倉田佐祐理と川澄舞の出会いは、それはそれは素敵なものでした。
咲き乱れるお花畑の中で見つめ合う佐祐理と舞。
全ての時間は止まっていて……二人だけの世界でした。
佐祐理達はどちらともなく手を重ね、見知らぬ相手を歓迎しました。
舞ははにかんだように微笑み、佐祐理は片眼を閉じ悪戯っぽく微笑んだ事を今でも覚えています。
「あなたのお名前は?」
佐祐理がそう聞くと舞は整ったまるで人形みたいな顔を、しかし少し照れくさそうにニッコリと崩す。
それはまるで女神の微笑み、その笑顔を見た瞬間……何故か佐祐理の頬が紅くなってしまうほどに。
「私の名前は川澄舞……あなたのお名前は?」
川澄舞……と佐祐理は心の中で反芻しながら自分の名前を教える。
「倉田佐祐理、佐祐理って呼んでね」
「佐祐理……さん?」
舞は不安そうにそう佐祐理の名前を呼びました。
その姿が小動物のように可愛らしくて、不安そうに…また恥ずかしそうに顔を伏せる舞が愛らしくて。
佐祐理は舞を安心させるように伏せてしまった顔を優しく両手で包み込んのです。
舞の頬に佐祐理の両手が触れる、舞は少し驚いたように顔をあげました。
「んーん、佐祐理でいいよ」
「………さ、佐祐理」
舞は遠慮しながら、だけどしっかりそう呼んでくれた。
消え去りそうな小さい声、心地よく吹く風にさえかき消されてしまいそうな舞の囁き。
だけど、しっかり佐祐理には届いたのです。
初めての友達、初めての親友になれるであろう彼女の声は、確かに佐祐理の胸に。
「うん、舞ちゃん!」
「わ、私も……」
「ん? なぁに?」
「ま、舞……で、いいから」
その瞬間、舞の顔は火が出そうなくらい真っ赤に染まってしまいました。
恥ずかしがり屋で、でも頑張り屋さん。
そんな新しい友達の仕草が可愛くて、佐祐理は舞を抱き寄せました。
「あっ」っという声を漏らしながらも抵抗せず舞は佐祐理の胸に抱かれるのです。
佐祐理はそんな舞の反応が嬉しくて、暫く無言で抱き締めてしまいました。
聞こえるのは最早風の音と花たちの囁き、そして舞の心音のみ。
―――二人の世界は、それだけで十分でした。
「…………うん、よろしくね…舞」
「こちらこそ……よろしく、佐祐理」
「……っというのが佐祐理と舞の出会い〜エピソード1〜という所でしょうかね♪」
「……佐祐理、思いっきり嘘をついては駄目」
「熱風一夜(前編)」
倉田佐祐理は、毎日を嘘の顔で過ごしていた。
友人達に向ける嘘の笑顔、両親に向ける嘘の笑顔。
そして……自らの姉弟に向ける、嘘の顔を。
「お姉ちゃん、怖い」
幼い頃、弟が私に対して簡潔に現した違和感。
幼い弟はその言葉を震えながら口にした。
―――私は昔、弟に厳しかった時期がある。
自らの家系……倉田家を支える父や母の姿を見て育った私は当たり前のように弟には厳しく接した。
それは自分も両親からされていた対応、教育、愛情。
人間は、時に厳しく躾けないとだらけてしまう。
貴族たる者、民の手本となるべく国に仕えるべし。
そんな古い貴族の考えを、少しの疑いも持たず信じていた。
未熟が故に考えもしなかった。
正しいと疑わず、これ以外に道は無いと悟り、行動に示していた私。
「お姉ちゃん、何で怒るの?」
そんな私に震えながらも、初めて反抗した弟。
その一言を発するのにどれだけの勇気が必要だったのだろう?
疑問を問いただすだけの事に、何故脅えながら伺うように質問しなくてはならなかったのだろうか?
―――何故、自らの姉に脅える必要があったのだろうか。
……そして何故私はそんな弟を理解できないかのように一蹴してしまったのだろうか?
