駆け出した祐一の足は止まらずに出口へと向かう。

それを呆けた顔で見ていた香里はその場から動けず驚いたように目で追うだけだった。

逃亡する、降参するわけでもなくただ逃げた。

あまりの予想外な行動だ、意識がついていかない。

―――そんな香里を置いて、祐一はすでに出口付近まで到着していた。

 

「…………あっ」

 

ようやく意識が繋がる。

そして瞬時に杖を向け慌てて祐一を追う。

何をやっているんだ私は、まだ戦闘中だというのに。

 

「こ、こら……相沢くん!」

 

静止を呼びかける為に声を張り上げる。

流石にこのまま相手のペースに流されるわけにはいかない。

ただでさえ長期戦は不利になる要素が大きいのだ。

すると祐一は段々と走る速度を落としていき出口で立ち止まった。

―――そして振り返る。

 

「あのさ……模擬戦のルールだけど」

「…………え?」

「確か時間制限、場所指定、移動規定、もろもろ無かったよな?」

「え、えぇ……………………ってあなたもしかしてっ!」

 

まさかと思ったが、恐らく考えはあっているだろう。

そしてそんな屁理屈、それもこんな模擬戦程度のもので。

こんな決断をしてくる相沢祐一に対し、背筋がゾッとした。

これが相沢祐一……考えが甘かった。

そうだ、何を思い違いしていた。

魔法が強い、剣技が優れている、身体能力が高い。

確かに強さとはそれ即ち元なる強さ。

それが無くては戦闘が有利に運べない。

そして―――思考が柔軟な事も、型破りな事も、強さに繋がる場合がある。

相沢祐一は魔法に優れている訳ではない、持つ武器も無い、身体能力だって並み程度だ。

だけどそんな相沢祐一が今までハンターという仕事をこなしていた、それは彼に"何か"があるから。

その一端を担っているのが、恐らく―――無茶苦茶だけど……確かに効果がある実戦での行動。

普通の人間ならまず考えないような事、自らの能力を慢心しないで最大限に扱う……"発想力"だ。

 

「―――その炎獣、後どのくらい保つんだろうな?」

 

そう言い残し、相沢祐一は一度苦笑するとそのまま出口から出て行った。

 

 

 

 

ロードナイツ

 

第六話−T

「逃亡、そして」

 

 

 

 

「うーむ、我ながら格好悪いな」

 

祐一は廊下を走りながらそう呟いた。

流石にこの行動に出るとは予想できなかっただろう。

だが、この作戦は効果的なもので間違いないはずだ。

魔法は発現より維持の方が魔力を喰う、ならば―――相手にずっと維持させておけばいい。

詰まるところこれは魔法戦でも剣技戦でもない、ただの模擬戦……悪く言ってしまえばただのルールある喧嘩だ。

だから……祐一がある意味もっとも得意な戦術である、逃亡。

戦略的撤退ともいうが、簡単に言ってしまえば"今のままでは勝てないからどうにか出来るまで逃げて考えよう"ということだ。

問題なのはこの戦術はとても格好悪い事と、相手の怒りを買ってしまう事にある。

普段なら相棒である麻衣子に後を任せるなりそのまま本当に逃亡してしまうなり方法はあるのだが……。

 

「まぁ、実戦じゃないからここまでする事無かったか?」

 

そう思い軽く後ろを振り返る。

模擬戦の場からはかなり離れた筈だ。

多分すぐに追いつかれる心配はない。

体力も少しきつくなってきた事を考慮して祐一は立ち止まる。

 

「さて……っと、まずはどうするかな?」

 

早く模擬戦を終わらせないと流石にあゆが怒りそうだ。

昨日はすっぽかしたからな、今日は約束を守らないと。

それにしても……あの炎獣に勝てる方法は何かないものか。

武器―――そうだ、何か武器が欲しい。

しかし俺が慣れているのは剣か槍程度のものだ。

となると、一番良いのは麻衣子の持ってる草薙がいいのだが。

今何処にいるかわからないからその方法は使えない。

そうすると他に……あれ?

