祐一達は走っていた。

ただ走っているわけではない。

階段を駆け上がり残った魔力を確認しながらである。

つまりはいつ戦闘状態になっても構わないという心構えの元、動いているという事だ。

つい先ほどまで戦っていた彼らの魔力など、タカが知れているとはいってもだ。


「ちょっと、相沢君…速い……わよっ!」

「別に付いて来なくていい、香里は学園長にこの事を伝えてくれ」

「そういう…訳にも……いかないでしょう!」


息も絶え絶えに祐一の後を数歩遅れてついて行っている香里。

だがあくまでも引き返す気は無いらしい。

祐一はそんな香里を見て軽くため息を吐く。

―――この先に何があるのかはわからない、だが少なくとも良い事ではないだろう。

そんな確信がある。

第一……祐一でさえ"あの"魔剣使いが戦闘行為になるまで気配を感じ取れなかったのだ。

意識阻害、もしくは結界の類が屋上に展開されていたと思って間違いないだろう。

それも―――魔剣使いではない誰かが…だ。

魔剣使いは基本的に魔法が使えない、むしろ魔剣を扱っている最中にそんな事にまで気を遣ってはいられないのだ。

扱いを誤れば持ち主を簡単に害する魔性の剣、それが魔剣使いが持つ世界最狂の剣だ。

そして問題なのが、その魔剣使いに対し何らかの魔法を使い敵対…もしくは交戦状態に持ち込まれている者が居るということだ。

このカノンで、そんな事が出来るのは限られている。

しかもいくら魔剣使いとて一般人に無差別で襲いかかるほど愚かではない…筈だ。

そうなると―――総合的に考えて魔剣使いと敵対している人物など、心当たりが限られてくる。

嫌な想像は続く、祐一が先ほど感じたあの気配はただ事ではない。

恐らく、魔剣の"一振り"が行われたのだろう。

魔剣使いが魔剣使いを名乗るのに相応しいあの一撃を。

聖剣、名剣、神剣を差し置いて唯一単体でありながら起源を手に入れた絶対の魔剣。

その一撃を向けられて、無事に済む者など……多くはない。


「くそっ……無事で居ろよ」

 

 

 

 

ロードナイツ

 

第七話−T

「激戦必至」

 

 

 

 

「相沢君、見えたわ!」


香里がそう叫ぶ、祐一の目にも映っていた。

階段の頂上、銀色のドアがある。

恐らくはそこが終点、つまりは屋上への入り口。

もしくは―――戦場への入り口といった方が適切なのかもしれない。


「俺が前に出る、香里は後ろで…援護頼む」


祐一はもう引き返せとは言わない、言っても無駄だろうと判断したのだ。

それよりも今は目の前の敵が重要だ。

どちらが敵になるかはわからないが、少なくとも祐一はどちらに敵対するかは決まっている。

何が起ころうとも、相沢祐一の意志は変わらない。

そう心に誓い、祐一は手にした武骨な剣を握りしめる。

もう少しだけ力を貸してくれという意味を込めて。


「相沢君、そのドア蹴り破って―――そうすれば学園長には伝わるから!!」

「通報装置みたいなものか、わかった」


そういいながら、どちらにせよ蹴り破る気満々だった祐一は思いっきり足を振りかぶる。

そして残った魔力を全て注ぎ込む気で集中した…………瞬間、動きが止まった。


「相沢君、どうしたのよ!?」


祐一が蹴り破った後、援護の為に構えていた香里は―――それを見た。

相沢祐一の真横、祐一の首もとに向けて刀が伸びていた。

流石の祐一も首を斬られれば死なないにせよそう簡単に戦線に復帰は出来ない。

だからこそ止まる、だがその事実よりも…祐一は違うことに驚愕していた。

―――まるで気配を感じなかった、こんなに近くに居るのに。

"有り得ない"