「お姉ちゃんの言うとおりにしてればいいの」
その一言を、どうして何も考えずに今まで使い続けてしまったのか。
私は……今になって、苦痛に思う。
時間は戻れないが、戻れるとしたら……やり直したいとさえ思う。
そうすれば、何かが変わると信じていたから。
―――そして、川澄舞はその少女と出会う。
学園に入学してきてから1年、友達も居ず独りでいつものように中庭で素振りをしていた舞はその日急に響いた悲鳴を聞いた。
舞は内心で少し驚きながらも、表情は無表情のまま悲鳴が聞こえた方へ向かう。
どうやら学園から少し外れた場所にある野外の訓練場から悲鳴はしているようだった。
歩きづらい雪の上を慣れたように走りながら舞は手にした得物を確認する。
訓練用の木刀、いつも舞が所持している剣ではなかった。
向こうで何が起こっているのかは知らないが、この装備では十分対応出来るとは言い難い。
もし賊か魔術師だったのなら、最悪殺し合いになることさえ想定すると非常に頼りない。
「…………」
だが舞は無言で歩を速めると握った木刀を振りかぶる。
風を切る音をさせながら木刀は軽く空を裂く。
扱い慣れた木製の剣は手によく馴染んでいる。
これを使えば、殺し合いは出来なくとも……戦うことは出来る。
ならば大丈夫だ、それだけで自分は"存在"できる。
戦う意義が……見つけられる気がする。
そして、舞は悲鳴が聞こえた訓練場にたどり着いた。
目に映るのは広く開かれた訓練場から逃げまどう生徒。
さらに……学生達の後を今も襲いかからんとする者達。
「……オーガ?」
舞は少し意外そうにその光景を眺める。
訓練場で暴れていたのは魔物の中でも筋力が強く知能も高いオーガだった。
普段は山に迷い込んだ旅人を喰らい集団で暮らす厄介な魔物であった筈。
それが何故、こんな雪の国に?
まあそれはいい、舞は思考を切り替える。
今はそれどころではない、学生が襲われているのだ。
このままではカノン騎士団に連絡を取り討伐を頼む時間すら保たないだろう。
舞は軽く息を吸うと木刀を強く握りオーガ達に向かって走り始める。
「…………退いて」
「うわっ、何だ……!?」
「きゃ……!?」
地を蹴りこちらに逃げてきた学生の横を滑るようにすり抜ける。
学生達は舞の姿に一瞬身体が停止しそうになるがしかし生存本能を優先させ振り返る事無く逃げた。
――それでいい、舞は内心でそう思いオーガに全神経を向ける。
そして背後に迫っていたオーガに向かい木刀を振るった。
オーガは突然現れた舞に驚きながらも手にした棍棒を振り下ろす。
振るった木刀と振り下ろされた棍棒は小気味良い音を鳴らし弾かれた。
舞は体制を何とか保ちながら雪の上を滑るように後退する。
オーガは数歩後退る程度で、その場からほとんど動かなかった。
……流石に体格の差が大きいだけあって、筋力も体重でも負けている。
だが、舞はそれでも雪の上を駆けオーガへと向かった。
片腕が駄目ならば今度は両腕で……っと木刀に先ほどは使わなかった左腕を添える。
「―――せぃ!!」
気合一閃、舞は木刀を振り上げオーガへと斬りかかる。
オーガはそんな舞を凝視しながら、しかし素早い舞に反応出来ずそのまま棒立ちで木刀の斬撃を受ける。
舞が振り上げた木刀はオーガの下顎を突き上げるようにぶち当たった。
人間ならば気を失うか、仰け反るぐらいはするものだが……。
しかし、魔物であるオーガにそんな人間のような弱点があるとは限らない。
「ガァアアァアアアアァ!!!」
「………っ!」
オーガは舞の一撃などお構いなしに振り上げた棍棒を勢いよく振り下ろす。
舞は不安定な姿勢のまま跳躍し、後退する。
「………………あっ」
