―――"ファイヤーボールッ!!!"

 

紅き火球が目の前に迫る。

相沢祐一はこの時、驚愕と同時に関心をしていた。

成る程……これは予定外だ。

詠唱破棄が出来る事もそうだが、美坂栞が自分に対してこうも容赦ない攻撃を仕掛けてきたのが驚きだった。

知り合って間もない彼女の全てをわかっているわけではないのだが、どうもイマイチ頼りない印象が強かった。

だからこそ学園では守ったし、今回の戦いも穏便に終わらせようと思っていた。

だが―――ここまで本気で戦っている彼女に対し、それは侮辱だ。

相手は本気、ではこちらもそれ相応の対応をするべきだ。

それこそが礼儀であり、自分の信念でもある。

決意があるなら本気でやり合おう、そう思い直し……迫る火球を見つめる。

ファイヤーボール、初球魔法。

まだ扱いに慣れていないのかそれほど威力は強くない。

恐らく詠唱時よりも数段威力が下がっている事だろう。

しかしそれでも当たれば肌を焼く……かといってこの距離では避けきれない。

ならどうするか、などど悩んでいる暇も無く迫ってきた。

仕方ない、祐一は内心で軽く笑うと自分の右腕を火球に向けて突き出した。

 

「…………え?」

 

その声は、近くから聞こえる。

目線を移すと、そこには美坂栞が驚いた顔で固まっている。

それもそうだろう、ここで右腕を突き出す馬鹿は普通いない。

普通ならばここで身体を捻るか無理な体勢で避けようと考えるのが普通だ。

そうでなくとも魔法の詠唱を始めるかどうかすると考えていたのだろう。

だけどどちらも間に合わない事は承知している、だから……祐一は迷わない。

 

「――――――はぁ!!!」

 

祐一の手に、火球が収まるようにぶつかった。

瞬間、手の平からまるで千本の針に刺されたような激痛が祐一の身体に走る。

電流が走ったかのように身体が痙攣し、今にも右腕が千切れ飛びそうに痛む。

手の平が焼ける音がして、嫌な匂いが鼻につく。

だが―――祐一は表情をあまり変えずにその火球を……"握りつぶした"

 

「―――えぇ!?」

 

栞の驚愕の悲鳴が響く。

だがそれを気にしている暇はない、祐一は火球を握りつぶした拳をもう一度しっかり握ると……そのまま目の前にいる栞へと走る。

視線の先、栞の後ろに美坂香里が迫るが……間に合わない。

祐一は固まる栞に走り寄ると、そのまま横を通り過ぎるように駆けると……すれ違いざまに軽く拳を腹に突き立てる。

鈍い音はせずに、まるで空気が抜けたような音がした刹那、栞の身体は力を失ったように倒れた。

……それを祐一は見届ける事無く、次の相手に向かい走り出していた。

流石に戦闘経験がほとんど無いであろう栞は元よりそこまでの脅威ではない。

しかし―――もう一人の相手は少々厄介そうだった。

 

―――よくもやってくれたわね。

 

言葉には出さずに美坂香里は表情のみで祐一にそう伝える。

その顔には不敵な笑みと、そして隠しきれない苛立ちが浮かんでいた。

どうやら相手も本気になったらしい、しかも彼女はまだ冷静さを失っていない。

正直なところ彼女の事はよく知らない……が、それでも警戒させる何かがあった。

美坂栞の姉、というだけで警戒はする。

だが、それ以上に―――相対して違う警報が頭の中で響き渡る。

彼女が何を考えているのか、どんな攻撃を仕掛けてくるのか。

分からないし検討もつかない、ならば正々堂々と戦うのが一番だ。

祐一はそう結論づけて、走っていた足を無理矢理止めてその場で立ち止まった。

この行動を見て……しかし美坂香里はこちらに向けて走るのをやめない。

一直線に、まるで何かを企んでいるかのように。

 

 

 

 

ロードナイツ

 

第五話−T

「決意と決断」

 

 

 

 

