結界内、世界とは隔絶された空間でありながらそこも世界の一部なのだという矛盾。

魔法の力を借り作られた絶対なる領域は何者にも侵されずただそこにある事を強制する。

そんな空間内に、二人の少女が両者とも血を流しながら相対していた。

川澄舞、倉田佐祐理。

両者はカノン学園の生徒である、だが学園内の両者の評価は正反対だった。

カノン学園以来の天才と云われた川澄舞、独特の魔法を用いて剣を使い相手を打倒する戦鬼。

直接的な魔法攻撃をほとんど行わず身体能力の向上に特化しているらしいが詳細は不明だ。

何故なら底が見えるまで彼女を追い詰めた者はまだ居ないからだ。

ほとんどは一撃必殺、一撃必中の信念の元に沈められていく。

しかし実戦経験が少なく素材としては間違えなく一級品なのだがまだ未熟な点も目立っていた。

競争者の絶対的な不足は彼女にこれ以上の向上の機会を失わせていた。

対して倉田佐祐理という少女の評価は平凡なものだった。

目立つ部分が無いというよりは目立つ存在ではない。

カノン学園には珍しいお人好しの称号を生徒間で名付けれている魔法使いだ。

落ちこぼれというほどではないが華が無い。

扱う魔法も極々平凡なもので強さというよりも弱さが目立つ。

その割には何故か何時も序列生徒から外れた事は無い。

何時も運がいいような場面に出くわしたり組んだ相手の力量が高くそれに上手く便乗して合格する事が多かった。

観察眼ぐらいは人並みにあるのか、そんな程度の評価は常にあった。

だが、そんな二人が何故か今……目の前の相手を打倒しようと必死になりながら傷つけ合っている。

しかも一方的な展開ではない、ほぼ拮抗しているような状況で。

 

「あはは……大人しく記憶を無くしてくれませんか?」

 

佐祐理がボロボロになったカノン制服を軽く右手で撫でながら笑いかける。

だがその額からは血が流れおちており、服を撫でる手からも絶えず血が滲んできている。

舞はそんな佐祐理の普段通りな振る舞いに不似合いな現状を見て軽く背筋に震えを覚える。

間違いない、今目の前の相手は……静かに怒りの頂点が吹っ切れている。

舞も最早動きづらくなった右手で口内から流れ出していた血を拭った。

徒手空拳だったが退くわけにはいかない。

それに―――目の前の少女ほどではないにしろ、舞も知らぬ内に感情が揺さぶれているのだから。

 

「……これ以上戦うなら、私も本気を出す」

 

虚勢ではない言葉をぶつける。

オーガに殺されそうになった面影は残っていない、今此処に居るのはカノン学園最強と呼ばれた者だ。

その気迫に、佐祐理が気づかないわけがない。

内心では勝率の計算は終わっているが、不確定要素が多すぎるのも確かだった。

間違いなく、川澄舞はオーガと戦った時より強くなっている。

その理由も大体察しがついてはいた。

川澄舞、カノン学園で彼女に勝てるものなど存在しない。

何故ならば、舞はこれまで実戦経験こそは少ないがそれは戦った事がない相手や種族に限られる。

魔法使いとの戦いならば舞は慣れている、つまり……カノン学園に居る限り川澄舞は最強なのだ。

つまり川澄舞は対魔法使い戦ならば―――その能力を発揮できる。

 

「それでは、死んでも怨まないでくださいね〜」

「わかった、私が殺しても怨まないで欲しい」

「……あはは〜、それは確約出来かねますね」

「……じゃあ、私も」

 

互いの顔を見合って軽く苦笑を浮かべる。

確認は終わった、後は互いの信念を貫き通す時。

相手の切り札が読めない今、残されている事は自分の能力を最大限発揮する事だった。







ロードナイツ

 

外伝

「熱風一夜(後編)」

 

 

 

 