祐一は心の中でそう叫んだ、先ほどの魔剣使いの一件とは違う。

場所も離れていない、至近距離……この位置で気づかなかった。

意識阻害でも結界だろうとも、ここまで接近していれば何らかの気配ぐらいは感じる。

それなのに……何故今俺は刀を突きつけられているのか。

それが―――わからない。


「意外に鈍いですね」


それは聞いた声だった。

つい先ほど、そんなに遠くない過去に。

しかしわからない、誰なのか思い出せない。

記憶力が無いのではない、何故か記憶に"無い"のだ。


「……誰だ、お前」

「―――あら、物覚えも悪いのですか?」


記憶に無い"そいつ"は妖艶そうに笑う。

絶対に知っている筈の人物がわからない。


「あなた、さっきの!?」


香里がそう叫ぶが、そんな香里も具体的な名前を喋らない。

それもそうだろう、彼女はそいつの名前を知らないのだ。

そいつの名前を知っているのは、紛れもなく―――自分の筈なのに。


「しかしこの装備でもあなたを殺しきる事は出来ないでしょうね、出来る事と言えば足止め程度」

「……くっ、足止めだと?」

「えぇ、この先で起きている戦いには興味はありませんが……あなたを止めるという事でしたら大賛成です」

「ただの嫌がらせか、質が悪いな」

「そうですか、私はそれほど悪くはないと思いますけどね」


そうかいっと祐一は軽く呟くと思考を巡らせた。

ここで強行突破する事は簡単だが、後が続かない。

この先で起こっている戦いを思うと出し惜しみしている暇はないが……。

これほどの使い手を無傷で制せる自信が残念ながら無い。

そして―――そんな事になれば、このドアの向こうに出たとしても戦力になれる保証は無い。

どっちに転んでも、悪い方向にしかいかない。


「成る程な、嫌がらせだけの目的なら確かに効果的だ」

「そうでしょうね、それで……どうしますか?」

「仕方ない、……香里」

「え……、な、何?」


突然祐一に声をかけられて香里は一瞬身体を震わせる。

どうやら予想外の事態が彼女に対し鬼門らしい、一瞬とはいえ思考を止めてしまう癖があるようだ。


「学園長か北川を連れてきてくれ、大至急にな」

「え……えぇ、でもそれだったら川澄さんや秋桜さんの方が…」

「川澄……? 悪いが知らない、それに麻衣子は無理だ」

「無理、どうしてよ?」

「今、この扉の向こうにいるからだ」

「―――え?」


それが、祐一の出した結論。

何回考えても、結局はその結論に到達した。

そして恐らく間違いがないであろう真実。

このドアの先には、秋桜麻衣子が居る。

あいつが意識阻害の魔法を使えるかどうかなんて知らないが――魔剣使いの行動から察するにそれ以外に無いのだ。

剣の支配者、バルムンクを継ぐ奴はこの国にいる間は余程の事が無い限りは傍観を決め込むと約束を交わした。

しかし、魔剣使いにまではその約束が効いていない。

つまり……今の秋桜麻衣子は魔剣使いにとって恰好の獲物だと言うことだ。


「川澄って奴でもいい、この状況を打破出来る奴を一人でも多く連れてきてくれ!」

「私を置いて愉しそうなお話ですね、相沢祐一」

「頼んだぞ、香里……悪いが俺は暫く動けなくなる」

「……わかった、すぐに呼んでくる」


そう言い残し、香里は今来た階段を引き返した。

……残されたのは二人のみ、祐一と刀を突きつけている者だけだった。


「さてっと、これで思い残すことはないな?」

「……なんですか、観念したんですか?」

「馬鹿野郎、違うわ―――"お前はもう思い残すことはないな"と聞いてるんだ」

「この状況で何を……」

「わからないか、それは何よりだ」


相沢祐一はそう言うと、突きつけられた刀を、自らの喉へ突き刺した。

鮮血が舞い、廊下に血の雨が降る。

刀を突きつけていた者はそれを確認すると瞬時に刀を引き抜き数歩後退する。

だが場所が悪かった、そこは狭い階段の狭い踊場なのだ。

数歩引いたぐらいでは祐一が持つ剣の斬撃からは逃れられない。


「―――ガッ!」


声にならない叫びが祐一の喉から漏れる。

今持てる力を最大限に駆使して剣を振り下ろす。

だが流石にそれだけでは決定打にならず刀を持つ者は難なくその斬撃を刀で受け流す。

そしてそのまま勢いを増した刀で逆に祐一の身体に傷をつける。


「………グ!」


苦痛の音が漏れる、しかし……祐一はその状況で表情は―――笑みを浮かべていた。

"よ う や く 捕 ま え た"

