「それで? 何か弁解はありますか?」

「いえ、何一つ……ありません」

 

カノン学園学園長室、そこに秋桜麻衣子はいた。

顔を伏せて一応反省の意思は見せておく。

まあ今回は完全に自分が悪いので内心ちょっと反省はしている。

だけど少し魔法を失敗したからといってこの対応はどうだろうか?

一言二言の注意ぐらいかと楽観していた自分が愚かだとでもいうのか。

 

「危険魔法使用は禁止です、校則にもそう書いてあったでしょう?」

 

そう言いながら学園長らしき女性が呆れながら分厚い手帳を取り出す。

……開いたページには確かに書いてある、危険な魔法に対する注意書きが。

だけど……っと麻衣子は内心で疲れたため息を洩らす。

そんな分厚い手帳にビッシリ書かれた校則なんて全部覚えているわけがない。

20〜40程度の校則を一応は覚えたがそれ以上は無理だった。

大体校則が魔道書と同じレベルの厚さの本に書いてあるって常識的に考えて変だ。

そんなものを丸暗記するぐらいなら魔道書の一冊でも覚えた方が効率が良いのではないだろうか?

 

「えっと、それで……私は謹慎か何かですか?」

 

麻衣子は心配そうに学園長に聞いた。

まあ心配そうなのは外見だけで心では少しも動揺していないのだが。

謹慎なら謹慎で構わない、それだけ魔道書を読む時間が増えるのだから。

学園の授業は楽しいが、今は二年生も終わりと言うことで実戦的な事を勉強している。

例えば魔力が無くなった際の対処法、まあ簡単に言えば体術の授業だ。

だけどそんな授業を今更受けても必要ない、恐らくこの学園の二年生という枠組みで考えるならば……麻衣子に勝てるものはいない。

それを実感している為、今の時期の授業は少々退屈だった。

元より麻衣子は弱い者に拳を握る趣味は無い。

気に入らない相手は別だがそれでも相手は選ぶ。

本気で相手をしようとすれば……もしかしたら力が入りすぎてしまうかもしれない。

そんな事で学園を退学になるわけにはいかないのだ。

 

「いえ、謹慎はしなくて結構です」

「……はぁ、それでは何でしょう?」

「―――あなたには今後学園の生徒である間、"守護獣召喚の魔法を禁じます"」

「はぁ………………はぁ!?」

 

一瞬納得しかけて、その後すぐに驚愕した。

まさか魔法の限定的封印とは……一体どんな罪なのだろうか。

 

「あんな失敗魔法に少し厳しすぎませんか?」

「……失敗? あれが?」

「………………え?」

「あれは成功ですよ、間違いなく」

 

あれが……成功?

あんなただ爆炎が舞っただけの魔法が?

威力としては確かに強力だろうけど、あんなの法術よりタチが悪い。

それも使用後私は気を失ってしまった。

それもそうだろう、魔力が底に尽きて体力が無くなり思考すらも停止させておいたのだ。

少しの衝撃だけでも耐えきれる状態じゃない。

つまりあの魔法は本当に使えない、あれじゃあ誰も殺せないだろう。

 

「成功ですか……あれで」

「成功ですよ、あなたが思っている以上に"アレ"は成功です」

「へー、そうなんですか」

「そうですよ、事の重大さがわかりますか?」

 

わかりません、麻衣子は即座にそう答えた。

学園長はそんな麻衣子に対し深い深いため息をついた。

 

「普通の守護獣魔法では問題はありません、精々強力なものでワイバーンクラスの魔物でしょう」

「…………へ? あんなに弱い?」

「翼竜種は決して弱くはありませんよ、しかし―――あなたは何を召喚しようとしました?」

「あー……成る程」

 

何が言いたいのかわかってしまった。

確かに、ワイバーンクラスで強力と聞くと自分がどんなものを召喚しようとしたのか分かってしまう。

つまり召喚魔法はそれほど強い魔物は召喚出来ないという事なのだろうか。

うーむ、すると"アレ"は魔法に限界以上の不可がかかって暴発したって事なんだろうか。

となると……アレは無謀な賭けだったって事?