数十分前、倉田佐祐理は川澄舞を学園の屋上まで運んでいた。

転移魔法……予め決められた移動先に転移する高等魔法。

瞬間移動魔法ほどではないが、扱いが難しい上位に位置する魔法であり習得は困難と極める。

ちなみに現在カノン学園で転移魔法が使える魔法使いはほとんどいない。

正式に確認されただけでも学生ではなく教職員が一部使用できる程度だ。

大体標準的な魔法使いがこの転移魔法を取得するまでにかかる年数は5〜6年がいい所だろう。

だがそれまで他の魔法を覚える暇がないほど研究し修練し鍛練しないといけない。

使い勝手も瞬間移動魔法より難しく、また決められた場所にしか転移出来ない事に問題がある。

魔力消費量は使用効果と照らし合わせても割に合わない。

初見の場所では扱えない事や精神状態が安定している時にしか使用できないなどの制約も付き纏う。

確かに使える場所で使えば無敵に近い移動力を手に入れられるが、リスクの大きさから率先して覚える魔法使いは少ない。

余程の魔力量と、習得に対する情熱が無い限り今後も使える魔法使いが増える事は無いだろう。

そのような魔法で倉田佐祐理は川澄舞を助け一撃でオーガを倒すという技術を見せた。

魔法運用に関して言う事はないほどに洗礼された一撃離脱の精神だ。

 

「あはは〜、上手くいきましたね〜」

「…………」

 

未だ呆然と佐祐理に掴まれた腕を見つめている舞。

思考が追いついていなかった、あまりの場面転換についていけない。

だがそんな舞を見透かしたように佐祐理は邪気の無い笑顔を向ける。

 

「さてっと、お名前は川澄舞さん……でしたよね?」

 

佐祐理は思考の中の人物名簿と照らし合わせて確認を取る。

無言で呆然としながらも頷く舞を見ながら佐祐理は満足そうに掴んだ手を離した。

舞の体が雪の上に落ちる、屋上はあまり人が立ち入らない場所なので足跡も無く……柔らかい音が鳴る。

まるで霜柱をつぶしたような音で舞の耳に鮮明に届いた。

そして次の瞬間、風を切る音が続いた。

 

「…………っ!?」

「あ、避けないでくれると嬉しいです」

 

佐祐理の緊張感がない声が前方からした。

先ほどとは違い数メートルは離れた場所で、手にした小さな杖を手に笑顔ながらも不満そうに頬を膨らませている。

佐祐理が離れたわけではない、舞がその位置まで後退したのだ。

両者の間に一筋の道が出来ている、雪を抉ったような道だ。

それは佐祐理の足もとから舞の足まで伸びており、舞は体中に雪を化粧しながらもその光景を油断なく確認する。

何故なら、倉田佐祐理が振るった杖を両腕で受けて衝撃を殺しながら地面を数メートル引き摺られた後だったからだ。

普通の衝撃とは違う、魔法をレジストした事による反動。

ほぼ無意識のうちに防御態勢に入っていたらしい、吹き飛ばされて初めて……倉田佐祐理に"攻撃"された事がわかった。

 

「何を……するの?」

 

舞の目が細まる、体は先程のオーガ戦でボロボロだったが……相手が魔法使いなら対策も思い浮かぶ。

魔法使いの得意な戦術は奇襲などの突発的な攻撃である。

一撃に必殺を込める魔法は便利ながら使う事に制約が多い。

それに反応したのは普段から対人戦を想定している舞の特訓の成果だとも言えた。

しかし未だに思考は混乱している。

何故今この瞬間、一度は助けてもらったこの少女に襲われているか理解できなかった。

だが佐祐理は舞の疑問に答えず笑いながら攻撃を繰り広げる。

 

「―――"ドンナーアクストッ!!" 」

 

オーガを墜とした閃光の斧が舞に迫る。

確かにその魔法自体は強力だが……意識している舞には通じない。

先ほどとは違う、まるで攻撃を予測したような動きで舞はその魔法を回避する。

……体中が痛むが足は止められない、舞は襲いかかる閃光の斧を確認しながらも狭い屋上を駆けた。

そんな舞を見て、佐祐理は少し焦ったように舞の動きを追う。

オーガ戦とは明らかに動きが違う舞の身体能力を確認して笑顔が消えた。

 

「あはっ、やっぱりさっき助けない方がよかったですかね〜」

 

