血が流れていた。
目の前を、ただ流れ落ちる。
視界が紅く染まり世界が暗くなる。
もう幾度、この身が地に沈んだだろう。
もう幾千、この身が血に沈んだだろう。
しかし、まだ立っている。
身体が否定し、心が否定する。
だから――まだ戦える。
「動くな、否定者」
「―――ん、あぁ……えっと、あんた誰だっけ?」
否定の手には災厄なる剣。
「……お前は少し、やりすぎた」
「そうだな、確かに俺は……やりすぎた」
支配の手には黄金なる剣。
「否定者、お前の手に持つは剣か?」
「……不格好だけど一応剣だな、そう言うあんたは?」
「剣だ、銘はデュランダル――"折れぬ剣"だ」
両者は向かい合い、周りに群がる兵士達は囲むようにして、しかし手を出せずに佇む。
「デュランダル…ねぇ、そんな剣を持ちだしてどうする気だ?」
「否定を断ち切る」
「無駄だ、そんな剣じゃ俺を殺せない……俺を殺したかったら"布都御魂"でも持ってこい」
否定は嗤い、支配は黙る。
「……成る程、噂通り不死者の類か」
「不完全なる不死者だけどな」
否定は嗤い、支配が笑った。
「ふむ、ならばご希望道理にしてやろう」
「…………は?」
支配は天に手を掲げる。
刹那、一筋の雷が支配が掲げた手の平に直撃する。
次の瞬間……支配の手には一振りの長刀が存在していた。
鍔が無く、刃のみの無骨な直刀。
だが、霊気が満ちあふれ魔力が溢れ出ている規格外の刀。
刀神、そして霊剣―――名を布都御魂と云う。
「待たせたな、これがお前の望んだ"終末"だ」
「嘘だろ…………おい」
「驚くには値しない、だが驚愕は理解できる」
「あんた、起源者か」
「あぁ、そして今回の闘争の"リーダー"だ」
否定は手にした剣を支配へ向ける。
それに対し、支配は構えず手にした長刀を地面に突き刺しながら問うた。
「最後に問う、お前の名は?」
「災厄成る起源者、相沢祐一……あんたは?」
「我が名はシグルズ、"バルムンク"を継いでいる支配為る起源者だ」
「否定と支配」
「無様だな、相沢祐一」
―――声は俺が寝ている場所からそう遠くない位置から聞こえた。
気配は感じていたが敢えて無視していたというのに無駄な努力だったようだ。
俺は不機嫌に身体を起こすと声のした方へと視線を向ける。
「あんたか……ジグ」
「今は"バルム"と名乗っている……"ジグルズ"の名は今"奴"に貸している」
「あぁ、あの"器"か…酔狂な事するんだな」
俺はそう悪態をついて久方ぶりに――と言っても先日再会したばかりだが――見る"敵"を凝視する。
変わらない、あの時から変わらないジグ……いや、バルムは記憶にある仏頂面でこちらを見下したように眺めていた。
「"アレ"でも力は確かだ、それはお前も知っているだろう?」
「まあな、しかしあの"クソ爺"は変な趣味にでも転向したのか?」
「違うな、質より量を選んだ結果だ」
「成る程……それはまた御苦労な事で……」
俺は軽くため息をつきながら目線をバルムから後方へと移す。
……あいつはまだ寝ているのかベットの上から動かない。
気配的に眠っている確率は高い、でもまあ聞き耳を立てている場合も考えなくちゃな。
「それで? こんなカビ臭い場所に起源者様は何の御用かな?」
「…………少し聞きたい事がある」
「剣の支配者様ともあろうお人が無害な市民に何を聞こうと?」
「お前が無害なら世の中全ての存在が無害だな」
「あれ、知らなかったか? 世の中は無害なものしかないんだぞ?」
そう言って俺は軽く手を振る。
真面目に会話する気は無い、元よりこいつとは敵対関係だ。
そんな義理もないしな、とっととご退場願おう。
「もういいだろ、帰ってくれないか?」
「……聞きたいことがあると言った筈だが?」
「なら早く聞いて帰ってくれ」
「ふむ、ならば単刀直入に聞こう…お前は今まで何人の起源者と会った事がある?」
「…………そんな事何で言わなくちゃいかんのだ」
「言うならば後ろにいる"無害な市民"は解放してやってもいい」
「気づいてたのかよ……、いやまあ当たり前か」
しかし、こいつ何を考えてやがるんだ?