 

「確かにあれで成功なら使えない魔法ですね、わかりました」

「……何か勘違いされてるようですが」

「―――え?」

「あれはあなたのせいではありません、あれは"部屋"のせいです」

 

学園長が言うにはこうだった。

麻衣子が使用した訓練場では"上級魔法"の扱いを禁止している場所だった。

だけど守護獣召喚のレベルは初級レベル、そんなに難しいものじゃない。

しかし―――麻衣子が召喚しようとしていたものが問題だった。

守護獣魔法は発動こそ初級レベルだが、召喚するものによって中級にでも上級にでも跳ね上がる。

翼竜クラスで中級、つまり普通の召喚魔法ならば訓練場は魔法を拒否しなかっただろう。

だが……それ以上のモノを召喚しようとしたために部屋の結界が発動したのだそうだ。

 

「つまり―――あなたがあの魔法を使うということは……非常に危険なのですよ」

 

間違えれば、"街一つ"消えてしまうぐらい……ね。

 

 

 

 

ロードナイツ

 

第四話−V

「禁術指定」

 

 

 

 

「はぁ……まさかいきなり禁術指定されるなんて」

 

麻衣子はとある教室の机に突っ伏しながら唸っていた。

禁術指定された魔法は学園内にいる限り使えない。

それが学園側と交わした契約という儀式にその取り決めはあった。

学園の外を出れば使えるだろうけど退学、決定的だろう。

まああれで成功なら練習する必要は無いか……っと麻衣子は前向きに考えることにした。

覚えたことは忘れない、それが麻衣子の長所である。

 

「それにしても……これからどうしようかなぁ」

 

正直ここ半年ぐらいは守護獣召喚魔法の練習を続けるつもりだったので暇が出来てしまった。

さて……どうしようか。

新しい魔法を覚えるのもいいかもしれない。

初級魔法なら既に未完成品だが四つは覚えた。

覚えたのは殆ど炎系の魔法だが、実戦で使えそうなレベルの魔法は無い。

中級魔法は習得するのに時間がかかる、今からじゃ"間に合わない"だろう。

時間が無い、何年も在籍するわけではないので出来るだけお手軽で使いやすい魔法が欲しい。

 

「……そろそろ放出系の魔法より強化系の魔法が欲しいわね」

 

肉体強化魔法ならば少しは使えるだろう。

どんなにお粗末なものでも多少は使えるだろう。

例えほんの僅かの強化でも、それで総合的には能力上昇に繋がる。

体術中心の戦い方なので強化魔法はある意味自分にあっているだろう。

 

「でもまあ……簡単に使えそうな魔法が少ないこと少ないこと」

 

短期間で覚えられる魔法なんて殆ど無い。

あったとしてもそれは本当に基礎中の基礎。

日常生活では役に立ちそうな魔法……には用がない。

あくまで実戦主義、戦闘に関わらない魔法は今は必要ない。

 

「"今は"……かぁ」

 

麻衣子は苦笑しながら天井を見上げる。

夢を見る事は、決して悲観的じゃない。

これからの事を考えるのは悪くない、だけど……考えすぎるのも甘えだ。

未来を見据え、でも現在を見えないんじゃ意味が無い。

どちらにしろ―――未来は未知、それでいい。

 

 

 

 

それでいい…………筈なのに。

 

 

 

 

「―――The god died

 

―――っと、その時知らず麻衣子は呟いていた。

まったくの無意識、ただ出た言葉。

だが、その言葉は―――自分でも理解できぬ言語。

習ったこともない、覚えたこともない、聞いたこともない。

しかし……麻衣子は呟いた。

 

However, the god revives

 

段々と麻衣子の目が虚ろになっていく。

意識が無くなり麻衣子の周囲に文字のような物体が浮かび始める。

天井を見上げていた顔は後ろに仰け反るように垂れる。

 

And, everyone is killed

 

そして、段々とその文字達が麻衣子の周囲を包み込んでいった。

光が―――身体に満ちあふれていく。

暖かみのある光で何処か優しげな雰囲気が漂っていた。

その後満ちあふれた光は背中に集束していった。

麻衣子の身体が軽く浮き上がる、背に集まった光は少しずつ形を帯びていく。

 

It is interesting

 

瞬間――――――虚ろだった目がはっきりと開く。

口元が……ゆっくりと歪む。

表情が笑みの形を作る、そして―――遂に背中に集まった光が………………。

 

「あれ? 麻衣子……さん?」

 

刹那、麻衣子の目が誰もいない筈だった教室を巡る。

するとそこには少年が一人、知った少年だ。

その少年は教室の扉を開けており、こちらを見つめていた。

名前……名前があった筈だ。

モノには全て名がある、アレにも名があった筈だ。

 

「…………斉藤……健二?」

 

麻衣子の声が洩れる、意識が段々と覚醒していく。

そうだ―――彼の名前は斉藤健二、先程自己紹介された少年。

だが、斉藤は麻衣子の言葉に反応しなかった。

その目線は……麻衣子ではなく、その周囲に漂う文字に向けられていた。

 

「まさか…………テトラグラマトン?」

 

斉藤が驚愕の表情を浮かべる。

その言葉を聞き、麻衣子は完全に意識を回復した。

そして―――現在の状況を瞬時に理解する。

まさか……早すぎる、どうしてこんな…………!?