祐一は喋れない口を動かしながら伝える。

刀を持った者はその口の動きを理解して、そして気づいた。

刃が、相沢祐一の身体で止まっている。

抜けない、どう力を込めても動かせない。


「まさか……これが?」


研ぎ澄まされた刀が人間の身体如きで止まる理由が無い。

ならば、これはそれ以外の要因で止まったと思った方が適切だろう。


「そうですか、これが……"否定"」


理解して、だが遅かった。

祐一は襲撃者が驚いている間に剣をもう一度振りかぶっていた。

避けられる速度でなく、襲撃者を襲う。


「―――くっ!!」


襲撃者は何とか直撃を避けようと身体を反らしたが、間に合わない。

祐一の一撃は確実に襲撃者の横腹に食い込んだ。


「あ……はっ、ぐ…うぅ!」


襲撃者は仕方なく、抜けない刀から手を離し後退する。

そして、相沢祐一は初めてその姿を知ることとなる。

そうだ―――何故忘れていたのか。

つい先ほど会ったばかりだというのに。


「く……やってくれましたね、相沢祐一」


彼女、"上杉謙信"は忌々しそうに呟くと憎悪の篭もった瞳で祐一を見ていた。

そして祐一は気づく、自らの身体に刺さっている刀。

それは少し前、祐一が体験したあの刀だった。

"静寂の朱"と呼ばれるあの魔刀、気配が無かったのも目の前にいる謙信の事すら忘れていたのもこれで納得できる。

静寂の朱という刀は今は無き杓刃の一族の宝刀であり、またの名を"仕切り直しの刃"という。

この刀は、一度戦った相手とでも初めて出会ったような勝負が出来る刀である。

つまりはこの刀を持った者は、相手に「初めて会った」という感情を持たせる。

それにより意識は記憶を否定し、記憶は意識を淘汰する。

これにより、相手は自分の能力、得意武器、得意魔法などの情報を一切持たずにまるで初めて出会った相手と戦うようになる。


「な……るほど、これなら…確かに……気配が読めなくても…不思議じゃない」


再生しつつある声帯を使い声を紡ぎ出す。

しかし予想通り万全戦える状態とは言えない、治りが遅いのも想像通りだ。

幾ら祐一が不死者とて、斬られれば傷が付く。

それは相沢祐一が"不完全"な不死者であり、その代償とも言える。

それが弱点になるかどうかは別として、戦える状態ではない事は必至だ。


「不覚でした、まさか首を掻ききられて反撃できる人間が居たとは」

「そりゃあ…どうも」


祐一は謙信を斬りつけた剣をもう一度振り上げる、そしてこのまま振り下ろせば勝敗はつく。

普通の人間ならばこれで終わりだ。

……そう、それが普通の人間なら……だ。


「さて、それならば首を掻ききるだけではなく首を叩き落としてあげましょう」


そう呟いて、斬られた少女は難なく立ち上がった。

服は血にまみれ満身創痍のはずの少女が。

いや、もう既に満身創痍ではない少女が……といった方が正しいのか。


「は……俺の目がおかしいのか、なんでだ?」

「はい? 何がですか?」


少女は妖艶そうに嗤う。

その少女の横腹には、大穴を開けた筈の傷跡がまったく残っていなかった。


「不死者……いや、違う―――まさか"再生者"か?」

「いいえ、私は"創世者"―――毘沙門天の加護有る者です」


戦いは、続いていく。

思わぬ難敵に悩まされながら。


「つまりは、不死者並の生命力って事かよ」

「そこまで大層なモノではありませんよ、ただ少しだけ―――他人より傷の治りが早いだけの者です」


ドアの向こうに、大切な者を残しながら。

物語は―――既に開演しているというのに。

 

 

to be continue……

 

 

 

 

 

 

あとがき

大学で書いた暇つぶし小説でs(ry

何はともあれ更新、さぁて……新しい話を早速書かなくてはorz

大学忙しいけど、まあ頑張ります!

……ふぅ(何

―――あっ、静寂の朱と言えば傍観者書いてない(汗)

 

 

 

―――第二部・第七話−T★用語辞典―――

 

再生者