翌日、祐一は憂鬱な気分で目を覚ました。
昨日の魔法使用はもう管理局に伝わっている筈なので誤魔化しはきかない。
まあ失態は失態だ、諦めるしかない。
諦めて処分を受けよう、祐一は机の上に置いたデバイスを手に取る。

『Are you going out?(お出かけですか?)』
「まあな、地上本部に出頭する」
『Why?(何故?)』
「不良デバイス、ついに壊れたか? 昨日事故起こしただろうが」
『What's worrying you?(何の心配ですか?)』
「……休暇取り消しとかの処分だよ」
『We are safe now(もう大丈夫です)』
「……はぁ?」
『Disposal was canceled(処分は撤回されました)』
「…………はぁ!?」

朝のミッドチルダに驚愕の声が響いた。

 

魔法少女リリカノンなのは
第一話
「不穏な気配」

 

「……おかしい、おかしすぎる」
「あぅ? 祐一どうしたの?」
「様子がおかしいですね、相沢さんどうかしましたか?」
「何でだ、何でこんな事になってるんだ……」

昼時、真琴と美汐に合流した祐一は、しかし二人を認識していないように独り言を呟く。
指にはリューナを嵌めて旅行鞄を携え休暇準備が完了はしている。
しかし本当なら休暇取り消しぐらいの処罰は覚悟していたため旅行鞄の中はグチャグチャだ。
今朝リューナに言われ通信で確認を取ったのだが、確かに祐一の攻撃魔法の市街地無許可使用はバレバレだった。
だが、その事に対する処分は見送られた。
何故か、それは故意に起こした事故ではなく偶然に起きた事故であるために自己防衛として処理されたらしい。
……ありえない、どうも話が上手く転がりすぎていた。

「不良デバイス、お前何かしたのか?」
『I don't have anything to do with that so there's nothing I can say(私は関係していないから何も言う事は出来ません)』
「…………そうか」

デバイス、リューナがそう言うならそれは事実なのだろう。
冗談で記録改竄を進めたりはするが、単独で祐一の為にそんな勝手な行動を取るとは思えない。
仮に防衛の為に嘘をつくとしても祐一にその必要の是非を伝えるだろう。
その所は信用しているため、祐一は頭を悩ませる。
第一まだ事故が起きてからそう時間も経っていない。

「……って事は、あの時の人影に何かあるのか?」

まだ弁解もしていない祐一がいきなり無罪になった理由。
それはあの時見た人影に、何か関連する意味があったのだろか。
まるで、事件自体を素早く終わらせて……あの夜には何も起こらなかったかのように見せかけているような。
いや、そんなまさか……。
大体そんな改竄がされていたというのなら、それをした人間は管理局の中枢に食い込んでいるほどの権力者だ。

「ゆーいちー、無視するなー!!」
「うお……あ〜はいはい」

いきなり背中に圧し掛かって来た真琴を引きはがすと祐一は重くため息をついた。

「本当に大丈夫ですか?」
「あー、すまんすまん、気にしないでくれ」

美汐の心配そうな顔を見ながら祐一は苦笑した。
本部の決定となれば局員の祐一は従うしかない。
それを疑うなら今まで自分が所属していた組織を疑うという事だ、そんな事はしたくない。

「問題なし、気にしすぎか」

気持ちを切り替えたように祐一は旅行鞄を持ち直す。

「天野はこれから本局行きか?」
「はい、首都にはもう用はありません」
「んじゃ一緒に行くか、こっちも船に乗らんとな」
「じゃあまだ美汐と一緒だ〜!!」

真琴が昨日のように美汐に飛びつく。
美汐も予想してたのか問題なく真琴を抱きとめた。
そんな光景を眺めていたリューナがポツリと漏らす。

『……Please embrace me, My master(私を抱きしめてください、我が主)』
「何故対抗意識を燃やすのか、不良デバイス」

 

 

 


その頃、第97管理外世界。
極東地区日本、海鳴市より北にある華之市である事件が起こっていた。
時刻は日本時間にして23時15分。

「魔力値、申し分ない」
「……えっと、誰かな?」

夜中の街でその少女は怯えたようにその人影を見つめていた。
その人影は、少女の気づかぬうちに後ろから近づいていた。
気づいた時には、既に射程範囲。
少女は夜中、宿題をしていた時シャーペンの芯を切らしていた事に気づき外に出た。
目的地は家から数分離れた商店街にあるコンビニ。
何も危なくない、行き慣れた道筋だった。
それなのに、どうして今日に限ってこんな"モノ"に遭遇してしまったのだろうか。

「すまないが……抵抗しなければ手荒な真似はしない」

その人影は矛盾した事を言いながら手に持った剣のようなものを少女へと向ける。
少女は数歩下がりながらも、人影から目を離さない。
相手の目的は分からないが、何をされるのかは大体分かる。
恐らく、抵抗してもしなくても手荒な真似はされるという事だけは……分かる。