麻衣子は周囲に漂った文字や宙に浮かんだ自分の身体を何とか制御しようとする。

まったくの予想外、こんな事……"まだ"起こるはずがないのに。

 

「こ………のっ! 落ち着けっっっっっ!!!」

 

歯を噛み締めながら勝手に侵攻しようとする光を塞き止める。

背中に生えつつあるものが激痛を奔らせる。

まるで、元から有る器官を強制的に排除したかのように……必要なモノを無理矢理剥ぎ取ったみたいに。

 

「"神聖四文字"って……麻衣子さん、あなた―――いや…………"貴女様"は!?」

「―――五月蠅いっ! 少し黙ってろ!!!」

 

麻衣子は血を吐くように叫ぶ。

斉藤は身体を震わせたかと思うとそのまま沈黙する。

しかし、それは彼の意思じゃない……彼はまだ何か言おうと口を開閉させている。

だが喋れない、喋ろうとしている筈なのに喋れない。

―――既に『言霊』まで発動している!?

駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ、このままじゃ―――"審判"が始まってしまう!!

これでは終わる、全てが終わる。

この学園だけじゃない、この世界が終わる。

駄目だ、止めて―――誰でもいい……"止めてください!"

光が集束する、拒絶しているのに、嫌っているのに、嫌悪しているのに。

誰か――――――――――私を否定してください。

 

「馬鹿……こんな時に何してんのよ」

 

思わず、流さない事を誓っていた筈の涙が流れ落ちる。

我ながら……無茶苦茶言っている。

こんな時にだけ頼って、こんな時だから頼って、こんな時にも信じている。

大丈夫―――私を止めるのはあいつなんだ。

 

「頼むから…………早く私を……」

 

―――――――――――――――■してよ。

 

 

 

 

「あぁ、ヤハウェ……まだだよ」

 

城の王座、長髪の男は身悶えしながら苦しそうに身体を抱える。

男は軽く苦笑しながら意識を集中する。

大体いる場所はわかる、今何が起こっているのかさえ感じる。

だけど今は刻じゃない、だから―――まだ覚醒は始まってはいないはずだ。

恐らく……今回は何らかの外部的要因が重なって起こっただけの事故。

数分で収まるだろう、だがこのままでは器に危険が及ぶ可能性がある。

まあ、このまま器が死のうとほんの数十年の違いが出るだけだろうから問題ない。

審判は決して無くならない、だから……心配することはない。

 

「あぁ―――私が止めようか、私が御そうか」

 

一刻も早く逢いたい、ならばその為には器に壊れてもらうわけにはいかない。

問題は無いのだが感情が抑えられない、だからこそ……男は漆黒の翼を羽ばたかせて窓に近づく。

どうしようか、今居る国を一撃で葬ってからその後助け出そうか。

面倒くさいのは御免だ、人間如きが巣くっている国に長居したくない。

だが確か起源を持つ人間が数人居る事を確認している、汚らわしい者達が。

ふむ、一人や二人程度なら軽くいなせる確信はあるが……流石にそれ以上だと"少し"時間がかかる。

あぁ……本当に面倒くさい、だから人間という種は嫌いだ。

まあもっともこの世界に存在している種なんて大抵嫌いだが。

 

「あぁ、しかし問題はあの"否定"だな」

 

あれさえ居なければ今すぐにでも飛んでいけるのに。

男は不機嫌そうに軽くため息をついた。

いつも何時でもあいつが傍にいる、あれさえ居なければ他の者など……。

 

「あぁ……いらつく、本当に―――"否定"だけが問題だ」

 

あれだけは軽視する訳にはいかない。

恐らくあれだけが―――私達を止める力を持つ。

そして……最悪な事に、破壊が居なくなった今……ヤハウェを止める事が出来るのは否定だけだ。

つまりは全ての鍵はあの否定にある、あれこそが最大にして劣悪な死神。

だからこそ―――私達は奴を憎み奴を嫉み奴を呪う。

あんな"バケモノ"が"私のヤハウェ"の近くに居る事が許せない。

 