 

「……あー、何だこれは?」

 

まさかとは思う、だが現実の光景は紛れもない真実だ。

一応目を擦る、しかし……目の前の現実は変わらない。

そこには―――確かに一振りの剣が置いてあった。

いや、置いてあるというよりは突き刺してある。

しかも何故か学園の廊下の端に、普段誰も立ち入らないような場所に。

何だこの怪しいまでの物体は、あまりにもあからさまで逆に手に取るのを躊躇する。

確かに何か武器が欲しいと願ったが、まさかすぐに見つかるとは。

罠……だろうか、しかし香里がここまで手を回す余裕があるだろうか?

 

「うむ、怪しいから手に取るのはやめておこう」

 

だが念には念を、俺は剣を手に取る事を諦めた。

罠だったとして解除する技術は俺には無い。

さてっと……武器が駄目になると他にどんな方法があるだろうか。

魔力は底を尽き、体力には限界がある。

このまま本当に逃亡してしまおうか。

 

「ふぅ……暑い」

 

そう考えながら落ちる汗を拭う。

流石に走りすぎたか、火照った身体を出来るだけ冷ますように……ってちょっと待て。

確かに学園内は外と違い障壁のお陰で快適な温度に保たれている。

だけど……平均的に気温が低い国で、この暑さは異常じゃないか?

…………途轍もなく嫌な予感がして、俺は熱源と思われる方角へ目線を移す。

 

「……………………へ?」

 

見上げるその先、廊下。

そこに……一体の身体を業火で纏った獣が悠然と立ち塞がっていた。

しかも―――先程破壊した筈の顔までついて。

修復したのか、美坂香里が。

確かに可能だろう、あれは普通の生物ではなく魔法生物……作り出したのが彼女なら魔力を補充して作り直す事だって可能だ。

だが、美坂香里が追ってくるとは予想外だった。

いや、正確には美坂香里の魔法なのだが……しかし学園内でまだ戦闘を続ける気だろうか。

何て人の事を言えない祐一は、一歩足を下げた。

まだ炎獣に対する対策は決まっていない、だが脅威は今迫っている。

どうする、これ以上の戦闘は……出来るのか?

まあ―――実は方法はあるのだが、正直気乗りしない。

祐一は炎獣から軽く視線を外し先程のように床に刺さった剣を見下ろす。

…………罠でもいいか、別に。

 

「……よっと」

 

片手で剣を無造作に引き抜く。

想像していたより抜きにくい剣、細身なのだが重量がある。

両刃で、だけどそれほど有名な名剣ではなさそうだ。

無骨で……だけど基礎の造りはしっかりしている。

無銘だろう、だが―――その無銘さが今の俺には似合っているし気に入った。

武器は武器、兵器は兵器。

確かにそうだろう、だけどそれだけではないような暖かみが感じられる剣だ。

余程大切にされていたのだろう、手入れは行き届いている。

……少し借りる、見知らぬ誰か。

 

「さてっと、待たせたな―――炎獣」

 

祐一は不敵にそう言いながら剣を片手で軽く振る。

炎獣はそんな祐一の姿を見て、挑発するように炎に包まれた口を開く。

 

「―――ほら、かかってこい」

 

炎獣が走り出す、廊下を駆け始める。

それを見て、祐一はその場から動かずに炎獣の突進に構える。

片手で持っていた剣を両手に持ち替え少し切っ先を上へ向ける。

腰を落とし、一撃に賭けようと目を見開いた。

炎獣はそんな祐一に臆することなく向かっていく。

そんな炎獣を見て、祐一はほんの少しだけ口元を緩める。

 

「好きだな、その性格……愚直で真っ直ぐ―――俺には出来ない綺麗な思考だ」

 

 

 

 

その頃、美坂香里は学園内を駆けていた。

先行させた炎獣は既に相沢祐一と戦闘中だろうか?

