決着はついた。

私はそう確信してゆっくりと立ち上がる。

体中が痛み左腕がまるで朽ちた大木のように動かない。

魔力も底を尽き始めており、これ以上の戦闘は控えるべきだ。

目の前で倒れている倉田佐祐理を一瞥すると名雪はため息をついた。

予想以上に手強かった、もしかしたら負けていただろう。

だけど今回はこちらの勝ちということでいいようだ。

次戦ったとき、正直確実に勝てるという保証がない。

それほどの相手、まさに策士たる者。

戦略という点では恐らく一歩劣っているのだろう、ここが索士の限界だということか。

 

「さてっと……そろそろ始めないと」

 

自分の身体の負傷を確認する。

幸い自分で折った左腕以外はそれほど酷い怪我はないようだ。

火傷が数カ所、打撲が数カ所、それに魔力暴走が数カ所。

やはり体中に魔力を通し魔法を無理矢理展開した後遺症だろうか。

防御魔法を発動するための媒介に使った内部の器官が痛む。

本来なら詠唱しなければ発現出来ない魔法を無理に展開した為に身体が拒否反応を起こし魔力が暴れている。

その反動か、今では身体を少し動かすだけで多少の苦痛を感じる。

だが生命には異常がないのでここでは無視、落ち着いて安静にしていれば数日で治るはずだ。

 

「問題は腕だよね、やっぱり」

 

一番負傷がでかいのはやはり折れた腕。

一瞬といえども全体重、それに全衝撃を肩代わりしたのだ、かなりの損傷があった。

単純に折れただけではなく、粉々に砕けてしまっている。

これでは治癒に時間がかかる、骨は治ったとしても全快するまでに何日か必要になるだろう。

戦いは終わったが、事件が終わったわけじゃない。

これからが大変なのだ、そんな時のこの負傷は……大きい。

 

「まぁ、それより前にしなきゃいけない事が残ってるけどね」

 

名雪はそう呟いて倒れている倉田佐祐理に視線を移す。

今は自分の怪我を治している場合じゃない、一刻も早く情報を聞き出すべきだ。

何の為に戦ったのか、何故負傷してまで勝ちを選んだのか。

その答えはもう出ている、だから……今は話を聞きたい。

名雪はそう決心すると折れた左腕を支えるように掴みながら、ゆっくりと倒れている倉田佐祐理に向かい歩き始めた。

 

 

 

 

ロードナイツ

 

第六話−U

「モンスの兵隊」

 

 

 

 

目を覚ました時には、既に苦痛は消え去っていた。

あんな至近距離で魔法を受けたというのに今では何の違和感もなく、天井を見上げている。

軽く……右腕を天に突き出すように動かしてみた。

あの瞬間、火球が迫ってくると知った私は反射的に右腕を顔の前に出して直撃を防いだ。

何の魔法の付加も得ずに、攻撃魔法を自らの身体のみで受けきったのだ。

その後地面へと転がりそのまま気を失ったのだがある意味最良の選択だったはず。

しかし……火傷じゃ済まない筈の右腕は、火傷どころか怪我の一つも存在しなかった。

有り得ない、障壁を張ったわけでもないのに無傷なんて事は。

そんな事を目を覚ましたばかりの倉田佐祐理はボーッと考えていた。

 

「目、覚めましたか?」

 

声が聞こえた、よく知った声だ。

視線を腕から真横に、近くでこちらを見ていた蒼髪の少女を見つけた。

あぁ、そうだ……私は彼女と戦っていたんだ。

佐祐理は思う、この戦いに意味があったとしたら―――それはきっと彼女の表情に在るのだろう。

彼女、水瀬名雪は笑顔を浮かべていた。

まるで親友に向けるような、それでいて風邪をひいてしまった子供案じる母親のような包容力を持って。

 

「佐祐理は……負けたんですね」

「はい、そして私の勝ちです」

 

