「召還命令? この私に?」


そう怪訝そうな表情を浮かべながら北川八雲は使者から書状を受け取った。

……確かに筆跡は見覚えのある字、恐らくは北川桔梗のもので間違いないだろう。

しかし本家が今更何の用だろうか。

自分は北川家から言ってみれば追放された身。

北川家に関しての権限や地位を全て捨て、騎士団に身を置く北川であって北川ではない者。

それが現在の自分の立ち位置と理解していたのだが、本家は何を考えているのだろうか。

今自分が帰られなくてはいけない理由がわからない、だってそうだろう。

北川八雲は現在魔法を使えないのだ、否……今後一切の使用が出来ない状態にある。

それなのに召還命令とは、また可笑しなものだ。

権限も持たず地位も無く魔法も使えない、なら何のために呼ばれるのか。

わからない、本家が…というより北川桔梗が何を考えているのかまるでわからない。


「まあ、仕方ないか……母親の命令には従わないとね」


――まだ殺されたくないしね。

八雲は心の中でそう呟き、書状を持ってきた使者に笑顔を向ける。


「北川八雲、北川桔梗様の命に従い北川本家への召還に応じさせて頂きます」

「了解致しました、北川八雲様」


使者は無表情でそう言うとそのまま立ち去った。

……まあ勘当された者に対する態度としては上等な方か。

八雲は苦笑しながら仕事に戻る。

いきなり使者が来たせいで書類仕事が中断してしまっていた。

それにしてもまったく予定外にもほどがある。

八雲は軽く頭痛がする頭を抱えながら溜まりに溜まった書類の山を見上げる。

――今まで仕事をサボって来た分が今になって八雲を苦しめていたのだった。

八雲は書類仕事が得意ではない、騎士団の食費管理や衛生管理、警護団の編成や行動予定表の作成など考える仕事が特に苦手だ。

騎士団は常に戦っているわけではない、その為に日々の維持費や食料の確保などが大切になってくる。

いつ戦闘が起こってもいいように、訓練や町の警備なども欠かせない。

それに戦闘が起きた後の死傷した騎士への遺族金や怪我で退団した騎士達への補助金、そして騎士団を引退する者達への退役金など金銭に係わる事が多い。

なので騎士団の小隊長や中隊長の主な任務は書類仕事に日々追われる事なのである。


「はぁ……雑務より訓練したいわねー」


つい先ほどまで仕事をサボってとある番隊全員をのした後だと言うのに八雲は物足りなそうに呟いた。

 

 

 

 

ロードナイツ

 

第五話−W

「魔法術使い」

 

 

 

 

