「ティルフィングは……優しいね」


少女は、いつも独りでは無かった。

その少女は幼い頃両親を殺され自分も身体に傷を負い数年間も賊に監禁されていた事があった。

少女は幼く、そして率直な疑問を持っていた。

何故自分がこんな目にあうのだろうか。

何故自分だけが不幸なんだろうか。

何故自分はこんな世界に生まれてきてしまったのだろうか。

少女は、世界を憎み世界を恨み世界を嫌っていた。

だからだろうか、ある時手にした剣に魅入られてしまったのは。

賊達が偶々持ってきた小さい剣、少女でも持てるぐらいの重量と……そして"振れるぐらいの"細工が施されていた。

恐らくは―――賊が他人から奪ってきた金品のオマケのようなものだったのだろう。

賊達はその剣の価値も知らずに、ただの"商品"として少女と同じように穴蔵に放り投げた。

そして、少女はその剣を手にするのだった。

決して触れてはいけない魔剣に、破滅と破壊と……そして絶対の勝利をもたらす剣を。


「ティルフィングは……強いんだね」


少女は剣に語りかけていた。

返ってくる筈がない返事を期待しながら。

穴蔵の中で、まるで同い年の子供が母親に買って貰った人形に話しかけるように。

金貨と宝石と武器が入り交じる穴蔵の中で、少女はただただ語りかける。


「ティルフィングは……頼もしいね」


ティルフィングという名前は、剣の柄の部分に書かれていた文字だ。

少女はまだ字が読めなかったが、何故かそれがわかる。

だからだろうか、少女は何故かそんな剣に絶えること無く話しかけたのは。

それは不思議な光景だった、少女はまるで剣が本当に生きているかのように話しかける。

返事は返ってこないがそれでも嬉しそうに。

そう……少女は独りでは無かったのだ。


「ティルフィング……ありがとう」


そして、少女は手に持った剣に向かって最後にそう呟いた。

頭上からは夥しいほどの雨が降り身体の体温を奪っていく。

だが少女は甘んじてその雨を全身に受ける。

不快な体液が全て流れ落ちるように、生暖かい液体が流れ落ちるように。

少女は、そのまま一晩中雨を浴び続けた。

そして……夜が明け、少女は辺りを見渡した。

木々に囲まれた小さい広場。

焚き火の後があり、少し離れた所には自分が居た穴蔵がある。


「ティルフィング、私……これからどうすればいいんだろう」


一晩雨に浴び続けても、答えは結局でなかった。

少女は幼く、自分で自発的な行動を起こすには……幼稚で愚かで純粋過ぎたのだ。

だから少女は、目的もなくただ歩くことにした。

理由なんて無い、決意なんてありはしない。

ただ何となく……歩いてみたかったのだ。

少女は単身、森の中へと進んでいった。

そして―――少女が去った後の広場には……10人近くの賊達が切り裂かれて惨殺されていた。

少女が持つ剣には……雨ではどうしても流しきれなかった赤い染みが広がっていた。

 

 

 


そうして、彼女に一つの魔剣が渡ったのだった。

それは絶対の剣であり……人知れず息絶えたとある剣士の持ち物だったのだ。

彼の名前はクェイド、生前は最強のハンターとして名を馳せていた青年であった。

またの名を魔剣使い、世界で一番有名なハンターであり……そして最高の剣士だった。

 

 

 

 

ロードナイツ

 

第六話−V

「魔剣使いの意地」

 

 

 

 