迷いがない、美坂香里はそう感じていた。

行動に無駄が無く、常に自分の出来る事だけをする。

それが相手の戦術、戦略、そして性格。

恐らく相沢祐一は自分とは違うタイプだ、彼はまず行動する。

思考より行動が先にでる方で、非常に自分とは相性がいいとは言い難い。

だが―――最悪ではない、戦い方はある。

倒れた栞を一瞥して、だけど未練なく香里は立ち止まり構えた祐一を睨みつける。

問題は……相手はまだ殆ど魔法を見せていない、恐らく普段魔法に頼らない戦い方なのだろう。

流石にここは良く知る魔法使い達とは違う、本業がハンターなだけはある。

使えるモノは何でも使い、得意なモノを作る前に苦手なモノを無くす。

魔法使いとは違う考え方だ。

 

「―――"インフェルノッ!!!"

 

まず牽制とばかりに中級魔法を詠唱破棄で唱える。

火炎の渦が手にした杖から広がり相沢祐一を巻き込まんと迫る。

それを見た祐一は軽く苦笑しながらも動かず迎え撃つ。

 

「―――"ヴィルヴェルヴィントッ!!!"

 

負けじと、風の中級魔法を詠唱破棄し火炎を押し返さんと拮抗した。

火の粉が飛び散り風の固まりが辺りに吹き荒れる。

同等量の魔法がぶつかり合った時点で、香里は地を蹴っていた。

上ではなく、下に……身を屈めるように走り出す。

元よりこの中級魔法は牽制、だから防がれる事は承知済み。

だが自分の魔力容量は妹の栞ほど余裕は無い、中級魔法一撃といえども負担は大きい。

あまり長期戦は望まない、短期決戦に賭ける。

 

―――"フランメビルトラプターッ!!!"

 

さらに近づき、相沢祐一の目視が一定を超えた瞬間―――香里は魔力の大半を使い一気に放出した。

杖から先程と同じように火炎が吹き荒れる。

が……一定量の火炎が出尽くすと、その火炎は"纏まり"一匹の獣へと変貌する。

フランメビルトラプター、火炎なる猛獣―――炎の化身を作りだす中級魔法の中でも難易度の高い魔法である。

この魔法は、美坂香里が詠唱破棄で出来る中では最強クラスの破壊力を持つ魔法であり、一種の切り札だ。

元来戦闘では魔法使いが前に出る場合は詠唱破棄が必須技能となってくる。

つまりは戦場で、美坂香里が使える最強の魔法がこのフランメビルトラプターとなる。

 

「――――喰らえ、炎獣」

 

香里は宣言するようにそう命令した。

火炎なる獣はその命令に答えることなく無言で祐一へと迫る。

 

「…………げっ」

 

祐一は自分に向けて駆けてきた炎の獣を見て軽く冷や汗をかいていた。

だが一瞬で持ち直し駆けてくる炎獣を見据えた。

判断能力は悪くないし決断能力は中々のものだ。

だけどそれだけでは―――炎獣を止める事など出来はしない。

炎獣は速度を上げ祐一へと跳びかかる。

それに対し、祐一は……炎獣に向かい走り出すと跳びかかってくる炎獣を迎え撃つ。

炎獣は閉じていた口を開けると火の牙で祐一へと喰らいつこうとした。

だが……祐一はそんな炎獣に対し―――自分から身体をぶつけるように体当たりを喰らわす。

炎獣の牙が、祐一の肩に突き刺さる。

肉が焼ける音が辺りに響き、祐一は表情を歪めた。

しかし、炎獣が祐一の肩にさらに深く牙を突き立てんとする前に祐一は噛まれた肩を無視して自由に空いている片腕を振りかぶった。

 

「弾けろ―――"ウォーターウォール"

 