「はぁ、これからどうするかねぇ……」


その頃、北川潤は城下町を手持ち無沙汰で歩いていた。

取りあえず法術の習得は後回し、またの機会を待つしかない。

だがそれだと……他に打つ手が見つからないのも事実。

魔法では限界がある、極めればそれなりだが時間がない。

手っ取り早く現戦力を増強させるには、どうすればいいのか。


「つってもそんな上手い方法があるなら誰でも強くなれるよなぁ……」


北川は苦笑しながら雪の道を歩く。

確かに自分の力は学園内ではかなりのモノだという事ぐらいは理解している。

だが北川が戦争で経験した力は学園などとは比べものにならないほどのものだった。

幻想神種に吸血鬼、傍観者に川澄舞。

個々でありながら絶対を所有する外れた者達。

恐らく、その域に達する為には何かを捨て何かを得なくては辿り着けない領域。

それが彼らの世界であり、今の自分とは決して生きる世界の違う生物。

だが――それを敢えて求めよう、それが必要となるのならば。

カノンという国家を守りたい訳じゃない、カノンに住まう者達を助けたい訳じゃない。

これは決して、何かの為に得たい力ではない。

全ては自分のため、決して何かを守る力じゃない。

そうだ……守る事を考えては先に進めない、ならば結果として守れればいい。

力を持つことで守れるモノがあるなら守りたい。

だがそれは守るため力に非ず、それは"攻める"ための力。

後手に回るくらいなら、先手を取り奇襲をかけ無傷で生還するぐらいの"奇跡"を求めよう。


「はっ、そんな夢物語なんて……何処かの世間知らずのお姫様かっての」


自分で考えておいて即座に行き詰まる。

大体力というのならば一応は持っている。

あの傍観者も一度は仕留め……そこなったが圧倒できた魔剣。

吸血鬼に対しても善戦を続けられた強力な兵器。

北川家の秘宝であり家宝。

代々北川家長男に受け継がれるローエンシュヴェルト。

上級魔法を詠唱無しで唱えられる反則級の上位魔剣だ。

だが、それはこの魔剣の"一面"というだけであり……この魔剣の意味するものは他にある。

ローエンシュヴェルト、燃え上がる灼熱。

炎が炎を呼び、火が火を巻き起こす宝具。

その気になれば、この魔剣はその名の通り――地を焼き天を焦がす。


「ま……んな事出来たら初めから使ってるか」


魔剣を扱う者は皆が知っている、ある一つの誓い。

その剣は単体で有りながら強力な兵器だ、使えば誰でも最強を名乗れる程度の力は得られるだろう。

だが、強力であればあるほどそれにかかる代償が大きくなってしまう。

ローエンシュヴェルトに北川潤が支払う代償、それは身体に流れる血液だ。

この魔剣は術者の血液を燃やし火を巻き起こす。

それこそが魔剣を扱う者が誓う代償の結果。

魔剣と契約すれば力を得る代わりに何かを失う。

だがそれで得たものも確かにある、しかしこの魔剣を最大限扱うとしたら…人間の血液量だけでは足りない。

それこそ、足りない分を自らの命で支払うしかない。

恐らくは、その力を使ったとして……吸血鬼と五分程度だろう。

幻想神種には届かない、傍観者には手が伸ばせない。

川澄舞ですら……それだけの代償を払ったとしても深手を負わせる事で精一杯。


――何が天才だ、そんなもの何の役にも立たない肩書きだ。


自らの命を犠牲にしても、高みを見上げる事すら出来ない。

空で輝く雲には届いても、星々には決して触れられはしないという事か。

結局は、自分の程度の低さを再認識するだけだ。

だけど……それでもいいさ。

力が無いなら、力が無いなりに戦えばいい。

力を得る事は諦めない、だが――力が無くとも要するに勝てばいいんだ。

戦力が、勝敗を決める訳じゃない。

結果的には、勝敗が戦力を覆せばいい……ただそれだけなんだ。


「これまでもそうしてきたように――これからもそうするように」


カノン学園の北川潤としてじゃない。

カノン王国の北川潤としてじゃない。

北川家長男としての北川潤としてじゃない。

ただの北川潤として、戦えばいいんだ。

それが……今の北川が出した答えだった。







 

 

 


―――その日、北川桔梗は絶体絶命の危機に瀕していた。







 

 

 


いつもの日常、いつもの日々、いつもの毎日。

北川家という名家を陰ながら監視し常に道を外れぬように意見し続ける隠居生活だ。

現在の北川家は、戦力的に全盛期であった初代北川將人の事に比べると格段に見劣りしてしまう。

名もなかった一般の武家からここまでのし上がってきた北川家では武人が育たない事は死活問題となる。

現当主でさえ北川桔梗に及ばず、唯一拮抗程度は出来そうなのが現長男である北川潤しかいない。

魔剣を所持させカノン学園にも通わせているが、しかし若さ故のムラというものが抜けきらず武人としてはまだまだだ。

恐らく今この場で戦ったとして、殺し合いならば十中八九北川桔梗の勝利で終わるだろう。

つまり、北川家には今現在北川桔梗以上の使い手は居ないという事になる。

だが―――その北川桔梗が今、頭部から血を流し床に伏していた。

何が起こったのかわからない、ただ北川桔梗が感じ取れたのは……一瞬の敵意とその後すぐに巻き起こった衝撃だけだ。

杖を構える暇もなく、北川桔梗は刹那の凶刃に倒れた。

老いが祟り自己の状態を以前のように保てなくなっている。

後五年、若ければまだ立ち上がれたものを。


「北川桔梗、北川家の根源だな」


そんな声が、床に倒れている桔梗に降り注ぐ。

声を聞き、桔梗は伏していた身体をもう力の入らない両腕で何とか起こそうとする。

だが……その行為すら許さぬのか声の主は桔梗へと歩み寄り身体を起こそうとしている桔梗の背中を踏みつけた。


「…………がっ」

「やめておけって、死に急ぐことはねぇよ」


そう言うと、踏みつけていた足をどけ人影は一歩退いた。

まるでもう北川桔梗には興味がないかのように、あっさりと。

その事が地に伏している桔梗の動揺を誘う。

桔梗は自分が女であれ武人であると確信を持っている。

しかし―――武人を足蹴にして止めをささないとは……舐められている。

このような仕打ちを受けるぐらいなら、一思いに殺された方がマシだ。


「………殺しな」


桔梗は鳥が囁くより小さくそう呟いた。

しかし声は小さくとも眼光だけは死んでおらず瞳だけで相手を殺すような目つきで人影を睨む。


「あんたが何者かなんて知らない、けどね……あたしを北川桔梗と知っているなら殺して名を売るがいいさ」


桔梗が血を吐くようにそういうと人影は少し動揺したのか動く気配がある。

武人と名乗る事を決めてから、きっと北川桔梗は女を止め母を止め人間を止めたのだ。

そしてこれが桔梗の覚悟、殺されるなら自分を殺した者に名誉が降るぐらいの最後を贈ってやる。

北川家に生まれ北川桔梗として育ち、そして気高く死ぬ。

桔梗という花のように、清楚に生き気品高く死ぬ―――それが北川桔梗の生き様だ。

そして………そんな桔梗の行為を知って、人影は身体を震わせる。

 