少女が、それを感じ取ったのは偶然では無かった。

背に担いだ剣がそれを教えてくれたのだ。

この剣はよく自分に異常を知らせてくれる。

その異常が大きければ大きいほど、剣は強く反応する。

そして―――今、弾けるように背中に担いだ剣は危機を知らせてくれる。


「来たんだ……何処? 学園?」


少女はそう呟きながら立ち上がった。

見上げる先は学園があるという方向。

町並みが邪魔をして見えないが……この方向に必ず学園はある。

そう自分の剣が教えてくれている。

それだけで、少女は走り出した。

誰にも告げず、誰にも相談しないで、剣だけを担いで。


「行こう、ティルフィング……今度も勝とうねっ!」


雪の上をまるで滑るように"飛び跳ね"ながら距離を詰める。

目視確認は出来ないし自分の感覚器官を使っても異常など感じられない。

だが、ティルフィングが言ったのだ。

ならばそれを信じる以外に何が必要だと言うのか。

少女は軽く微笑む、恐らくカノンの異常とは自分が頼まれた討伐関係だろう。

元凶たる否定者、根源たる女の抹殺。

これを剣の支配者たるバルムンクは監視だと言い張るが、決して本題を間違ってはいけない。

奴らに必要なのは死だけ、他に許可出来る事など何も無い。

幸い今ここにバルムンクは居ない。

―――罪殺しと"あの後"行方不明になってしまった今、少女を縛るモノは何も無かった。


「見えたよ、ティルフィング」


少女の目に、学園が映る。

だが学園は変わった様子は無く、いつものように平和そのものだった。

しかし少女は迷わない、ティルフィングに言われた通り……"そこを"目指す。

少女は一息で跳ね上がり……何もない学園の屋上へと身を投げ出す。

―――そして、屋上に足がついた瞬間……ようやく少女にも違和感が微かに過ぎった。

ティルフィングが言うに、ここがまさに違和感の元。

何も無い……と思うが確かに微量ながら異様な空気が漂う。

そして、少女は背中に担いだ"大剣"を抜いた。

刀身がまるで血のように紅く染まりまるで何かの文字のように刃の至る所に黒くミミズが這ったような模様が刻まれていた。

魔剣使いを魔剣使いへと至らしめている最強の魔剣。

ティルフィングは……解放されると辺りに漂っていた魔力を吸い上げ始める。

魔法学園というだけあって、魔力の残滓は少なくない。

だが……ティルフィングは底無しであるかのように溜まりに溜まっていた魔力の残滓を吸い上げた。

そうして、ティルフィングの刀身は僅かに光を帯びた。


「―――よぉし、いっくよぉ!!!」


少女はそれを確認すると大剣を身体一杯使って振り上げると……そのまま前方に向かい振り下ろした。

瞬間、何かが切り裂かれる音がする。

そうして……その異常が姿を現したのだった…………。

 


神聖四文字、通称テトラグラマトンと呼ばれる特別な意味を持った文字が存在する。

それは旧暦……独りの神が世界を制し、人間はまだ生まれてすらおらず魔族達ですら従えていた頃の話。

その四文字は口に出すことさえ禁じられ、口に出したものの下を灼いた。

神は全世界の創造神であり、そしてまた全世界の破壊者でもあった。

しかしそんな神は何時しか自分の存在を否定し始める。

それが、人間の創造に繋がり……そして神の消滅に繋がった。

魔族は神の不在に泣き、神の子供達は神の不在に嘆いた。

そして……魔族と神々は感情を入り乱れながら長い長い戦争を繰り返す事となる。

最初の神、原初の神は何を思い人間を創り神々を生み魔族を従えたのか。

それは―――やはり神のみぞ知る。

 