そう呟いて、祐一は噛んでいる炎獣の"口の中に"手を突っ込んだ。

そして……炎獣の口の中で水の壁が展開される。

相手は中級魔法、初級魔法である水の壁では耐久力が足りない。

だが―――残る魔力を全開で注ぎ込み初級魔法を何とか炎獣に近いぐらいの中級魔法レベルに近づける。

その結果……炎獣の口の中で展開された水の壁は"爆発"した。

火は水に打ち消され霧となり、水は火に打ち消され蒸発する。

同等量の魔法同士がぶつかり合った結果……先程と同じように吹き飛んだ。

炎獣の首は吹き飛び、水の壁は炎獣の熱気に当てられて蒸発してしまった。

……流石に魔力を注ぎ込もうとも初級魔法、炎獣の首だけを狙って放ったが、結果は相打ち。

だがそれで十分、祐一は肩を手で押さえながら爆風に押し返されて地面へと転がる。

そして―――転がりながらも美坂香里の気配を探し当てる。

しかし、追撃は無く……寧ろ先程の位置から美坂香里は動いていないようだった。

追撃があると思っていた祐一は驚いたが、動揺を押さえ込む。

 

「―――いってぇ……身体中がボロボロだっつーの」

 

祐一は苦笑しながら膝を地面につき香里に話しかける。

流石にすぐに動ける状態ではない、不死は不死であっても疲れない訳でもないし怪我をしないわけでもない。

無茶は出来るが無理は出来ない、それが相沢祐一の欠点であり……利点でもある。

 

「降参する?」

 

香里はその場から動かず、杖だけをこちらに向けてそう言った。

降参……か、祐一は内心でそう呟くとどうしようかと思案する。

別に負けても構わない、寧ろこれ以上頑張る理由もない。

魔力は尽き、体力ももう殆ど残っていない。

無茶に動こうとすれば、激痛が身体を襲うことだろう。

それならばここで降参した方が何かと利点が多い。

だが―――それでも祐一は立ち上がった。

 

「いや、もうちょいやってみるわ」

「そう……後悔しないでね」

「………それはちょっと無理っぽいな」

 

祐一は苦笑して、しかし構えをとかない。

それを見て、香里も意識を集中させ―――軽く笑った。

 

「なら容赦しなくていいわ、やりなさい……"炎獣"」

 

そうして―――首を失った炎の化身は、首が無いまま祐一へと駆けだしていた。

 

「あー、やっぱり降参してればよかったか」

 

祐一は、その光景を眺めながら……しかし動けずその場で傍観していた。

確かに首を失おうが炎獣は魔法、そんな事関係ないのだろう。

生物ではないのだから―――首なんて必要ないということか。

そこまで考えて、祐一は衝撃に意識を飛ばしそうになる。

単純な炎獣の体当たり、しかしかなりの速度を持って行われたそれは祐一の身体を軽々と跳ね飛ばした。

しかも相手は炎の身体、熱気で衝撃を受けた箇所は焼かれ激痛も走る。

 

「ぐ……かはっ!!!」

 

―――呻き、目を閉じる。

これは勝てないかなぁっと考えながらも宙に浮いた身体を無理矢理動かす。

空中での姿勢制御は難しい、だがここで立て直さないと―――後に続かない。

祐一は痛む身体を無視して歯を噛み締めながら精一杯捻った。

向かうは炎獣、美坂香里の前にあれを何とかしないと勝ち目はない。

見ると炎獣は祐一を轢いた後そのまま走り抜けて、またこちらへ反転して迫る気のようだ。

状況を見るに……あれは間違いなく美坂香里の切り札。

追撃に参加しない時点でこれ以上強力な魔法援護は出来ないとみるべきだ。

……というかみないとこちらの敗北が濃厚になってしまう。

ふっと―――考えが過ぎる。

ここで"起源"を使えば恐らくは簡単に戦況を覆せるだろう。

何も本気で戦う訳じゃない、あの炎獣を否定して後は身体能力に任せて打倒すればいいだけだ。

簡易否定ならば今でも出来る、流石に幻想神種を否定した"アレ"を使うわけにはいかないだろうが。

そこまで考えて、祐一は軽く頭を振った。

ありえない、こんな児戯に起源を持ちだして良いはずがない。

これは模擬戦、戦でもなければ命を賭け合う血戦でもない。

それに自分は今やカノンの魔法使い、外来だが一応所属はカノンになる。

そんなカノンでこれ以上……起源なんてモノを使いたくはなかった。

聖域化でもしているのだろうか、カノンはこれ以上穢れてはいけないと思う。

白は白に、自分のような黒が本来混ざってはいけない場所なのだ……ここは。

麻衣子のような灰色ならまだしも―――自分はここには長くいられない。

違和感があるのだ……自分が平和だと感じる場所にいると。

でも……だからこそ今の状況が心地よい、今この時間を失いたくない。

だから…………相沢祐一は起源を使わない。

 