精神をリンクさせているわけでもない為に戦闘の様子はわからない。

だが―――炎獣を維持できる残り時間は少ない。

今の内に勝負を決めないと魔力が尽きてしまう。

 

「それにしても……普通逃げ出す?」

 

先程から心を乱しっぱなしだが、自重が出来ない。

栞が倒れたとき、炎獣と真っ向から立ち向かったとき、いきなり逃亡したとき。

冷静さが悉く破壊される、戦いづらい。

 

「―――こっち!」

 

香里は何とか思考を切り上げると階段を駆け上がる。

魔力の残量が段々と減っていく、炎獣が奮戦しているせいか消費が激しい。

流石にこれ以上続けると、炎獣自体が消滅してしまう。

階段を上りきり、杖を構える。

精神のリンクはしていないが……自分の魔法が何処にあるのかぐらいはわかる。

この階……それも近く。

角を曲がれば―――其処が戦場。

 

「……炎獣っ!」

 

香里は杖を構えて戦場に繰り出した。

しかし―――現状を確認して驚愕の表情を浮かべる。

 

「―――お、香里……遅かったな」

 

想像通り、相沢祐一が其処にいた。

見慣れない……いや、何処かで見たような剣を持って。

魔道具、しかし何故さっきまで使わなかったのか。

だが―――その前に、何故……炎獣が居ない?

確かに戦闘の痕跡はある、廊下は所々煤だらけだ。

相沢祐一の身体にも火傷のような後が見られる。

恐らく……先程までここで戦っていたことは間違いない。

だけど―――今、居ない。

 

「まさか……炎獣を倒した?」

「手強かったけどな―――火傷したし」

 

そう苦笑しながら相沢祐一は火傷した手の平をひらひらと振る。

しかし……炎獣を倒した?

どうやって倒したというのだ、先程までまるで手が出なかった相手に。

先程と違う点……それはあの剣ぐらいのものだが、まさか"火"を斬ったとでも?

いや、確かに斬れなくはない。

だが―――それほどの技術を持ち合わせているのに何故魔道具を持ち歩かない?

それとももっと別の方法があったのか。

わからない、だけど……事実今炎獣は居なくなっている。

 

「……どうやったのかは知らないけど、やるじゃない」

「まあな、知らなかったのか? 実は魔法より剣の方が得意なんだ」

「へぇ、じゃあ何故最初から剣を使わなかったのかしら?」

「俺の武器を持ち歩かない主義でな、それに俺の魔道具は盗られちまってるよ」

 

剣を軽く振るう、だがその様子は熟練の者ではないように思える。

まるで素人が使うような太刀筋、片手で扱っている為に重量に負けているように見える。

どう見ても……得意には見えない。

恐らくあの剣は本当に相沢祐一の物ではなさそうだ。

 

「それで、どうするんだ?」

「どう……とは?」

「まだやるのかって事さ」

 

そう言いながら祐一はもう一度剣を構えるとすり足で少し前進してきた。

恐らく、これ以上間合いに入れば即座に斬られる。

いくら慣れていないといっても彼の身体能力ならやれない事はないだろう。

拙い、状況は最悪だ。

魔力も残り少ない、頼みの綱ももう切れそうだ。

もう少し、もう少しだけ時間を稼げれば……まだ!

 

「…………一気に立場が逆になったわね」

「降参するならこれ以上は戦わないさ、それに模擬戦だし」

 

殺す気はない、そう続けたかったんだろう。

だがそれは叶わなかった、瞬時に彼は何故か天井を見上げる。

それは香里にも伝染した、急いで天井を見上げた。

其処には何もない、あるのはただいつも通りの学園の天井。

だけど―――さらに上、その気配が漂うのは見上げた天井を突き抜け……屋上。

気配が一つ、だけど……まるで戦闘中のような獰猛な気配が。

そして呟く、相沢祐一は……一言。

 

「この気配―――まさか、魔剣使いか!?」

 

戦場は移り、戦渦は続く。

そして―――命が、尽き果てようとしていた。

 

 

to be continue……

 

 

 

 

 

 

あとがき

お邪魔さん登場!

いやぁ、祐一君……そろそろ強いのか強くないのかハッキリとだな(ry

ちょいとスランプ、うむ。

頭が回らないのは風邪のせいだと信じたい、この間から頭イタイ(´A`)

 

 

 

―――第二部・第三話−V★用語辞典―――

 

取りあえず休憩中