そう口で軽く言い放つと、佐祐理は屋上から撤退しようとしている舞を見る。

一発で決めるつもりがどうやら彼女は力を隠していたらしい。

何故それをオーガ戦で出さなかったのかは佐祐理にはまだわからなかったが、自らの失敗を恥た。

やはり感情に揺り動かされて迂闊な行動を取るとこういう破目になるのだ。

一時的な感情など不要なのに、ただ正しい行動を思考する事だけしていればいいのに。

誤って、他人を助けようなどと思い当たらなければ自らの正体を知られる事は無かっただろうに。

だがこの状況、佐祐理は自分の有利を確信している。

オーガにやられた舞の体はそれほど長くは戦闘に耐えられない。

佐祐理としてもそんな負傷者を痛めつける事はしたくないが、この記憶を他人が覚えているのは都合が悪い。

だから舞には記憶という名の媒体を一部破棄してもらわなければならなかった。

 

「だから逃がすわけにはいかないんです、川澄舞さん」

 

そして、佐祐理が普段からこの地点に張っている結界が作動した。

隠密に、しかしその性能は最上級品のものだ。

倉田佐祐理が転移先に屋上を登録していた理由、そして今この状況でここに運んだ理由。

全てが倉田佐祐理の手のうちと言っても過言ではない。

舞は逃亡しようとしていた先を潰され結界の壁を睨む。

その後諦めたように佐祐理に振り替えると、静かな怒りを表す。

 

「質問がある、一つだけ聞かせて」

「……何でしょうか?」

「ここまでされれば私も黙っていられない」

「まあそうでしょうね、佐祐理の希望としては黙ってさっきの記憶を失ってくれれば嬉しいんですが」

 

佐祐理の軽口に舞は答えず目線で佐祐理を動きを制した。

もう迷わない、排除しなければいけない相手が魔法使いなら……川澄舞に負けはないのだから。

得物が無い事は不利の要素だが、素手で目の前の相手を打倒する事に集中する。

無い物強請りに拘らない、迷いがあれば待っているのは敗北の身だ。

 

「だからあなたが墜ちる前に、あなたの名前を教えて」

 

 

 


そして、現在に至る。

既に佐祐理と舞が激突する事数合い目、最早正しく数える事も難しい。

しかし二人とも健在で、負傷と言っても死ぬほどの大きい傷は無い。

出血が激しい箇所もあるが……その程度は各自応急手当ぐらいは出来る。

破れた制服が結界内に散らばり雪と雑じっている。

舞は近接戦闘に賭け、佐祐理はそれを警戒しながら距離を保って迎撃する。

既に転移は知られている為に佐祐理は遠慮なくその力を行使する。

あまりの連続使用に舞は驚愕を覚えたが、何とか持ち直した。

転移魔法といえども万能ではない、瞬間移動魔法ほど行動制限が無限ではないのだから出現間隔さえ掴めれば舞にとって脅威では無くなる。

勿論これは舞の感覚が鋭い結果であり、普通の魔法使いならば間隔を掴む前にやられているだろう。

場を有利に保っているのは佐祐理だが、着実に不利を克服してきているのは舞の方だった。

競争相手が居なかった舞は、しかし然るべき競争相手さえいればまだ伸びる事は当然の結果だ。

 

「……あはは」

 

舞の本気を出すという宣言を受けてから、確実に佐祐理は追い詰められていた。

実戦経験が足りない舞は確かに攻略しやすい相手だと、最初佐祐理は思考していた。

だが足りなかったのは佐祐理も同じ。

幾ら思考能力が優れていると言っても実戦でその力を即座に適応させる事が出来なければ宝も持ち腐れだ。

その点佐祐理は特別優れている、そう言っても過言ではない。

しかし相手が悪かった……普通の相手ならば実戦経験が薄い佐祐理でも思考力が勝っていただろう。

だが今の相手は魔法使いにとっての決戦存在である者だ。

足りない知識を吸収して次々に新しい事を繰り出す相手に、処理能力が追いつかない。

まさにカノン学園最強と呼ばれるに相応しい化物だった。

 

「……戦力分析は終わった」

 