「それ、デバイス……だよね? 管理局の人?」

少女は枯れたような声で人影が持っている剣を指す。
だが人影は少し黙った後、軽く首を横に振る。
否定、だとすると……目の前の人影は何なのだろうか。
少女の記憶の中には、管理局以外に"この世界"で魔法の事を大真面目に話す人間などいなかった。
目的も不明、正体も不明。
……それは、何と言う恐怖だろうか。

「う〜、困った」
「怨むなとはいわない、それに殺しもしない」
「必要なのは、魔力?」
「……あぁ、正しくはリンカーコアだがな」

少女は困ったように首を傾げる。
しかし人影はそんな少女には目もくれず、黙ってデバイスを振るう。

「―――レヴァンティン」
『Jawohl(了解)』
「………っ!」

瞬間、人影は地を蹴って高速で接近してきた。
少女は息を呑みその光景をただ見ている事しか出来ない。
人影はデバイス、レヴァンティンを振りかぶり……刃の無い方で少女の首筋を叩く。
一瞬で少女の意識を刈り取った人影は、気を失った少女の体を片腕で受け止める。

「………………すまない」

人影はそう謝りながら、唇を強く噛んだ。

 

 

 


場所は変わって時空管理局本局。
その正体は巨大な艦であり、一つの街を内に持つほどの面積がある最早小さい惑星レベルである。
無限書庫や艦などのメンテナンス施設があるのはこの本局である。
ちなみに無限書庫とは世界の書籍やデータが全て収められた巨大データベースである。
局員には世界の記憶を収めた場所と呼ばれ、探し物をするには最適な場所だ。
しかしあまりにも巨大で膨大な為に中身のほぼ全てが未整理である。
年単位での調査をチーム単位で行う場所であり、使用するまでにはかなりの経験が必要となる。
そんな時空管理局本局に、祐一達は来ていた。

「アースラ?」
「あぁ、俺達がこれから乗る船の名前だ」

次元空間航行艦船アースラ、近頃本局と第97管理外世界とを最近頻繁に行き来している艦だ。
最近起きた次元犯罪を解決した艦だったらしく、その後処理などで地球と往復しているらしい。
今回はついでという事で地球まで乗せてもらう事となった。

「最近起こったロストロギアを使った犯罪に関わった船ですね」
「あぁ、流石は執務官……知ってるな」
「ハラオウン艦長とは知り合いでして、事件の大まかな概要ぐらいは聞いていますから」
「へ〜、じゃあそれに関わった"民間協力者"の事も?」
「聞いてますよ、AAAランクレベルの魔導師だったそうです」
「……AAAランク…ねぇ」

祐一は軽く苦笑する。
AAAランクといえばエースと呼ばれるに謙遜ないレベルだ。
エースオブエースの集団、戦技教導隊辺りが喉から手が出るほど欲しい人材だろう。
魔導師ランクB+にしてみれば、思うところもあるのだろう。
そんな祐一を察したのか、デバイスであるリューナが光る。

『…………master?(主?)』
「ん? 何だ?」
『Lolita complex?(ロリコン?)』
「ちげぇよ、馬鹿デバイス」

祐一はそう言いながら軽く指輪を叩いた。
どうやら察したわけではなく嫉妬していたらしい。
デバイスが人間に嫉妬する意味がわからないが……っと祐一は苦笑する。
まったくこのデバイスは本当によくわからない。
高性能のインテリジェントデバイス……というだけでは説明できない行動の数々。
使用者である祐一自身が未だに理解出来ない部分が多々あるデバイスだった。

「祐一、早く乗ろうよ!」
「ん、あぁ……天野も行くか?」
「はい、ハラオウン艦長にご挨拶したいですし」

リンディ・ハラオウン、次元航行部隊所属艦アースラの艦長だ。
祐一自身はリンディ自身には面識が無いが、ハラオウンという名はよく知っていた。
奇跡の立役者、次元犯罪を防いだだけではなく管理局に利益すらもたらした時の人。
あの規模の事件で何事も無く済んだだけでも驚愕だというのに。
次元犯罪……プレシア・テスタロッサ事件。
遺失遺産の違法使用による次元災害未遂事件。
次元震を人為的に発生させ複数の次元世界が崩壊しかねなかったほどの大事件だった。
主犯であるプレシア・テスタロッサはその後虚数空間に消える、事実上の死亡である。

『master(主)』
「ん……何だ?」
『Look carefully in front of you(前は見た方がいいですよ)』
「え、うおっ……っ」
「あっ」

祐一が前方不注意だった事をリューナは警告するが時既に遅し。
前方の分かれ道から歩いてきた人物とぶつかってしまった。
リューナの警告もあり、衝突は防げなかったが何とか倒れずに済んだ。
……余談だがデバイスの特性上リューナはこの距離のエリアサーチ程度は行っていただろう。
しかしあえて祐一が回避不可能になる距離まで話しかけなかったのは前日の封印処理のお返しだろうか。
閉話休題、祐一はぶつかった相手を確認する。
――目の前には朝露のような滑らかな金髪が舞っていた。
その少女は儚い顔立ちをしており、虚を突かれたのか驚いた表情で祐一を見上げている。
そして、その少女の顔を見た瞬間……祐一は眼を見開いた。