 

 


「……はっ、ははは……あ〜っはっはっは〜っ!!!」

 

 

 


その大声に、桔梗は背筋が寒くなるのを感じた。

何処までも相手を馬鹿にしたような笑い声、武人がもっとも嫌うような嫌らしい声で。

襲撃者は顔を歪ませながら桔梗を見下ろす。


「婆ぁ一人殺して名を売れ? そんな恥ずかしい事出来るわけねーじゃねーか、嗤い殺す気かよ婆ぁ!」

「な……に?」

「時代遅れの老人はこれだからなぁ、"北川家なんてもん"を潰したって喜ぶのは没落貴族ぐらいだっつーの」


瞬間、桔梗の顔から表情が消えた。

こいつは……今北川桔梗を罵っただけじゃない、それまで生きてきた目的を嘲笑った。

北川家という一族が命がけで守り通して来た意地、プライド、命を一蹴したのだ。

こんな奴に殺されるのか、桔梗はただただ呆然と嗤い続ける人影を見ていた。


「それにな、俺があんた如きを殺すのはな……仕事だからだよ」

「………仕事?」

「あぁ、頼まれたんだよ……あんたって意外と人望ないみたいだぜ?」

「誰に頼まれた?」

「聞けば答えるとでも? そりゃ三流のすることだ……わりぃけど極力仕事に私情は持ち込まねぇ」


そういって、人影は笑顔を消し真顔になって手に持った"ある物"を振りかぶる。


「さて、死ぬ前に一つ質問だ……これは殺す奴ら全員に聞いてるんだけどさ」

「…………仕事に私情は持ち込まないんじゃないのかい」

「極力って言っただろ、婆ぁ……いいから答えろよ」

「……なんだい?」


桔梗は投げやりにそう呟いた。

すると人影は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「あんたの一番大切なものはなんだ?」

「……何?」

「だーかーらー、あんたの一番大切なものはなんだっての」

「……そんなの決まってる」

「へぇ、なんだ? ちなみにあんたの息子……つか現当主さんの答えは『北川家の存続』だってよ」


答えようとしていた桔梗の表情が凍り付く。

こいつは……今なんと言った?

そして、こいつはさっきなんて言った?

"殺す奴ら全員に聞いてる"と言わなかったか?


「……殺したのかい、あたしの息子を」

「あぁ、弱ぇ癖に意外と粘ってな……手傷まで負っちまったよ」


そういいながら男は腕を捲る。

桔梗にはもう見えないが、恐らくそこには火傷の痕が残っているのだろう。

あの子が好んで使っていたのは火の投げ矢、恐らくは手傷を負わせたのもその系統の魔法だろう。

一発一発の威力は低くとも、命中力だけは群を抜く魔法だ。

想像するにあの子は一矢報いる為に反撃したのだ、潜在的な能力は低くとも……立派な武家の当主だったということだ。


「ふ、あたしとした事が……忘れてたよ」

「ん、何か言ったか?」

「さっきの質問に答えてやる、あたしが一番大事にしてるのはね……」


そう言いながら、桔梗は最後の力を振り絞り――魔力を集中させる。

相変わらず魔力だけは歳を取っても裏切らない、それを嬉しく思う。

襲撃者は桔梗の行動に軽く驚きを覚えながらも、油断無く手に持った武器を構える。

それは棍棒、しかもただ無骨な木の塊ではなく……人を殺傷するために適した形を作り何重にも魔法をかけた特製品。

桔梗は起き上がり、ふらつく足に力を込める。

……立ち上がるだけでこの様だ、まったく歳は取りたくない。


「……あんたが一番大切にしているものは?」

「決まってるじゃないか、家族さ」


そう言って、桔梗は薄く笑った。

さあ、始めよう……名誉を果たした息子のように。

北川桔梗、最後の戦いを。


「―――しっかし残念だねぇ、あの子達を呼ぶのが後数日早かったのなら……事態も変わってたかもしれないのに」


微かな未練を呟いて、しかし今を見つめるために後悔を捨て去った。

置いていかれる者、そして―――置いていく者は決して交わる事が無く……終わる。

 

 

to be continue……

 

 

 

 

 

 

あとがき

遅れました、原稿の締め切りが……間に合わないorz

どうスケジュール組んでも後半年はかかる。

やってられるかー!!

今回のお話は、まあ北川家出番前に殺されたっと。

何処ぞのあわてん坊のサンタクロースばりの展開となっております。

流石に冒険しすぎたかな?っと思ったり思わなかったり。 

 

 

 

―――第二部・第三話−V★用語辞典―――

 

取りあえず休憩中