「何……これ?」


少女は、剣を振り下ろした体勢のまま固まった。

剣で切り裂き現れた空間には、一人の"人間"が佇んでいた。

その"人間"は少女のよく知る人物であり、標的であった。

だが……それでも少女は現実を認めることが出来なかった。


「誰…………あなた?」


少女は剣を強く握りしめながらそう問う。

―――すると"人間"は閉じていた眼を見開いた。

瞬間、少女は剣を手から手放してしまう。

否……剣だけではなく足からも力が無くなり……雪の上に無様にも倒れてしまった。

しかし、視線だけは外せない。

まるで、見つめられるだけで全てが奪われてしまったように……力が入らない。


『―――人の子よ』


っと、"人間"は少女を見下ろしながら無表情で話し始める。

すると少女の力は戻り、少女はすぐさま取り落とした剣を拾い上げて"人間"から距離を置く。

正体不明の力に少女は戦慄を感じながらも……まだ負ける気はしない。

自分にはティルフィングがある、人類でも最強の部類に入る自分がこんな奴に負けるはずがない。


「お前は…………誰だっ!」


少女は声を荒げて再度問いかける。

しかしそんな少女の声が聞こえていないように無表情で"人間"は虚空を見上げる。


『何故"全"に逆らうのか、"全"は人を創った……だが人は"全"を嫌うのか』

「何言ってるのかわからない! そんな事どうでもいい!」

『"全"は悲しい、だから世界から否定した異界を創り拒絶したのに何故人はこの世界にまで立ち入るのか』

「そんな難しい事どうでもいい、私はお前を殺すだけだ―――"秋桜麻衣子"!!!」


そうして、少女は剣を振りかぶり麻衣子へと向かっていく。

そんな少女を見て、しかし麻衣子は無表情に見つめているだけだった。

最強の魔剣が今麻衣子の喉元へと突き刺さらんとばかりに突き出される。

まるで愚直な突進、技量など関係なく少女はただ斬りつける。

そして……魔剣は一瞬にして最高の結果を"自ら"導き出す。

魔剣の剣先が紅く光ると、その瞬間……麻衣子の身体を無数の破片に分解した。

必殺でありながら極殺、少女は何もしていない。

この結果を導き出したのは紛れもなくティルフィング自信であり、少女はただの所有者というだけであった。

魔剣ティルフィング、"勝てない"筈の戦いでも結果的に"勝ってしまう"矛盾を作り出す呪いの剣。

それが世界最強の魔剣と呼ばれる由縁であり、そして最悪の剣であった。

少女が剣を振るった直後、少女の"存在"が薄れる。

この剣は魂喰らいの"魔剣"……使用する度に人間の魂を餌にする。

使用回数は三回、そしてその三回が過ぎると―――使用者は必ず死ぬ。

しかも……使用者が死んだ瞬間この魔剣は辺り一帯に居る生物を全て吸い取り土地を焦土に変える。

それが神をも冒すと呼ばれたこの魔剣の正体だった。

だが―――この少女はこの魔剣を持ちながらも、まだ消えていなかった。

存在が薄れるだけで、死ぬわけではない。

もう三回という使用制限を超えているにも構わず、魔剣を持ちその場に立っていた。


「へへぇん! どうだ秋桜麻衣子め!!!」


少女は得意そうに笑うと肉片と化した麻衣子を見下ろす。

これで任務は果たした、後は剣の支配者が帰ってくるまで待つだけ……とはいかない。

まだ否定が残っている、バルムンクには絶対に手を出すなと言われているが……魔剣を持つ限り負けはないのだ。

ならば戦うまで、唯一の例外である剣の支配者だけには勝てないが……その他の起源者など敵ではない。

本当に―――そう思っていた。

だが…………


『人の子よ、"全"は悲しい』


少女のすぐ後ろから、そんな声が聞こえてきたのだった。

少女は一瞬で後ろに向かい手に持った剣を薙ぎ払うが、既にそこには誰もいない。

気配が無い為に、油断していた。

そう……先ほどから秋桜麻衣子の気配は感じ取れないのだ。

いくら目の前にいようと気配が無い。

それが疑問であり、少女が最初に抱いた嫌悪感であった。

まるで自分が居ないと思っているような、まるで自分は独りだと思っているような顔が許せない。

それは少女が一番嫌う事柄であり、また恐れるものだった。


「何処だ! 秋桜麻衣子!!」


見れば麻衣子の肉片は綺麗さっぱり消えていた。

恐らくは、あの絶望的な状態から修復したのだろう。

そんな馬鹿な事、出来るなんて普通は思わないが……今の麻衣子なら何故か不思議とそう信じてしまう。

それほどまでに今の状況は異常であり、また異端だった。


『"全"は人の子に対し、簡易的ではあるが限定審判を行おう』


また少女の背後から声が響く。

少女はその声に従い剣を振るうがそこには麻衣子が居ない。


『問おう、人の子よ……お前は幸せか?』

「何を偉そうに……っ!」


少女はティルフィングを声がする方向へと何度も振りかぶる。

そんな少女を翻弄するかのように声は常に背後に回り込み少女へと問いかけるのだ。


『問おう、人の子よ……世界は幸せか?』

「知らない、知りたくもない、わかんない!!」


少女は最早錯乱しながらもティルフィングを頭に響く声に向かい降り続ける。

苛つく声だ、少女に問いておきながらその言葉は自問自答しているように思える。

何故自分がそんなものに付き合わなくてはいけないのか。

少女は両目に涙を浮かべながらもティルフィングを降り続ける。

この声は不愉快だ、何故かそう感じる。

こんな声を聞き続けていたら……嫌な事まで思い出してしまうような気がする!