舞は静かに呟く。

しかしそれは佐祐理も同様で、今の舞の力は測定し終わった。

 

「まったく、この世は角砂糖のように脆く……だけど甘く蕩ける様に優しいですねぇ」

 

佐祐理は足もとの雪を軽く払う。

緊張は高まるが、表面上は両者とも通常の状態を維持している。

この場で最強を得るのはどちらなのか。

その結論が……今結果として導き出されようとしている。

 

「"僅かなる光、私の光、緩やかに激しく世界を包みこみなさい"」

 

佐祐理が仕掛ける。

まるで謳うように詠唱を開始する、だがその詠唱内容は舞の知るどんな魔法とも一致しない。

恐らくは独自詠唱による独自魔法。

それもあれほどの実力者がこの状況で使う独自魔法ならば、切り札以外に有り得ない。

対して舞は心を落ち着かせるように目を瞑る。

何をするわけでもなく、ただ精神を落ち着かせているようだ。

それを確認しながらも、佐祐理は容赦なく完成した魔法を放つ。

 

「―――"リヒトシュトラール"」

 

佐祐理の全身から噴出するように光が無数に分かれ舞へと突き進んでいく。

だが舞はその気配を感じながらも何もせずただ黙って魔法の到着を待つ。

刹那、舞を中心にして屋上の一部を巻きこみ光が襲いかかった。

絶対なる光量が屋上を包み込む、屋上の一部は完全に吹き飛ぶ事を予測して佐祐理は回避行動に移る。

杖を二回振ると、瞬く間に杖は箒に変わり佐祐理の目の前に展開される。

佐祐理は急いでその箒に飛び乗ると、結界ギリギリまで高度をあげた。

流石に自分の魔法の被害でやられるほど間抜けにはなれない。

そう思って見降ろしていた佐祐理の頬が、カマイタチに遭ったように軽く切れた。

不思議に思い佐祐理は頬に手をやる。

すると切れた頬から血が垂れてきていた。

破片でも飛んで来たのだろうか、佐祐理は光量の収まりつつある屋上に目を向けた。

しかし……何か違和感を感じる。

 

「あ、あはは」

 

思わず乾いた笑みが零れる。

可笑しい、可笑しい筈だ。

あれだけの魔法、上級レベルに昇華された独自魔法。

それを受けて、目の前の光景は……ありえない。

その屋上は―――まるでそんな魔法が最初から無かったかのように壊れてもいなければ傷もついていなかった。

まるで魔法をキャンセルされたように、消滅させられてしまったように。

なんて―――反則。

 

「言ったはず、私は本気を出すと」

 

対魔法使い、川澄舞は当たり前のようにそこに立っていた。

どのような広範囲型魔法障壁を使えばこれほど綺麗に防ぎきれるのか。

佐祐理の思考が巡るが結論は出ない。

結論だけを出すと、勝率は大幅に下がったと言ってもいい。

倉田佐祐理では今の段階で川澄舞を捕らえ記憶を消去させる事は……難しい。

 

「……困りましたね〜」

 

上空で佐祐理は舞を見下ろしながら流石に苦笑する。

予定外もいい所だ、まさか川澄舞には魔法が通じなくなったのだろうか。

そうなれば魔法使いの佐祐理には絶対的な不利である。

 

「……降参するなら今のうち」

 

だが、そう言う舞も何処か余裕が無さそうだ。

恐らく直接的魔法をほとんど覚えていない弊害だろうか。

物理攻撃手段がほぼ全ての川澄舞にとって攻め手に欠けている。

得物があれば別だろうが、倉田佐祐理を打倒するにはまだ足りない。

 

「さてさて、どうしますかね〜」

 

迷う、記憶を失わせる為に何処まで本気になるか。

今までも十分に本気だったが、形振り構わずというわけではない。

あくまで一般的な魔法使いには有効な手段を行使していたに過ぎない。

相手があそこまでの反則ならば、倉田佐祐理としても反則を使わなければ勝ち目がなかった。

しかしそれは魔法使いとしての底を初めて他人に見られるという事だ。

リスクが重くのしかかる、故に……迷う。

 

