶転写型クローン、作りだされた命。
プレシア・テスタロッサ事件の協力者、魔導師ランクAAAクラスの少女。
そして―――あの"スカリエッティ"の研究の一つ。
気持の整理はしていた筈だが、急の対面に祐一の息が止まった。
そんな祐一を見て、フェイトは困ったように床から祐一を眺めている。

「えっと…あの」
「祐一さん、彼女困ってますよ」
「―――あ、あぁ……すまん」

美汐の声を聞き、ようやく祐一は思考を正常に戻す事が出来た。
フェイトが倒れている事を再認識すると祐一は手を伸ばす。

「悪かった、怪我してないか?」
「あ、はい……大丈夫です」

少女は頬を微かに染めて祐一を手を取る。
そんなフェイトを見て軽く苦笑を洩らした。
確かに相手は自分が気になるものの近くにいるかもしれないが関係ない。
彼女は彼女であり、一人の立派な人間なのだ。
思い違いにようやく気付き、祐一は気持ちを切り替える。

「フェイト・テスタロッサ……だよな、俺は相沢祐一準空尉だ」
「…………えっと、はい」
「よろしくな」
「よ、よろしくお願いします」

いきなりの自己紹介にフェイトは不思議そうな顔を浮かべる。
祐一が何故自分の名前を知っているのか、何故自分の顔を見た瞬間驚いたのか。
色々と聞きたくもあったが、取りあえず返事だけをしておいた。
そんなフェイトを見て祐一はもう一度苦笑したのち、後ろで興味深そうにこちらを見ている二人に促す。

「天野に真琴、自己紹介」
「えっ、真琴も?」

意外そうな表情で真琴は祐一を見る。
どうやらいつもの通り人見知りが発動しているらしい。
祐一は真琴の背中を軽く押してフェイトの前まで進める。

「当たり前だろ、ほら……」
「う〜、……祐一の使い魔の真琴」
「ちゃんとよろしくって言っとけ」
「……あぅ〜、よろしく」

真琴は小さくそういうと祐一の背中に隠れてしまった。
それに対してフェイトも軽く頭を下げる、どうやらまだ事態がよく呑み込めていないようだ。

「天野もな」
「……天野美汐執務官です、よろしくお願いします」

美汐は祐一に何も問わずフェイトに向かって自己紹介する。
祐一の様子を見て何かを悟ったようだ、いつもより柔らかい笑顔でフェイトを見る。
昔、祐一は美汐のその顔を見たことがあった。
あれは管理局に入った1年後の夏、祐一が使い魔として沢渡真琴と契約したすぐの頃。
当初見るもの全てのを怖がっていた真琴、朝から晩まで祐一に付きっきりだった時があった。
使い魔として何の役割も与えず、ただ自由に生きさせる為に契約した。
だがあまりの自由さを与えた為に真琴は生きる事を持て余してしまう。
相沢祐一の使い魔として、沢渡真琴という使い魔として。
使い魔として生まれ変わったのに、生まれた瞬間使い魔としての役割を放棄された存在。
そんな自己矛盾を抱えながら、真琴は祐一の背中に隠れる日々を送っていた。
しかしある日、偶然捜査が一緒になった天野美汐と出会う。
その頃の美汐はまだ執務官ではなく、ただの執務官補佐だった時期。
怯える真琴を見て、美汐は一瞬顔を曇らせたがすぐに笑顔を見せ近寄ったのだ。
逃げようとする真琴を、優しく呼び止め……真琴自らが祐一の背中から出てくるのを待ってくれた。
強制はしない、この世界に生きているのは真琴だから全部自分で決めるといい。
そんな包容力で接し、長い時間をかけて真琴と友達になってくれた美汐の笑顔が今見せている表情だった。

「お怪我はないみたいですね、相沢さんも気をつけないと駄目ですよ」
「おう、すまん」
「私に言われても困りますが」

そう言って美汐は軽く笑う。
フェイトや真琴に向ける笑顔とは違う、同僚に向ける笑顔だった。

 

 

 


(……どうしよう)