『問おう、人の子よ…………お前は何故自分の両親を殺したのだ?』

「…………え?」


ついに、声が、確信に、触れた。

だが、少女から漏れた声は……疑問だった。

何を言っているのか、秋桜麻衣子は何をいっているんだ。


『人を殺すことを"全"は咎めない、咎めるのは自分自身以外…有り得ない』


声は、遂に……少女の目の前に迫っていた。

不快だった、不快だった、不快だ不快不快不快不快不快不快不快だっ!!!

少女は最早剣を振るわない、ただ虚空を睨み付ける。

その目には殺意が篭もっており、視界に入るもの全てが敵だった。

そうだ、自分は不快だったんだ。

 


何故自分がこんな目にあうのだろうか。

何故自分だけが不幸なんだろうか。

何故自分はこんな世界に生まれてきてしまったのだろうか。


何故両親が自分を大切にしてくれないのか。

何故自分だけがみんなとは違う扱いなのか。

何故自分はこんな…………盗賊をやっていた"両親"の元で生まれてしまったのか!

 


そう、少女はただ純粋に、そして残虐に、気に入らない事を排除しただけだった。

何の問題もない、何の疑問もない。

ただ、ほんの少し……自分が気に入らない事をされただけで……少女は両親を、賊の仲間達を独り残らず惨殺したのだ。

それが、本当の記憶。

何故今更そんな記憶が蘇ったのか、子供心に封印した記憶が。

改変して悲劇の主人公を演じていた自分の虚像を何故この声は壊すのか。


『審判を始める、人の子よ……汝は悪か?』

「――――――」

『再度問う、人の子よ……汝は悪か?』


そうか……っと少女はその時初めて審判の意味を知った。

この声は言った、自分は咎める事などしないと。

あくまで咎めるのは自分自身、本人だけがその罪を知り償うことが出来る。

つまりは―――この審判の本当の目的は。


「もし、私が悪だとしたら……どうするの?」


少女は、確信を持って聞いた。

声は、一瞬止まり……だがすぐに、返してきた。


『―――無論、自害させるまで……虚偽をしようものなら"全"が代わりに裁こう』


それは残酷なまでの最終審判だった。

咎める事はしない、だが……嘘をつけば裁くという。

つまりは審判とは、自意識の内に眠る自らの闇を引き出させ……そしてそれを自分自身が心からその事実を許容できるのかどうか問うものである。

そんなもの、人の考え方次第でどうとでも変わるというのに。

例えば食べ物、人間とて生きる為に生物を摂取する行為が必要になる。

その行為を「仕方ない」と思い食べるのか「申し訳ない」と思いながら食べるかで生死が決まるらしい。

つまりは極論だ、この審判という馬鹿げたものはただの道化芝居。

ならば……そんなものに付き合うほど人間は暇では無いことを証明してやればいい。


「私は……悪でもいい、でも自害もしない」

『……それが答えか、人の子よ』

「当たり前でしょ、秋桜麻衣子……何を偉そうに!」

『つまりは、審判に逆らうと?』

「そんなの……いうまでもないよっ!!!」


そうして、魔剣使いは自らの愛剣を片手に突っ込んでいった。

自らの存在を賭けて、自らの運命を否定するために。

残酷なまでの審判に、最早必要ない審判に。










「人間は極論だけで生きてなんかいない、私は自分の存在を許容するために許されない悪だって日常茶飯事に行ってやる!」

 

 

 

 

to be continue……

 

 

 

 

 

 

あとがき

書いてから気づいた、プロットと全然違う方向に進んでないか?(ぇ

うむ、自分はこれを書きたかったのか微妙です。

ちょっと寝て、明日起きて、書き直すかどうか決めよと思います。

でも一度書いたら結構決定稿になる場合が多いんですけどね…。

 

 

 

 

―――第二部・第五話−V★用語辞典―――

 

取りあえず休憩中