だが、そんな不安定な姿勢ままちゃんと着地する事が出来ず足を雪に取られてしまう。
尻餅をつき、雪に身体を預けてしまう。
何て初歩的なミス、足場の確認を怠って無謀な事をしてしまった。
そんな舞を見てオーガは不気味に表情を歪ませる。
―――嗤っている。
これで終わりだと、これでお終いだと、オーガは嗤う。
流石の舞も体験したことの無い不気味な笑みに瞬間気を取られてしまった。
そして、気づいたときには既にオーガは棍棒を薙ぎ払うように舞へと向けていた。
風を切るような音を響かせて舞に襲いかかる無骨な棍棒。
舞は死を感じながらも木刀を盾のように迫り来る棍棒に対して向けた。
瞬間、舞の身体が凄い衝撃と共に宙に舞った。
「…………ぁ」
木刀はまるで腐りかけの樹木が如く砕け散り舞の身体に棍棒が炸裂した。
激痛よりも衝撃に舞は顔を顰めながら雪の上に落ちた。
……雪の白に舞の血の赤が混ざる。
まさかこんな所でこんなヘマをするなんて……考えてもみなかった。
舞は内心でそう思いながらも、何処か諦めたように軽く宙を仰いだ。
(これで……終わる)
自分の人生が、終わる。
不気味に嗤いながらオーガが雪を踏みしめ自分に向かってくる音が聞こえる。
この音が途絶えたとき、自分の命が尽きる事だろう。
―――もう考えることも億劫だ。
「や、やめろぉぉぉ!!」
「きゃああぁぁぁ、川澄さん! 川澄さんっ!!!」
先ほど逃がした生徒達の声が遠くから聞こえる。
駄目だ、早く逃げないと。
折角逃げられたのだから、遠くまで逃げないと。
自分を殺した後、オーガは必ず次の獲物を探すだろう。
そうなる前に、早く。
―――せめて、自分の生に何か意味があったと思わせて欲しい。
「………グ?」
オーガのそんな間の抜けた声が聞こえる。
それもそうだろう、今自分は……川澄舞は無様にも立ち上がろうと力の入らない腕でもがいているのだから。
身体を少し動かすだけで激痛が突き抜けるがそんなの構っていられない。
自分の身体が動くうちに、せめて生徒達だけでも逃がしたい。
それが―――いつの日か自分に代わってカノンを守る事に繋がると信じて。
「………………な、んで?」
―――こんな時に、ふと疑問に思った。
そうだ、自分は何故こんなにもカノンを守ろうともがくんだろう?
悲鳴を聞いて広場に駆けつけ、騎士団も呼ばずに何故自分で戦いに行ったのか。
戦った事も無いオーガに何の恐れも抱かずに。
わからない、わからないけど……確かに力だけは湧いてくる。
だから舞はその気持ちも無視して、湧き上がる力だけを実感する。
今はそれでいい、今はそれで。
「それだけで、戦えるから…!」
そして舞は立ち上がった。
既に武器はなく、有効な攻撃手段も持たないというのに。
まだ戦えると信じて、満身創痍になりながらも。
「……こい」
「…………グゥ?」
「……来い、オーガ!!」
既に歩ける身体じゃない、だから舞は握りしめていた雪をオーガに向けて投げつけた。
オーガは舞が何をしているかわかっていないのか不思議そうに見ている。
「や、やめろ川澄……!」
「お願い……逃げてぇ!!」
「おい、先生はまだかよ! やべぇぞ!!」
「誰か……、誰か居ないのかよ!!」
生徒達の声が聞こえる、どうやら騒ぎを聞きつけた生徒達が少しずつ集まっているらしい。
だが、実戦というものを体験していない彼らは舞を助ける為に自ら近づこうとしない。
いや……川澄舞という有名な魔法使いがあんなに傷ついている姿を見て手出しが出来ないのだ。
死への恐怖、見知らぬ敵への畏怖、そして身近な場所で起こった事件に気持ちは焦るがどうすればいいかわからない。
だが舞は、その場からオーガを挑発し続ける。