「あぁ―――そうだよ、可愛い可愛い"私の"ヤハウェだ」

 

男は一転して不機嫌そうな顔から恍惚の表情に変わる。

どうやら自分で言ったフレーズが気に入ったらしい。

何度も何度も口の中で呟く。

 

「あぁ、貴女の為なら私は否定をも狂い殺そう」

「無理だね、無理無理」

「………………あぁ、誰かと思えば貴方ですか」

 

男の背後、玉座の後ろに気配無く立っている者が居た。

その者は白銀の髪に特徴的な八重歯が尖っている。

幼い容姿ではあるが、雰囲気は今すぐにでも"喰われそうな"様子が漂っていた。

男はそんな白銀の者に対し露骨に気分を害したような顔を向ける。

 

「あぁ、貴方は失礼な人だ……ここは私とヤハウェの二人だけの城だというのに」

「そんな事はどうでもいいよ、兎に角君に否定を殺すのは無理だって事だよ」

「……あぁ、そんな事はありませんよ」

「いや、あるね―――否定を殺すには君じゃあ役不足だよ」

「なら―――貴方は否定に勝てるのですか?」

「勿論、"否定"が大蛇と同じ死神の位なら天敵は間違いなく"破壊"の位にいる僕だろう」

 

そう軽く欠伸をしながら呟いた。

確かに……っと男はつまらなそうに返した。

それは事実だ、死神には破壊が適任。

だけど気に入らない、まるで自分が劣っているような言い方が気に入らない。

 

「あぁ、そういえば貴方があの国に送った戦力……全部潰されてしまったようですよ?」

 

お返しにとばかりに嫌みを言った。

だが……白銀の者は軽く微笑を浮かべるだけで全然堪えていない。

 

「仕方ないよ、作戦は否定があの国に渡った為に全てが崩れた……"運"が悪かったんだよ」

「あぁ、運……ですか」

「そ……言い換えれば星の巡りが悪かったって所かな?」

 

否定が参入しなければ、もしかしたら作戦は成功していたかもしれない。

大体……他の連中は知らないが、"あの"レクイエムを背負った彼がいたのだ。

イレギュラーさえなければ彼はそれなりに忠実に任務を遂行していただろう。

まっ―――いつ裏切るか愉しみにしたいたんだけどねっと心の中で呟く。

 

「でも無限の軍隊があぁもあっさり討ち取られるなんて……正直否定を舐めていたね」

「あぁ、それは確かに―――貴方が出れば勝負は決まっていたのに」

「僕は審判まで外には出ないよ、精々こうして裏方に回る程度……それは知ってるでしょ」

「あぁ、まったく……役者は辛いですね」

「そうだね、君が早くヤハウェと一緒になれる事を祈ってるよ」

「あぁ……今まで先入観だけで嫌っていましたが、もしかしたら貴方はいい人かもしれませんね」

「随分現金だね、それじゃあ僕は帰るよ」

「あぁ、了解です……それでは"空狐"様によろしくいっておいてください」

「げっ……あのお姉ちゃん僕嫌いなんだけどな」

「あぁ、それは私もです」

 

そう返して、男は目を閉じた。

もう話すことはない、また刻が経つのを待つ日々が始まる。

だけど……その時間は愉しい、退屈ではない。

苦痛こそが実感、快楽こそが快感。

まだ器が粘っているようだが―――決壊は寸前まで迫っているようだ。

本当にあの種は弱い、肉体的にも精神的にも。

全てが未熟、全てが未完成。

呆れるほど脆弱で貧弱で虚弱で、そして……ヤハウェが愛した種。

気に入らない、私というモノがありながらあんな不完全品を愛するヤハウェが許せない。

ヤハウェは私のモノだ、例外は無い。

ヤハウェの心に私以外のモノが混入する事が我慢ならない。

 

 

「あぁ……ヤハウェ、早くその殻を破って私の前に現れてくれ―――愛しき我が主」

 

 

to be continue……

 

 

 

 

 

 

あとがき

微妙に急展開、うわー……誰だよほのぼの学園物語とか言ってたの(お前だ

裏方作業順調中って所ですかね、うーん……Vはちょいと複雑かも。

時系列からいって現在祐一君模擬戦中なんですけど、お話し全体が何故か彼の話題。

意外に好かれて……はいないようです、それにしてもこの主人公―――みんなに嫌われてません?w

次回は何も考えなくていい単純明快なバトルシーン続きです、策士か否定かはまだ未定。

 

 

 

―――第二部・第三話−V★用語辞典―――

 

取りあえず休憩中