「―――次の一撃は恐らく私の最後の攻撃になる」

「ふぇ?」

「だから注意して、気を抜けば……死にかねないから」

 

そして、川澄舞は圧倒的な存在感と共に倉田佐祐理を睨んだ。

となれば……対魔法使いである川澄舞にとって切り札となりえる攻撃だろう。

佐祐理は注意深く舞の動向を探る。

 

「…………行く」

 

鳥肌が波打つように佐祐理を襲う。

全身が警告を発するが、逃げ場はない。

ならば……立ち向かうしかない。

それに、一撃程度ならば佐祐理は回避できるだろう。

忘れているか、倉田佐祐理の得意魔法を。

 

「―――"転移"」

 

佐祐理の体がブレる。

予定出現先は舞の後方、その後すぐに転移してタイミングをずらす。

その結果舞は攻撃対象の捕捉に手間取るだろう。

そう確信して、佐祐理は次の行動に出ようとした。

……だがおかしい、風景が何時まで経っても変わらない。

 

「無駄、あなたの存在は……微弱ながら私が"肯定"している」

 

なんと今度は、転移魔法が使えなくなった。

佐祐理は驚愕に目を見開く。

何の動作も無く、川澄舞は転移魔法をキャンセルした。

しかもそれは今まで出来なかった事を今初めてこなした事に驚きを感じる。

魔法全てをキャンセルするわけではない。

恐らくだが、川澄舞はその魔法の発動タイミングなどを見極めてその上で潰しにかかった。

つまりそれが難しい転移魔法をキャンセルできるようになった、これは絶望的だ。

 

「―――"ドンナーアクストッ!!" 」

「……ふっ!」

 

閃光の斧は舞の手によって払われるように消失する。

まさに反則技、魔法使いの天敵。

彼女を打倒するには、彼女以上の近接攻撃で対応するしか道は無い。

だが元々近接攻撃に優れている川澄舞にそれをするのは至難の技だ。

 

「う〜ん、こういうのを絶体絶命って言うんでしょうね」

「……降参する?」

「いいえ、しません」

「そう、ならば上手く避けて」

 

そう言うと、川澄舞は……動かなかった。

まるで挙動が視えない、なのに―――その衝撃は背後から襲いかかった。

ハンマーに殴られたような衝撃が背中に伝わる。

佐祐理の体は箒から振り落とされるように宙に舞った。

何が起こったのかはわからない、だが……このまま呆然としているわけにもいかなかった。

 

「―――っ!?」

 

何故なら、それを見越して川澄舞が何時の間にか空中へと飛びあがってきていたからだ。

身構える……しかし杖は上空。

そうなると倉田佐祐理も無手、互いに得物無しとなった。

川澄舞が構える、恐らくは一撃。

それだけで倉田佐祐理を行動不能にする気だ。

 

「もう―――気にしてる余裕は無いみたいですね」

 

最後に、倉田佐祐理は乾いた笑みを浮かべた。

本気になるかどうか迷う以前に、本気になっても勝てるかどうか不明な事が恐ろしい。

しかし……唯一対抗できそうなものはそれ以外に思いつかない。

転移魔法が封じられた今、出来る事といえば正面から立ち向かうのみ。

 

「"魔を切り裂く剣となれ、闇悉く打ち消す光となれ、倉田佐祐理の名の下にその力……解放させよ"」

 

佐祐理の詠唱が終わる。

既に両者の距離は近く、表情が確認できる程度まで迫っていた。

 

「―――"シャインデーゲンッ!!"」

 

佐祐理の手が光に包まれ、そこからまるで剣のような形をとった光が溢れ出る。

まるで大気を切り裂くようなその魔法は、倉田佐祐理にとって現在もっとも破壊力のある魔法。

光の剣、古代の伝承にもある英雄がこれを使い竜種を打倒した事が伝承に残されている。

単純かつ強力な破壊力を持つ。

最早対人武装ではなく、対幻想種用の魔法兵器だ。

―――その一撃、天を切り裂き地を砕く。

佐祐理が構える、対して舞も拳を振りかぶった。

初見の魔法でも川澄舞は消してみせた、だがこの光の剣まではすぐには消せないと佐祐理は踏んだ。

何度か試してみたが、川澄舞は転移魔法以外は自らの体に触れられなければ消さないのだ。

寧ろ消せないとでもいうべきか、その証拠に一つ間違えば負傷するであろう高速の魔法も体に当たる直前に防ぐ事が多かった。

 