それが今のフェイト・テスタロッサが思考する唯一の事だった。
今自分の目の前にいるのは茶髪で何処かやる気というものが全体的に欠けている局員制服を着ている青年。
そして栗色の髪で少し癖毛がある、黒い執務官の制服を着ている女性。
その二人の後ろに隠れるようにしてこちらを見ている気の弱そうな少女。
何故か青年の方は最初からフェイトの名前を知っていた、それが不思議でならない。
局員ならば確かに知る機会ぐらいはあるのかもしれない。
それほど大きな事件だったから当たり前なのだが、それ以上の何かをフェイトはその青年から感じていた。
ぶつかった時に垣間見えた青年の、表情。
あの顔は、何かを見据える顔だった。

(こういうのは、少し苦手……)

しかし今はその表情も隠れこちらに笑いかけてくる。
まるで従来の仲間を見るように、時間に遅れてきた友達を見るように。
フェイト自身、普通の日常とは言い難い生活を送っていた。
だからこうやって人と接する事にはまだ慣れていない。
悪い人ではない、とはわかっているのだがやはりどう対応していいのかわからない。

(なのはの時は、どうしたっけ……?)

ふっ……と、自然に思考に浮かび上がってきた少女がいた。
自分を知り、理解して本気でぶつかって来てくれた……友達。
強くて、優しくて、まるで天使のような微笑みをくれる。
そんな彼女から、フェイトは教わったはずだ。

『簡単だよ』
(あぁ、そうだ……簡単な事だったんだ)

少女の声がフェイトの心の中に木霊する。
生まれた理由を知って、母親を失って、でもなのはだけは自分の友達で居てくれた。
友達になる為の、簡単な儀式。

(なのはが教えてくれたんだ)

だから、フェイトは勇気を出す。
もう優しさに、寂しさに震えているだけの自分じゃない。
前に進むんだ……恐れずに。
何時か、自分の名前を呼んでくれたなのはのように。

『……名前を、呼んで?』

―――そんな大切な事を教えてくれた友人のように。
一歩ずつ、歩んでいけばいい。

「相沢……さん」
「ん、どうした? テスタロッサ」
「……あ、フェイトでいいです」
「んじゃ俺も祐一でいい、そう呼んでくれ」
「は、はい……えっと祐一さん?」
「おう、それでいい」

そう言って、祐一は満足そうに微笑んだ。
フェイトは少し恥ずかしそうに顔を伏せる。
だけど、その表情は確かに、確固とした少女自身の成長の表れであった。

 

 

 


あとがき
今回実に解説部分が多く難解。
こんなの理解出来ねーよという方、申し訳ない。
もっと詳しく知りたい人はNanonWikiを見るかなのは設定集を買ってくださいな。
他にも自分はなのはの漫画など結構参考にしてます。
まあ後は勿論アニメ見返したりと……さて宣伝はここまで。
月宮あゆさん大暴走(何
魔導師ランクAAというとあれですよ、機動六課のスバル達の最終回ぐらいの強さ。
あゆはどっちかっていうとなのはやはやてよりの魔導師みたいですね。
何であの強さで武装局員なんでしょうね、謎です(ぉ
後、魔導師ランク=強さでは無いですよん。
あくまで魔法資質などの基準です。
余談ですが、最近19歳も悪くない気がしてきました(ぇ

 

■SS辞書■

―クロスレンジ―
近距離武器が有効になる距離。
古代ベルカ式や近代ベルカ式魔導師が得意とする距離であり、魔力斬撃や近接魔法が届く範囲内。

―ロングレンジ―
大出力魔法距離、砲撃魔法や遠隔発生魔法が有効な距離。
アウトレンジにも該当する広域攻撃も含まれる。

―広域エリアサーチ―
広域観測魔法の総称、サーチャーを飛ばしたり感知空間を広げたりして観測をする。
相手の体温、魔力反応などを察知して探し出す事も可能。
高位の魔導師には意外と必須技能である。

―フリューゲル(Fluegel)―
月宮あゆが扱うインテリジェントデバイス。
翼を模した形の杖であり、中心には赤い水晶のような玉がはめ込まれている。
待機モードではカード状の形状をとっている。