名雪は胸を張るわけでもなく、勝利に酔っているわけでもなく、ただそう告げた。

当たり前の事実を話すようなそんな言葉に、佐祐理は軽く苦笑した。

敵わない筈だ、彼女はこの戦いに賭けていて……私は何も負ってなどいなかった。

恐らく……勝負に対する意気込みが違う。

死にものぐるい、それが策士である倉田佐祐理を惑わせたもの。

所謂必死さ、参った……確かにそれには敵わない。

負けたというのに何故か心はすっきりしていた。

単純な話―――倉田佐祐理は戦いに負けただけではなく、心で負けたのだ。

 

「わかりました、話します」

 

だから私はそう宣言した。

自分が守るものはもう無くなった、それがわかる。

確かに話せば貴族としての誇り、忠義、信頼が無くなってしまうかもしれない。

だけれども、もうそれらは既に守るべきものでは無いのだ。

ならば話そう、ならば告げよう、ならば語りかけよう。

それが―――敗者としての私、倉田佐祐理の義務だから。

 

「まず始めに……モンスの兵隊ってご存じですか?」

 

 

 

 

カノンより東、少し歩いた所に小さな林がある。

そこには石の十字架が数カ所に何本も突き刺さっていた。

カノン外墓地、それは本来カノンで生き……しかし何らかの事情で国内に墓を作れない者達が眠る場所。

主に国内に墓地を作る資金の無い平民やカノン国内で犯罪を起こし捕まった罪人などである。

そんな普段あまり人が寄りつかないような墓地に、少年が一人……お墓の前で膝をつき祈るように目を瞑っていた。

 

「…………お久しぶりです母上、そして父上も」

 

音にならないような声で少年は、一つの墓地の前で語りかけていた。

少年は敢えて花は供えない、故に何の飾り気もないお墓。

しかしその割には石の十字架だけは綺麗に磨かれており、大切にされている事がわかる。

 

「僕は……元気です、魔力も安定してますし暴走の危険ももう心配ないそうです」

 

もう何度、この報告を繰り返しただろうか。

もう何度、この場所から逃げ出したいと思っただろうか。

もう何度、この泣き出しそうになっただろうか。

だけど―――少年は顔をゆっくり上げた。

 

「カノンも今は平穏を取り戻して平和な日々が戻ってきました、相変わらず危険要素はありますが大丈夫―――僕の命に代えてもカノンは守ります」

 

もう幾度―――この誓いを立てた事を後悔しただろうか。

ただカノンを守る、非力でどうしようもない子供で、それでいて絶対を持たぬ者。

我ながら、優柔不断であり、既に四面楚歌である。

先の大戦で、自分が出来たのは精々中級の魔物を掃討した程度。

こんな事では、カノンを守れたとは言えない。

自分が目指すモノは、英雄なのだ。

両親を、こんなカノン外墓地に何時までも眠らせるわけにはいかない。

何時までも―――不名誉な過去を背負わせるわけには。

だから、自分は英雄になる。

 

「…………ん?」

 

少年は気配を感じ軽く後ろを振り向いた。

そこにいたのは、小さな子供だった。

片手に扇を持ちこちらを見つめている男の子……少しおかしな組み合わせだ。

 

「―――カノンの学生がここに居るとは珍しいのぅ、誰かお知り合いの方のお参りかの?」

 

その男の子はそう言いながら軽く微笑んだ。

男の子はおかしな喋り方をしている、だがそれが容姿と微妙にマッチしていたりとどうもチグハグだった。

少年は一度目を細めて、そして男の子と同じように微笑む。

どうやら男の子に悪意は無く敵意もない、純粋な好奇心から来ているらしい。

少年は身体の緊張を解き、高めていた魔力を宙に散らした。

 

「えぇ、"知り合い"のお墓です」

「そうか、すまぬ……語らいの場を邪魔したようじゃな」

「構いませんよ、彼らの時間はある意味無限ですから……僕が生きている限り何時でも話せます」

「それもそうじゃな、良き思考の持ち主じゃ」

「それはどうも、お褒めに預かり光栄至極にございます」

 