「ようは……一撃必殺ならば有効という事ですよね」

 

佐祐理はそう結論付けて勝負に出る。

川澄舞がどのような魔法障壁を持っているのかは知らないが、この魔法を防げる事が出来るのか。

魔法の難易度としては最高位、最早瞬間移動魔法にさえ届くと言わんばかりの最上級魔法の類だ。

佐祐理の魔力量でもほぼ全ての魔力が失われてしまう。

それほどまでに、リスクの高い賭けだ。

流石の川澄舞も目を見開き……余裕を無くしたような表情を浮かべる。

その表情から読み取った、佐祐理は確信する。

この魔法を打ち消す事は川澄舞にも難しいという事だ。

 

「―――せいっ!!」

「―――えいっ!」

 

舞の拳と佐祐理の光の剣が交差した。

互いに一撃に賭けた結果、二人を中心にして衝撃が爆発する。

轟音と共に二人の体はそれぞれ別方向へと弾き飛ばされる。

舞の腹部には光の剣が、佐祐理の胸部には舞の拳が。

衝突した瞬間、二人の意識が飛ぶ。

血が噴き出し骨が砕ける。

瞬間、二人がぶつかり合った地点に遅れて混ざり合った力が拡散した。

結界が割れる音がする、そしてそのまま舞と佐祐理は屋上に倒れこんだ。

砕けた瓦礫の上で二人は目を覚ます。

どうやら数秒ほど寝ていたらしい、ほぼ同時に体を起こした。

だが反動で舞の腹部からは激痛が奔り、佐祐理は胸部に受けたダメージのせいで吐血する。

 

「……魔法使いが、起源者に勝てるなんて思わなかった」

 

舞が腹部を抑えながらそう言った。

だが佐祐理は首を振る。

 

「勝ててないですよ、まだ」

 

起き上がる、激痛が奔る体内を無視して力を込めた。

終わってはいない……佐祐理は足もとがおぼつかないながらも舞を睨むようにして歩き始める。

最早笑顔は無かった、そこにいるのは魔法使い……倉田佐祐理としての姿だけだ。

そしてそんな状態の佐祐理は知っている。

相手はまだ、本気を出しきってはいないのだと。

 

「……これ以上戦えばあなたは死ぬ」

「そうでしょう……ね、でも退けません」

 

記憶を失わせなければならない。

結界が消えて相手が逃げられるようになった今、急がなくてはいけなかった。

川澄舞の言葉、あなたは死ぬ。

つまり……舞自身は死ぬ事はないという事だろうか。

それでもいい、佐祐理は薄い思考でそう思った。

 

「それでも私は負けられないんです、守るために」

 

 

 


気がつけば、既に夕暮れだった。

目を覚ました時には雪は止み、赤色の空が一面に広がっていた。

体を起こそうにも激痛で動かない、仕方なく顔だけを動かした。

寝転がっていた隣、屋上からカノンを見下ろしている舞の姿がある。

 

「……あれ?」

 

上手く思い出せない、あの後どうなったのだろう。

思考がぷっつり途切れていた。

覚えているのは叫んで舞へと向かって行った所までだ。

そんな佐祐理に気づいたのか、舞は少し安堵したかのような顔で佐祐理を見る。

 

「……大丈夫?」

「はぇ〜、何が起きたんでしょうか?」

「いきなり倒れたからびっくりした」

 

舞が言うにはあの後すぐに佐祐理は倒れたらしい。

魔力の消失による自己防衛本能でも働いたのだろうか。

考えてみればあたり前だ、転移魔法に中級以上の魔法の連続行使。

いくら佐祐理が特別な理由で魔力が有り余っているからといって楽観できる量ではなかったのだろう。

しかも最後の魔法は佐祐理でさえ普段は封じている切り札のようなものだ。

急に意識を失ったのはその反動ともいえるだろう。

 