俺がどんな起源者と会ってもこいつには直接的関係は無い筈だが。
それとも老人達の頼み事か、こいつなら盲目的に奴らの命令を聞きそうだな。
さて……どうするか、出された条件は正直助かる。
俺と違って殺される運命にあるあいつはどうにかして出してやりたい。
…………まあ、どちらにしろあいつを殺させる訳にはいかないから方法がなければ自ら作るだけだが。
しかし、犯罪者にならずに助けられるというなら楽なもんだ。
「了解、交渉成立だ」
「そうか、それでは話してもらおうか?」
「会ったことある起源者は全部で……えっと、7人ぐらいか?」
「名前は?」
「『剣の支配者』に『魔剣使い』、そんで『罪人殺し』に『万魔書庫』だろ? 他には『人類破壊兵器』と『万能の守り手』、最後に『矛盾転生』」
「……あの闘争で葬った者はどうした?」
「あぁ、『堕落審判』か……まあ死んだとは思わないが」
「8人……か、こちらが知っている起源者は全部で11人、お前が知っている起源者を抜かせば4人だな」
「名前を聞いてもいいか?」
「『混沌なる悪魔』、『秘女教皇』、『大召喚術士』、『永遠なる恋人』」
知らない名前は無い、だが会った事は無い。
しかし、流石に老人に仕えているだけはある。
意外に顔が広いな、剣の支配者の名前は伊達じゃないって事か。
だが、それがどうしたというのだ。
こんな事を知っても意味はないだろう、この問いかけに何の理由があったのか。
「それで? 話は終わりなのか?」
「違うな、ここからが確信だ」
「へー、何だよ」
「…………率直に言う、"我々"に勝ち目はあるか?」
俺は―――瞬間息を、酸素を呑んだ。
刹那、支配の後ろにいる独房を確認する。
……動きはない、どうやら本当に寝ているようだ。
安心して、俺は牢獄の外にいる奴に視線を移した。
「貴様―――殺されたいか?」
殺気を込め、呪詛を吐くように、支配を睨む。
だが奴はそれを気にした様子も無く、仏頂面を崩さない。
俺は落ち着くために、軽く唇を噛み、呟くように問いに答える。
「現実を見るならば、あんたを殺しても、俺が死んでも……確率は変わらない」
「ふむ、"敗北"必死ということか……やはり要の『人類破壊』が死んだのが大きすぎる損失だったな」
「………………それで? あんたはそんな事を聞いて何がしたいんだ、喧嘩なら買うぞ?」
「やめておけ、確かに老人達の命令はお前の抹殺だが只でさえ不利な状況をこれ以上悪化させるなど愚の骨頂だ」
「へー、んじゃ本当に何しに来たんだよ……あんた」
「確認と、共闘の意志を」
「有り得ない、俺と共闘するって事はあいつを認めろって事だぞ?」
「それは絶対無いな、しかしお前もわかっているだろう……"アレ"には我々の運命がかかっている」
「我々……じゃなくてあんたの、だろ?」
「…………お前は本当にアレを御する気か?」
「当たり前だ、"アレ"を生かすのはあいつ次第、"アレ"を殺すのは俺次第……それが契約だ」
「流石だな、万物の否定者ともなれば全存在を否定する気でいるのか」
「それが俺の役目なら、後遺症を恐れずに終末を蹴散らして反発を殴り倒してやるさ」
俺は言い切った。
目を反らさずに、無理を無茶を無駄を無謀を承知で確信する。
誰にでも出来ないなら自分がやるだけだ。
面倒くさい、だけど……"死にたい"ほどじゃない。
だったらそれが俺の役割なのだろう。
万物の否定者としての自分の、最初で最後の万物の肯定者となる為に。
だから俺は決心している、もしこのまま時代が最悪な方向に向かっても俺は立ち向かう。