「―――よっと」

 

足で着地して……祐一は前を見た。

そこには迫る炎獣の姿が見える。

先程の考えが過ぎる、幸せだと感じる現実が揺らぐ。

結局自分は何がしたかったのか、このカノンで。

こうして戦う事だろうか、こうして魔法を身体で実感する事だろうか。

ハンターの仕事をやっている時は気楽だった。

何も考えなくて良い、戦っているだけで全てが終わった。

だけど今は違う、こうした現実がある。

日常ではない、しかし現実ではある。

炎獣が迫る、目の前に。

 

「……………………はぁ」

 

思わずため息が洩れる。

因果なものだ、この前亀に襲われたと思ったら今度は炎の野獣に襲われている。

自分は何かこういう物の怪の類に最近好かれているのだろうか。

炎獣はそんな祐一のため息など気にせずもう一度撥ねようと地を蹴った。

迫る炎獣に、祐一は覚悟を決めて両腕を前に突き出した。

 

―――"ウォーターウォール"

 

水の壁が祐一の手の平に沿って展開される。

魔力がもう少なく、水の壁は威力を落とし今にも崩れそうな形状で拳に張り付いた。

これで暫くは持つだろう、祐一はそう思いながら跳びかかった炎獣を両腕で受け止めた。

衝撃が手の平に伝わる、水の壁は力なくどんどん蒸発していく。

この水の壁が無くなれば祐一の最後、次の瞬間には宙に舞っているだろう。

だからこそ、今全ての力を込めて祐一は炎獣の身体を支える。

押し返せない、だけどそれだけだ。

こちらから攻めることは出来ないが、相手も攻め手を掻いている。

水が蒸発し、霧が祐一と炎獣の辺りに充満し始めた。

それを見て、美坂香里は息を呑む。

これで決まればこの模擬戦は美坂姉妹の勝ちだ。

ここで終わるような魔法使いなら対処法は思いつく。

恐らく序列試験であたったとしても有利に事を運べるはず。

魔法使いとしてのレベルは低くはないが高くない、残るは実戦経験の差だけだ。

それを踏まえて、美坂香里は勝利を望む。

 

「く……そっ!」

 

祐一は悪態をつきながら舌打ちする。

魔力が保たない、このままでは……いずれ押し負ける。

炎が徐々に水の壁を蒸発させる、手の平が段々と熱気を帯びてきた。

だがまだ時間はある、戦況を覆すには今この瞬間しかない。

しかしどうする、魔法も使えない武器もないこの状況。

体術のみで倒せる相手じゃない、他に何か……。

 

「…………あっ?」

 

何かが頭の中に過ぎった。

確かこんな状況前にもあった気がする。

あぁ……昔の依頼で火の鳥を退治したときだったっけか。

何回剣を当てても蜃気楼のような相手には効果がなかった。

その時……俺はどうやって倒したっけっか?

起源は使っていなかった筈、それでも倒せた記憶がある。

思い出せ、活路を開け。

 

「あぁ、そうか……こうすればいいのか」

 

そう呟いて、祐一は徐に支えていた最後の防壁をあっさりとといた。

炎獣はその拍子に勢いよく祐一の横を通り過ぎていく。

それを見届けることなく、祐一は行動を開始した。

 

「…………え?」

 

美坂香里の声が漏れる。

まさかと思った、たがそれ以外に考えられない。

 

 

相沢祐一は、身体を反転させたと思ったら……勢いよくその場から背を向けて逃亡していた。

 

 

to be continue……

 

 

 

 

 

 

あとがき

逃げの祐一、一応星になった祐一君w

意外にスペック低いよ主人公。

体術駄目魔法駄目じゃ主人公と認めるわけにh(ry

……実戦経験が少ない栞は、まあこんなものかと。

そして意外に強いよ香里さん、序列生徒は伊達じゃないっ!(何処かの台詞

 

 

 

―――第二部・第五話−T★用語辞典―――

 

取りあえず休憩中