「…………」
そんな舞の無謀な姿を見て、とある女生徒は不思議に思っていた。
何故あんな事をするのだろうか。
見たところ彼女はもう戦える状態じゃない、何がどうなってこういう状況になったかは知らないが現状では愚かな選択だろう。
まだ彼女が戦うよりはここに集まっている生徒達が戦った方が勝率は高いだろう。
今は極度の緊張で手が出せないようだが襲いかかられれば少しは抵抗するだろう。
何人かはケガをするかもしれないが……死者が出る確率は少ない。
腐っても魔法学園、即死じゃなければ治癒する事ぐらいは出来る。
だから彼女の行為はただの無謀であり、出なくていい死者まで作り上げてしまうかもしれない。
まったく……非効率的な愚かさだった。
「……………………"非効率的"な?」
その瞬間、女生徒の息が止まる。
また自分は、まだ自分は、そんな損得勘定だけで動くのか。
"それ"を行い何が起きたのか、忘れたとでも言うのか。
あの笑顔を、また失う事になってもいいのか。
本当に心の底から笑えなくなった弟の笑顔のような―――っ!!!
「――――"フラッシュ"
」
直後、一瞬だけ焼け付いたような光が広場に広がった。
事の成り行きを見守っていた生徒達は瞬間目を閉じる。
オーガと舞は離れた場所に居たのでそれほど被害を被らなかったが唱えた術者の近くに居た彼らは強烈な光を浴びてしまった。
数秒間、視力が回復するまでの刹那……やることは決まっていた。
「―――"転移"
」
霧のように、女生徒はその場から消える。
その姿を見たものは居ない、それこそが彼女が動ける理由。
「―――――あはっ」
思わず、笑みが零れる。
女生徒の身体は一瞬にしてオーガの頭上に存在した。
オーガは気づかない、唯一気づいているのは……オーガと相対している彼女だけ。
そして……女生徒は何も持っていない手をオーガに向けて突き出した。
舞の表情が驚愕に染まる、オーガはそんな舞を見て不思議そうに首を傾げ……ようやく頭上に居る女生徒を発見した。
だが―――遅い。
「―――"ドンナーアクストッ!!"
」
閃光の斧が、オーガの首を切り落とした。
一瞬の出来事に、オーガは間の抜けた顔のまま絶命する。
舞はその間動けず、刹那に起こった様々な情報が頭を巡る。
オーガが、見知らぬ女生徒が、一撃で、閃光が、首が跳んだ。
だが、そんな舞の思考を嘲笑うかのように女生徒は軽い身のこなしで雪の上に着地する。
そして瞬時に舞に近寄り棒立ちの身体を掴み微笑んだ。
「―――ちょっとごめんなさいです」
「……………え?」
「―――"転移"」
そして、舞と女生徒の姿は広場から消える。
その時間、刹那。
生徒達が視力を取り戻したとき、広場にはオーガの死体だけが残されていた。
to be continue……
あとがき
あんた何者だよと言いたくなるような女生徒。
必殺仕事人ですね、えぇ。
微笑み天使の名前は伊達じゃない!!!
前編と名がついてますから後編があるんでしょうねぇ(何
次回「親友同士は馴れ合い殺し合い!?」をお楽しみに♪
―――外伝★用語辞典―――
―布都御魂―
分類:霊剣 属性:対神族 出典『日本書記』
別名『斬る神の剣』であり、刀自体が神族並みの力を持ち合わせている。
切れ味では最強レベルの剣であり、常時不死者殺し&不老者殺しの加護が付加されている。
更には実体が無いモノ、魂すらも斬りつけられる"神剣神"であり斬れぬモノはこの世に存在しないと云われる。
ちなみに普通の人間がこの剣を持つと魂を吸い取られてしまい、存在自体が消滅してしまう。
この剣を持つためには"神の腕"を持たねばならず、人間には扱える筈がないと云われる。