自分には力がある、自分には理由がある、自分には決意がある。
ならば、無を無視し有を創り出せばいいだけだ。
「そうか……ならばお前は俺達の敵だな」
「望むところさ、まあ支配と否定じゃあ直接戦う事は無謀だけどな」
「否定を支配し、支配を否定する」
「そんなに格好いいものじゃないだろ、相手を否定するか相手を支配するか……それだけだ」
「成る程な、破壊さえ殺しきれないお前を確かに俺が支配しきれる自信は無い」
「あいつは俺を本気で破壊しようとしてなかっただけだ、そして……俺はお前を否定しきる自信はある」
「ふむ、覚悟で負けている時点で勝敗は明らかか」
「覚悟じゃない、ただの事実だ―――あんたじゃ俺は殺しきれない」
「だがお前と俺は何時かぶつかる時が来るだろう、そしてどちらかが死ぬ」
「十中八九あんただろ、でも……絶対じゃない」
「それだけで十分だ、元より不利な勝負には慣れている」
そう言うと、支配は背を向けた。
しかし、歩き出さずに暫くそのままその場に留まる。
「時に……相沢祐一」
「何だ?」
「"アブドゥル・アルハザード"は最後に何を見たと思う?」
「―――そうだな、真実だろ?」
「違うな、奴が見たのは我々の未来だ」
「どうだっていい、結局は時を越えた爺の道楽だったんだからな」
「奴が越えたのは時ではない、奴が越えたのは常識だ」
「なら俺達も爺と同じ、ただの異端だな」
「元よりそのつもりだ、お前も俺も……結局はただの道化に過ぎん」
「それならあんたは道化を演じきればいい、俺はゴメンだ」
「…………やはりお前は危険だな、役者の宿命を超えて演出家になろうというのか」
「それが俺の役割さ、トリックマスター……"道化弄り"の災厄野郎だ」
「ふむ、それならばお前は"奇術師"になればいい……俺は"道化師"で十分だ」
「それもまた面倒くさそうだな、俺はあんたを弄り回したくない」
軽く苦笑して、俺はまた寝床へ横になった。
支配はそんな俺には気にせず、後は無言で去っていった。
しかし、最後……支配は部屋を出る際に、一言だけ残していった。
それは―――後に、俺の命運を左右する事になった一言だった。
「貴様の唯一魔道具、"災いの枝"は今俺が持っている……返してもいいがどうする?」
「いらねーよ、欲しけりゃくれてやる……まぁ、俺が死にそうになった時にでも気が向いたら返してくれ」
to be continue……
あとがき
てへっ♪
まあ軽く言い訳すると、難解で分かり難い話は受けが悪い事を承知の上でこういう話を書くのが好きな自分を抑えきれないパトス(死
結構重要なお話し、だけどまあ流してください。
ちなみに自分はアブドゥル・アルハザードが最後に見たものは『孤独』だと思います。
まあそんな事どうでもいいですよねー(ぇ
他二作品同時公開、でも時間かかり過ぎた感あり。
こんな事なら一話一話ゆっくり更新していれば(今更
―――外伝★用語辞典―――
―布都御魂―
分類:霊剣 属性:対神族 出典『日本書記』
別名『斬る神の剣』であり、刀自体が神族並みの力を持ち合わせている。
切れ味では最強レベルの剣であり、常時不死者殺し&不老者殺しの加護が付加されている。
更には実体が無いモノ、魂すらも斬りつけられる"神剣神"であり斬れぬモノはこの世に存在しないと云われる。
ちなみに普通の人間がこの剣を持つと魂を吸い取られてしまい、存在自体が消滅してしまう。
この剣を持つためには"神の腕"を持たねばならず、人間には扱える筈がないと云われる。