少年は少し芝居がかったように軽くお辞儀すると、その様子を見ていた男の子はおかしそうに笑った。

そして、一転男の子は今までの幼い子供の表情を捨て去り真顔で少年に語りかけた。

 

「それにしてもお主―――」

「はい、何でしょう?」

「もう少し人を信用した方が気が楽だと思うぞ」

「……………………そうですね」

 

返事が遅れた、少年は軽く唇を噛んだ。

別に失態したわけじゃない、こんな事―――気にするほどじゃない。

だというのに、面白くない。

内面を覗かれたようで、何を考えているのか知られたようで。

自分という姿を鏡でありありと見せつけられたような気さえしたから。

 

「ですけどこれは僕の癖……みたいなものでしてね」

「処世術……というやつかの?」

「……お好きにどうぞ」

 

しかし妙に鋭い子供……と片づけるのは簡単だが、恐らく目の前の者は違う。

―――危機感を感じる、カノンにこんな異分子が紛れ込んでいたのか。

僕の夢は異端狩りのハンター、だから自ずと気配関係には鋭い方だと自負している。

それなのに、目の前の者の気配はよくわからない。

…………この子供は、本当に―――人間か?

 

「少年、ここは墓地……死人が安らかに眠る場所、そんな場所で殺気だっては故人に失礼ではないか?」

 

瞬間、目の前の子供から恐ろしいまでの殺気を感じた。

こいつ―――やはり人間じゃない!?

僕は咄嗟に腰に差した短剣へと手を伸ばす。

こんなもので果たして目の前の者を打倒出来るのか……不安はある。

だが、この距離……既に逃げられるほど空いてない。

 

「……やめじゃ、こんな所で喧嘩しても意味はない」

 

そういって、目の前のモノは殺気を散らせた。

冷や汗が遅れて頬を流れ落ちた、しかしそんな事を気にしている暇はない。

未だに短剣から手を放さない―――否、放せない。

間違いない、僕は目の前のモノに恐怖していた。

 

「お主の名前を聞いてもいいかの?」

「…………知ってますか、人の名前を尋ねる前の礼儀作法を」

「―――ふむ、それもそうじゃな……我の名前は八雲豊」

「僕の名前は―――」

 

 

 

 

「否定、制圧、支配、肯定、節制、愚者、創造……モンスはこれだけかい?」

「いや、まだ足りんよ……聖アルカナ偽典には余程足りん」

「しかし無謀ではないのかい、こんなの一度使えば身体が滅ぶぞ?」

「モンスなど結局はそれだけの為に創られそれだけの為に捨てられる」

「ふぅん、それにしても……否定と創造はやりすぎだろう」

「その二つには期待しておらん、恐らく……能力を"一度すら"使えないだろうからな」

「"万物の否定"に……"大召喚術士"…か、存在すらを捨て去っても他の誰にも使えない能力の持ち主」

「奴らこそ異端、異能の持ち主なのだろうな―――恐らくこの二つがぶつかれば本当に世界は終わるのではないか?」

「怖いこといわないでくれ、私はそういう話は苦手なんだ」

「何、別に脅しているわけではない……ただの事実だ」

「……まあそこら辺は考えないようにして、次は何を創るんだい?」

「ふむ、次は断罪―――罪殺しだ

 

 

to be continue……

 

 

 

 

 

 

あとがき

何かすげぇスランプなんですけど!?

いや、文章を書く気がおきないのはまあいつもの事なんですが(ぇ

それだけならまだしも書いた時に全然頭にパトスが浮かんでこないorz

あれ?これって末期ですか?

頑張るのでもう少しお待ち頂けると……ふぅ(´A`)

 

 

 

 

―――第二部・第三話−V★用語辞典―――

 

取りあえず休憩中