「はぇ……」

 

さてどうしようかと佐祐理は首を捻る。

今さら記憶を失わせる事は出来ないだろう。

何せ相手は自分より実力が上、相性が最悪と言ってもいいほどの相手だ。

だがここで川澄舞を逃がしてしまっては倉田佐祐理として終わってしまう。

 

「……じゃあ私は帰る、怪我は早く治した方がいい」

 

そう言うと舞は立ち上がった。

どうやら佐祐理が起きるまで待っていたらしかった。

佐祐理は焦る、満足に動かせない体を無理やり動かした。

 

「ちょっと待ってください!」

「…………何?」

 

舞は不思議そうに佐祐理が掴む腕を見る。

まだ戦う気なのか、まるでそう言っているように。

だが佐祐理は首を振った。

確かに敵わない、だがそれで諦めるほど佐祐理は諦めはよくなかった。

 

「えっと、あはは……お友達になりましょう!!」

「…………?」

「ここまで命のやり取りをした仲です、仲良くしましょう!」

 

佐祐理は笑顔で舞に告げる。

勿論、川澄舞を監視するために。

自分の秘密をバラさせるわけにはいかない。

もし舞が秘密を他人に言おうものならもう一度命を賭けて戦うしかない。

倉田佐祐理としての決意、それをどう思ったのか舞は無表情だった顔を難しそうに顰める。

それはそうだろう、佐祐理は心の中で自分に突っ込んだ。

今まで何も告げず記憶を奪おうとした相手なのだ、普通頭がおかしくなったとしか認識されないだろう。

 

「昨日の敵は今日の味方ですよ〜、過去の遺恨は流して友達になりましょう」

 

佐祐理の額から冷や汗がでる。

失敗した事はわかっているが、止まらない。

焦ってばかりで事態が好転するほどの意見が出せなかった。

もう少しマシな言い方はないのだろうか、佐祐理は自分の発言に泣きたくなった。

そんな佐祐理を見ずに舞は軽く顔を伏せた。

何を考えているのだろうか。

 

「……倉田、佐祐理」

「川澄さん、何でしょうか?」

「私の事は舞でいい」

「あはは、それじゃあ私も佐祐理でいいです」

 

佐祐理はそう言って笑う。

何処かぎこちない笑い方だったが舞は特に気にしている様子はなかった。

 

「それで、何でしょう?」

「一つ……条件がある」

「はい?」

「私が使った……魔法の事は誰にも言わないで」

 

交換条件という事だろうか。

佐祐理は頷く、そういう事なら安心だ。

一方的な約束ではないだけ信用度が増す。

もっとも……舞にそれほど深い理由があるのかはわからないが。

 

「いいですね、佐祐理もそっちの関係の方が好きですよ」

 

……手を差し出す。

すると舞も少し躊躇しながら手を出した。

ここに、友情という名の同盟が組まれる。

互いに利害関係、それを破れば……恐らくは敵同士になるであろう関係。

だが―――二人にはそれが心地いい距離であると感じていた。

 

 

 

 

to be continue……

 

 

 

 

 

 

あとがき

慣れ合いといよりは疑い合い。

対魔法使いでは最強を誇る川澄さん家の舞ちゃんは危なげなく勝ちました。

だけど善戦した方です、佐祐理さんは。

ある意味舞の能力ネタバレですかね、これは。

彼女らが友達同士になるのは何時の事でしょうか。

 


 

 

―――外伝★用語辞典―――

 

―布都御魂―

分類:霊剣 属性:対神族 出典『日本書記』

別名『斬る神の剣』であり、刀自体が神族並みの力を持ち合わせている。

切れ味では最強レベルの剣であり、常時不死者殺し&不老者殺しの加護が付加されている。

更には実体が無いモノ、魂すらも斬りつけられる"神剣神"であり斬れぬモノはこの世に存在しないと云われる。

ちなみに普通の人間がこの剣を持つと魂を吸い取られてしまい、存在自体が消滅してしまう。

この剣を持つためには"神の腕"を持たねばならず、人間には扱える筈がないと云われる。