「フェイト……テスタロッサ?」
「………え?」

 

 

 


『Sammlung(蒐集)』
「うぅ……あっ!!」

路地裏、襲われた少女は地面に寝かされていた。
少女の胸部近くに浮いている茶色い表紙の"本"が、リンカーコアから魔力を吸い取っている。
その様子を少女を襲撃していた人影は黙して見守る。
表情はまるで苦虫を噛みしめたような顔になっていた。
納得していない、そんな表情だが……しかし軽く眼を閉じる。

「…………次は他世界に場所を移すか」

人影はそう呟く。
どうやら目の前の少女は管理局員ではないようだが、存在は知っている。
ならばここでの蒐集は控えた方が得策だろう。
この世界は魔法という概念が確立されてはおらず、蒐集にはある意味安全で適した場所だったのだが。
しかし魔力を持つ人間は少なく、どの道何時かは場所を移さないといけない。
っと……聴覚に自然の音でない不純な風切り音が届いた。

「―――音?」

人影は怪訝そうに眉を顰める。
瞬間……空気を切り裂いて闇夜に光る白い線のようなものが腕にからみついた。
それを確認して、しかし反応できなかった事に内心で驚愕を感じる。
辺りを確認するが、人影は見えない。
しかし、それを否定するように声だけが路地裏に響いた。

「何してるんだ、こんな場所で」
「これは……糸?」
「鋼糸という、それで……もう一度聞くが何をしてるんだ」

どうやら声からして男のようだが、視界には入らない。
姿を消しているのか、しかし魔法を使っているような気配を視えない。

「管理局員、ではないみたいだな」
「ただの民間人だ、その管理局員とやらは知らないな」

となると……成程、この世界の達人という奴だろう。
魔法は確かに単独戦闘力としてはかなりのものだ。
だが稀に魔法が使えない者でもそれらを打倒するほどの力を持つ者も存在する。
質量兵器も持たず、ただ己が肉体のみで魔法に匹敵するほどの実力者だ。
本当は魔力を持たないような者には用は無いのだが……。
しかし、邪魔をするというのなら排除しなければならないだろう。

「ならば退くことを勧める……っと言っても無駄だろうがな」
「あぁ、悪いがそこまで無関心になれるほど人間として堕ちていないんでな」

そして、路地裏の入り口にようやくその人物は現れた。
それは黒髪で鋭い目つきをしている青年だった。
両腕には一本ずつ刀身が短い日本刀を持っており、隙が無い構え方で睨みつけていた。
その様子を見て、人影は油断なく持っていた剣のデバイスを構える。
……どうやら、簡単にあしらえそうに無い相手のようだ。

「二刀流の騎士か」
「俺は剣士だ、名を――高町恭也という」
「高町恭也、私は…………ベルカの騎士シグナム」

そして、人影……ベルカの騎士と名乗った女性の顔が明らかになる。
それを見て高町恭也は一瞬驚きに目を見開くが、すぐに思い直す。
性別など関係ない、問題はどれほど"デキる"のかだ。

「…………退く気はないんだな」
「最早語る事もない、ただ交わすのは剣のみ……そうではないか?」
「……そうか」

恭也はそれだけ確認して、シグナムへと駆け始めた。

 

 

 


あとがき
高町恭也は高町なのはの兄です(何
とらいあんぐるハート3参照。
ちなみに美由希との訓練帰りです。
アニメ見たときはなのはの声に違和感を覚えたものですが、今はもう慣れました。


■SS辞書■

―リンカーコア―
魔導師の魔力の源。
魔力を大気から体内に取り込んだり、体外に放出するのに必要な器官。
対象は人間だけではなく動物も稀に持ち合わせている事もある。

―アースラ―
時空管理局巡航L級8番艦、次元空間航行艦船アースラ。
艦長はリンディ・ハラオウン提督でこの船のクルーはPT事件に深く関わった。
現在重要参考人であるフェイト・テスタロッサを拘留中。
ちなみに時系列的には嘱託としての試験を受けた数ヵ月後である。

―シュテルンベシースング(Stern Beschiesung)―
砲撃魔法直射型の一種、祐一が得意とする魔法である。
砲撃速度が早い直射砲であり射程と威力を捨てて素早さをとっている。
主に遠距離、ロングレンジで使用される。
使用者:相沢祐一

―フュンフランツェ(Funf Lanze)―
射撃魔法誘導制御型の一種、祐一がデバイス無しでも発動出来る射撃魔法。
数は5つに限定されているが誘導追尾性能が高く物質貫通能力がある。
主に中距離、ミドルレンジで使用される。
使用者:相沢祐一

―ラウンドシールド(Round Shield)―
魔法陣を使用した円形の盾を作り出す防御魔法。
一方向のみの防御しか出来ないがその分防御力は高く特に魔力弾への防御に優れる。
ミッド式魔導師の多くが使用する。
使用者:相沢祐一